あー、なんでこんなイベントに俺だけ!
職員室を出た俺は、心の中で叫んでいた。いくら叫んでも叫び足りないほど悔しい。
廊下を睨む勢いで歩いていた俺の肩が、不意に後ろから叩かれた。慌てて顔を引き締め振り返る。と、そこには、先ほどまで職員室で会議を進行していた生徒指導部長が立っていた。
「真行寺先生、当日はいろいろと大変でしょうが、これも生徒たちの安全のためですから、よろしくお願いします。」
「はい、もちろんです。こんな大切な仕事を任せて貰えて、俺、光栄です。」
「そうですか。それならば私も先生を推薦した甲斐があります。」
あっぶねー。
柔和に話す生徒指導部長だが、元は国体選手として鳴らしたという猛者だ。もしも俺の本心など知られたら、今後睨まれて仕事がやりにくい。
そして夕飯を食べたアラタさんまでが、そそくさと隣へ帰宅してしまった。ツイてない日はとことんツイていない。
ところが再び開いた玄関からアラタさんが現れた。手には書類一式とパソコンを携えて。
「こっちでやったら迷惑?」
「とんでもない。入って入って。すぐにお茶の用意するっす。」
ひとりになりたくなかった俺はその申し出に飛びついた。
そうか、ふわりと笑ったアラタさんはテーブルの上に持ち込んだ一式を広げる。
しなやかな指先を忙しなく動かしながら、何かを打ち込んでいく凛とした姿。学生時代に飽きもせず眺めていた横顔は、生徒会長をしていた頃から変わらない。その白く滑らかな頬が、液晶画面を見つめたまま動いた。
「今日はずいぶん荒れてるな。」
「うん。職員会議だったんす。」
「ふうん。」
「それで俺、地元で行われるハロウィンのイベント会場へ、かり出されることに決まったっす。」
「へえ。」
「最近は物騒っすからね。大人も子供も。」
「で、真行寺は何をやるんだ?」
「見張り。」
――――――?
「パトロールっす。」
「―――――あはは。で、せっかくのイベントにコスプレが出来ないお前はやさぐれている、とそういうことか。」
「アラタさん笑い事じゃないっすよ。みんな楽しんでいる最中に、なんで俺だけ警察官みたいなことしなきゃなんないんすか。地域協定って面倒くさい。」
「しょうがないだろう、それも仕事のひとつなんだから。」
キーボードから指を離して俺に向き直ったアラタさんの目は、呆れていた。
「そもそもお前、文化祭の劇でコスプレした時はさんざん文句言っておいて、なぜ今になって参加出来ないとやさぐれるんだか。」
「あれはいろいろ、あーしろこーしろって決められてて楽しくないじゃん。ハロウィンは自分の好きな恰好っしょ。」
「それでそのハロウィンに参加するなら、お前はどんな恰好がしたいんだ?もう王子も帝もやっただろ。」
「うーん、チャンプに登場する正義の味方とかっすか?海賊なんてカッコイイっしょ。」
「その正義の味方をやりに、会場へ行くんだぞ。補導員ってそういうものだから。」
「じゃあ、ジャージが衣装??」
「新キャラクターだと思え。」
「えー!! 普段着じゃん」
「毎日がヒーローごっこだったんだな、真行寺。」
「はあ!? どうしてそうなるんすか。」
「要は気の持ちようだろう。どんなコスプレをしようが、真行寺は真行寺なんだから。」
「え?アラタさん、それって…。」
「なに?」
「俺のこと口説いてるっすか?」
「―――解釈はご自由に。」
ニヤリと笑ったアラタさんは、再び手元に目を落とした。
なんだか上手くごまかされたような気がしないでもないが、これを機に俺が俄然やる気になったことは言うまでもない。