小岩には実はよくいく。

 

このエリアは大抵は年増の熟嬢であることが多い。

 

しかも健全であることがほとんどだ。

 

もちろん例外はある。

 

だから、その日の気分で店を選ぶ。

 

純粋に疲れを癒したい時もあるし、XXしたいときもある。

 

すべてはその日の気分次第。

 

この日は小岩で一番目立つところにあるにもかかわらず、これまで一度も凸したことのない店には入った。

 

そういう冒険したい気分だった。

 

店内に入ると如何にもという嬢が4人。

 

床の上に直接座り、車座になって食事をしていた。

 

もちろんタイ料理だ。じつに旨そうだった。

 

この光景はまさにタイの普段の生活のそれだ。

 

その時、確信した。

 

この店はタイのローカルシステムだと。

 

話している言語も皆タイ語オンリーだった。

 

店に入った瞬間にいい雰囲気を確信した。

 

ついた嬢は、ミニスカート、チビTの嬢でマスクをしていたので、はじめは30代半ばくらいに見えた。

それが大きな間違いだったことは最後になってわかるのだが、、、

 

この嬢マッサージがはじまると実に熟練の技でひともみ、ひともみが効いていた。

 

久しぶりに達人技の持つ主に当たったと感動した。

基本的なもみの技術が素晴らしいのはなおのこと、、、

 

そればかりではなかった。

 

一言で表現すると、『エ,ロ小技のデパート』嬢だった。

 

そのひと技、ひと技がじつにエロいのだ。

 

その技を表現すると言葉だと貧弱になってしまうかもしれない。

なので、あまり多くは言葉としては表現しないとするが、

彼女の太ももを使った擦り合わせ技が素晴らしいのだ。

 

 

その一ストロークごとにエロい感動がある。

 

しかしながら、なんでもOK嬢でもない。

 

ミニスカートの中には薄手のスパッツをつけているので、それ以上の侵攻を阻止するものだ。

 

胸の方もやんわり断りをいれる。実に気持ちのいい断り方で好感がもてる。

 

線引きはちゃんと確立されていて完成されているのだ。

 

しかし、それでいて3kの提示もある。

 

しかし、僕はその申し入れを上手くかわす。

 

なせか?

 

そこには重要な意図がある。

 

そこで嬢の申し入れを承諾すると、そのXXの行為が先行してしまい、せっかくの達人技のマッサージが疎かになること危惧したのだ。

 

嬢の方もそのフィニッシュに集中してしまうので他の小技も繰り出されないかもしれない。

 

それはもったいない。

 

この嬢のエロ小技の真骨頂を見極めたかったのだ。

 

ぼくは、にわか紳士の徹し、何も手を出さずに嬢のマッサージを堪能した。

 

 

するとマッサージ終盤に嬢の対応に変化が見られた。

 

マッサージの中盤では胸を触られることを嫌っていたが、終盤では自ら露出させてぼくの口元に押し付けてくるのだ。

 

その恍惚とした表情が脳裏にのこる。

 

そしてマッサージが終わるとシャワーを浴びて帰ることには、嬢自身から食事のお誘いを受けることとなった。

 

さっそくラインにもメッセージが入っていて、どうやら気に入ってもらえたようだった。

 

 

 

 

 

 

 






今の僕は、マッサージに求めるものが真面目な癒やしにシフトしてきました。

(信じる?)

いまのお気に入り店です。

ちょっとお高めの店ですが、快適です。マッサージの腕前も申し分ありません。

疲れがとれて言うことなしです。

ここで時々(10回に一回位)会える孃もお気に入りです。その時だけの特別サービスも至高の快樂です。

それ位のレアさが楽しみも倍増させるのでしょう。



かつて横浜の曙町の住宅の建物の二階にあったスコータイという店。

いまは2度に渡る居抜きの譲渡により、全くの別人が同じ場所で全く別のタイマッサージ店を営んでいる。(店名は今も同じだったかも!)

