先ほどからパソコンの画面を眺める真行寺の顔が、百面相でせわしなく変わる。眉間に皺を寄せたかと思えば首を傾げてみたり、口角をあげては物思いに耽る。そしてまた、マウスをカチリと鳴らす。何かを探しているのだろうが、何を見たらそんな風にコロコロと表情が変えられるんだ。

あいつの変わる表情を観賞することにも、そろそろ飽きてきた。手元に置かれたカップも冷めきってしまっただろうから、新しいものを入れてやるついでに後ろからそっと画面を覗きこむ。
「ありが、わッ、や、何するんすか!アラタさん」
差し出されたほんのり暖かいカップに気づいた真行寺は、振り向くなりわめく。
「うるさいよ、おまえ。旅行にでも行くのかい?」
そこに映っていたのは、浴槽の周りにどっしりと巨大な岩がいくつも配置されたり、檜作りだろう木目の建具をふんだんにあしらうなど、意匠を凝らした露天風呂の数々。
「ちょ、勝手に操作しないでよ」
マウスを握る真行寺の手の上から重ねた俺の手がポインタを動かすのを、真行寺は慌ててとめる。
「クリスマスや年末年始って、温泉がブームなのか?」
「知らないっすよ、俺はそんなこと。そもそも誰と行くんすか」
「誰と行くんだい?」
「ー今頃?」
絶句するように呟いた真行寺はマウスを取り戻し、さらには背後から被さる俺を押し退け、ノートパソコンの画面を閉じた。
「あのね、アラタさん、」
画面を閉じて居ずまいを正した真行寺が、神妙な顔になり語り始めた。今さっきまで、百面相をしていた男とは到底思えないような屈託を抱えて。
「目の前に最愛の恋人がいて、しかもイベントラッシュなこの時期に、なんで他の誰かと旅行しなきゃなんないんすか。俺、期末試験も作んなきゃなんないし、採点だってあるし、通知表もつけなきゃいけなくて、とっても忙しいんすよ。その忙しい最中に、わざわざ誰かと旅行したいなんて思わないっしょ、普通は」
「おまえが誰と旅行するかなんて、俺は知るかよ。旅館のサイトみて考え事してたのは、おまえだろうが」
「見るくらい、タダじゃないっすか。行く予定とは関係ないんすから」
「予定もないのに、見たいとも俺なら思わないけどな」
「見たら、行きたくなるんすけどね。もちろん、アラタさんと、っすよ」
勢い込んで、ひとこと加えることを忘れない。
「あいにくだが、俺には予定を入れる暇なんてないよ」
「でしょ。だから見るだけ。誰とも行かないっす」
ひとしきり話してようやく落ち着いたらしく、入れ換えたカップを取り上げた。
「これ、なんでミルクなんすか?」
「ちゃんと砂糖も入ってるよ」
「や、そうじゃなくて。どうして甘いミルクにしたんすか」
真行寺は文句を言いつつも、ひとくち飲んで吐息をつく。
「うまいだろ。煮詰まってるようだし、刺激物はよした方がいいからな」
「気を使わせちゃって、すんません」
素直な真行寺はそう言って、コーヒーの入った俺のカップを見ていた。
「全部飲んだら、次はコーヒーを入れてやるから」
「俺は、酒がいいっす」
飲み干したカップを手に立ち上がった真行寺は、自分でグラスを取りにキッチンへ行く。ふたつのグラスと小袋を抱え戻ってくるなり、閉じたパソコンをまた開けて
「アラタさん、今日、何の日かわかるっすか?」
「今日って、11月26日だろう。誕生日か何かかい?」
「違うっす。数字だけ並べてみたら、なんか気づかないっすか」
頭の中に1126の数字だけを並べてみたが、カードの暗証番号ではないし。小首を傾げた俺に、真行寺は満足そうな笑顔でパソコンを指さした。
「イイフロ、1126だから、いい風呂の日なんす」
たしか、何日か前には、こう言っていたはずだ。
「いい夫婦の日、もあったよな?」
母さんたちにプレゼントを贈ろう、ってはしゃいでいた。
「それは、11月22日。今日は26日だから、風呂の日っすよ」
おい、
「なら、11月は、毎日がいい日じゃないか」
「ポッキーの日も?」
「イベントばかりだな。いい庭の日もくる」
「いい庭?」
「1128で、いい庭になるだろう」
「じゃ、じゃあ、その次の日は、いい肉の日っすか!」
ひときわ声を張り上げた真行寺は、背までひとまわり伸びていた。
「今度は、焼肉屋かステーキハウスでも、探すのかい?」
「それなら温泉より近いっしょ。アラタさんが早く帰宅できるなら、どっかで待ち合わせて一緒に行こうよ」
甘えてねだる子犬のように、いつもはシャープな目元を倍ほども開き、まばたきもせずに俺を見つめる。
「善処するよ。期待せずに待っていろ」
満面の笑みを顔いっぱいに広げた真行寺は、期待を膨らませるように大きく頷いた。

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ネタは昨日からあっても、書く時間がなくて。1日遅れになりました。敢えてのマウスはドキドキするかしら、たぶん、このふたりは使わない派かとw