ギイ………
君が去ってから
ぼくはずっと君を探している





「葉山、朝食どうする? 具合が悪いならもらってくるけど。」

「ありがとう、三洲くん。でも、大丈夫だから先に行ってて。」

「わかった。遅刻しないように、早くしろよ。」

目覚めたぼくを覗き込んでいた三洲は、もう着替えも済ませ制服をきっちりと着込んでいた。

「生徒会の引き継ぎも済んだって話してたのに、三洲くんは、いつも早いなあ。」

上半身だけベットから起こして、開けたカーテンの向こう、窓の隙間から入り込んで来る冷気に、ふるりと身震いして肩を抱いた。

人里離れた山の中腹にへばり付くように建つ全寮制男子校、祠堂学院学校。冬の訪れは早く、11月に雪が降る年もある。

寒さが苦手なぼくを、
君はいつも抱きしめてくれた。

あれからもう2か月も経つのに、ぼくはふとした時、君がくれたものを思い出す。 

9月の末に行われた文化祭、その途中に忽然と姿を消したぼくの恋人。退学の噂は、あっというに寮内に広がり、しばらくは誰もがその理由を詮索していた。もちろん新入生の中でも、彼を目当てに入学してきたチェック組などは、目的を失った上に親からもあれこれ訊かれるのだろう、ぼくとコンタクトを取ろうと待ち伏せされたことも一度や二度じゃない。そのせいで、彼の相棒だった章三や、親しかった階段長の矢倉や吉沢や政孝、彼を大嫌いだと宣言していた三洲までが心配して、ぼくを一人にはさせなくなっていた。

「みんなも受験があるんだから、頼ってばかりじゃ申し訳ない。ぼくももっと、しっかりしなきゃ。」

まだ残る彼の腕の温もりを振り払うように、エイッと気合いを入れてベッドから下りた。クロゼットの前で制服に着替え、部屋に戻った三洲に嫌味を言われないよう窓を開けてから、朝食を食べに行こうとドアを開けた。

廊下へ出ると、斜め前のドアから級長の簑岩が現れた。振り向いて鍵をかけながら

「葉山くん、ひとり?」

「うん、三洲くんには、先に行ってもらったんだ。」

「そう。三洲はまだ忙しいんだな。」

「生徒会の方は終わったみたいだけどね。」

「表向きはそうでも、実際はどうかな。三洲、3月期は登校しないんだろ?大きな行事が目白押しだから、頼られてそうだけど。」

「かな。顔に出さないから、ぼくには読めないことも多くて。」

「俺たちって、入学した時から生徒会がしっかりしてたじゃない?あの相楽先輩が会長だったし。で、最後が三洲。引き継ぐ方は、荷が重いと思うな。」

「そうだね。それでぼくたちは、ずいぶん楽しい学生生活を送らせてもらえたんだろうね。」

「今年は、葉山くんが副級長を引き受けてくれて、助かったよ。」

「ぼくも簑岩くんが級長で良かったよ。」

「それもこれも、三洲の采配のお陰だけどね。」

階段を下り食堂へ向かいながら、もうすぐ終わってしまう学校生活を、ぼくたちはしみじみと懐かしむ。

「おはよう、葉山、簑岩。朝から二人揃って、3Cの会議か?」

「赤池くん、おはよう。」

「おはよう、赤池。赤池も参加するかい?級長、副級長、風紀委員がいれば、どんな議案も易々と決まりそうだな。」

食堂の入口で会った章三と三人で、トレーを持って列の最後尾に並ぶ。

「僕は、そろそろ受験に専念させて欲しいね。引き継ぐまで、散々時間を取られたんだ。解放されたいよ。」

「赤池くん、3年間ご苦労様でした。」

「そうだな。葉山からの礼なら、もらって当然だ。」

章三は、ぼくとギイの校則違反を知りながら、ずっと黙認を決めてくれていた。

今ぼくが、こうしてみんなと他愛なく笑えるのも、彼がここに居たから。誰も口には出さないけれど、今もみんなの心の中には彼がいる。みんなを通して、ぼくは彼を感じる。

『葉山のことだから、自分を責めているんじゃないかと思ってな。』

彼がいなくなった後、先生から内密に教えられた真実。

本当は、もっと早くに彼と別れる日が予定されていた。けれど彼は、それを無理に引き延ばし、ぼくと過ごしていた。でも、彼がぼくにそれを話したことは、一度もなかった。ぼくには、それだけで充分だった。

二人で分かち合いたい、あの日ぼくは彼にそう言った。嬉しそうに笑った彼の笑顔。

もし、ぼくが、彼とのタイムリミットを知っていれば、彼の前で笑っていられたかどうかわからない。タイムリミットを気にしてばかりで、あんなに楽しくは過ごせなかっただろう。

ギイフィルター

彼のお陰で、ぼくは平穏な日常が送れた。そして今も、彼が残してくれたたくさんの人や思い出に囲まれている。

彼と過ごした時間がぼくを変えた。ぼくの過去の忌まわしい思い出ごと、彼は受け止めてくれた。

「お前を愛する人なんかいない」
ぼくの中に深く刻まれた呪音を消し去ったのは君。
もう、出会う以前のぼくじゃない。

だから次は、ぼくが君を見つける。ぼくから君に愛を届けるんだ。

そうして、
彼のあの笑顔を、今度こそぼくのものに。





――――――――――――――


この冬、この曲を良く耳にします。2人のイメージと重なって