今の店は正直及第以下の内容なので僕は行くことはないだろう。


しかし、以前のママは色んな意味で楽しい店を出していてくれた。


まず言えることはアリもナシもその時、その嬢によって違うというギャンブル性があったのもこの店の価値の高いゆえんでもあった。ということはつまり、委託の嬢たちに対して、ママは特に固定的なマッサージの内容を要求しておらず、適時適切な対応位の要求くらいしかしていないということだ。


つまり、嬢の裁量で内容を変更できるということだ。


相性さえ合えばあばよくば、、、


まぁ、僕の場合はそんなシチュエーションにはいたらなかったのだが、、、





そしてもう一つの面白い点は、この店は奥に通じる部屋があり、そこでママの家族が生活していた点だ。


そこにはママの若い娘が住んでいるのだが、生活を営んでいるので店内で出くわすことも少なくない。もちろんマッサージの業務には関与していない。普段の生活の場なのだ。


むしろ良いタイミングで部屋から出てきて出くわすことが頻繁にあった。


シャワーから出てきてバッタリとか、もっとタイミングが良いと向こうも薄着だったりして、それはもう楽しい楽しいのだ。


いや、むしろ向こうのほうがそういうことを楽しんでいるようでも、楽しんでいないようでも、あったかもしれないか、そうでないかも、という話。

 

そして極めつけは、この若い娘が部屋のドアの隙間からこちらを覗いていることもあるということだ。


そうなってくるとこちらもサービス精神が出てくるというもの。こういうのをいわゆる合法◎◎とでも言うのか?特にマッサージの内容が『ナシ』だったときなど力んだままの状態では、こちらとしても楽しみが増す。


まさにこの店は男の楽園であり、横浜随一のエロスポットというところだった。


このママが綱島に移転したというのだが、どうやらそれに該当する店が綱島には存在していないようだ。


そしてこの場所に居抜きで後釜に座ったママは全く感心しない内容のマッサージだ。二人代替わりしたのだが、どうもしっくりこない内容だ。全くつまらないマッサージで行く気も起きない。


この店を失ったのは痛い。









僕の茨城県探訪の発端となったのは実はあるタイ人女性の影響がある。

 

それは、大久保のとあるタイマッサージ店の嬢と個人的な交際がきっかけになっている。

 

その店で何度か担当してもらったことのある嬢だったのだが、気が付いたら交際に発展していた。

 

ぼくも離婚直後ということもあったけど、付き合っていくうちにだんだんと彼女の魅力にとりつかれていった。

 

僕はこれまでブログとしては決して触れてこなかった裏話としてバンコク時代もそうだったし東京に戻ってからもなお、俗にいう『店外』なんて言うのも実際楽しんではきたけれども、当時のこれは店外デートとは一線を画すものだろう。

(店外をされる方は、自己責任の上でお願いします。当方はその後の一切の事態に責任を負いかねます。)

 

その彼女が土浦の桜町で働く別のタイ人女性を訪ねて行きたいというリクエストから都内からプチ旅行も兼ねて茨城を初めて訪ねたのが数年前のことだった。


その時、神立にも訪ねていた。とあるタイマッサージ店の営業後にお邪魔してタイ人女性数名とドンチャン騒ぎをして、皆朝方には酔っぱってザコ寝となった。


マッサージ店なので寝るのは簡単だが、一枚のカーテンの仕切りの向こうには、僕にとっては当日に知り合ったばかりの別のタイ人女性が寝ている。


そのカーテン一枚を挟んで隣で彼女と僕は同じスベースで寝ている。その時彼女は背中を僕の方に向けて横向きに寝ていた。

僕は彼女の後側から手を伸ばして彼女の胸を包むように抱き寄せる。


直ぐ側で彼女の友達が寝ている状況なので嫌がるかと思いきや、嫌がらない。


自ら下着を外して直接触れるようにしてくれる。


今度は下の方にも手を伸ばす。僕は彼女の下の方の下着を脱がそうとする。


抵抗すると思いきや、腰を少し上げて脱ぎやすくしてくれる。あっという間に全羅となった。彼女の下の宇宙はヌメリの潤滑油が洪水となって打ち寄せる。僕の指がなんの抵抗もなく彼女の体内に入っていった。


目の前には彼女の友達が寝ている状況だ。嫌がるどころかそんな状況での行為を楽しみように彼女は笑顔を見せていた。


僕はなるべく音をたてないように彼女の上に乗るといつもよりは早めの決着となった。


ところが彼女自身はまだクライマックスに至っていなかったようで、僕のフィニッシュを感じ取ると、すかさず、彼女は下半身を縛りこむように閉じると、両手で僕の体を抱き寄せるようにして、全身を伸ばすように彼女自身も自らクライマックスを得たようだった。


そのさまを見て僕は『コートーナ!(ゴメン)』と合図する。


すぐ隣で彼女の友達がいる状況でのそれに彼女も楽しめたようだった。



そんな数年前の出来事を僕は思い出しながら、

神立駅近くのマッサージ店で二十歳くらいの若い嬢のマッサージを受けていた。


嬢は、私は真面目にマッサージをするだけですよ。しかも見ませんよ。というマッサージの内容だった。


僕も土浦や神立では、坂東のような展開を期待しいるわけでもなかった。


終始タオルで厳重にガードしていたのだ。


しかし、最後の最後で状況が変わった。

仰向け後、足側のマッサージのときはタオルガードで絶対見ませんよマッサだったのが、お腹のマッサージのときには、気がつくとタオルから露出させながら、マッサージのストロークを匠に使って触ってくるようになっていった。


