地下から路上に出ると、寒さに弱いぼくは、わかっていても思わず寒いと口に出してつぶやく。
そしてギイにもらったカシミアのコートの前を掴み、中に深く潜り込む。手袋もカシミア、どちらも昨年のクリスマス、ギイから国際便で届いたプレゼントだった。
コートを掴む手袋が、頬に当たってあったかい。
高級品の暖かさプラスアルファの温もりが、ほっこりとぼくをあたためる。
ギイは、家まで迎えに行くと言った。しかしクリスマスイヴまで仕事の恋人を、ただじっと待っているよりも、ぼくから会いに行きたいと思った。なんたって、学生のぼくは、もう冬季休暇中なのだから。

スキップ制度を繰返し利用して15歳にして大学を卒業したギイは、18歳にして再び、カルフォルニアにある研究室へ入った。そしてこの夏に日本へ戻り、お父さんの会社Fグループ傘下のひとつにあたる在日企業で社長に就任した。
ハタチを過ぎたばかり、まだ大学生のぼくと同級生の社長。
民衆の興味をそそるものはその年齢か美貌か、公式非公式を問わず祭典や式典があれば、彼の元にも親展扱いの招待状が届く。そうした人々の好奇心を熟知しているギイも断ることはせず、本来の社交性を存分に活かし、できる限り応じるようにしている。祠堂にいた頃と今も変わらず、フットワークの軽いギイ。たとえわずかな時間でも代理の人を立てたりはせずに、自ら赴くことで彼の魅力はさらに増していた。

3連休最終日の駅前は、夜と呼ぶには早い時間でも、路上を陽気な団体様が賑やかに通り過ぎていく。どこからともなく聞こえるクリスマスソングが、そこはかとなく人々の気分を高揚させている。それをぼんやりと眺めるぼくの周りでは、待ち人が現れ笑顔で去っていく人たちが、さっきから入れ代わり立ち代わっている。
25日のキリスト生誕の前夜だけじゃなくその前日まで休日になれば、キリスト教徒でなくても誰しもがその雰囲気を味わいたくなるのだろう。

そこへ、つと頭ひとつ高い人影が、雑多な人波を掻き分けながら、駅へと駆けてくる姿に目を奪われる。
揺れる栗色の髪が、ステップに合わせリズミカルに跳ねる。マフラーで顔を半分隠していても、その美貌までは隠しきれていないストリートランナーは、まるで障害物競争を軽やかに駆け抜けるアスリートのようだ。しなやかな細身のからだが、するりするりとぼくに近づいてくる。
コートの裾を翻すギイが、人波に埋もれそうなぼくの元へ向かっていた。