北米地域を拠点とした勢力を誇る「US会」ら9つの団体が、「TP会」

結成の大枠合意に至った。「仮盃」を交わしたと思われる。「日本会」は

「US会」本家ホノルル別邸の大広間に通されることはなく、玄関近くの

狭い座敷に留め置かれた模様である。

 一方、「日本会」の地元では、“実録紙”と称される「日本会系新聞協

会」を構成する指定広域出版組織(一般には「全国紙」)が一斉に「提

灯記事」を発表している。

 また、「軍師」気取りの社会科学研究者たちの一連の「任官要請論

稿」も彩(いろどり)を添えていた。


 ところで、両者の話は凡そ以下のトピックで語られることによって完

結している。


 ・ 関税撤廃

 ・ 少子高齢化

 ・ (国内)市場の縮小、あるいは経済成長の縮小

 ・ 貿易立国

 ・ アジアの成長を取り込む

 ・ 国益

 ・ 勝ち取るべき(もの)を勝ち取る

 ・ 守るべき(もの)を守る

 ・ ~しか生き残る道がない

 ・ 農地を集約し規模を拡大する

 ・ 生産性を上げる

 ・ 世界に打って出る

 ・ 主張する

 ・ リーダーになる


とまあ、こんな感じの言葉が適当に散りばめられて文章が完成(?)さ

れている。

 早い話が、お互いが関税を撤廃することと、大方アメリカから要求さ

れるであろう“交渉課題”について“頑張る”こと、そして国内農業に何

か変化を与えること、その3つしかないのである。

 つまり、“ 「日本会」はその3つだけやってこい ”と言っているに等し

いのである。

 で、「US会」はどうか。

 まず、「(会合は)ハイレベルな自由貿易会議だ」と言う…すると「日本

会」総長は慌てて「ハイレベルな自由貿易」がどうたらこうたらと言う羽

目になった。いかにも「低レベル」な姿勢で「TPP」に乗り込んでいった

ような印象だ…。

 そして「US会」は、"asahi.com"の報道によれば、“サシの協議”で米

国産牛肉の輸入規制撤廃や自動車市場の規制の改善、日本郵政の

優遇措置見直しを重点3分野として話し合う意向を示した、とある。

 「日本会」総長は、“土産”として BSE 問題以来の米国産牛肉に対

する規制の緩和話を用意していたが、「US会」を更にその上の話を切

り出した。もっとも、それは予想されたことではあったのだが。

 予想されたことといえば、「日本郵政」関連についても言える。

 ただ、私のような“堅気”(「日本会」準構成員)の者が“びっくらコイた”