この若い嬢は、しかし、自分の体にはタッチはしないでと一言付け加えるとローションを手に多めに取ると包み込むように優しく握ると、それは絶妙な力加減によって快楽の頂点へと僕をいざなう。


坂東の力士の様は握力トレーニングとは雲泥の差があった。


僕はしばらく、彼女とかつて交わし行為の快楽を思い出した。








 

 

 

 

 

 

 

以前、ブログにも書いていたが、仰天エステ店として外すことなどできるはずがない。

 

この店。いや、これって店だったのかどうかもよくわからない。

 

今は、伊勢佐木町の同じ場所にまったく別の、そして悪い意味で真面目なチャイエスがある。

悪い意味でというのは、つまり、客を差し置いて嬢が自分の利益だけを真面目に考えている店だ。

こんな店にいったい誰が好き好んで凸るのか?ということだが、ぼくが凸したときはそんなつまらない店ではなかったことだけは確かだ。

 

 

 

さて、あの日のことを思い出そう。

 

 

この日、この店に行くまではごく普通のありふれたチャイエスという感じだった。

 

伊勢佐木町の小さな交番の脇道に入ると今はロムポーというお化けが出るタイマッサージ店(失敬!でも、ホントだから!)やタイ食材店などがある一画のマンソンタイプの店で当時は一階のマンソンのエントランスのところにチャイエスの看板があり、二階に上がると看板も何もなくなってしまう。

 

半信半疑でインターフォンを鳴らすとそこに住んでいるような女が出てくる。

 

今でも覚えているが、女は極上という言葉が相応しいほどのいい女だった。

 

部屋から出てきたときはトレーナーを着ていたと記憶している。

 

 

いつの間にかドレスに着替えていた。はちきれんばかりの大きな胸と富士山のようなクビレと腰つきが印象的だった。

 

こんなにいい女がマッサージ嬢?

 

という印象だったと思う。

 

そして、やたら流暢な日本語だった。

 

まるで彼女の家に招かれた。そんな感じだった。

 

真っ暗にした部屋は怪しくも妖艶で彼女に導かれるようにあっという間に彼女の迷路のような体内にはいった。

 

彼女自身が自負するように、まるでマグマがとめどなく噴き出るような陰蜜を覚えた。

 

生きた地球の鼓動を肌で感じだ。

 

ふと気が付くと男がいた。

 

しかも僕たちの行為を一部始終見ていたようだった。

 

そんなことってあるのか?っという感じだ。

 

ここの住民の男性だろうし、かつこのマッサージ嬢の連れ合い?もしくはそれに近い立場の男性だろう。

 

彼の性癖は自分のパートナーがほかの男性に遊ばれているとことを覗き見ること

 

なのだろう。

 

それでもいいと思えるほど、女は良い女だったし、あの行為も超絶に素敵だった。

 

声がやたら大きく獣のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて上野6丁目の雑居ビルの5階に存在していた『らくらく』という韓国式エステ店をご存じだろうか?当時人気を博した店なので凸られた方がおられるかもしれない。

 

60分6000円のオイルコースで韓国のアガシと遊び放題の店だった。(上野ガチで恐るべし!)

 

この店の入り口にはアカスリによくあるようなロッカーがありそこに着替えを入れて鍵だけ自分でもって施術のカーテン一枚で仕切られたベッドに行く。そこで若いアガシとご対面だ。ハズレはなかったと記憶している。(まぁ、それには後で述べるが裏の事情があったのでハズレ無しの店だったのだが、、、)

 

 

ママは50手前の熟だったが、嬢たちは20代前半の若い娘ばかりだった。

そしてキレイな嬢ばかりそろっていた。

 

施術はこの若い娘たちが行うのだ。

 

基本的には6000円ぽっきりで梃子まで面倒見てくれるわけだが、

慣れてくるにしたがって、結構遊ばせてもらえる店だった。

 

はじめのうちは6000円で2回戦コースだったが、そのうちにあちらの方もデフォ店となった。

(ただ、そうなってくると肝心のマッサージのほうが疎かとなり、次第に店から足が遠のいたのだが、、、)

 

嬢たちは明るく楽しい娘たちだった。

 

隣の娘たちと朝鮮語で話をしていることが多いのだが、その会話が笑えるのだ。

 

