香港のホテルを辞めると
決意した私。
 
 
 
 
 
あれだけ憧れて
好きだと思っていたのに。
 
 
 
 
 
 
でも、
うまくいかないというだけで
本当に辞めるべきなのか?
 
 
 
 
 
 
その決意をする前の私は
考えに考え、悩みに悩んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
ホテルでは、
 
言葉通り
身を粉にして働いていた。
 
 
 
 
 
 
 
当時、毎日の客室稼働率は
95%が平均、
超満室のこのホテル。
 
(通常ホテルは従業員数との
バランスを考え
約80%前後に保つと言われる)
 
 
 
 
 
 
 
世界的なフランチャイズとしての
ブランド力があり、
 
ロケーションが
最高だったので
 
 
数ある香港の中でも
選ばれるホテルだった。
 
 
 
 
 
 
700室以上という大型で、
滞在ゲストのうち
約30パーセントは日本人。
 
 
 
 
 
日本語スタッフが
必須なホテルだ。
 
 
 
 
 
 
けれど、
顧客対応の日本人は
私しかいなかった。
 
 
 
 
 
 
コンシェルジェからも
客室清掃係からも
ツアーデスクからも
 
お客からもひっきりなしに
呼び止められ、電話が鳴る。
 
 
 
 
 
「ちょっと来て、
ジャパニーズカスタマーが
なんか言っているから。」
 
 
 
「ちょっとこれ訳しといて」
 
 
 
「ジャパニーズカスタマーが
香港のブランド品のお店のことで
質問あるみたい、
ちょっとお願いね」
 
 
 
 
私はフロントであり
コンシェルジェであり
ツアーデスクであり
ときには客室係(通訳)であり・・・
 
 
最終的に苦情処理係だった。
 
 
 
 
 
 
 
でも、肉体的な疲労より
 
 
私を苦しめていたのは
精神的なもの。
 
 
 
 
 
 
仮に顧客への対応に
疲れたとしても
 
お互いを高め合え、
信じあえる
同僚や上司がいれば
 
乗り越えられたのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 
 
ある日のことだった。
 
 
 
いつものようにわたしは
ホテル側の事情を
顧客に説明し、
米つきバッタのように
謝っていた。
 
 
 
 
 
 
説明していた自分の背後に
フロントマネジャー(英国人)が
あらわれた。
 
 
 
 
 
「お客様、私がお手伝いしましょうか?」
 
 
 
「・・・なるほど、それは
このスタッフの説明が
おかしかったのです。
大変失礼いたしました」
 
 
 
 
 
 
 
まるでマジックのように、
私は決して知らない
別の解決策を提案し
顧客が大喜び、
 
 
私には一瞥と舌打ちをして
去っていった。
 
 
 
 
もやもやとしたものが
心の中に
 
澱のように
降り積もっていく。
 
 
 
 
 
 
 
これでよかったの・・・?
 
 
 
違和感を感じ始めていたが
そのことにすら
気が付かないフリをする。
 
 
 
 
 
自分の本当の気持ちは
少しずつ麻痺してきていた。
 
 
 
 
心と身体が一致しない状態で
働いていると、
凡ミスも起こる。
 
 
 
 
フロントデスクの
先輩や上司からは
 
 
これまで採用した日本人の中で
「一番使えない日本人」と噂され
 
 
 
 
同僚たちからは、
 
 
にもかかわらず
 
 
「日本人というだけで、
私たちより給与が高い」と嫌われた。
 
 
 
 
 
 
 
わたしは、ここで何してる?
 
自分の気持ちをごまかして
このまま生きていたくない。
 
 
 
 
 
 
自分の心の声に耳を傾け
心底素直になれたその時、
 
 
この決意をすっと、
 
そして
 
ようやく受け入れられた。
 
 
 
 
 
 
 
辞めるコトを決意した日の夜、
 
私は自宅で
パソコンに向かっていた。
 
 
 
カタカタと打ち込んで、
あるものを
必死で書いていた。
 
 
 
 
そして、その書きものを
辞表と一緒に、翌朝
上司に提出。
 
 
 
それは「提案書(このホテルの改善点)」。
 
 
 
ばかげたことと、
分かっていた。
 
 
 
 
でも、突き動かされるように、
そうせざるを得ないように。
 
 
 
 
従業員を酷使する
人事体制や
 
 
顧客の苦情を顧みない
マネジメントは
 
絶対にいつか、
大きな問題になる。
 
 
 
 
 
誰も声を上げないし、
嫌なら辞めればいいという
高飛車な経営も
 
 
このホテルの
発展のためにはならない。
 
 
 
 
 
だから、こことここを変えてください―。
 
 
 
 
 
 
 
 
生意気な、22歳の日本人!!
 
 
 
 
 
そう顔に書いてあったが
フロントマネジャーは
 
「ご丁寧にありがとう」
と言って、
鼻で笑った。
 
 
 
 
 
 
もう後戻りはできない。
 
 
 
 
ホテルを辞めることになって
私はもう失うものがなくなった。
 
 
 
 
 
 
次に何が出来るかは
全く分からなかった。
 
 
 
 
 
 
けれど
数々の失敗にもかかわらず
 
 
 
足取りは軽く、
わたしはかつてないほどの
自由をかみしめていた。
 
 
 
 
 
 
 
わたしは、自由だ。
 
 
 
 
わたしは、自由だ!!
 
 
 
 
私の、香港での
新しい生活が
始まろうとしていた。
 
 
 
 
 
 
続く。
 
 
 
 
 
 
 
MAYA