バレンタインデーまで、一週間後に迫った休日。俺は朝食を片手に、朝からパソコンとにらめっこをしていた。

すっげ、なにこれ…………。

画面にずらりと並んだ、バレンタインの文字。スクロールしても、ページを移動しても続く、手作りのバレンタインスイーツ。

女の子って、毎年こんなことしてんの?

年に一度、女が男に告白を許された日。バレンタインデーのルーツを遡れば、たしかそんな話しだったような気もするけど。今やルーツなど雲散霧消、義理に留まらず友達や、果ては自分にまで贈る一大イベントだ。現に学校帰りに立ち寄ったデパ地下では、洗練されたポスターにも商品の片隅にもそう書いてあった。

「これも、友達用?」

マウスを動かしながら眺めていた液晶画面、クリック寸前の目に飛び込んできたものは、つややかなチョコレートでコーティングされたハート型のケーキ。チョコの上には、ゴールドで品よくデザインされた文字が流暢に描かれている。ケーキって見るからに甘ったるそうなものが多いけど、これはアダルトな雰囲気を漂わせていた。

「いかにも簡単そうじゃん。」

作り方を開いてみたところ、手間が少なく材料も少ないから、きっと初心者でも作れるのだろう。シンプルな見た目もアラタさんみたいだし。

あの日は結局、デパートでバレンタインチョコを見て回っただけでスイーツコーナーを離れた。その帰り、食品売り場で俺はとあるものを見つけた。まさに俺の気持ちを代弁するようなその形と大きさ。スイーツコーナーで見たどの商品にも勝るインパクト。ゆえに迷うことなく、即座にお買い上げしてしまったのだ。だがこのままでは味がない、いやいや味気ない。

そこで俺は一念発起、手作りにチャレンジすることにした。一人暮らしを始めてもうすぐ一年、簡単な料理なら朝飯前で作っているが、いかんせんスイーツなんて作ったことがない。でも今って便利なんだよ。ネットを開けばあるわあるわ、手作りスイーツのオンパレード。敢えて料理教室なんか行かなくったって、こうすれば男だってバレンタインケーキくらい作れちゃう。だって、すでにスポンジは出来上がっているのだ、後はデコレーションをするだけ。こういうの半製品て言うんだっけ、丸い型ならいつも買い物に行くスーパーにも売ってるけど、まさかハート型まであるとはおみそれした。

「さてと、まずは実家へ行って、道具を借りて来なきゃ。親父やおふくろが、留守にしててくれますように。」

どうせ実家へ行くのならあっちで作っても良さそうなものだが。その方がキッチンは広いし道具もあるし、後片付けも楽だ。でももし親に見つかれば、根掘り葉掘り訊かれるに違いない。俺が女なら友チョコで納得してくれそうだけど、残念ながら俺は男。いくら男女平等だとか男子も厨房に入るべきだなんて時代が騒いだって、いざとなれば分け隔てされて、男ってなんて不自由なんだ。


正月ぶりに帰った実家は、好都合なことに親父もおふくろもいなかった。一人っ子の俺が出て行っても、夫婦二人で寂しく暮らすなんてことはないと思っていたが、今度は二人して学費を理由に、ますます精力的に仕事に励んでいる。来るなら連絡くらいしろって言われてるけど、連絡なんてしたら歓喜に湧いて帰して貰えなくなる。両親の仲は悪くても俺のこととなると別で、どっちが親に相応しいとかなんとかまた言い争いになるだけ。ましてやどちらかだけに連絡なんてしようものなら、それが火種になってまたまた二人の仲が険悪になる。どちらかだけに会えば会ったでこれ幸いとばかりに相手の欠点を並べ立て、手前味噌の自慢話が始まる。だからなまじっか期待させない方が、親にも俺にもちょうどいいんだ。

「でも誰もいないといないで、実家も寒いな。たまには誰かに、おかえりって言われてみたいもんだ。」

ごちながら和室の襖を開け、来る途中で買った亡きばあさまの好物を仏壇に供える。こうすると俺が来たことは親にバレるんだけど、これだけはどうしても譲れない。もしばあさまが生きてたら、アラタさんのこと何て言うかな。

「ばあさまなら、きっと応援してくれるよね? この家で、俺がずっと我慢してたの知ってるし、今やっとアラタさんと二人の時間が出来て、すっげ幸せなんだ。つれないのも辛辣なのも相変わらずだけど、それでも時々優しくしてくれるから、前よりかずっと恋人らしくなってるっしょ。」

小学生だった頃は、学校から帰れば必ずばあさまが待っていた。台所のテーブルに座って、おやつを食べながらその日学校であったことを話せば、夕飯の下ごしらえをする手を休めてにこにこと聞いていた。両親の仲が悪くても俺がこうして素直に育ったのは、きっとばあさまがいたからだろう。アラタさんも、俺の素直なところだけは、馬鹿にしつつも褒めてくれるもんな。

「まだ親父にもおふくろにも話すつもりはないけど、ばあさまだけには教えるから、ちゃんと見守っててね。」

生前の笑顔に語りかけ、線香の火を消した。キッチンで製菓用の道具をいくつか拝借し、ついでに自室へ寄ってCDと漫画を数冊、かばんに放り込む。来た時同様静かな家の鍵を閉めて、次の目的地、東急ハンズへ向かった。ロフトも近いし、これで準備はバッチリだ。後は前日に仕上げて、アラタさんを待つのみ。愛しい人が思い浮かぶだけで、寒さなんてなんのその、心は一気に春めいていた。



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私事ですが、今年に入ってから体調不良が続いております。原因はわかっていますが、どうにもしようのないものでして。それに関係して、今まで読ませていただいておりました方々のお話も、あまり読めなくなっています。伺えず心苦しいのですが、体調が戻りましたら遡って読ませていただきますので、今後とも変わらぬお付き合いの程、宜しくお願い申し上げます。

このお話の続きは、近々アップします。未完にはしませんので、ご安心を。