例えば、カーテン越しに隣の様子を覗いてこう朝鮮語で言う。

『そっちの客、瘦せていて楽でいいね。こっちのデブだから大変だよ。』とか。

『(あれを)出すとき声だすだけんど、キモイ』とかである。

 

そして嬢同士でケラケラ笑うのである。

 

 

でも悪意はなく冗談半分で会話の内容は笑える範囲内のものだった。

 

 

ところが、この店には実は裏の顔があったのだ。

 

この店の実質的な経営者はこの店を経営することが世を忍ぶ仮の姿で、本当の顔は朝鮮中央労働党対外情報調査部の工作員だったのだ。


北朝鮮の工作員が日本で活動の場合、そのほとんどがエントリーミッションの日本浸透工作が関の山だろうとたかをくくるだろうし、かつ、もうグリコ森永みたいなことはしないだろうと思うだろうが、なんとビックリ彼女の任務は脱北者の身柄を拘束することだった。つまりかなりのビッグミッションだったのだ。そういう意味でも立ち位置としては大物工作員ということになるだろう。


 

 

以下、週刊ポストの記事をまま引用する。


 ここから、

上野の摘発風俗嬢は脱北者、店長は北朝鮮美人工作員だった

 上野にある人気マッサージ店が禁止区域で風俗営業を行なっていたとして摘発された。実はその経営者や従業員は皆、脱北女性。しかも、北朝鮮のスパイだったという驚愕の事実が浮かび上がってきた―。

 東京・上野駅にほど近い、飲み屋や風俗店が立ち並ぶ繁華街の一角。焼き鳥屋やタイ料理店などが入った雑居ビルの一室にその店はあった。看板には『韓国式』『オイル+アカスリ』の文字。狭いエレベータで5階に上ると、中年女性が「イラッシャイマセ~」とカタコトの日本語で男性客を迎えていた。

 この店を利用したことのある男性が語る。「店のママは40代ぐらいでしたが、サービスの女の子は20代の美人ばかり。みんな韓国語を話して、日本語はたどたどしかったですね。カーテンで仕切られた個室でオイルマッサージを受け、最後に手でしてくれました。そのサービスで60分7000円、70分で8000円と安かったので、上野周辺では人気の店でしたよ」

 このヘルス店「らくらく」の店長・卓浄淑容疑者(49)が風営法違反(禁止区域営業)で逮捕されたのは、10月4日のことだった(25日、不法就労を助長した入管難民法違反容疑で再逮捕)。以下に詳述するが、卓は北朝鮮出身の脱北者であり、同時に逮捕された、従業員の女性7人も全員が脱北者だった。

 彼女たちは生活苦のため北朝鮮から韓国に脱出したものの暮らしはよくならず、日本で稼いでいたらしい。だが、それだけではない。その素性を洗っていくと、まるで異なる姿が浮かび上がってくる。実は、卓は日本の公安当局が1年ほど前からマークしていた重要人物だったのである。

 公安関係者がいう。「卓が新たに結婚した男性は、ホームレスとの情報もあり、2度の結婚とも偽装結婚が疑われる」。

 ただし、卓が公安当局のターゲットになったのは、この偽装結婚が理由ではない。彼女の北朝鮮での経歴がいわくつきのものだったからだ。「北朝鮮から韓国に入った際、卓は韓国の国家情報院(諜報機関)の取り調べを受けている。その際、彼女が北朝鮮・国家安全保衛部の諜報員として活動していたことがわかった」(公安関係者)

 北朝鮮の国家安全保衛部とは、金正日が委員長を務める国防委員会直属の秘密警察組織である。国内の反体制派の摘発に加え、国外の中国東北部、香港、マカオなどでも秘密裡に活動し、脱北者の摘発などを行なっている。

 公安関係者が続ける。「卓は国家安全保衛部で“脱北者狩り”をしていたようだ。それが、なぜ国を出たのか。“偽装脱北”の可能性もあるため、われわれはマークしていた」

 確かに、卓の行動は他の脱北者とは異なっていた。彼女は日本入国後、韓国や中国へと頻繁に渡航を繰り返すようになった。その回数は、逮捕までに22回に達することが確認されている。

※週刊ポスト2010年11月19日号

 

 

 ここまで、げんぶんのまま



そんなわけで、嬢たちはおそらく喜組から何らかの理由で今回の工作に加わったのだろう。





しかし、素晴らしい名器の持ち主がいた。あぁ、北朝鮮美女。あぁ素敵だった!

あの、感触! できたらもう一度!