のは、その話(協議)が「本協議」ではなくて、「事前協議」の場の話とし

て提示されたことである。

 そして、なんといっても残る1つの「自動車市場の規制の改善」。

 「ディーリング」関係の話なのだろうか。素人考えとしては、「車検を

やめろ」という話の可能性もあるのではないかとも思っている。

 「日本会系経団連」は「TPP イケイケ バンバン」だったのであるから、

どう出るのだろうか。

 「US会」は他にも様々な分野において「案件」を提示するものと思わ

れる。

   ※ 実際、"asahi.com"記事には、「これらは我々が取り上げる

    課題の一部にすぎない」という米通商代表部(USTR:←ちなみ

    にお役所組織ではない)のコメントが紹介されている。

 つまり「US会」は…今に始まったことではないが…モノやサービスを

輸出したい相手に対して、「US会」ローカル・ルールの適用を求める。

「日本会」的な発想では、とっかかりからしばらくは、というよりそれ以

降も大体はずっと、“売りたい側”が相手地域内のルールに合わせる。

トラブル発生時は“国際通念”を拠り所にする。

 どうだろう。

 「US会」は、「関税はお互い取っ払いましょうや」…と言いつつ【砂

糖】のような例外もあったりするが…と話す次の言葉に、「んで、基準

・ルールはアメリカ式でね」、と加えるのだ。

 対して「日本会」は、やろうとしているのは「関税撤廃(一部例外)」と

「対アメリカについて“頑張る”」と「農業をなんとかする」の3つである。

 「US会」が「USルール」を主張してくることが判っているからそれに

対して「日本会」は「頑張る」んだ、という話をしたいのではない。私が

関心を抱くのは、「日本会」は何か1つぐらいは「ルールの提案」をする

のだろうか、ということだ。

 「US会」は、本当に望むから「USルール」を主張してきたり、あるい

は“駆け引き”のために“ダメ元”で…純粋に「ダメ元」で主張する場合

もあるかもしれない…「USルール」を持ち出すのかもしれない。

 しかし「日本会」については、「ルール作りに関与してこーい」と送り

出される割には、「ルール素案」のようなものまでは持ち合わせていな

いのではないかと思えてならない。とりあえず日本の“被害”を最小限

に抑えることが「ルール作り関与」が示す内容となるのではなかろうか。

 「ハイレベルな自由貿易(交渉)」だの「貿易立国」だの、掛け声は勇

ましい割りには…つまり「高尚(?)な理念の割には」(?)…、特に用

意したものはなし、という状況なのではないかと思わざるを得ない。そ

れはまるで、“怪我をしないデッドボールの受け方”は勉強していった

が、「ヒットやホームランを打つ練習はしていかなかった」というような。

まあ、デッドボールなら1塁に出塁できるからいいや、みたいな。ある

いは(多数派工作による)フォアボールでいいや、とか(粘り強い交渉

だと評価される?)。

 ちなみに「開国、開国」と言っても、実際に行なうのは輸出相手に「開

国(関税撤廃)をさせる」ことである…同時に例えば「日本会」が日本の

農家に「開国(関税撤廃)をさせる」ことでもある…。「日本会系経団連」

自身については、自分が「開国」したいのだから自身についての「開国

(関税撤廃)」(輸出を通じて利益を得たい者、輸入を通じて利益を得

たい者双方について)は造作のないことである。




 「全国紙」は「農家」から広告料を得ることはないであろう。せいぜい

「日本会系農協会」ぐらいからの広告依頼に止まる。しかし「日本会系

経団連」からは会社の数だけ広告依頼を受ける可能性がある。

 ところで、「軍師」気取りの社会科学研究者連中は、何か優れた研究

成果を挙げてきたのだろうか。まあ、そんなのはなくても、主張する内

容が正論であれば問題はないとも言えるのだろうが…。



 「少子高齢化」で「経済成長の低下」などと言うが、トヨタや松下など

が売れる商品を作れないのではないのか。いいモノを作っても買えな

いような賃金体系の世の中を招いてきたのではないのか。

 もちろん、「農業が壊滅する」などという「日本会系農協会」のような

阿呆も存在するがそれは論外として、農業をやりたくて会社を辞める

人の話は聞くが、トヨタの車が欲しくて会社を辞めるような人の話は聞

いたことがない。ちなみに、トヨタの車が欲しくて安い輸入食材ばかり

買う人はいるかもしれない。

 今件に関しても、トヨタは「TPP」参加によって農家が利益を手にする

話を提案すべきであった、つまり「日本会系経団連」がそうした話を提

案すべきであったのだ(ホラ話ではいけないが)。今件においては、「経

団連」や「全国紙」などは、農家を踏み台にして益を得ようとした印象を

与えてしまった。しかも“お国のため”に踏み台になってもやむなしとい

ったストーリーだ。

 もっとも、「トヨタの車が欲しくて会社を辞めるような人がいない」のは、

仕事を続けていればトヨタの車だけでなく、他の物も買えるからに違い

ないのだが、「産出額」を較べるだけで農業と工業のどちらが大事かな

どと話すのは大して意味はない。それどころか、そんなことを言ったら

NPOの立場がない、…というか、大方の経済学者は●●であり、新聞

社などは▼▼であるとも思われかねない。“業界産出額”がかなり怪し

い(それでも新聞社は広告費という多額の“産出”を行なっている?)。

ちなみに国会議員は国民生活上ハイレベルな浪費である。

  ※ ちなみに「経団連」総長のように「産業界」と「農業界」などと分

   け隔てるようなことを述べる阿呆は救いようがない。


 「TPP」ではアジアの成長は取り込めないであろう。

 「日本会」が「バスに乗り遅れる」ことを恐れたのに、どうして他のアジ

ア諸国がノコノコと後から乗るだろうか。

 チャイナ地域は元より多国間で歩調を合わせることをした試しがない。

またいわゆる資本主義国になるつもりもない。自由主義の意義が解ら

ない。

 チャイナ地域を含めたアジア新興国は、高成長で工業化を高めよう

としている真っ最中で、自国産業を保護することに関心があるだろう。

 だいたい「日本会」総長は、目標である「アジア太平洋自由貿易圏

(FTAAP)」構想に向けて、「TPP」や「日中韓(の経済連携)」、「ASEAN

+ 3」、「ASEAN + 6」のうちで実質的に動き出しているのが「TPP」だ

から「TPP」にまず参加するのだと説明したのだが、「TPP」の完全実

施に10年かかるとなれば、「FTAAP」の実現の方針とされている 2020

年とほぼ時期が重なってしまう。

 「TPP」に意義があるのだろうか。10年かけて「FTAAP」の相談(協

議)をした方がまだ解りやすい…もっとも、先に挙げた理由によって、

アジア新興国は参加に 30年ぐらいは時間を置きたいと思うかもしれ

ないが。


 TPP参加反対の国会議員は、「日本会」総長の「交渉参加のための

関係国との協議入り」表明を歓迎した。

 「日本会」が関係9ヵ国に「挨拶」を行なうのは、それぞれの国による、

日本のTPP協議参加についての同意が必要だからだ。

 「日本会」が「関係9ヵ会」に“仁義を切る”ことを表明したことをもっ

て、「TPP協議参加」表明とは違うなどと言うのを見るのは、“ドキュメ

ンタリーなパロディ映画”(?)を観るような感じだ。


 最後に、書き忘れていたことを加えておこう。

 TPP について「日本会本家からの十分な説明がない(なかった)」と

いった話を目にするが、あるわけがない。

 「関係9ヵ会」の中には、配下の「組織」や「準構成員」があまり多く

のことを知るのをよしとしないとするところもあるだろう。「日本会」から

の情報を通じて、TPP協議の俎上に上っている内容を知られたくない

と考える団体があってもおかしくない。

 ちなみに、「日本会」は協議に参加していないから「TPP協議」の中

身は判らないとされてきた。

 そんなこともないだろう。

 それぞれの「総本家」が集う会合について、「議題目録」が示されな

いことなど有り得ない。

 各分野についての進展具合いについては判らないかもしれないが、

どういった分野があって基本的に何が問題になっているのかぐらいか

はとうに知らされていたと見るのが普通であろう。


 そうこうしているうちに、「カナダ会」と「メヒコ会」が「TP会」入りの意

向を表明したとのニュースが飛び込んできた。

 両会とも「NAFTA」をご破算にしたかったのか、あるいは「日本会」の

「シマ」での「シノギ」(日本に農産物などを売ったり、日本からの旅行客

増加を狙う)に魅力を感じたのか…、いずれにせよ、「日本会」の「TP

会」入りが両会の決断に影響を与えたのかもしれない。こうなると「韓

流会」の動きにも変化が起こるのかもしれない。

                                         

                                         

