まどろみの向こうで、LINEが通知メッセージを知らせてきた。カーテン越しにくっきりとした日射しが覗く朝の恒例行事は、真行寺が大学の合宿中にも途切れることなく続いている。

メッセージに起こされたついでにベッドから出て、着替えた後に階下へ降りると、母さんはキッチンにいた。

「父さんは、もう出勤したのかい?」
「あら、あーちゃん、今日はお休み?ゆっくりね。パパなら、とっくに出掛けたわよ」
食洗機へ食器を納め、振り返った。
「残念ながら、午前中は夏期講習のバイト。午後からは学校へ行って、夜もまたバイトで通常授業なんだ」
言って洗面所から戻ると、食卓は香ばしい香りに包まれていた。
焼けたトーストを取り出しコーヒーの入ったマグカップと共にテーブルに着くと、夏野菜&オムレツを盛った皿を差し出す母さんも向かいに座った。
「夏休みでも、毎日忙しいわね。高校の寮から帰ってきてた夏休みは、もっとのんびりしてた気がするわ」
今時の夏休みは、学習塾や予備校にとって千客万来の季節。これをきっかけに編入する学生もいて、教育産業は熾烈な争いをしている。
「祠堂にいた当時は、バイトがなかったからじゃないかな」
クーラーで冷えたからだが、コーヒーの熱さにより目覚めていく。話しながら手を合わせ、オムレツをフォークにのせるとふわりとした温もりが伝わる。ふっくらした食感が、喉を滑り落ちた。
「今も、別にアルバイトなくても学校へ通えるでしょ。朝も夜もだなんて、勤労学生しなくても」
勤労学生になったつもりはないが、
「社会勉強だよ。学生時代にしかできないこともあるし、ちゃんと先週は、ばあばのところへ行ったよ」
「そうそう、おばあちゃまがね、『真行寺くんは元気にしているかしら』って、心配してらしたわよ」
「あいつなら、いつだって元気だよ。今日まで、学部の合宿にも参加してるし」
そこから、毎朝ハートマークつきでメッセージが届くことまでは、知らせない。しかも、毎日、違うハートがついていて、あいつのケータイにはどれほどのマークが保存されているんだか。
テキパキと朝食を片付ける俺を見ていた母さんは、
「そうじゃなくて、いつもあーちゃんひとりだから、真行寺くんからはお手紙ばかりでしょ。今年は彼も大学生だから、一緒に来てくれるかなって、楽しみにしてたんじゃないかしら」
自分がつまらなさそうに話す。
「真行寺こそ、親に負担をかけないよう、バイトと勉強で忙しいんじゃないかな。おまけに奨学生だから、成績も残していかなきゃ奨学金が打ち切られて。あいつも、頑張ってるんだよ、きっと」
「うちにも、あまり来なくなっちゃったものねえ、真行寺くん。あーちゃん、今日のお夕飯は?夜も授業なら、遅くなるの?」
「遅くならないようには、帰るつもりだけど。父さんと、先に仲良く食べててよ」
その真行寺から、あくまで鬼のような着信がなければ、だから。明日がオフなら、この数日分を取り戻すかのように、俺の予定を訊きにくるだろう。たとえ10分だとて会いたいと、のべつまくなしメッセージを送って寄越すだろう。
「今夜は、パパも遅いそうよ。」
母さんは、溜め息混じりに呟いた。と思ったら、少女のようにイタズラな目を輝かせ
「真行寺くん、今日までなのよね?連絡があったら、誘っちゃおうかしら」
楽しげに言う。そして、尻尾を振って了解する真行寺が、俺には見えていた。
「連絡があれば、ね」
そうひとこと告げて、食卓をでた。

自分の部屋へ戻り、机の上に置きっぱなしのケータイを開いて、LINEのメッセージを確認する。そこには、本日も新しいハートマークが、予定通りに添えられていた。
たまには俺も、既読をつけるだけではなく、朝の挨拶を返してやろう。同じハートマークではおもしろくないから、新しいコミュニケーションのメソッドで。わずか一行だとて、斬新なメッセージを。

おはよう(*^・^)ノ・・・☆ナゲキッス♪

送信ボタンを押し閉じたケータイは、音量を最小に落としてある。鞄の奥底へ入れられた俺のケータイ。もし繋がらなければ、あいつなら自宅へかけて母さんに様子を訊ねるだろう。



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