 

 

 

 

 

先日の凸についでまたもや行ってしまった。

かなり、お気に入りとなった。

この店の女の子たちはどうやらハノイに近い場所の出身者が多いようだった。

 

ベトナムの地名を言われても多分僕にはチンプンカンプンだろう。

 

実は僕はかつて一度だけベトナムに行ったことがある。

行ったのはホーチミンなのだけど、滞在時間およそ12時間程度?だったはずだ。

 

仕事で行ったのだけれど、業務が終わればさっさと撤退だ。

 

ろくすっぽベトナムのことなど知らないのだ。

 

だから嬢ともあまり会話にならない。

 

せいぜい名前は?とかどこから来たの?程度である。

 

ただベトナムの印象はホンダガールがたまらん。ということと、カフェがステキだということだろうか?

 

路面展開するカフェはまるでヨーロッパのそれである。

たしかベトナムはコーヒーの生産量が世界第2位くらいだったかな?地味だからあんまり目立ってる印象がないけど、、、

ただ、品種の大半がインスタントコーヒー向きということもあり、陰に隠れてしまっているのかもしれない。

 

まぁフランス領だったことが起因してるだろうけれども、僕にはむしろオーストリアのウィーンを思い起こさせた。

なぜならぼくは青春時代の数年間をウィーンで過ごしていたからだ。

 

ウィーンにもやっぱりオープンスペースのカフェが多くある。

憩いの場所でもあるわけだ。ベトナムの街を見てそんなことを思い起こしていたのだ。

 

実は僕は六カ国語話せるが、なかでもウィーン時代の影響が強くドイツ語、日本語と英語が一番自由に使える。

あとのはそんなにフルーエントとはいかない。

すなわち、僕にとってのタイ語も実はそんなに母国語的に使いこなせる言語ではないのだ。

 

あまり突っ込んだ話になるとやっぱり通じないことが多い。

家にいるタイ人ともタイ語で難しい話になるとよくわからないことがある。

 

そんなレベルである。

 

意思疎通はできた方がよいだろうが、大切なことは言葉よりもお互いの信頼関係にあるのかもしれない。

 

そんなわけでしばらくこのカムオンという店に通ってベトナム女性と言葉を超えた信頼関係を築こうかなと思う次第だ。

 

この店はコースの選択などまったく意味がない。その日、その時の嬢次第で内容は大きく変わる。

 

つまり自分から変わっていかないと享受できないものがあるということを改めて教えていただいた。

 

僕も精進して彼女たちに受け入れてもらいえるようにしたいと思う。

 

人生前向きにね!

 

次回は少しベトナム語を勉強していこうかな。

 

そうすれば向こうの出方も変えられるだろうと信じて。

 

 

 

 

前回のブログで多くの方から素晴らしいご鞭撻を頂いた。誠にありがとうございます。個々にお返事も出せておりませんが、こちらにてお礼させていただければと幸いである。ありがとうございます。これからもよろしくおねがいします!



さてと、今回から少し志向を変えて、何回かのシリーズにしたいと思う。 なおシリーズと言っても不定期の更新とさせて頂こうと思うのでよろしくお付き合いください。



 

これまで沢山のマッサージ店の訪問があるが、そのなかでえらく非日常的で驚くような店があった。

世の中、こんなことってホントに起きるのね?みたいな体験記だ。

 

 

そんな心に残っている店の体験記を残しておこうともう。

 

だいぶ過去古いものもあるので忘れてしまっている部分もあるかと思うが、記憶の限り、残しておこうと思う。

 

まずは、ぼくのタイマッサージ通いの原点となる店といっても過言ではない店での出来事だ。

 

時は2004年のことだ。場所はパタヤのソイハニー。

 

今で言うとMPのハニーが入っている敷地内に当時存在していたタイマッサージ店でのことだ。

 

この店の実質的な所有者は20代くらいの若くて綺麗な女だった。

 

ただ、施術に当たった嬢は当時僕よりも年上で当時で36歳くらいだったか?

それくらいのグラマーな方だった。

 

はじめその店に入ったのは歩き疲れたので少し休憩がしたかったからだ。

 

暑い国だったので汗も凄かったし、歩き疲れたし、もうほんとに休みたかったのだ。

 

店に入るとコース選びだが、ほぼ向こうの言いなりになってオイルコースだった。

 

タイ本国だとやたらオイルコースおしが多い。まぁ、その理由は(アレ)なんだが、、、

 

そして、そのグラマーな方の施術を受けた。

 

やたら女性的なプロポーションだったのだが、その日の施術は意外にも『普通』の健全で終わった。

 

後で知ったのだが、タイ本国のマッサージ店でいうとこんなにすんなり健全で終わることなどほぼ少数派だったのだ。

 