                                          
 今回はお米に関するお話である。

 既にTPPをめぐる、農業についての(日本の)国内論議においては、

「お米」というよりはその他の野菜・果物・穀類を含めた輸入「農産物」

の大規模拡大に対する懸念となっているのだが、今ブログでは相変わ

らず「お米」の話でいきたい。

 ところで、日本がいわゆる「参加」を表明し、関係各国にその旨を正

式に伝達すると、(他の国については不明だが)少なくともアメリカにお

いては、日本が「会員」に適するかどうかの審査が行なわれるようであ

る。

 つまり、「構成国関税カルテル」の内容を含む会員国会合への出席

を届け出ようとしているのが日本政府の現状である。日本は「会員」と

してのメンバーシップがまだ認められていない。

 日本のメンバーシップが承認されると、「客人」の資格を得るような話

である。「ブラザー」あるいは「義兄弟(五分の盃)」にはまだ至らない。

親分衆のそれぞれと「五分の盃」を交わし合うことになるのは、「念書」

(締結文書)にサイン(調印)をした局面となる。

 今回のユニオンにおいては、互選による「総長」となる者はいない。

日本を含めどこであろうが誰かと「親子の盃」を交わすこともない。た

だ「隔地連合」の勢力内において、互いが自由な「シノギ」を許し合う

ことになる。

 会員である日本政府の傘下には、直系の直参団体(独立行政法人

や特殊法人などとそれらに連なるファミリー企業など)、庇護の下で

活動を行なう「客人」(自治体。それに連なる自治体出資企業なども

ある)、「法人税・事業税」等を上納する民間企業、「娑婆」の住人で

住民税や所得税等を納める「個人」が存在している。

 「民間企業」や「個人」は「準構成員」であるとも言えるのだが、「民

間企業」の中には「経団連」のような「遊軍」格の連中がいて、彼らは

表向きは「準構成員」のようにも見えるが、特別な「バッジ」を手にし

ているものと思われる(義理の親子に相当か)。したがって、日本(親

父)が参加する形で「トランス・パシフィック連合(TP会)」が結成される

と、彼ら「経団連」はアメリカやオーストラリアなどを「オジ貴」と呼ぶこ

とになる。


 「国家公務員」は「個人」であるが、その意識の連合体として「親父

(日本政府)」がある。そして「個人」としての「地方公務員」の意識の

連合体が「自治体」である。「自治体」には、国の「準構成員」格であ

る「住民(個人)」から、「CEO」として「首長」が送り込まれる。彼らは

「統括本部長」と称されると思われるのだが、要は「雇われ用心棒」

である。なお「統括本部長」には、「相談役」である地方議員たちもあ

てがわれている。

 さて、現状はまさに、日本が「TP会」結成に参加するかどうかという

状況である。

 もし参加となるならば、日本は「TP会系日本会」となる。

 そして例えば「住友化学」といった企業は、「TP会系日本会傘下の

日本経済団体連合会住友化学」となる。

 例えば「JA全中」は、「TP会系日本会傘下の全国農業協同組合中

央会」となる。

 しかしまだ「TP会」は成立していないので、これらは現在、「日本会

系日本経済団体連合会住友化学」、「日本会系全国農業協同組合中

央会」…「傘下の」という文言はあってもなくてもまあ、いいだろう…で

ある。

 つまり現在の「審議なき闘い」…お互いが離れた場所で言いっ放し…

は、(恐らく銀色の)バッジを持つ「日本経済団体連合会」(立場は「遊

軍」である)と、本家直系直参幹部の「兄弟分」でありかつ多くの「準構

成員」を抱える「全国農業協同組合中央会」・「日本医師会」・「日本薬

剤師会」など、との対立である。「TP会入りを巡る対立」であり、「ショ

バ代フリーを巡る対立」である。

  ※ 「ショバ代」は「売(バイ)」が行なわれる現地の親分が獲得す

    るが、その元となるのは現地での準構成員が支払ったお金であ

    る。ここで言う「ショバ代」とは、堅気衆が「組織」に支払うもので

    はない。「組織A」が、提携関係にある「組織B」の勢力域内で行

    なう「売」について、「B」の上層部に対して支払われる。

 さて、「銀バッジ」と「本家直系直参幹部の兄弟分」とではどちらが優

勢であろうか。

 「本家直系直参幹部」は「親父」から見れば「子」である。したがって

その「兄弟分」も親からすれば「子分格」だ。しかし「本家筋」ではない。

 対して「銀バッジ」も「子分格」。もちろん「本家筋」ではない。

 しかし勢力基盤を較べれば、前者の勢力のほとんどが「準構成員」

に由来するものであるのに対して、後者は「組長」の連合体である。

互選によって「住友化学」の「親父」が「総長」格に就いている。

 確かに「農協中央会」も「組長」の連合体には違いないが、本家とし

ての「全中」自体は脆弱な「社(やしろ)」である。それどころか、拠り

所を“「本家」筋の兄弟分であること”に置いているので、実は“「本家」

べったり”であったりする。つまり、「本家」が向く方角を一緒になって

向くことになる。しかしそれが露見されるようだと、「盃」を交わしてい

ない「準構成員」を統制することが出来ない。果たして、「本家」と「全

中」は「準構成員」(農協組合員)に対して「手打ちの品」を用意する

ことになる。

 それに対して「遊軍」である「銀バッジ」は、まるで飼い猫のように、

飼い慣らされているようでそれでいて「本家」といえども気のない素振

りも見せる。



 ところで、突然だがここで「ララミー砦の協定」を持ち出そう。

 アメリカ先住民と「合衆国政府」が激しく揉めた。もちろん流血の争い

である。

 そして「交渉」が持たれ、「協定」が結ばれた。もちろん、「合衆国政

府」が得るものが大きかった。

 あるいはパレスチナ問題でもいい。

 パレスチナ人武装組織とイスラエル政府が揉める。武力衝突だ。

 「交渉」が持たれ、「停戦協定」が結ばれる。

 一方で、国際オリンピック委員会において、何かの種目についての

ルールの変更がなされる時がある。特に揉めに揉めたようなこともな

く、節度が保たれたままで会議…専門部会とでも言うのだろうか?…

が進み、「ルール改定」が合意される。もちろん、それによって大きな

影響を受ける国(選手)が出たりする。

 あるいは「黒船来航」による「不平等条約の締結」もそれに似たもの

だったかもしれない。大規模武力衝突のような揉めに揉めた事態の

後での取り決めとは違ったという意味において。

 ならば「TPP」はどうだろうか。

 揉めに揉めた果ての協議か、…いや、そうではないであろう。

 確かに、「交渉」という言葉には、揉めに揉めた果ての「協議」の場

合もあれば、一般の会議のような「協議」の場合もあろう。

 「TPP」に「交渉」という言葉を持ち出すのはある意味危険かもしれ

ない。

 なんかよくわからないうちに、先代の「日本会」総長が連合域内での

「ショバ代・フリー」を言い出した。

 すると、直参ではない子分たちも「グローバル、グローバル」と連呼

を始めた。彼らはマス・メディアであったり教員だったりだ。「国際化」

の文字が消え、それが「グローバル化」に置き換わった頃(いつのこ

とだったかなあ…)はさすがに苦笑いするよりなかったが、とにもかく

にも、その「グローバル」を連呼する連中が先代総長に追随した。

 すると、「日本会系農協中央会」が「日本(あるいは日本農業)が壊

滅する」と言い出した。「瀬戸際」だ。

 そしたら今度は「日本会系経団連」も、「取り残される」という「瀬戸

際」演出をやり出した。

 また、「ルール作りから参入すべきである」という声も出てきた。

 「参加してからの離脱も可能である」という声も挙がった。

 すると、「離脱できない」という声も出た。「だから腹をくくれ」という

話と、「だから参加するな」という話の両方で使用された。

 それはあたかも、「米の関税率778%」が、「撤廃されればそれだけ

価格が下がった輸入米に引きずられて、国産米価も大きく下落する」

という話と、「それゆえ高い米を買わされている」という話の、両方に

ついて用いられるようなことであった。

 見送ってもダメ、参加してもダメ。

 こうなっては「TP会」参加は、「協議」の場というよりは「交渉」の場で

あるようだ。「ルール作り」という「協議」ではなく、「いくらかでも自国の

利益を他のメンバーに認めさせる」という「交渉」だ。

 ところで、こうした「交渉」が必要になるほど貿易についての「紛争」

があったのだろうか。

 「原理主義的自由貿易実現だ!」という程に高い理念…そうした理

念が高尚であるかどうかは別として…を掲げるのであれば「協議」の

場とすべきであろう。“言い出しっぺ”になるべきだ。

 ちなみに「開国だ!」と言った「日本会」前総長がいたが、開国する

程度なら何も 9組織も寄り集まって一斉に行なう必要はない。勝手に

「日本会」が「関税」を撤廃すればよい…「開国」についての定義付け

は置くとして…。

 更にちなみに、前総長発言時の「日本会」若頭は仙谷氏であった。

 彼は“罪人”を「外交を鑑みて」…直接の判断は「本家」訴追役場が

行なったのだが、その役場は外交権限を有しておらず、「本家」幹部

の判断であったことに疑いはない…出国させるほどの開国派であっ

た。領海に入るのもさせ放題、出て行く時も扉は開き放題。

 もっとも、当該刑事事件に重なるような時期、チャイナ地域において

邦人が拘束される事件があった。当該邦人もその後解放されたのだ

が、その際には「協議」ではなく「交渉」があったものと推測される。

 現在の仙谷氏は、「本家親衛隊」である「日本会系民主党」の幹部

であるのだが、同じく日本会系の「農協会」(既出)を激しく「口激」して

いる。開国派というより“無施錠派”だから無理もないのだが。

 またその「本家親衛隊」にも幹部の方針に反発する者がいる。やは

り「日本会」系ではあるが「盃事」を介しない他団体と歩調を合わせて

いる。

 ところで、「TPP断固反対」を叫ぶ“中央集会”のような場面をテレビ

ニュースで観るのだが、これがまた伝わってくるものがない。

 昔観た「生産者米価引き上げ要求」集会の“映像(え)”と瓜二つだ。

 ちなみに、揉めているのだから当事者たちが集まってそれこそ「交

渉」を行なえばいいのに、と思う…揉める前に「協議」を行なう必要も

あったろう(決裂となってもそれは致し方ない)…のだが。

 「連合協議」…実は「諸侯交渉」か?…に先立つ「内部協議」などを

行なえば、「まとまるものもまとまらなくなる」と言うかもしれないが、特

に「まとまる」必要もない。「決裂」でもいい。また、「諸侯」に「日本会」

の手の内が明かされる、とも言うかもしれないが、農産物等の関税撤

廃はダメ、自分らが輸出する製品には関税をかけないでね、といった

ことから大きく外れるトピックなど無いのであるから、手の内もへった

くれもないはずである。また「内部交渉」も同様である。

 お互いが“ちんちくりん”な話をしているのを確認し合えば「その先」

へと進めるだろう。


 それにしても、何が「自由貿易だ!」なんだろうか。

 「自由貿易」の根底にあるのは「自由経済」だ。

 だったら尖閣諸島沖や竹島沖でのアメリカやオーストラリアの漁船の

操業を認めたらどうか。チャイナ地域や韓国と揉めるのは日本を含む

「TP会」という構図になる。

  ※ ちなみに日本の領海内での「TP会」漁船の操業を無尽蔵に認

   めるのでは「資源の枯渇」が問題となる。「(農産物を含めた)資

   源」と「原理主義的自由経済」が結び付く社会は安定しない。

 日本船がニュージーランド沿岸で鯨を獲ってもいいではないか。

 TPP が締結されると農業予算が何十兆円も必要だというなら、円高

の今の時期にアメリカの短粒種米生産農家(農業法人)を買った方が

早いんじゃないか、なんて思ったりもする(その先については割愛する)。


 それにしても、「TP会」への参加に前向きな人の意見に、「ルール作

りから参画すべきだ」というのがある。「日本会」が後から入ろうとして

も、「日本会」独自の主張は取り入れられないであろうというのだ。しか

しこの話は、“だったら、「TP会」に追加加入する国はほとんどないだろ

う”という帰結をもたらす。つまり「TP会」は拡大しそうにないことになっ

てしまう。アジア・太平洋地域の大きな自由貿易圏の実現を目指してい

たはずなのに、その大自由貿易圏を作る際にはもう一度「ルール作り」

が必要となりそうな話になってしまう。


 さて、「諸侯」たちは、「協議」のつもりで挑むのか、そして「日本会」は

…。

 「原則関税撤廃」ということからして、(いくつかの?)農産物について

は「例外扱い」となることを“獲得”しようとする意味においては、「日本

会」は「交渉」のつもりで挑むのかもしれない。

 ここ何年も(あるいは十年も)、貿易のステージで“揉めて”いたわけで

もないのに「日本会」は瀬戸際にいるみたいだ。必死だ。


 そういえばこんなことがあった。

 20年ほど前のことだ。

 とある商店街のセールの福引きみたいなもので、「アメリカ西海岸の

族 御優待券」を獲得した。「西海岸の旅」ではなくて「西海岸の族」と

印字されていたのにはウケたのだが、下手なものが当たったせいで、

一晩悩むことになった。14万円(あれ?18万円だったかな、22万円?

…忘れた)支払えば、アメリカ西海岸ツアーに参加できるのだ。「御招

待」なら参加しただろうが、当たったのは「御優待券」だ。

 日頃から旅行に行きたい、特にアメリカに行きたい、なんて思ってい

た人にとってはいい話だったかもしれない。でも私はそんなことは一切

考えていなかった。

 誰か、あるいはどっかから借金してアメリカ行こうか…。

 しかし思った。なんで私は高額な借金をする話で悩まなければなら

ないのかと。身の丈に合っていない話だ。

 望んでいた話でもない。突然降って湧いた話だ。

 そりゃあ、行かなければ得られない経験ができる。それは分かって

いる。しかし、高額のお金を支払うことには違いない(いわゆる「旅費」

の他にもお金がかかる)。

 しかも、もし本当にアメリカ西海岸の「族」に優待されたのだったらど

うしよう…。

 確かに、「日本会本家」が予(かね)てより「圏域内関税撤廃」を願望

していたのかもしれないが、「準構成員」である我々にとっては、「TPP」

はまさに降って湧いた「海外ツアー割引き御優待券」である。もしもそん

なにいい話であるんだったら、もっと早くから支度をさせて欲しかった…

というか、本当にいい話なら「御招待券」にして配って欲しかった。

 ちなみに、「海外ツアー割引き御優待券」の“優待”分の差額は、セー

ルを行なった商店街が負担することになるのだが、元々の原資は買い

物客から上がった代金、要は「シノギ」の一部である。「商店の主たち

のポケットマネー」から拠出されるわけでもなく、「旅行会社」が負担す

るわけでもない。誰だ、儲けているのは…。

                                      つづく

                                         

                                           
 11月7日(月)付秋田魁新報3面『Q&A 食品の放射性物質基準値』。

リード文には「…。厚生労働省は現行の基準値を大幅に引き下げ、規

制を厳しくする方針です」とある。


 見ていこう。


 Q 基準値とは。

 A 食品から検出される放射性物質がどこまで許容されるのかを示す

  数値です。…。


 明らかな誤りである。

 食品からは、どんなに高い濃度の放射性物質含有が推定される値

が検出されようが許容されている。

 「さきがけ」は、「暫定基準値」が“何の基準値”であるのかいまだに

解っていないようだ。

 当該「暫定基準値」は「流通規制」をかける「基準値」である。流通基

準値だ。ちなみにほとんどの場合、「自家消費」や、人付き合いを基に

した「無償譲渡」による摂食を防ぐために「摂取規制」がかけられる。

 具体的には、「暫定基準値」を超える作物について「当分の間(次回

以降の検査結果により「制限」が解除されるまで)出荷を差し控えるよ

う要請」がなされる。生産者や流通業者がそれに従わずに出荷するよ

うであれば、「出荷停止」の処分となると思われる。したがってほとんど

の食品については「出荷停止」ではなく「出荷の自粛」止まりで済んで

いるのだが、高い濃度の放射性物質を含む「えさ」(稲わら)を摂取し

たと思われ、実際に検査でも「基準値超」となった牛肉は、既に「出荷」

がなされていたのであり、それについては「販売中止」にまで至った。

 また「摂食」については、対象となる食品を「摂取しないよう住民に要

請すること」を国が都道府県に対して求める段取りとなっている。

 上掲赤字部分問いである「Q」に対する答え「A」で書かれているのが

真相であるならば、つまり、「(基準値が)食品から検出される放射性

物質がどこまで許容されるのか」というものであるのなら、許容量を超

えた局面においては、当然、「素材の生産者」や「加工品の製造者」が

責めを負うことになる。それは事実に反する。

 ちなみに上記「A」の最後には、「(暫定基準値を:ブログ筆者注)

