天使の羽

天使の羽

徒然に綴っています

Amebaでブログを始めよう!

こんにちは。

ベルリン2日目は、ベルリン郊外のポツダムにあるサン・スーシ宮殿へ向かいました。

プロイセン王国の3代目、フリードリヒ大王と呼ばれる、フリードリヒ2世が建造したドイツ・ロココの夏の離宮です。

フリードリヒ大王が建設した、ベルリンのシュルロッテンブルク新宮殿と同じ建築家ゲオルグ・ヴェンツェスラウス・フォン・クノーベルスドルフです。

ベルリンからは電車で40分程。そこからバスで10分程、旧宮殿の入り口の前に着きました。(入り口は、庭園とは逆側です。)


教科書でもおなじみのこちらの旧宮殿は入場制限のため、見学はチケット購入時から1時間後とお時間があるので、とりあえず庭園の葡萄畑園の階段を下りて噴水のそばのベンチヘ。

サン・スーシはフランス語で「憂いなし」という意味なのですが、この宮殿を建設したプロイセン公国フレデリック大王にとって、「サン・スーシ=女性が居ないこと」だったそうです。この宮殿にはフリードリヒ大王の奥様、エリザベート・クリスティーネのためのお部屋はひとつもなく、彼女は夫が亡くなって初めてこの宮殿に来ることができ、夫の死後12年間、この宮殿に住んだそうです。


ベルリンのシャルロッテンブルク宮殿もそうでしたが、内部のお写真撮影のために、お金を支払って、写真撮影許可を示す赤い紙製バンドをいただく必要があります。


<小ギャラリー>

フェート・ギャラント(雅宴画)や彫刻が飾られています。

広さは比べ物になりませんが、シャルロッテンブルク宮殿、新宮殿の大広間に似た雰囲気です。
同じ建築家の手によるものというのがとてもよく分かります。


<図書室>

ガラス戸越しの見学です。

<大理石の間>

入り口広間の正面にある広間です。


<応接室>



こちらのお部屋はシノワズリーの壁面となっていました。


その他にもヴォルテールの寝室などがあり、宮殿としては小さく、部屋数も少なめでしたが、どのお部屋も繊細で優美で、とても素晴らしかったです。


シャルロッテンブルクの新宮殿のときにも感じたのですが、今回の訪問で、今までのフリードリヒ大王のイメージがかなり変わりました。ハプスブルク家のマリア・テレジアからシュレジエンを奪い、ポーランドを分割したフリードリヒ大王が、こんなにも繊細な宮殿を愛していたとは思いませんでした。



宮殿のテラスの脇にはフリードリヒ大王のお墓があります。


彼の愛した11匹の犬達と共に、眠っています。

お墓の上には彼が栽培を推奨したジャガイモが置かれていました。



さて、お昼もだいぶ過ぎてしまったので、一旦宮殿を出て、街中のレストランでランチ。

初夏の名物、白アスパラ。

なかなか巨大ですが、ジューシーで美味しかったです。


宮殿に戻った頃には夕方になってしまいました。


お写真では分かりにくいのですが、サンスーシ宮殿の黄色い壁面は、西日でキラキラと美しく輝いていました。


残り時間が少ない中、新宮殿を目指して庭園内を歩く途中で見えた、中国茶館。

さらに歩いて新宮殿の近くまで行きましたが、遠すぎて、間に合いませんでした。

残念です。

サンスーシ宮殿には他にも絵画館や新迎賓館、オランジェリー等見どころが沢山あり、一日ではとても回りきれませんでした。


ポツダムには、第二次世界大戦中、ポツダム会談が行われたツェツェリンホーフ宮殿などもありますので、今度はもう少しゆっくりポツダムに滞在できたらと思いました。


それでは、また。

こんにちは。


新宮殿は、旧宮殿のすぐお隣、東側に位置しています。こちらは残念ながら日本語のオーディオガイドは用意されていませんでした。


新宮殿はフリードリヒ大王が父王フリードリヒ・ヴィルヘルム1世の後を継いだ直後に、建築家ゲオルク・ヴェンツェスラウス・フォン・クノーベルスドルフに依頼し、フリードリヒ大王自らが居住するために建設されました。ベルリン郊外、ポツダムにあるサン・スーシ宮殿と同じ建築家により同時期に建てられています。