 タイ初心者の僕にはそんなことは何もわからないまま事が終わったのだ。



そして、その翌日のことだ。

 

その日も前日のマッサージが良く効いていて気持ちよかったので、もう一度行こうということで何も考えずに来店した。

 

また同じ嬢だった。嬢は僕が二日連続できたことが素直にうれしく感じてくれているように見えた。

 

前日と同じようにほぼ水のシャワーを浴びて施術室に戻った。

 

ぼくは、はじめは施術のベッドの上で座って待っていた。

 

嬢は昨日と同じ満面の笑みとグラマーなプロポーションで僕の目の前に立った。

 

ぼくは施術をしてもらうためにうつ伏せに横たわろうとすると、嬢はそれを制して逆に仰向けになるように勧めてきた。

 

ぼくは何の疑いもなく仰向けからスタートするものだと思い嬢に従った。

 

すると、嬢は着ていた白のチビTシャツをおもむろに脱いだ。

 

マッサージ初心者のぼくは一瞬暑いから嬢も脱いで施術するのかなぁと思った。

 

しかし、嬢は続けて下のG短パンも脱いだ。

 

さすがに下着だけの姿に興奮もした。

 

下世話な話だが、プッチンプリンがはみ出ていた。

 

さすがにそれまでだろうと思うとさらに嬢は僕の心に魚雷を打ち込んできた。

 

ブラのホックをあっという間に外すとたわわなプッチンプリンを露出させ、そればかりか、攻撃の手を休めることなく下のチビTもあっけらかんと取ると嬢は瞬く間に全ラとなった。

 

そればかりかまるでバイクにでも乗るように僕に跨ってきたのだ。

 

 

すると嬢は自身の一番敏感な部分を僕に擦り付けてきた。

その時の嬢の顔の表情と伝わってくるヌメリの感覚を今でも忘れらない。

 

 

僕を客として喜ばそうというような雰囲気ではなく、まず自分自身が『そちらの』満足を得ようとする感じだった。嬢自身が自分自身のためにそうしたい。そう思ってくれているのが、よくわかった。

 (よくあるtk店の、義務感からのそれとはまさに雲泥の差なのだ。)

 

ところで、なぜ僕がタイにいるのかということではあるが、その理由はこうだ。

 

僕が、タイに赴任することが決まったその直前というのは、僕は実はアメリカで刑務所の中にいた。

その刑務所を出て日本に戻ることを決断してから、ほんの1,2か月の間に再就職をしてかつタイに駐在の辞令が出ていてかなり速いテンポでこのタイ王国まで来ていた。

 

したがって、女性との素肌の接触が長いことなかったのだ。そんなこともあって、僕の頭の中は真っ白だったと思う。

 

そんななかでのこの状況だ。

 

思いがけなかった。

 

 しかし、逆にそんな状況なので興奮度マックスでもあった。


ただのマッサージのつもりで入ってのことだったのだ。


こんな一期一会なことが起こるのでハマってしまうのだろう。


生身の女性がそこにいるだけでたまらなかった。


気がつくと、僕はその嬢を押し倒していた。


これから『Go for it!』と頭の中で考えると、刑務所から出てきたばかりの男にはあまりにも刺激が強すぎた。嬢の太ももあたりに自身(男性にしかないあの管理物件)があたるとそのまま勢いよく炸裂してしまった。


でもものすごい快樂が襲ってきて暫く放心状態だった。


嬢の体の上に倒れ込む僕を優しく包んでくれた。


そのまま暫く眠りについてしまった。


ものの10分程度のことだと思うが、目が覚めると同時に2発目の魚雷を発射すべく、臨戦態勢に入ったことは言うまでもない。その最中嬢はしきりにタイ語で興奮した様子で何かを言っていた。僕には何を言っているのかわからなかった。



そんな経験をしてマッサージにハマってしまったのだ。




 

 

 

 

 

 

 

実を言うと最近、店の店名を出すことをやめるかどうか少し考えているのだ。

 

このブログを始めたころはケガをして仕事を休んで家にいたので半分は暇つぶしで言いたい放題なことを無責任に書いていた。

 

その頃のアクセス数なんて丸一日でたったの100程度だったと思う。

 

いまは100アクセスなんてものの数分で突破してしまう。

 

僕が店名を出してブログを上げるとその店の話題がかなり炎上するとも聞いているし、またそのような様を確認もした。

僕に対する批判はどうぞしていただいて構わない。

でも店や嬢には迷惑をかけないでほしい。

 

勝手な言い分で申し訳ないが、そこはどうか切にお願い申し上げます。

 