回ると出荷停止などの規制を受けます
」とある。上でも見たようにそれ

は間違いではないが、最も頻繁でかつ身近なものは「出荷自粛要請・

摂取自粛要請」であるのだから、敢えて例として「出荷停止」を持ち出

すのでは、「出荷停止」処分がバンバン出ているという誤解を招く恐れ

があると言えよう。

 第2問についても見てみよう。


 Q どうやって決めたのですか。

 A …事故後、緊急時の被ばく限度に関する国際放射線防護委員会

  (ICRP)の基準を基に厚労省が決めました。セシウムの年間被ばく

  限度を5ミリシーベルトとし、これを5つの食品群に…。


 間違いだ。

 まずは、「緊急時の被ばく限度」という概念を ICRP は示していない。

 また「セシウムの年間被ばく限度を5ミリシーベルトとし、」というのは

恐らく、「365日間における放射性セシウムを含む飲食物の摂取から

もたらされる、ほぼ一生涯に渡る内部被曝の線量を、5ミリシーベルト

を超えないようにしよう」という狙いを定めたことを指していると思われ

る。ICRP がどうしてここで登場するのかまるで判らない。ICRP の何

の「基準を基に」して「厚労省が決めた」のか、まるで判らない。「セシ

ウム、5ミリシーベルト、5つの食品群、…」のキーワードで捉えられる

のは、「原子力安全委員会」の『原子力施設等の防災対策について』

(通称、原子力災害対策指針だったかな?)である。ICRP がどうのこ

うのではない。だいたいにおいて、飲食物からの内部被曝については、

ICRPは「10ミリシーベルト以下」(1年間の飲食物からの生涯被曝であ

るのは同様)を念頭に置いているようだ(原発事故後のような局面にお

いては)。「5ミリ以下」も「10ミリ以下」のうちに入るといえばそうなのだ

が、つまりそれは ICRP の話も参考にしたというものなのであり、直接

的には以前から用意されていた原安委の話を基にしたというべきであ

る。

 ちなみに、厚労省は当該「暫定基準値」を決めた後、食品安全委員

会に対して“これでいいか”と諮問した。食安委は、“ ICRP も「10ミリ」

の話をしているし、他の国際機関では「5ミリ」とかいろいろ話があるか

ら、「5ミリ」でいいんじゃない、緊急時だし… ”と答申した(ご承知のと

おり、この「緊急時ゆえによしとする」という見解は後に変更となった)。


 次に、「Q」の4つ目を見てみよう。


 Q 内閣府の食品安全委員会が食品による内部被ばくについて厚労

  省に答申しましたが。

 A …。…3,300点もの文献を調べ、実際の被ばく線量が生涯累積で

  100ミリシーベルト以上になると、がんのリスクが高まるとの見解を

  まとめました。


 これも間違いだ。

 今度は、ICRP の見解を食安委の見解と混同している。

 「100ミリシーベルト以上でがんのリスクが(直線的に)高まる」という

のは ICRP の見解である。

 食安委の見解は、「だいたい100ミリシーベルト以上で健康への影響

が見い出せて、それ以下だと判らない」というものであった。


 次は「Q」の6つ目だ。


 Q 厚労省の対応は。

 A 基準値算定の基になるセシウムの年間被ばく限度を現在の5分の

  1となる1ミリシーベルトにする方針です。…。


 繰り返しになるが、「セシウムの年間被ばく限度」という表現は、言い

たいことは推測可能なのだが、いかにも「セシウムの年間被ばく限度」

というものを誰かが示しているという印象を与えるので不適である。「線

量限度」にも「参考レベル」…共に「公衆」に関して。ICRPで用いられて

いる概念…にも「許容」のニュアンスはない。つまり、ICRPの見解を基

盤にやってきた日本においては、「年間被ばく限度」という言葉はピンと

こない。

 そもそも「さきがけ」は、「一般人の平常時の年間限度線量は1ミリシ

ーベルト」とか書いてきたではないか…もちろん不適切な表記である

が…。それをなんで、厚労省はこの先(セシウムによる内部被曝だけ

について)「1ミリシーベルトにする方針です」などと平気で書けるのだ

ろうか。


 当該「さきがけ」記事では、続けて「Q&A」がいくつかなされている。

 中には、新基準の基になりそうな「年1ミリ」に関して、「100年で100

ミリ(になる)」、「(今件原発事故による飲食物からの内部被曝は)全

年齢平均で年約 0.1ミリシーベルト。100年生きても累積10ミリ」(厚労

省見解)、などといった話が持ち出されている。

 これに関しては別の機会で述べようと考えていたので、ここでは割

愛することにしよう。

 いずれにしても、解説として役に立たない記事を掲載し続けるする

ことは害であると言えよう。

 それにしても、“引用”ぐらいは信頼がおけるものであってほしいも

のである。

                                       
                                          
 10月28日から29日にかけて、"Yahoo ニュース"(など?)を通じて食

品についての「暫定基準値」に関する産経新聞の記事が紹介された。

 29日07時55分配信(最終更新同日08時22分)『食品上限、年1ミリシ

ーベルト セシウム基準、来春5倍強化』は、28日20時50分配信記事

(最終更新29日15時05分)『食品中の放射性物質、新基準の上限は

「年間1ミリシーベルト」 今後は食品の設定が課題』に画像『放射性

セシウムの暫定基準値と被曝線量』…数値を示す表…が添付された

もののようだ。

 両記事とも記事文は同一だ。以下にその一部を示そう。


 暫定基準値は、放射性セシウムなら年間5ミリシーベルトを上限とし

て、5つの食品群に1ミリシーベルトずつ振り分け、日本人の年間平均

摂取量を勘案しながら1キロ当たりの数値を出してきた。


 ただ、実際に基準値上限の食品を毎日1年間、平均摂取量分食べ

た場合の被曝線量を単純計算すると、5食品群合計で 6.4 ミリシー

ベルトになっていた。


 これは、暫定基準値の基になっている原子力安全委員会の指標が

「摂取する食品の半分は汚染されていない食品」と条件設定し、基準

値上限の食品の摂取量を全摂取量の半分としているため。厚労省は

「新基準値でもこうした設定をするか今後話し合っていく」としている。



 29日記事に添付されている画像(表)にある数値をそのまま記そう。



        【放射性セシウムの暫定基準値と被曝線量】

 食品群      暫定基準値   平均摂取量  基準値上限毎日
            (1kg あたり)  (1日。成人)  摂取年間被曝量


 飲料水      200ベクレル    1.65 ℓ       2.0mSv

 牛乳・乳製品   200ベクレル    0.2 ℓ       0.2mSv

 野菜類      500ベクレル    0.6 kg       1.8mSv

 穀類        500ベクレル    0.3 kg       0.9mSv

 肉・卵・魚
 ・その他      500ベクレル    0.5 kg       1.5mSv





 真相がこうであるなら、まずは率直に私のこれまでのブログ記事の

内容についての非を認め、お詫び申し上げたい。

 こうした話については、「勝川俊雄 公式サイト」さんと、そこで紹介

されている「独立行政法人産業技術総合研究所 安全科学研究部門

(AIST RISS)」のページで見ることができる。


 勝川俊雄 公式サイト : 食品の放射性物質の暫定基準値はどうや

               って決まったか(2011-05-28付記事)

 産業技術総合研究所 : 基準値の根拠を追う 放射性セシウムの

               暫定規制値のケース(2011-05-23付)

   ※ ちなみに「線量限度」という用語が ICRP による勧告で用

    いられているのだが、産業技術総合研究所の当該記事では

    どうも独自の用い方をしているようで、その点においてはかな

    りルーズである。


 ちなみに「勝川俊雄 公式サイト」の同ページでは、冒頭、“理解が

不十分な点も含まれ、参考程度に”(後日更新の見込みあり)といっ

た趣旨の文章が朱書きで記されている。

 「飲料水」と「牛乳・乳製品」において、「摂取量」比と「被曝量」比の

値が合致していない点が不明だったりするのだが、何か計算式によ

る影響があるのかもしれないので、それは置くとしよう。

 まずはそういうものとして見てみるとして、次のようなことが言えよう。

 なんといっても、「野菜」の平均摂取量(成人 1日)が多い。「600g」

と見積もられている。

 偶然にも10月31日(月)付秋田魁新報において…(全面広告のペー

ジ)…、平成21年国民健康・栄養調査なるものによる数値が紹介され

ていた。それによると、(国内:たぶん)日本人の1日あたり野菜平均

摂取量は「295g」となっていた。

 これは「豆」と「芋」の扱いによる影響なのかもしれない。ただそうだ

としても、1日あたりに“均(なら)す”と、「豆と芋」で毎日「約300g」食

べているという話になるのであればどうも腑に落ちない。

 次に「穀類」だが、平均摂取量は「300g/日」であるという。

 パンも麺も「ご飯」に“換算”し総てを合わせると、約660g(だいたい

4.4杯ほど)になる話だ。これはありそうな、なさそうな…。

 推測してみよう。パンや麺類をご飯に換算するのはややこしい。でも

“換算すればそうなる”という話なのであるから、換算しなくて済む話を

思い起こしても構わない。つまり、パンや麺は食べずにご飯だけを食

べる数日間のようなことを想像すればよい。大きく分けて、ご飯を「1

日3杯」食べるような人(例えば女性や高齢者)と、もっと食べる人(例

えば男性や成長期の人)という2つのグループがあるとすれば、“均す”

と、日本人は1日 4.4杯のご飯を食べる、というストーリーは有り得る

かもしれない…もっとも、気持ち、ちょっと多いような感じもするが…。

 そして「肉や魚など」を1日に「500g」食べるという話。これもあるか

もしれないが、やはりなんとなく多いような気がする…あるいは妥当か

…、よく判らない。

 次は「牛乳・乳製品」。

 『最近の牛乳乳製品をめぐる情勢について』(農水省生産局畜産部

牛乳乳製品課 平成23年10月)の「Ⅰ 牛乳乳製品の需給動向」-「2.