こちらの新宮殿、まずは大階段を上って、2階の左手すぐにあるのが42メートルもの長さのあるプロイセンロココ様式の大広間、「黄金のギャラリー」です。

休憩用に置かれたベンチに座ると、裏に広がる庭園で、子犬と成犬、2匹のビーグルがコロコロと可愛らしく戯れているのが目にとまりました。見学者がとても少なかったので、豪華な大広間で、庭園のワンちゃん達を眺めながら、のんびり休憩。

かなり贅沢な時間でした音譜


2階大広間から奥に続くお部屋には、ワトーなどのロココの画家達の作品が数多く展示されています。

宮殿に本物が飾られているのは、やはり感動的ですラブラブ


こちらは新宮殿にあるルイーゼ王妃の寝室。

「プロイセンの薔薇」と謳われた、フリードリヒ・ヴィルヘルム3世の王妃ルイーゼ(1776~1810)の寝室です。

王妃は26歳の若さで、フランス皇帝ナポレオン一世との直接和平交渉を挑み、王国の存続へと導き、ナポレオンから「プロイセンで唯一男らしい人物」と評された、芯の強い女性でしたが、34歳で亡くなってしまいます。非常に人気が高い王妃様で、その美しいお姿が、陶板画に描かれているのを私も何度か目にしたことがあります。


壁紙のピンク色が、壁一面にドレープした白い布地から透けていて、非常に繊細で美しいお部屋です。

ルイーゼ王妃はシャルロッテンブルク宮殿がお好きだったそうで、いとこのロシア皇帝アレクサンドル一世(女帝エカテリーナ2世のお孫さん)に、シャルロッテンブルク宮殿の素晴らしさをその目で確かめて欲しい、と手紙を送っています。


旧宮殿に比べると、規模が大きく、一階と二階の両方が見学できます。

お部屋も絵画も、とても素敵でしたので、またぜひ行きたい宮殿ですドキドキ


お仕事で遅れて到着の主人との待ち合わせの時間となりましたので、庭園などまだまだ見学場所はあったのですが、この日はこれで終了となりました。

それでは、また。

こんにちは。

しばらくお休みしている間にNYも涼しくなってきました。

初夏の旅行の続きです。

早朝の便でウィーン空港を飛び立って、ベルリンのテーゲル空港に到着したのが朝の8時半。

飛行機ではずっと眠ってしまって、着陸時に目が覚めたら朝食のサンドイッチが膝の上に置かれていました。


テーゲル空港は新しい空港を建設中なので、当初の予定ではもう閉鎖されているはずの空港ですが、新空港の完成が遅れているそうなので、まだまだ現役を続けるようです。とても小さな空港なので荷物のピックアップが非常に楽でした。

最寄りの鉄道がないため、バスで移動します。
運転手さんから、バスも地下鉄も両方利用できる一日乗車券を購入。

空港がベルリン中心部から約8Kmとすぐ傍のため、ホテルまでもとても近かったです。


さて、ホテルに荷物を置いたら、早速、シャルロッテンブルク宮殿へ。

地下鉄の出口からは少し歩くので、バスの方が便利と伺い、バスで向かいます。

ターミナル駅であるツォー駅からバスに乗って10~15分?程です。


まずは、お目当ての「磁器の間」を目指して旧宮殿に。

バス停から徒歩2~3分、公道のすぐ間近に門があります。

裏手には大きな庭園が広がっていますが、正門が想像よりも小さくて、驚きました!