 

まるで事実に反することがあたかも見てきたかのように書いてあるのをネットの掲示板などで見ると、その嬢や店に申し訳ない気持ちになる。

 

無責任なことをここでいうわけにもいかない状況となってきたのだ。

 

店や嬢に迷惑をかけるわけにはいかないし、そんなことを意図してブログを書いているわけでもない。

 

もちろん店側もそういう事情を知っていて僕に店のことを書いてほしいと打診してくる場合もある。

 

たしかに過去に何度か、嬢の懐事情のことを知っていてある程度宣伝も含めて、その嬢に少額ではあるがチャリンとなるようにブログを上げたこともないわけではない。でもそれは嬢との間の信頼関係でしたことだ。

 

でも、会ったこともないような店の経営者がぼくにその旨伝えてきてレポを出してほしいと工作を持ち掛けてきてもすべて断ってきた。

 

これからもそんなことは断じてしない。

 

お店で体験したことを年度をまたいでも思い起こせるように備忘録としての枠割が大きいものと認識している。

 

ところが、アクセス数の増加とともに、店名を出すことに対する影響がここに来てかなり大きくなってしまったのだ。

 

なので、どうしたものか?

店名は出したほうがいいでしょうか?

それとも、やめたほうがいいでしょうか?

 

 

 

 

 とりあえず今回は、まぁなしということで!

楽しみにされている方には申し訳ない。でも鋭く厳しい目で監視されている方がいることもこのネット上では事実なのである。

とても残念におまいます。

 

 

 

京浜急行の普通電車しか停車しないような小さな街に行ってみた。

 

実は先日山手線沿線で行った店の姉妹店がなんとも辺鄙なところにあるという戦慄すべき事実が明らかとなり、違和感を覚えた。

 

メニューを見るとどちらも同じ内容だった。

 

ならば一店舗に統合したほうが宣伝もしやすいし経費も節約できる。

 

なぜそうしないのか?

 

 

実は気になっていることがあったのだ。

 

それは前回山手線沿線の方の店に行ったときに嬢に質問した。

 

同じ60分のコースで6000円と9000円の方とどう違うのかと。

 

すると嬢は右手を出して前後させて気持ちいいと言っていたのだ。

 

それがどういう意味なのかは正直実際に入ってみないとわからない。

 

しかし、僕には直感的にこの辺鄙な店になにかあると感じたのだ。

 

なので、凸してみた。

 

予約なしで行ってみた。なぜって都内なのにあまりにも辺鄙で小さな町だからだ。

 

駅前なのに人取りがほとんどない。神社の境内で夜遅くまで女子高生たちが猥談をしていた。

 

その境内を向けて店にはいる。

 

嬢は言う。『今電話で予約した人?』

 

僕は言う。『違います。』

 

嬢は言う。『ごめんなさい。いまお客さんいっぱいです。』

 

ほらきた。ぼくの予感はほぼ確信に変わった。

 

これは遊べるぞ!

 

 

こんな100M四方しかなく、前後は15号線と勝島に囲まれた小さな街で京急は普通列車しか停車しない駅前にほぼ何もない町なのになぜこんなに人気店なのか?

 

ということである。

 

 

ぼくは言った『次は何時なら入れますか?予約します。』

 

それから小一時間待って店に凸した。

 

前回は、松竹梅の梅を頼んでしまった。

 

それは仕方がない。なぜなら僕は貧乏人だからだ。

 

 

しかし、今回は破産寸前でなけなしの金を用立て来た。

 

貧乏人一世一代の大勝負である。

 

施術場所に案内されるとブリーフ型紙パンツ?を持ってきて着替えてくれという。

 

たたんだままの紙パンツ。おそらくその大きさからブリーフ型であろうとおもう。

 

この嬢一体遊べるのか?だめなのか?

 

分からなくなってきた。

 

 

そこで僕は一計を案じる。

 

裸になった後、おトイレを貸してくれと言ってみる。

 

そして、全ラのままで店の中を歩いてトイレまで行ってみる。

 

幸い、店内には僕と嬢の二人だけ。もちろん紙パンツなどフルシカトだ。

 

そして全ラの男を見て、嬢がいかなる反応をするのかを確認したかったのだ。

 

 

結果、この嬢かなり慣れている。

 

これは間違いなくいけるぞ。

 

あとはこちらのペースに持ち込むだけの話である。

 

 

 

もうひとつは嬢の服装である。

オイタされたくない嬢は必ず着ている服でガードをする。

しかし、この嬢ワンピース。一枚だけ。しかもストッキングは履いていない。

 

すなわち、このケースで負け戦などになったことがないのだ。

 

 

さて、続きはまた今度。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、半年ぶりくらいかな?

