こんばんは。皆さん、如何お過ごしでしょうか。
眠れないので、最近起きた出来事でも書こうかと思いました。
まあ、タイトルの通りです。先日発生したあの地震について書きたいと思います。
私は被災者ではないですが、いろいろな方から聞いた話や、自らが経験したことを書きたいと思います。
一部はツイッターで呟きましたが、それに書ききれないことも書きます。
私は当時、東京の日本橋で会社説明会を受けていまいた。
ちょうど第一部が終わり、先輩社員の方がお話をしようと移動をしている最中でした。
「ちょっと揺れているな」と思いましたが、はじめは人が移動しているので、そこから発生したものだと思いました。
しかし、次第に揺れが大きくなり机も大きく揺れました。その後、もちろん説明会は中断しました。
ビルの外に出て、同じ説明会を受けていた人と「どうしましょう」となり、電車が動くまで待つことにしました。
おそらく、5時間ぐらい待ちましたが、電車は動かず。と、そこに親から「帰宅しなさい」との電話。もちろん、電車が動いていないので、徒歩での帰宅となりました。
日本橋から3時間。無事に帰宅しました。
私が帰宅している間、兄が救助活動の召集がかかり、宮城県の気仙沼に向かい出発していました。
兄は東京DMATに所属しており、その部第一陣として向かいました。
活動拠点となっている学校には、校庭にたくさんの緊急車両、消防隊員、自衛隊員。そして、医療スタッフ。
町に出ると、ガソリンスタンドには緊急車両のみの給油お願いの看板。そのような状況でした。
そしてそのなかで、医療活動を行いました。
災害時などの医療活動は始めに「トリアージ」というものをおこないます。これは、緑・黄・赤・黒の4色に患者の状態ごとに分け、優先順位をつけ、効率的に医療活動を行うためのものです。
それぞれの色により、軽度で救急の必要なし・重篤ではないが早期に治療を必要・重篤で直ちに治療を必要・死亡もしくは救命不可能
と分けられています。
しかし、兄曰く、「トリアージしても、ほとんど緑か黒だった」ということです。
なぜなら、そのほかの人々は津波よって流されたから。
津波から逃げることができた=自分で動くことができる=軽度で救急の必要なし
もしくは、その反対。
以前、新潟県で発生した地震の際も派遣されましたが、ここまで極端なことは経験したことなかった、
ということです。
そして、震災から3日後に戻ってきました。それと同時に、次の部が出発し、交代しながら現在もほかのメンバーが医療活動を行っています。
今、被災地支援で何が必要かということも語ってくれました。
とにかく、燃料が欲しいということです。自家発電するにも、機材を動かすにも、体を暖めるにも、料理を作るのにも…
燃料がなければ何もできない、助かる命も助けられない、ということです。
どこかの団体が折り鶴を送ろうとしてますが、その分を燃料に変えてくれればな、と思います。
あと、ボランティアのことについて。
中途半端な気持ちでは絶対に行かないでください。あなたがボランティア行ったとしても、誰があなたの活動を支えるのでしょうか?食事は誰が出すのですか?その食事はあなたのためのものですか?
確かに、ボランティアという言葉の響きはいいかもしれません。しかし、すべてのボランティアがいいことではありませんし、最悪の場合、迷惑をかけます。
自分の身の回りのことは自分自身で済ませる。その上でボランティアを行うべきではないでしょうか。
ということで、いろいろ書きました。
このほかにもたくさん書きたいことがあります。しかし書けないこともたくさんあります。
なので、この辺で終わりたいと思います。
終わりに、今回の震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々にお見舞い申し上げます。
そして、1日でも早い復興を願っています。
がんばれ、日本。
眠れないので、最近起きた出来事でも書こうかと思いました。
まあ、タイトルの通りです。先日発生したあの地震について書きたいと思います。
私は被災者ではないですが、いろいろな方から聞いた話や、自らが経験したことを書きたいと思います。
一部はツイッターで呟きましたが、それに書ききれないことも書きます。
私は当時、東京の日本橋で会社説明会を受けていまいた。
ちょうど第一部が終わり、先輩社員の方がお話をしようと移動をしている最中でした。
「ちょっと揺れているな」と思いましたが、はじめは人が移動しているので、そこから発生したものだと思いました。
しかし、次第に揺れが大きくなり机も大きく揺れました。その後、もちろん説明会は中断しました。
ビルの外に出て、同じ説明会を受けていた人と「どうしましょう」となり、電車が動くまで待つことにしました。
おそらく、5時間ぐらい待ちましたが、電車は動かず。と、そこに親から「帰宅しなさい」との電話。もちろん、電車が動いていないので、徒歩での帰宅となりました。
日本橋から3時間。無事に帰宅しました。
私が帰宅している間、兄が救助活動の召集がかかり、宮城県の気仙沼に向かい出発していました。
兄は東京DMATに所属しており、その部第一陣として向かいました。
活動拠点となっている学校には、校庭にたくさんの緊急車両、消防隊員、自衛隊員。そして、医療スタッフ。
町に出ると、ガソリンスタンドには緊急車両のみの給油お願いの看板。そのような状況でした。
そしてそのなかで、医療活動を行いました。
災害時などの医療活動は始めに「トリアージ」というものをおこないます。これは、緑・黄・赤・黒の4色に患者の状態ごとに分け、優先順位をつけ、効率的に医療活動を行うためのものです。
それぞれの色により、軽度で救急の必要なし・重篤ではないが早期に治療を必要・重篤で直ちに治療を必要・死亡もしくは救命不可能
と分けられています。
しかし、兄曰く、「トリアージしても、ほとんど緑か黒だった」ということです。
なぜなら、そのほかの人々は津波よって流されたから。
津波から逃げることができた=自分で動くことができる=軽度で救急の必要なし
もしくは、その反対。
以前、新潟県で発生した地震の際も派遣されましたが、ここまで極端なことは経験したことなかった、
ということです。
そして、震災から3日後に戻ってきました。それと同時に、次の部が出発し、交代しながら現在もほかのメンバーが医療活動を行っています。
今、被災地支援で何が必要かということも語ってくれました。
とにかく、燃料が欲しいということです。自家発電するにも、機材を動かすにも、体を暖めるにも、料理を作るのにも…
燃料がなければ何もできない、助かる命も助けられない、ということです。
どこかの団体が折り鶴を送ろうとしてますが、その分を燃料に変えてくれればな、と思います。
あと、ボランティアのことについて。
中途半端な気持ちでは絶対に行かないでください。あなたがボランティア行ったとしても、誰があなたの活動を支えるのでしょうか?食事は誰が出すのですか?その食事はあなたのためのものですか?
確かに、ボランティアという言葉の響きはいいかもしれません。しかし、すべてのボランティアがいいことではありませんし、最悪の場合、迷惑をかけます。
自分の身の回りのことは自分自身で済ませる。その上でボランティアを行うべきではないでしょうか。
ということで、いろいろ書きました。
このほかにもたくさん書きたいことがあります。しかし書けないこともたくさんあります。
なので、この辺で終わりたいと思います。
終わりに、今回の震災で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々にお見舞い申し上げます。
そして、1日でも早い復興を願っています。
がんばれ、日本。