正門と入り口の間にあるフリードリヒ一世の騎馬像。

シャルロッテンブルク宮殿の建設主、ホーエンツォレルン家の当主です。

フリードリヒ一世は、神聖ローマ帝国ハプスブルク家とフランスのブルボン家が争ったスペイン継承戦争(1701~1713年)において、ハプスブルク家皇帝レオポルト一世の側につき、奮闘した功績で、1701年、選帝侯家から王家となることが許されます。

1415年以来、選定候国であったプロイセンを、王国へと押し上げます。(1701年)


フリードリヒ一世は再愛妻ゾフィー・シャルロッテン(1668~1705)のために、夏の離宮として、ヴェルサイユ宮殿をモデルにこちらの宮殿を建設しました。建設当初は「リーツェンブルク宮殿」と呼ばれていましたが、王妃の死後、シャルロッテンブルク宮殿と名を変えたそうです。



お二人の間の孫にあたるのが、有名なフリードリヒ2世。

フリードリヒ2世は、「フリードリヒ大王」と呼ばれ、ハプスブルク家のマリア・テレジアと激しく争い、勝利した王様です。


シャルロッテンブルク宮殿は、第二次世界大戦下、爆撃を受け、かなりの部分が焼失してしまったそうです。

天井を見上げると、装飾がなく真っ白だったり、壁も新しかったりと、完全な修復が難しい程の被害だったことを感じさせられます。

ヒトラーが会見場としても利用していたそうですので、標的にされてしまったのかもしれませんが、貴重な遺産が失われてしまったことがとても残念です。


日本語のオーディオガイドを片手に見学です。

こちらは会議室として使われていたであろうお部屋。

赤いダマスクス織の壁紙です。


念願の「磁器の間」です。

こちらの磁器室は、戦後、残されてていた写真や版画をもとにかなり正確に復元されたものだそうです。

もとは建築家エオザンダー・フォン・ゲーテの手による設計とのことですが、こじんまりとしたお部屋でした。

見学は一階部分だけですので、思いの外早く終了しました。


その後は、最近修復が終わったばかりの新宮殿へと向かいました。


それでは、また。

こんにちは。


日本からはNYへのお引越しには、愛犬を連れてやってきたのですが、人間とは違う準備や手続きが必要でした。

海外に連れて行くのは初めてでしたので、戸惑いもありましたが、日本の獣医さんや、農林水産省にお問い合わせしたり、HPを見たりして、日本で出来る限りの手続きをして来ました。


一番問題になるのが狂犬病。

日本は狂犬病がゼロの国なので、再入国の条件が非常に厳しいです。

因みに、NYのセントラルパークでは狂犬病に発症したアライグマの存在が2000年代に確認されています。


いつ本帰国になってもスムーズに再入国させてあげられるためには、マイクロチップの装着、狂犬病予防接種有効期間内、そして狂犬病抗体価検査が有効期間内かつ血液採取日から180日以上経過してあることが最低限必要です。

(輸出直前にも獣医さんによる検査と証明書等が必要です。)

もし、抗体価検査が有効期間内かつ血液採取から180日後でなければ、最長180日間、係留されてしまいます。


すなわち、係留措置されないためには、狂犬病予防注射の有効免疫期間内であり、抗体価検査が有効期間内かつ180日以上経過していなければいけません。

いつ愛犬と一緒に日本に帰国することになっても、空港で係留措置されることなく引き取るためには、実質一年半程で抗体価検査を繰り返さないといけません。

(詳しくは農林水産省のHPに記載されています)


日本では、マイクロチップの装着から、抗体価検査まで行ってきました。

マイクロチップを装着するためには、狂犬病の予防接種を2回受ける必要があります。一度目の予防接種から一か月間を空けて、2度目の接種をして、マイクロチップを挿入します。

太い太い注射針で皮下に押し込むので、血が滲んで痛々しく、これは本当に可哀想でした・・・。

マイクロチップ装着後に抗体価検査のための血液を採取して、血清を政府の指定検査所に送っていただきます。結果が獣医さんの元に送られてくるまで約一か月。

これらの検査結果を持って、成田空港に待機している動物検疫所の獣医さんの検査を受け、証明書を発行していただいて、日本を発ってきました。

(成田空港の検査は、空港関係職員が出入りするエリアで行われるため、インターホンを押して入り受診します。)