 

この地に赴くのは!

 

 

あまりに久しぶりなのでお店のこともウル覚えくらいだった。

 

新しくアジア食材店なんかも出店しており、思わず入ってしまった。

 

この店は、タイ食材だけでなく、インドネシアや中国をはじめブラジルなんかも置いていて

なかなか楽しめた。

 

しかも他の店と比べてお値段の設定がお安いので地元の外国人たちに重宝されるだろう。

 

僕も大好きな、M150(なんと100円!!)

 

など好きな食材数点を購入した。

 

この食材でその日の晩御飯を作ることになるのだが、その話はまた後で!

 

 

 

 

 

さて、この坂東の地に赴くには理由があった。

 

実はぼくはバンコク時代に知り合ったタイ人女性が何人かこの日本に滞在している。

日本での滞在理由はいろいろで日本人と結婚してこちらにいる方から留学までいろいろである。

 

普段はそういう方たちとお会いすることなどはほとんどない。

 

居場所はまぁ大体はわかってはいる。

 

地元にいるような方は年末とか誰かの誕生日パーティとかで会うことはあるけれども、

お互い約束して改まって会うことなどまずない。

 

まぁ、言うて僕も意外と忙しいし、(ほんとか?)向こうもいろいろ忙しいだろうし、、、

 

ということだが、

今回は突然のLINE電話での連絡からだった。

 

相談したいことがあるというのだ。

 

どこにいるのかと聞くとなんと坂東の某店でマッサージしているというのだ。

 

僕にとっては驚愕の事実だったが、

彼女いわくこの坂東という場所はタイマッサージの聖地だというのだ。

 

『へえ〜っ、知らなかった!』

などとわざとらしく言うと、坂東がには多くのタイマッサージ店があるのだと教えてくれたのだ。

(へぇ〜そうなんだぁ〜!)

 

と言うことで僕はこの時点で無罪放免だ。(笑)(判決 無罪に処す!)

 

 

ちょっとびっくりしたが、都内の浅草か秋葉原辺りで会いたいという。

 

いやいや、せっかくだから坂東に会いにいくよ。

 

ちょうど疲れてるからマッサージでも指名でお願いしに行くよ。

 

と言うと『エへへ!』と喜んでくれた。

(まぁ、今考えたら都内で会ってもマッサージ位してもらえたとも思うが、、、)

 

バンコク時代に彼女と最初に会ったのは、実はというといまはなくなってしまったベップリー通りのバンコクコージーなのだ。

 

バンコクコージーというのは僕のハンドルネームで使っているのだが、ご存じの方も多いだろうが、かつてバンコクにあったマッサージバーラーだ。マッサージバーラーというのは日本で言えば要するにソープランドのことだ。

 

金魚鉢の中にいる彼女にほぼ一目惚れに近かったかな!

 

大抵は金魚鉢の女性はというと客が見に来ると自分を選んでくれと目で猛烈なアピールをしてくるものだ。

 

でも、彼女は僕を少し見ることは見るんだが、何となく目をそらす。恥ずかしがっていたようだ。

 

そんな仕草に参ってしまった。

 

でも、意外にもお店で会ったのはその一回だけで、そのあとはもうプライベートでお互いの家を行き来する仲になっていた。

 

 

 

日本人の駐在員ともなれば、大抵の場合バンコクに行った初めてくらいにアテンドに連れて行かれるような場所で日本では考えられないくらい嬢たちがフレンドリーだし、価格も安くて時間も長く遊べるのでハマってしまう日本人男性が多いようにおもう。

 

また、いまは中国人の方がいい思いができるだろうが、僕がバンコクにいた頃は

日本からの駐在員と言うだけで羨望の眼差しを受けるくらいの時代だった。

 

でもそんな中でも彼女は僕をそういうふうには見ていなかったようだ。

 

まぁ、その話は長くなるのでまた今度しようと思う。

 

ちょうど、タイでの移住者で現地採用される日本人と、会社の辞令を受けて駐在する日本人との違いについて書いてみたいかなぁ

と思っていたのでそのあたりで話せればと思う。

 

 

さて、お店で彼女と再会を果たした。

 

相変わらず美しかった。店で会ってもお互いにちょっぴり恥ずかしい感じだった。

 

正直、いまさらマッサージという感じの間柄でもなかった。

 

なので、まぁ、そのぉ、、、

 

 

長くなったので次回お楽しみに!

 

 

 

 

 

バンコク、ベンチャンシリ公園にて(さすがにボカしたが、、、)