瓦礫団のブログ

瓦礫団のブログ

オーディオ好き中年が色々好きなことを書いていくブログです

Amebaでブログを始めよう!

こんにちは、瓦礫団です。今回のお題はタイトルのとおりですが、それほど大したことではないです。私自身、人工知能について詳しいわけではありませんので、今回は人工知能の中でゲームである将棋、コンピューター将棋について焦点をあてて疑問に思うことを述べていきたいと思います。さてまずコンピューター将棋これははたして人工知能と言えるのでしょうか、考えていきたいと思います。では知能とは一体何なのでしょうか、知能とは物事を論理的に考え問題解決のため使われるものなのです。ですから将棋に直すと例えば詰みを読むことはコンピューターにとってはとても簡単なことと言えるでしょう。では初手から詰みを見えるのかというと、さすがにまだ無理みたいで、ようは演算処理だけではできないということです。演算処理とは論理的に思考することですから、それでは足りないということで、まず過去の棋譜を参考にしたりするわけです。これを知識と言います、まあデータと言えば解りやすいかもしれません、そしてデータをどのように扱うのかコンピューターに取り扱い方法を実行させるのがプログラムなのです。

以上の内容がコンピュータ将棋のおおまかな枠組といえそうです。一応念のため言っておきますが、私はこの分野は全くの素人なので間違いあればご指摘いただきたいと思います。

そうすれば、このブログの内容も正しく修正できますので是非お伺いしたいです。

そしてこのプログラムの内容がコンピューター将棋の肝で、まずコンピューターの演算処理の仕方を決定しているのがプログラムでよく使われている全幅探査というものです。これは局面において考えうる全ての手を読むということで、これがコンピューター将棋の強みである圧倒的な速度で演算処理ができることから可能となったものです。そして何手先まで読めるのかはしりませんが、その未来の局面まで演算処理を行いその時点の点数の優劣で実行を行う判断材料としているようです。それに対して棋士はといいますと、こちらは逆に一瞬で判断してしまうのでした、それは棋士のいうところの本筋を読むということであり、これは過去によくある局面であれば、経験をいやというほど積み重ね、そして一千万と呼ばれる将棋人口の中から数十名というほんの一握りの選ばれたプロ棋士であれば一瞬で読めるといって差し支えないでしょう。しかし棋士も人である限りミスをします、これは読み抜けということですが、コンピューターはそれがほとんどないのです。それが全幅探査を行うコンピューターの真の強さであると言えそうです。そのことがいかに強く怖いものであるかは棋士の皆様なら全員が知っていることと思います。しかし私はその全幅探査というものがいかに無駄な行為かなあと思うのです。もちろんプログラムもですが、1手ごとにそれをやるのかというと馬鹿みたいとさえ思えるのです。特に11手先を呼んだとします、相手が読み筋どおりにきてもするのですかということなのです。思考しても結果は同じではないかということです、そしてコンピュータは損になる手はしないように思います。簡単に言うと歩をいくつも捨てるみたいな行為です、歩は将棋では一番弱い駒です、ないほうが攻め易いのです、例をあげると飛車先の歩がないような場合です、それに評価が悪くなった、負け筋に入った時などコンピュータはおかしな指し方をしはじめます、全く笑っちゃうような指し方です、このようにコンピュータはまだまだ思考の点において人間にははるか及ばないということです。しかしコンピュータ将棋は人間に勝ちまくっています、ひとえにミスしないこれに尽きると思います。それは負けない将棋ということなのではないでしょうか、将棋は勝ってなんぼです、棋士は勝つ将棋を目指します、それがコンピュータ将棋には合わない、むしろ負けない将棋という点で今や圧倒的にコンピュータに負けているからダメなのではないかと思うのです、ですから負けない将棋というのをコンピュータから学ぶ必要があるのではないかと思います。相手の土俵で戦うのも勉強ということです。僕はまだまだ、能力においては棋士が上だと信じておりますので、是非頑張ってくださいとエールをおくりたいと思います。最後に人工知能ですがこれはやっぱり危険な思想だと思います。いまや色々なところで使われていますけれども、なんでもコンピュータまかせにするのはよくありません、まだまだ思考という点で人間には及ばないのですから、一つ極端な例をあげれば戦争で使われている無人攻撃機ですが、あれを完全AI化したら本当にSFみたいな殺戮兵器にすらなりうると思うのです、まだトリガー役は遠隔で人間がやっていますけども危険なことにかわりはありません、そして僕は思考する行為においてコンピュータが人間を超えることなどほとんど不可能と考えています、結局つくる人間のモラルに依存するのだということ、作り手の考えに応じて人工知能はすばらしい能力を発揮するのだということを言いたいのです。