消費動向」によれば、「牛乳」・「乳飲料」・「はっ酵乳」・「加工乳・成分

調整牛乳」の「1人1年当たり消費量」の合計が「45ℓ」になることが示

されている。

 チーズについてはここで採り上げるには量が少ないと判断し、無視

することとして、この「45ℓ」、1日あたりに換算すると「約 0.123ℓ」とな

る。やはり「0.2ℓ」と比べると多い。ただ「123ml」と「200ml」とでは、倍

近い開きがあるとはいえ、元々が小さい値なのだから大した話ではな

いとも言える。

 ところで、今見てきた話の中には明らかに整合性が感じられない箇

所がある。

 それは、産経新聞当該記事において、


 暫定基準値は、放射性セシウムなら年間5ミリシーベルトを上限とし

て、5つの食品群に1ミリシーベルトずつ振り分け、日本人の年間平均

摂取量を勘案しながら1キロ当たりの数値を出してきた。


とされている部分の、特に「5つの食品群に1ミリシーベルトずつ振り

分け…」というところである。

 「振り分け」られた形跡がないのだ。

 上掲【放射性セシウムの暫定基準値と被曝線量】の表を確認してい

ただきたい。

 「被曝量」について、「1mSv/年」を超える話になっている食品群につ

いてはすぐ後で述べるとして、まずは「牛乳・乳製品」の「被曝量」を確

認すると、それは「0.2mSv/年」という話になっている。

 「暫定基準値」は、“牛乳は子供がよく飲む”といったストーリーは考

慮されていない。したがってそれを理由に“厳しく”したということではな

いであろう。

 牛乳は飲み物だから摂取が容易であるため、「暫定基準値」を厳しく

しないと多くの放射性物質が体内に取り込まれる恐れが生じる、という

ことであると思われる。

 私は以前のブログ記事において、「牛乳」に関係して「ストロンチウム」

を持ち出したのだが、そうではなくて、「摂取」が容易だから「暫定基準

値」が厳しい値となったのであろう。この場をお借りしてお詫び申し上げ

る。(以前の記事についても、後ほど修正したい)

 しかし、それにしても、「1mSv/年」を割り振っておきながらその実、

見込まれる被曝量は「0.2mSv/年」になるという話では、乖離が大きい

と言えよう。

 つまり上の話は辻褄が合っていない。

 もっとも当ブログにおける以前の考察においても、「牛乳・乳製品」

の摂取量は1日「1ℓ」として想定されたと思われるという結論に至っ

たのであるが、同時に、ずいぶんと量が多く感じられることを述べた。

 となるとやはり、“牛乳は子供がよく飲む” → “牛乳を通じて子供

が放射性物質を取り込み過ぎないように”配慮した、とも考えたくな

る。

 しかしそうなると、じゃあ、「水」を通じて「2mSv/年」被曝するのは

どうなんだ、という話にもなる。

  ※ 何度も記すが、実際は「1年で2mSv」という話ではなく、「1

   年分の摂取食品から(だいたい)生涯で2mSv」の被曝が見込

   まれるという話である。

 さあ、そこでいよいよ上の話の“ミソ”となる部分を確認したいと思

う。


 今回採り上げた話で“ミソ”となるのは、


 「暫定基準値」の上限値が検出される食品を、日本人…もちろん国

内…の平均摂取量だけ、365日(1年)摂り続けると、見込まれる被曝

量は「6.4mSv」になる


ということである。

 (私もそうだが)各マスメディアがあれほど、「暫定基準値」上限のも

のを平均摂取量だけ1年間食べるのならば(あるいは「食べても」)、

飲食による内部被曝が「5mSv」を超えないように設定されている、と

言い続けているのに、本当にそのような食べ方をすると、「5mSv」を

超えてしまうというのである。

 そしてその訳は、上で挙げたサイトさんの話からすると、どうやら、


 我々が食べる食品の半分は、外国産もしくは、(今回原発事故に

よる影響の場合)北海道産・西側日本産のものであるから放射性

物質は含有していないとみなされているから


ということのようである。

 本当にそのような食べ方をすれば「5mSv」は超えるのだが、そもそ

も食べる物の半分には放射性物質は入っていないのだから実際に超

えることはまずないだろう、という話なのである。

 成立し得るストーリーなのだが、そうは言ってもそれには不安要素が

内包されている。

 つまり、逆に言えば、外食も中食もほとんど皆無…飲食店での食事や

“お惣菜”等を購入しての家での食事は、それゆえ外国産の食材を食

べることになる可能性も発生するが、東側日本産の食材を知らずに

食べることになる可能性も生じるので大方は判別不能である…で東側

日本産の食材ばかりを買って自宅で調理して食べるような人にとって

は、摂食の半分が外国産か北海道・西側日本産であるという設定(ス

トーリー)は成立し難いものとなる。

 もちろん、だからと言って食材のほぼ全部が「暫定基準値」の上限い

っぱいの物となるようなことにはならないだろうが、ここでの問題はそ

れではなく、国民の「暫定基準値」の把握度が低いかもしれないところ

にある。

 確認しておこう。

 私の認識では、まず国家の介入(流通規制は自由な商いの妨げに

もなる)が妥当と評価されるであろう放射線量値として「5mSv/年」が

捉えられた…というか捉えられていた。しかし実際には、例えば「水」

と「米(穀物)」では放射性セシウムの検出には時間的ズレが生じる。

今大震災を例にとれば、事故当時はまだ田植えさえ行なわれていな

かったのだから、「米」からセシウムが検出されるには秋になるまで待

つ必要がある。しかし「水」からは早い段階から検出される(あるいは

検出が見込まれる)。全部の食品をひっくるめて「5mSv/年」とか言っ

てる場合ではない。

 したがって食品を5つの群に分け、それぞれに「1mSv/年」を振り分

け、それを超えるようなら「対策の検討を開始」することにした。

 そしてその後、同じ値を用いて流通を「規制」することにした。

 各食品群で「1mSv/年」を超えないなら、合わせても「5mSv/年」を

超えない。

 ところで、各食品群は摂取量に違いがある。だから年間平均摂取量

を想定することで、各食品群別の「●●ベクレル/kg」といった規制値

が弾き出される、という流れであった。

 しかし今回採り上げた話では、上掲の表を見ても判るように、各食品

群に対して「1mSv/年」ずつを振り分ける必要がどこまであったのか

がよく伝わってこない。要は、食べ物半分には放射性セシウムが入っ

ていないことを前提にすれば、合計で「5mSv/年」を超えない、という

話になっている。

 マスメディアが伝えてきたのは何だったのか。

 何故訂正しないのか。

 ようやく伝え始めた(かもしれない、もしそれが真相なら)産経新聞に

しても、何故、今まで言ってきたことを訂正せずに、“実は~である”と

いうような“訳知り顔”で伝えるのだろうか。


 もう少し見ていこう。

 もし今回の話が本当であるならば、上掲の表を基にすれば、


 「100Bq/kg」の「飲料水」を365日「1.65ℓ」摂取し続けると、「1.0mSv」

内部被曝することになるかもしれない、東側日本において輸入飲料水

等を摂らずに上水道水だけを摂る(利用する)場合。

 「250Bq/kg」の「野菜類」を「600g」摂り続けると、「0.9mSv」被曝する

かもしれない。それは毎日「300g」の摂取で「0.45mSv」を意味するかも

しれない。確かに野菜については輸入品や北海道産・西側日本産を食

べる機会もあるだろうが、主に東側日本産を食べる人にとっては「250

Bq/kg」は有り得る話だ。もっともその場合でも「0.45mSv」あたりになり

そうだ、確かに「1mSv」は超えない。

 毎日「250Bq/kg」の「お米(穀類)」を「300g」食べて「0.45mSv」あたり

の被曝という線もあるかもしれない。もっとも、精米を食べるのであり、

しかも“研ぐ”作業を経るのだからセシウムを減衰させることが期待でき

る。

 「肉・魚・卵など」については、毎日「250Bq/kg」「500g」で「0.75mSv」

あたりの被曝になるかもしれない。肉や魚は輸入品に触れる機会も多

いだろうが、東側日本産も相当量見込まれるし、「500Bq/kg」ではなく

て「250Bq/kg」での話であるところが曲者だ。もちろん、海洋において

魚への蓄積がどう進んでいるかというのも問題となる。

 ※ 上においては、計算式の“妙”があるかもしれないので、「~あた

  りの被曝」のように表現した。

 いずれにしても確かに、「暫定基準値」の半分の値の食品を平均摂

取量食べ続けても、5つの食品群それぞれにおいて「1mSv」は超えな

いかもしれない。

 しかし、(水について)「200Bq/kg」近いのは嫌だけど「100Bq/kg」な

ら…とか、(肉・野菜・米などについて)「500Bq/kg」に近いのは買いた

くないけど「250Bq/kg」なら…といった判断には影響を与えるかもしれ

ない。

 もちろん、十分承知のこととは思うが、「100Bq/kg」や「250Bq/kg」を

1度食べたからどうという話ではない。あくまでも想定量を1年間食べ

続けた場合の話である。



 稀にだが、単なるスクリーニングをもって“独自検査の結果、安全で

す”と主張しているような小売店の様子をテレビで観ることがある。た

またまその時に放出された、しかも感知されただけの放射線量(恐ら

く下に何も置かない場合の空間線量を差し引いた値を言っているのだ

と思われる)についての話になるだろうから、あのまま放映するのは問

題ではなかろうか。

 検体の重量と検査時間、センサーとの距離、密閉度が計算されるで

あろう“科学的”な検査とは相容れないと思われる。

                                         
                                          
