星屑のように、夜空を埋め尽くすイルミネーションからは、光の雨が降り注ぐ。すでに夜半にもなろうかという時間でも、人通りが途切れることのない歩道をギイと並んで歩く。人波からぼくを庇うように、エスコートに慣れたギイは半歩だけ先をいく。
「いったい、どこへ向かってるんだ?」
前を向いたまま、声だけがかけられた。
「きっと、この先だったかな・・・」
訝しそうに振り向いた視線を避け、ギイより前に出たぼくはそれ以上の質問を受け付けないと背中に書いて、そそくさと当たりを見回す。それらしい店を探すふりをして、ギイの方には振り向かない。
しばらく行くと、島岡さんに教えられたブティックを見つけた。シンプルなワンピースの上から赤いコートと白いコートを着たマネキンの足元、二足の靴の間に置かれた小さなクリスマスツリーの頂上でミニサンタが笑っている。ウィンドの一番下で舞う雪の結晶から飛び出すように笑うサンタへ、声を出さずにメリークリスマスとつぶやく。
「なに、笑ってんだよ」
追いかけてくるギイの声には、刺が含まれていた。
「もう少しだから」
角のブティックを曲がって100メートルも過ぎた頃、こじんまりとしたレストランがあった。看板もなく、カントリー調のドアを囲う控えめな電飾がなければ、ここが飲食店とは気づかないだろう。ビルの一階でひっそりと営業しているレストランは、一見の客を拒むようにシェードで閉ざされた窓から明かりが洩れている。その隣、エントランスにしては殺風景な、外壁を切り抜いただけの入口から中へ入りエレベーターを呼ぶ。
「おい、託生」
呼びかけるギイを置いて、下りてきた箱へ先乗り込んだぼくは、2と書かれたボタンを押して長い息を吐き出した。
「そうだよ、ギイ。ギイが、良く知ってるお店なんだ」
「なんでまた、こんな日に、よりにもよってアイツの顔なんて見なきゃならないんだ」
モーターの振動が伝わる壁に寄りかかるギイが、言い終える前に小さく鳴ったチャイムの音。開いたドアの向こうは、降りる人が戸惑うほどビジネスライクな打ちっぱなしのコンクリートの壁と廊下。その廊下をツカツカと足音がしそうな勢いで歩き、銀色のプレートを付けた黒い扉を、ぼくは迷わず開いた。
たちまち、室内から、気怠いジャズのメロディーが流れ出してきた。ところどころで間接照明が落ちる店内は思ったよりも広く、丸いテーブル席が通路を開けて数席並んでいる。テーブルの左手奥には、壁一面を使って設置された棚の上にボトルが整然と置いてあり、ぼくひとりならばおっかなびっくり思わず引き返すだろうほど濃密な大人の空気が漂っている。
その前には、さして大きくはないLの字型のバーカウンターがある。L字の長い方に座った客の前へグラスを置いたウェイターが、つと顔を上げる。そして、驚いたように僅かに手を止めた。
「参ったな。きっと向こうも、そう思ってるぞ」
後ろでギイがつぶやく。おそらくは、苦笑していることだろう。驚いたウェイターもすぐに表情を変えてニヤリと笑い、ぼくたちに向けてカウンターへと手招きした。
「呼んでるぞ、託生」
「ギイのこともね」
招かれざる客、よりはいいじゃないか。そう心の中でごちて、ぼくはギイを伴いカウンターへと歩き出した。