柔らかい陽射しが降り注ぐ午後のリビング。

窓の向こうでは、すっかり秋めいてきた風が庭木の梢をさやさやと揺らしている。ぼくの前に置かれたティーカップから甘いミルクの匂いが立ちのぼり、頭上からギイの声が降ってきた。

「寒がりの託生くん、冷めないうちに召しあがれ」

リフレッシュ休暇と称して何の予定も入れなかった今日、ぼくたちはこうしてのんびりと過ごしていた。

「ありがとう、ギイ。本当に今日は出かけないのかい?」

「たまには骨休みも必要だろ。託生と一緒にまったりいられる日なんてめったとないんだし、独占させてくれよ」

ギイの顔がふわりと笑う。カップに手をつける前に、ぼくのからだは中から熱が満ちていく。

「ああ、でも、託生にひとつだけ頼みたいかな」

「な、なんだい?ぼくにできることだよね」

赤くなった顔を見つからないように、そっとティーカップを持ち上げる。

「託生にしかできないこと。しかも折よく今日なんだな」

ひとり楽しそうなギイの声が、小さくつぶやいた。

「何が今日なんだい?」

「日付だよ」

「日付?」

「そう、今日の日付」

「11月10日」

ほの温かいティーカップの中へ、ぼくのつぶやきが溶けていく。

「数字だけ、並べてみろよ」

1110

頭の中で並ぶ色のついた数字を残したまま、ギイの方へ振り向いた。

「い・い・お・と、こう読むんだ。だから託生、一曲弾いてくれ。俺にも、芸術の秋を満喫させてくれよ」

それは、なんともー

「弾くのは構わないけど、ぼくの音でいいのかい?」

視線はおのずと、部屋の隅に置いたオーディオラックへを見ていた。そこには、ぼくが尊敬してやまない、ギイと幼なじみの井上佐智教授が微笑むCDジャケットのポートレートがこちらを向いている。同じ性別とは思えないほど上品かつ優美な笑顔は、肩で切りそろえた髪型のせいばかりではないだろう。

「あはは、社会ではアイツの音を好む人間が多いってだけで、俺には託生の音色が何よりもいい音なんだけどな」

小首を傾げてぼくを覗き込んだギイは、朗らかに言った。

それはね、ギイ、惚れた欲目っていうんだよ。

心の中でそっとつぶやいて、お茶の後で小さな演奏会を開く約束をした。