 「B級報道その6:原発事故(17)」の記事において、「牛乳・乳製品」に

ついて、「暫定基準値」が「野菜」などについての「500ベクレル/kg」に対

して「200ベクレル/ℓ(あるいはkg)」と厳しいのは、「ストロンチウム」に関

したものではなく、単に「飲み物であり摂取しやすいから厳しくした」とす

る方が妥当であると思われる旨の〈加筆・訂正〉を行ないました。

 お詫び申し上げます。

                                           
                                           
 8月18日(木)付秋田魁新報4面。

 秋田銀行経営企画部長M氏の言葉が掲載されている。


 「日本国内は今後、市場が縮小していくだけ。一方で中国は、近年の

経済成長で世界有数の消費地に変貌を遂げた。香港での成功は確実

に販路拡大につながる」



 日本の国内市場規模の“見通し”については、縮小傾向にあることに

は相違ない。

 しかし上のような言葉を地元の地方紙で発信する“馬鹿銀行”につい

ては、秋田県は指定金融機関としての扱いを取り消すべきであろう。

                                        
                                           
 さて、野田首相がTPP交渉参加の方針であることが伝えられるように

なった。

 もう、どうしようもない。

 我々は正しいリアクションをとる必要があろう。

 ただこの場合の「我々」とは主に、TPP「推進」、「反対」のどちらでも

なく、「分からない」という意見の持ち主のこととなろう。

 推進派も反対派も信念を持ってのことだろうから、どうにもならない

であろう。

 例えば「お米」について、本来の「関税率」がどういう数字で、日本国

産米と同程度の食味の外国産米がどこからどれだけ入ってきて、国産

米、輸入米の国内価格がどうなるかといった議論もない。

 工業製品・農産品の輸出がどうなって、輸出企業が手にする利益に

よって国民が何をどう得ることになるのかといった議論もない(GDPを

何兆円押し上げるとか下げるとか、そういう話しかない)。

 各種サービスといった、工業輸出・米輸入以外の分野でも日本政府

が何を獲得しようとしているのか全然判らない。

 こうした状況では、議論によって、推進派から反対派へ、反対派から

推進派へといった転進はもちろんのこと、推進派による反対派意見の

汲み取り、反対派による推進派意見の汲み取りがなされるとは到底

期待できない。


 「我々」は、TPPへの参加に対しては、行政改革の一端を担わせる

ことを条件に賛成すべきであろう。

 日本政府のスタンスは、農家はどうなっても構わないが、「農地」は

維持するというものだ。前にも述べたが、社会科の教科書でもそうな

っている。社会的問題としては農業従事者人口の減少や米価の下落

などについても触れられているが、それは単にそういう現象について

述べられたものである。大規模化や多角化などについても触れられ

ているが、単に一般的に求められていると言われる「姿」について述

べられたものだ。

 しかし「農地」は、食糧確保のため以外にも、「国土保全」を始めとし

た機能が評価されている。国は「農地」を「農地」であり続けさせる必

要を述べている。

 「農家」を守るとは書かれていない。もちろん国が教科書で、ある特

定の職業を守る、などと言うわけにはいかない。当たり前の話でもあ

る。

 さて、輸入農産物についての関税が撤廃されるのだから、農産物に

ついてのスタンスは「補助金」へと軸足を移すことになる。「保護」から

「育成」へと変容する。「食糧確保」、「農地維持」、「輸出振興」という

のが柱で、「保護」色はなくなり「産業」色が強くなる。

 「農家保護」の必要がなくなり、名実共に「産業」としての「農業」とな

るのだから、「対農家」の細々(こまごま)とした配慮・政策立案が要ら

なくなる。「農家保護」ではないから、「細部に至るまでの平等」とは何

か、といった探求・政策立案が必要なくなる。

 つまり、「農林水産省」自体が無用になるのだ。

 保護行政ではなくて、「産業」政策色の強い行政となるので、もはや

農水省は経済産業省の1部局で済むのである。大きな仕事と言えば、

「農産物の安全」と「農地の安全と監視」、「情報管理」だけとなる。

 兼ねてより、自治体には「農業試験場」や「水産試験場」があり、大

学農学部等研究機関との連携も可能だ。こうした“理科的研究”に加

えて“社会科的研究”機能も充実させればいいのだから、農水省の存

在意義はほとんどなかった。

 そこへ来て「農家保護」の役割がなくなるのだから、シンプルに言っ

て“農林水産省には仕事がなくなる”のである。

 報道によると農水省は、関税撤廃となれば、その影響によって「農

家支援・保護」のために3兆円の農業予算が必要になるとしているよ

うだ。「農家保護」を口にするあたりが、物事の流れが解らない阿呆

者と言えるのだが、仮に「農業予算」が3兆円必要であるならば、そ

の3兆円はそのまま地方自治体へ配分されるべきであると言えよう。

農水省には仕事がないのだから…「農産物の安全」と「農地の安全と

監視」、「情報管理」という通常業務は、一般会計当初予算の何の変

哲もない普通の経費で手当てされるべきで、関税撤廃を受けてのリ

アクションについては、農水省には仕事がない。自治体が自分たち

に合った農業についての施策を行なうことになる。

 TPP の発効や関税撤廃終了までには10数年ほどかかるのだろう

から、農水省閉鎖までにはそれなりに時間をとれるはずだ。農水省

職員は3年ぐらいしたら辞めろ、という話にはならない(もっとも、存

在意義が薄いのだから、10数年と言わず、3~5年でなくしてもいい)。

 ちなみに農水省は農産物の本来の関税率の説明を怠ってきた。そ

うした姿勢は実効性のある議論の妨げをもたらすものであった。

 ちなみに実際にその関税率を使って仕事をする徴税役場について

だが、「ノーパンしゃぶしゃぶ」とか「接待タクシー」とか、「消費税率

アップ」などに気を取られるのではなく、一度「政府紙幣」を発行し、

それを使ってドルを買い、経産省あたりが仲介してカリフォルニア産

コシヒカリや同産あきたこまち、同じくひとめぼれなんかをものすごく

大量に“買ってあげて”(自由貿易なんだから、買えるだけ買ってもい

いはずだ)、それを国民に配給し、食味サンプリング調査でもやれば

いいのにと思ったりもする。もちろん、まだ「関税」は活きているのだ

から、お金の一部は国庫入りだ。

 そんな話はいいとして、次は農水省の一部業務を引き継ぐことにな

る経産省だ。

 日本のスタンスは、ゆくゆくはアジア・太平洋地域における自由貿

易圏の確立なのだろうから、実は、これもまた仕事はなくなるに等し

い。輸入品を含めた国内流通品と、日本からの輸出品についての

「安全性の管理」と、「エネルギー政策」、「企業の育成」ぐらいしかや

ることがない。もっとも、「企業の育成」については外国企業の育成

も排除するものではないのかもしれない。何はともあれ、「国内企業

の保護」の仕事はない。育てることはあっても、企業を守る仕事はな

い。

 要するに、農水省も経産省も、一部の業務を除いては、その存在

意義はなくなるのである…統合先がどこになるかは知らないが。

 それが自然だ。

 その流れを無視し、農水省と経産省を解体しないというならば、「我

々」は到底、TPP 参加をよしとすることはできない。財源を自治体に

回さないのであれば、TPP 参加は認められない。



 最後に、余談ではあるが、「トランス・パシフィック・パートナーシップ」

という言葉について。

 カタカナで表記するとどちらも同じであるが、「trans」と「trance」では

えらい違いになる…というか逆に趣きが感じられて面白い。

 本来は、横切るとか渡るとか超えるといったニュアンスの「trans」な

のであるが、「trance ・パシフィック・パートーシップ」となると、(催眠

状態やヒステリーの状態のような)意識が通常とは異なった状態で、

受動性・被暗示性が高まって自発的な行為が減少し、運動・知覚・思

考などの異常性が誘起されやすくなった状態、での太平洋パートナー

シップとなってしまう。

 …そうか、「催眠」か。

 …そういえば「受動的」だったなあ。日本による「自発的」なものでは

なかった。

 …「自由貿易圏の希求」も、「ルールが出来てからでは遅い説」も、

「途中離脱不可能説」も、「韓国と競争出来ない説」も、「5年も前の

試算に過ぎないものが関税率として定着している」のも、「日米同盟

危機説」も、「農業・農村壊滅説」も、「第3の開国論」も、…どれも暗

示をかけているようで、まともな話がない。

 ちなみに「環太平洋パートナーシップ協定」となれば、「パン・パシ

フィック…」という言葉が適合するかと思うのだが、そうすると「PPP」

になってしまう。「PPP」といえば、「汚染者負担の原則」である。


 法律の規定・基準を守っていても、公害が発生する場合がある。そ

の場合、公害の原因に責任あるものが、不法行為の有無にかかわ

らず公害の対策・補償費用を負担するという原則。

        『用語集 現代社会 + 政治・経済』(清水書院)より抜粋


 いろんな意味でコメントしづらい。


 いずれにしても、国会議員には、農水省と経産省を解体し、財源を

自治体に渡す作業を急がせるべきである。

                                         
                                          