アメリカに来て、日本との違いを感じたのは、狂犬病の予防接種が2種類あること。

有効期間1年と、3年です。

日本では毎年受けていたので、有効期間3年があるのは知りませんでした。日本でも3年があると便利ですよね。


また、フィラリアのお薬。こちらは日本では蚊が発生する5月~12月まで呑ませれば良かったのですが、

アメリカでは毎月呑ませるようにと言われました。


それまでは特に問題もなかったため、大手チェーンのペット関連ショップ、PETCOに来る、出張獣医さんを頼っていたのですが、アメリカで抗体価検査をしないといけない時期に来たときに、日本人の獣医師さんを探してたどり着いたのがこちらのクリニックです。


The Humane Society of New York

http://www.humanesocietyny.org/


日本人獣医師のDr.Soedaが勤務されています。

マンハッタンのミッドタウンイーストにあるデパート、ブルーミングデールズがら2ブロック、日系スーパーKatagiriから1ブロックの所です。

(因みに、こちらはシェルターを兼ねているので、まずは去勢・避妊手術が必要で、していないと診察ができないそうです。)


まずは日本人獣医師さんの予約を取らなければ、と思ったのですが、様子も分からず、英語も拙い私が電話で予約するよりはと直接行ってみました。

受付で、日本人獣医師さんに予約したいのです、と伝えたところ、ラッキーにも手術の合間のDr.Soeda にお会いすることが出来ました。相当お忙しいらしく、都合のつく日を後日ご連絡しますとのことで、それから2週間後に診察していただけることとなりました。


さすが日本人の先生で、日本への輸入に関してもお詳しくて、安心感がありました。

書類(出国時の輸出証明書のCopyやマイクロチップの証明書、狂犬病予防接種の証明書)も揃っていて、狂犬病予防接種も有効期間内でしたので、特に問題なしとのことで、抗体価検査用の血液を採取していただきました。


その後は、約一か月後に、抗体価検査の結果が届いたのでお好きな時に取りに来てください、との連絡をいただき、受付で無事書類を受け取ることができました。

(結果も無事基準を満たしていたので、これでしばらくは安心です。)

日本人Drにお会いできて、本当に心強く、有難かったです。


それでは、また。

こんにちは。

最終日はオペラ座の横に新しくできたカフェ・ゲルストナーにお邪魔しました。

カフェ・ゲルストナー自体の歴史は古く、1847年の創業で、ハプスブルク家の御用達、オペラ座や美術史美術館のカフェもゲルストナーが経営しています。


去年2014年冬には見かけ無かったので、オープンしたばかりですね。

お店の外観は若草色を基調としており、ラデュレに似た雰囲気です。


一階がショップで、らせん階段を上ったお二階がカフェスペースになっています。

グランドピアノが置かれていました。

演奏される機会が、もしかしたらあるのかも?




螺旋階段脇のお席で、お写真では見えませんが、奥の窓からはオペラ座が見ることができます。



苺のムースをセレクト。

上品な滑らかさがあって、とても美味しかったです。


雰囲気も場所も良いですし、遅くまでオープンしているので、コンサート帰りにも気軽に立ち寄れる、素敵なカフェでした。


この後は、オペラ座でバレエを鑑賞して、翌朝4時半にはドイツ・ベルリンへ向かうべくウィーン空港へと向かいました。


余談ですが、こちら、カフェ・ツェントラルでのランチの一品。

注文したときは何のお魚か分からなかったのですが、後で主人に訊いてみたところ、“Catfish”、ナマズ料理でした。

つくねハンバーグのようなに、少しコリコリしていて、淡泊なお味でさっぱりと、美味しくいただくことができました。

ナマズは、猫のようにお髭があることから、Catfishといわれているそうです。
色々なお料理があるものですねえ・・・。


それでは、また。