あの日の記憶
覚えていなければいけない・・・と思う反面
忘れてしまいたい
あんな恐怖との戦いは1度で沢山です
あれから6年
3年くらいは家に引きこもり状態だった
家族の安否が分かるまでの5日間は
本当に辛かったから
涙も出ないくらいしんどかったから
だからまた
家族が離れ離れの時に
また地震や津波が来たら・・・とか考えると
出かける気にもなれなかったし
怖くて出かけることが出来なかった
子供達は
私が出かけることが多かったので
もしかしたら
だめかも・・・と思ったらしい
私は
海の近くで働いていた娘と
被害の大きかった地区の保育園に通ってた
孫たちがだめかと思っていました
基地局が壊れたとかで
携帯電話も使えず・・・
息子達に無事を伝えられたのは7日経ってからでした
それでも
次の日には迎えに来てくれて
少しの間
息子たちにお世話になりました
その後は
一旦は学校に避難して1泊したものの
ちゃっぴーがいたので部屋にはいないでくださいと言われ
仕方なく
残った家の2階で余震と戦いながら
1階の床を直すまで半年暮らしました
あれから6年
頑張ったちゃっぴーはお空に行きました
震災が無かったら
もう少し長生きできたんじゃないかって思います
災害が多くなった日本
どうか
お水だけは備蓄してくださいね
台所で見つかった泥にまみれたペットボルでも
中は綺麗だったので
ちゃっぴーの命を繋げました
(物資が届くまで数日掛かります)