 黒船が来航し、国が開かれると、治外法権が認められていたり、関税

自主権がなかったりした、そのように学校で習った。

 そして先の大戦にて敗戦。そもそもの主権を失った。

 さて、「第3の開国」なるものを持ち出したのは、当時首相であった菅

さんということになるのだろうが、現在の首相である野田さんの心中は

定かではないが、「野田内閣」としてはそれを継承し、今や前のめりと

なっているようだ(総理の心中が不明で内閣が前のめりというのは妙

な表現ではあるが気にしないでいただきたい)。

 社会科系の教科書が変わるかもしれない。「第3の開国の頃になると

自由な交易権がないことに気がついた」と。

 局面にあるのは何か…言うまでもなくそれは TPP である。

 その「TPP 交渉」。

 それが「一般的交渉」であるとしたのが民主党政調会長の前原氏で、

彼の発言を受けて、内閣官房長官による同調発言もあったようだ。

 しかし、“そういうものではない”とする人たちがいる。

 玄葉外務大臣、自民党幹事長である石原氏、経団連会長の米倉氏

などだ。

 様々なメディアで伝えられている玄葉氏の弁は、例えば「(TPP交渉

参加後の離脱)簡単な話ではない」(asahi.com)。米倉氏の弁は例え

ば「途中離脱あり得ぬ」(10月25日 毎日jp)。

 そして石原氏の弁は、


 「 …(前原氏や藤村官房長官が交渉参加後の離脱もあるという考え

を示していることについて:ブログ筆者注)『交渉に参加して、気に入ら

ないからやめます』ということは、外交上できない。日米間の貿易量は

多く、交渉に参加した上で『ダメだ』となれば、アメリカがどういう対応

をするのか、想像すれば分かる」と述べ、TPPの交渉に参加すれば、

外交上、撤退はできないという考えを示しました。

                       (10月25日 NHK NEWSWEB)



 もしかしたら、対米的には日本に自由な交易権が無かったのかもし

れない。我々には知らされていなかっただけで。

 交渉に参加したらサインするしかない、というのは、ひと頃流行した

キャッチ・セールスのような話だ。「お得なキャンペーン中です。見るだ

けでもいいから」と言われてついて行くと、事務所にいる怖そうなお兄

さん達のことが気になって、布団とか英会話教材なんかを購入する書

類にサインさせられる。

 今件で言うなら、「貿易拡大キャンペーン中です。交渉いたしましょ

う」とか聞かされるのだが、交渉のテーブルに着いたらもう書類にサイ

ンするしかない。「特例措置」を獲得できるかもしれないが、サインす

ることはやめられない。買わされる(彼らは「格安なお値段です」と自慢

げだ)のは食品なんかのようだ。

 彼らはこうも言う。

 「自動車とか工業機械、電気機器メーカーさんなんかをご紹介(会員

登録)いただけますと、商品を関税なしで買い取らせていただけますの

で、お友達(輸出メーカー)もハッピー、お友達が儲ければお客様も法

人税を取れるのでは? それは当方からのバックマージンということ

で…」

 マルチ商法でもあったか。

 国会で消費者問題担当大臣にでも見解を聞いた方がいいのかもし

れない。

 もっとも、「お友達」の中には(対象国は限定だが)関税撤廃によっ

て工業資源を以前より安く購入できるようになるチャンスを魅力的に

感じている人もいるだろう。化学工業メーカーもそのうちの1つか…。

 ところで経団連(旧経団連・現日本経団連を一緒くたにしています:

ブログ筆者注)会長と言えば…

 1986年4月下旬、チェルノブイリで原発事故が発生した。

 1986年5月、新日鉄の斎藤氏が経団連会長に就いた。内定は時間

的に当該原発事故のずっと前のことで、決定が変更されるものでもな

い。

 4年後、東京電力の平岩氏が経団連会長となる。当然、原発を問

題視する“声”は各種マスメディアで普通に採り上げられていた。大震

災前のしばらくの期間とは明らかに違っていた。産業界は狙いを持っ

てこの人を立てたのかもしれない。

 2002年頃からは製造業での「派遣労働」解禁が語られるようになっ

たようだ。そして 2004年に解禁という流れのようだ。

 2002年から2006年にかけて経団連の会長であったのがトヨタの奥

田氏。


 輸入でも輸出でも、農業でも工業でも、それぞれの立場でそれぞれ

の利益となるようなことを主張するのは一向に構わない。

 しかし、農業関係者が「社会がなくなる」とか「農業が壊滅する」など

と言ったかと思えば、工業関係者が「(多国間交渉の1つについて)途

中離脱あり得ぬ」と言ったりするのは、まさに“どっちらけ”である。

  ※ テレビにしばしば登場していた東京大学あたりの教員も、早期

   参加せねば衰退の一途を辿ることにもなりかねない、などと言う。

 閣僚と野党幹部などが“外交に交渉打ち切りはない”と言うのを聞く

と、私は私自身のことが哀れに思えてくる。

 10月25日(火)付「秋田魁新報」4面、「連続インタビュー TPPの論

点」において、秋田県内のある稲作農家(48歳)のコメントが載ってい

る。

 大潟村とあるので規模の大きな生産者なのだろう。

 見出しに「海外販路拡大の好機」ともある。

 「TPP へのスタンスは。」

と尋ねられ、

 「まず、即座に他国との交渉に参加するべきだ…」

と語り始める。続けて言う。

 「…交渉に参加するべきだ。交渉のテーブルにも着かずに反対とい

うのは理解できない。…」

としている。

 外相も財界首脳も野党幹部も「離脱はあり得ない」としていることを

聞いてさぞかしズッコケたことだろう。「テーブルに着く前しか“反対”

を言えない」のだ(厳密には、日本政府が出す自国農業保護要求を参

加国全てが認めれば「(日本がTPPから)離脱」する必要もなくなる、と

いう話にもなるのだが)。(特例要求は農業に限ったものではないだろ

うが、ここでは省略する)

 もっとも彼は、上に続けて、

 「…理解できない。さらに、TPPそのものについても、私は参加すべ

きだと考えている」

ともしている。結論というか、ベースにしている考えは「参加賛成」とい

うことなので、彼は“嫌気が差す”ということはないのかもしれない(あ

るのかもしれないが)。


 今日(今夜)はNHK総合のニュースで「米の関税率 778%」が登場し

た。いくつかの農産物についての「関税率」を示すグラフにおいてであ

る。

 新潟の農家のコメントも放映された。デモ・集会への参加者のようだ

った。コメントの内容は「米の値段が 500円、300円とかになったら…」

といった趣旨のものであった・・・数字から見て、「300円/kg」ということ

なのだろう(9倍すれば 2,700円となるから、先に見た中村学園大学甲

斐氏の話に近い数字だ)。

 農水省や農業団体と一緒になって、“解って”てそう言うのならまだい

い、というか、戦術として「778%」を操っているのだろうと言える。

 しかし、言われるままにそのように“思わされている”というのであれ

ば、哀しい話ではないか。

 繰り返しになるが、前回挙げた共同通信の配信記事を記そう。


 タイトル:「精米の関税試算は778% WTO農業交渉の従価換算

 本文:

      …農水省が試算した従価税換算方式のコメの関税率は、精

    米ベースで 778%、…。…これまで公表していた 490%を大き

    く上回る水準で、日本の農産物が高率関税で保護されていると

    いう印象が強まりそうだ。



 そもそも、法律の類いで定められているはず(もし仮に、財務省の

意のままにその都度税率を変えることができるような制度であったと

しても、とりあえずはその時点その時点での税率は決まっているはず)

