ゆったり歩く広い肩に、はらりと落ちた白い雪。手を差し出し指先ではらう。と、怪訝な顔が振り返った。

「降ってきたね。」

「ああ。また落ちてくるんだから、はらっても同じだろ。」

「・・・そうだけど。」

帰り着く頃には、祠堂もうっすら雪化粧を施されているかな。

山の中腹にへばりつくように建つ、全寮制男子校、祠堂学院高等学校。全校生徒合わせても500名ほどの校内はやたらに広く、深い緑に囲まれた校庭は春夏秋冬ごとに色を変えてゆく。この世から隔離されたようなエリア、ましてや2年半もここに住めばその風景は見慣れたものになる、予定だった。矢倉が、今も本当の事を、話してくれていなければ。

その矢倉と、期末試験も終えた冬休み直前の最後の休日、風邪を引きそうな寒さの中を麓の町まで買い物にきた。午前中に乗ったバスを降りて一度別れ、それぞれ秘密の品を手に待ち合わせのカフェで合流し昼食を済ませたのち、本屋へ向かっていた。こうして一緒にこの町を歩ける機会は、あと何度あるのだろう。

「なに買ったんだ?」

俺の胸の内なんて知るはずもなく、突然、本人がひょいと寄ってきた。その目に触れないよう、下げていた紙袋を両腕の中に抱えた。

「不義理を重ねてる母へ、帰省みやげ。」

「嘘つけ。それだけじゃないだろ。」

「それを教えたら、プレゼントする意味がないじゃないか。」

「いいから教えろ。」 

言葉と同時に、長い腕が伸びてくる。避ける間もなく正面から巻きつく腕に捕まり、グラリと揺れた視界。厚い胸に引き寄せられ、真冬の寒さも吹き飛ばすほどの温もりが全身をスッポリ覆う。

「矢倉っ、」

「大丈夫だよ、誰も俺たちのことなんか見ちゃいない。どうせみんな、プレゼントのことで頭も心もいっぱいなんだ。」

身を捩っても揺るがない腕は、明るい声でクスリと耳打ちした。その声に押され、こめかみで脈打つ動悸を感じながら、息を殺してひっそり周りを伺ってみる。俯いた視界の中には、溶けていく雪の上をリズミカルに動くいくつものブーツやスニーカー。止まる気配もなく、ひたすら通り過ぎていく。

「な?」

囁かれ、ようやく目を上げた先には、俺だけが知る穏やかな顔。吸い込まれるようにコクリ頷くと、その顔がふわり笑った。落ち着きかけた鼓動が、またドキリと胸を打つ。それを知られないよう、巻きついた腕をやんわり解いた。

でも、矢倉は、あっさり解放しようとしない。

「やっと、捕まえたんたんだからな。」

反対に添えた手を取られ、繋いだまま歩きだす。離すつもりがないと言わんばかりに、歩きながら、繋いだ手を、するりとコートのポケットへ忍ばせた。絡まる指の先で、愛しさが交差する。

もうすぐ、数日後のクリスマス当日に退寮すれば、こうして会うこともできない。会えないだけではなく、母のいる家では矢倉の声すら聞けない。

それに気づいた瞬間、コートの中の手をきつく握り締めていた。

「どうした?」

頭上から、訝る声が降ってきた。

「受験が終わったら、矢倉はすぐに寮へ戻るのかい?」 

「何もなければ、そうする。どうせ、1階はもぬけの殻に近いだろうけど、3階が不在だからな。」

「階段長だから?」

「そういうことにして置かないと、いたたまれなくなっちまう。」

以前、矢倉に俺との絶縁を迫った母。あまり家に寄り付こうとしない父を忘れたいのか、尖る神経を宥めるように一人息子の俺へ愛情を傾ける母。その母に懐柔された俺が、卒業式まで寮へ戻らないと、矢倉は考えているのだろうか。それでも、寮で待っていると言うのだろうか。

決して母の気持ちを軽んじようとなんて思わないけれど、矢倉といたい自分の気持ちにも嘘はつきたくなかった。

「俺も、受験が終わったら、必ず寮へ戻るから。」

矢倉を、自分を、安心させるように告げると

「ーーーーーおふくろさんには、なんて言うんだ?」

矢倉の足が、つと止まった。

「さあ・・・、でも、なんとかなるんじゃないかな。俺、今年は級長だし。」

俺にも、お誂え向きの大義名分が、ちゃんとある。そう教えた途端、見上げた顔は、みるみる綻んでいく。

「それもそうだ。じゃ、宏美を信じてみるか。」

「うん、俺を信じろ。大学にも受かる。そうしたら」

「そっちは心配してねえよ。」

続ける前に、話を割って断言した矢倉がおかしくて、クスリと笑った。

「なんか変か?」

「矢倉、よほど母が怖かったんだね。」

「それは、」

つと陰った顔を隠すように、矢倉はフイと顔を背ける。しかし、その向こうは、華やかに飾り付けられたショーウインドウ。硝子には、いつになく気まずそうな矢倉が映っていた。



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アラタさんが、矢津は可愛げがあると言うもので♪(*^ ・^)ノ⌒☆