夕凪の海を望む桟橋で託生たちと別れを告げた三洲は、真行寺に伴われ深いオレンジ色に染まる空の下、都内へと向かいます。

「あのギイって、いったい何者なんだ?」

悠に5人の大人が座れそうなソファにひとりで腰をかけた三洲は、舵を握る真行寺へ訊ねました。

「Fグループって、知らないっすか?」

「日本有数の企業体、なら知っているが。」

「ギイ先輩は、そこの次期総帥っす。」

「なるほどな。それならあの城も、このクルーザーも、もっともだ。そうすると、行き先はその系列企業のどれかだな?」

頷いた真行寺はクルーザーをオートシステムへ切り替え

「後30分もすれば到着っす。やっぱ車よりいいっすね。」

話しながら、冷蔵庫から瓶入りのミネラルウォーターを2本取り出しました。1本を受け取った三洲は、目の前に座った真行寺へ、さらに問います。

「おまえはギイ専属の運転手か。車から船まで、なんでもござれ、の。」

「日本じゃ、あまり必要ないっすけど、セスナもあるっす。俺は、クルーザーばっかがいいんすけど。」

「まるで軍隊だな。しかも、真行寺は海軍志望。」

「潜水艦は勘弁っしょ。せっかく海にいても、閉じ込められちゃ、意味ないっす。」

「セスナや車だって、それは同じだろうが。」

いつも、どことなく噛み合わない真行寺との会話。三洲は遂に耐え切れず、盛大に吹き出しました。くくくっとからだをふたつに折り曲げ笑う三洲が不可解で、真行寺はひとまず操舵席へ引き返します。ギイと託生の好意により三洲を送る役目を仰せつかったものの、このままではふたりの期待を裏切り何も伝えられないまま、おめおめと竜宮城へ逃げ帰ることになるのでしょうか。宵闇の彼方へ投げた真行寺の瞳には、きらめきはじめた街の明かりが映っていました。

クルーザーを係留し、常駐してある黒塗りの社用車へと乗り換え、みるみるうちに三洲の自宅があるマンションの中へ車は吸い込まれていきます。意を決した真行寺は、ギイから託された玉手箱を手に、三洲を部屋まで送り届けました。

「これを、俺に?」

「そうっす。三洲さんが自宅へ着いたら開けて欲しいって、ギイ先輩が言ってたっす。」

豪奢な洋館やプライベートビーチとは似ても似つかない文箱ほどの大きさをした塗りのケース。上面には螺鈿細工が施され、しっかりと組紐がかけられたそれを受け取った三洲は、当惑の眉を顰めました。しかし、対峙するように目の前で立ち塞がり、このままでは引き返しそうにない真行寺にひとつ溜め息をついて組紐を解きました。そして艶やかな蓋を開けた三洲の瞳は、類い稀なほど大きく見開かれました。

「なんだ、これは・・・」

そこには、譲渡契約書と書かれた書類と、0がたくさんついた無記名の小切手がきれいに揃えられ納まっています。その書類を手にとった三洲はざっと内容に目を通し、僅かに視線を上げました。

「真行寺兼満って、おまえのことか?」

「そうっす。今夜から、俺の飼い主は、ギイ先輩から三洲さんに変更された、って書いてあるっしょ。その小切手は、俺の退職金代わりっす。」

何食わぬ声で告げる真行寺の顔は、大役を終え晴れ晴れとした笑顔になっていました。

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ギイの節税対策w