の税率を、どうして農水省が「試算」する必要があるのか。従価税的

に「換算」するのは、単に「従量税として決まっている税率を、%で表

現するとしたらこうなります」という話をしているに過ぎないのである。

 まず「402円/kg」という米についての“本来の”関税率がある。

 その時、「じゃあ、米の価格に対する何%を関税として徴収する話

になっているんだ?」ということになる。これが例えば、「米1kg に対し

て●%の関税」という話になってしまうと、「米の関税は物納だったの

か?」ということになってしまう。

 よくある税率の話のように、「%」を使って表現したいのなら、「米の

価格の●%にあたる金額を関税として徴収しています」という話にした

いのだ。すなわち「●%」が関税率となる。本来は「重さあたり■■円」

という税率のことを、「米の値段に対して●%の関税が発生する」とい

うように「換算」してみせたのが農水省の「試算」である。「試みの計

算」である。上記記事にあるように、「それまで」は「490% であると

(農水省が)公表」していたのだが、その時(2005年6月あたり:共同

通信が6月9日に分かったと報じている)に計算したら「778%」だった

というのである。

 だいたいにおいて、「試しに計算してみないと判らないような税率」

が、「本来の税率」すなわち法定税率であるわけがない。

 更に言えば、「778%」というのは2005年の話なのであって、日本の

米価の変動と、それぞれの産地国の米価の変動、為替レートの変動

によって、いまだに「778%」であるわけがない(あったとしたもそれは

偶然だ)。しかもそれぞれの外国の米価(円換算)が、どれも同じ値に

ならないと成立しない話でもある…逆に言えば、「778%」というのはど

の国の米価を対象とした話なのかを確認する必要もあるということだ。

あるいは諸外国米価の平均をとった話とでもいうのだろうか。

 そしてそもそもが、農水省が関税率を決めるな(発表するな)、とい

う話でもある。

 それゆえ農水省が「発表」した税率をマスメディアがいかにも本来

の税率であるかのように扱うな、という話でもある。

 「関税」と言えば財務省だろう…つまり、農水省が税率を発表できる

のは、公に定められている税率を紹介・広報する場合を除いては、あ

くまで「換算」という「試算」までに留まるのである。


 それにしても、ここ数日はマスメディアで大きく扱われるようになった

ものの、TPP 賛成派も反対派も、集会・デモが全然盛り上がっている

ように見えない。

 片や「衰退の一途を辿りかねない」とか言い、もう一方は「壊滅だ」

などと言っている割には盛り上がらない。もしもリアルな闘いであるな

らば、人生を左右する闘いだと見込むならば、どうして“あれ”で済ん

でいるのだろうか。

 予定調和か、と思えてくる。

 国会議員も賛成・反対双方まるで勢いがない。

 農業関係団体首脳のアピールもテレビニュースで放映されていたが、

「強引で拙速」などと言っている。菅さんが口に出してからもう1年も経

つ。農業団体は「778%」に替わるような新たな主張を提示できてきた

のか。1年間もあったのに。

 マスメディアも「778%」が本来の関税率ではないことを知りながら、そ

れを用いて誤魔化している。


 ああ、先が見えてきた。

 いずれ、「野田首相交渉参加を表明」と報じられるだろう。

 そしてAPECあたりで2回目の「表明」記事か?

 いつの間にか1回目については「参加の意向の表明」であったこと

になる。

 そして来年、「閣僚懇談会で正式に表明」と報じられ、「閣議決定で

公式に決定」と伝えられ、TPP 調印で「参加が正式に決定」と見出し

が踊り、国会で「公式に承認された」といった感じでマスメディアのネタ

になる。


 やり切れない…

                                          
                                           
 野田内閣は●●日、財政再建のテンポを加速させるため、消費税に

ついて、都道府県別の「暫定税率(一部、品目別)」の導入を閣議決定

した。それに対して野党は、「都道府県別暫定税率」の導入と財政再建

にどういう関係があるか不明だとして審議入りを拒否、今臨時国会は冒

頭から波乱の幕開けとなった…



…?

 まあ、そういうことにして、勝手に話を進めよう。

 東京から秋田に旅行したとしよう。

 お土産を買うことにした。1kg の「それ」は、450円だった。「それ」は、

「品目別暫定税率」の対象物である。

 秋田県の当該品目の暫定消費税率は、「本体価格の 800%」である。

つまり購買者は、本体価格の9倍のお金を支払うことになる。「それ」の

本体価格は 50円であり、払う消費税は 400円、合計で 450円の買い

物であったという話になる。

 東京へ帰る途中の仙台。お土産が足りないような気がして、秋田で

買った「それ」と同じようなものをまた1kg 買うことにした。800円だった。

 宮城県での暫定消費税率は「400円/kg」。したがって、支払った消費

税の税額は 400円であった。つまり本体価格も 400円。

 さて東京駅に着いた時、お土産がまだ足りないような気がして、そこ

でもやはり同じようなものを1kg 買うことにした。

 東京都は暫定消費税が非課税。支払った金額は 400円であった。

 整理してみよう。

 同じようなものを1kg 買う際に支払った金額は、秋田では 450円、仙

台で 800円、東京では 400円であった。

 ところで、東京で 400円で売られている “「それ」と同じような物” は、

秋田の「それ」や仙台の “「それ」と同じような物” よりも安い。インター

ネットでお取り寄せするような場合、東京にあるお店に注文が出される

可能性が高いと言えよう。暫定消費税率によって、東京の「商い」が保

護されているとも言えよう。


 仙台の買い物では、本体価格が 400円の “「それ」のような物” に

ついて、400円の税を支払ったのだった。つまり、そのことに限った話

としては、暫定税率が「本体価格の 100%」であったとも言える。

 また秋田での買い物では、暫定税率は「本体価格の 800%」だった

のだが、1kg の「それ」の買い物で 400円の消費税だったのだから、

そのことに限った話としては、税率は「400円/kg」であったとも言える。


 さて、どうだろう。

 ではここで、もし仮に秋田の消費税暫定税率が、「本体価格の 800%」

ではなくて「400円/kg」であったならどうだったかを見てみることにしよ

う。「それ」を1kg 買うのだから、消費税額は 400円となり、本体価格の

50円と合わせて 450円の買い物となる。

 税率が「本体価格の 800%」という時の話と変わらない。

 仙台では、本(もと)より税率は「400円/kg」であった。そして、繰り返

しになるが、本体価格 400円に加えて、消費税額 400円も支払う、計

800円の買い物であった(ちなみに税率について言い換えるとするなら

ば、「本体価格の 100%」)。

 やはり繰り返しになるが、東京は非課税で、支払いは本体価格のみ

の 400円。

 これはどこかで見たような話である。



 「消費税」も、「関税」と同じような「間接税」である。

 「関税」においては、納税機会は税関を通る時に発生するので、輸

入した業者は輸入した商品をとにかく売らないことには、納めた税額

分のお金を回収できない(回収の観点から言えば、完売できれば問

題はない。また完売できない場合は、本来は儲けとなる部分のお金

からやり繰りすることになろうが、早い話が自腹を切るような話となろ

う)。それに対して「消費税」は、納税機会は品物を売った後に発生

する。「消費税」は、お客様から預かったお金(税金)を、預かった企

業が納めるような話である。

 いずれにしても、基本的には、実際に財布の中身が減るのは買っ

た人であることに違いはない。

 上記「都道府県別一部品目別暫定消費税率」のいい加減な話を、お

米の「関税率」の話に置き換えてみよう。

 上記「東京都」における「商い」は、日本国内におけるお米の「商い」

に対応する。お米の売り買いに「関税」はかからない…ということで、

上記「それ」とか、“「それ」と同じようなもの” は「お米」に対応となる。

 「仙台での買い物」は「アメリカからの輸入」といったところか。

 アメリカからのお米(精米)の輸入については、「402円/kg」の「関税」

が課せられる。

 …ところが、厳密には正しくない。

 「402円/kg」(基本税率)の「関税」は、相手がアメリカに限定された

ものではない。どの国が相手でも共通である(細かな特例があるかも

しれないが、基本的にはそういうことであろう)。

 ところで、上の話(冒頭の“いい加減な話”より後の部分)において、

秋田での買い物における「それ」の本体価格である「50円」(1kg)とい

うのは、仙台での買い物における “「それ」と同じようなもの” の本体

価格である「400円」(同)と較べて、ずいぶんと安い。仙台で「400円」、

東京でなら「450円」で、その差が 50円であったことを考えても、ずい

ぶんと安い。しかし既に見たように、秋田での「暫定税率」が、「本体

価格の 800%」ではなくて「400円/kg」であったとしても成立する話で

あったことは重要である。

 「秋田での買い物」が「チャイナ地域(通称中国)からの輸入」に対

応しているとして見てみよう。

 もしもチャイナ地域において、お米が1kg 50円で売られていて、そ

れがそのまま(輸送費等を無視して)日本に入ってくるとするならば、巷

で言われるような「関税率 800%」で成立する話は、「関税率 400円

/kg」でも成立すると言える。

 そして実際、米についての「関税率」は「402円/kg」である。

 そして実際、マスメディアにしょっちゅう登場するのは「米の関税率

は778%である」という話である。


 ところで、この「米の関税率は778%である」という話は、実に“けった

いな”代物(しろもの)である。本国で売られている米の値段が日本の

米価に近ければ近いほど…お米の値段は日本が一番高いと仮定した

場合…日本での販売価格は「関税」によってどんどん高くなるのだ。

それどころか、日本の米価より高くても、つまり日本ではあまり売れそ

うになくても(食味は日本と変わらないとする)、本国での値段が高け

れば高いほど「関税額」が大きくなって日本の米価よりもますます高く

なっていくのだ。

  ※ 上では「けったい」と書いたが、端から物の値段の何%かを課

   税するやり方も普通にある。ただしここでは、元々は「重さあたり」

   で課税する話を「値段に対して課税する話」に作為的に置き換え

   た場合、「けったいな話」になることがあると述べたものである。


 計算を平易にするため、関税率を 800%としよう。また、日本の米価

を「400円/kg」とする。

 ある国の米価が日本円換算で「500円/kg」だった場合、日本に1kg

輸入される際、関税率 800%が適用されて、その税額は 4,000円とな

る。日本での販売価格は 4,500円だ。10kg 1袋だと45,000円になる。

 日本での国産米が「400円/kg」で、その「ある国」の米(食味が日本

産米と同じ)が「関税なし」でも「500円/kg」という状況において、日本

の国産米を保護するために 4,500円/kg にして売る必要があるのだ

ろうか。日本の国産米1袋(10kg)「4,000円」である時に、「関税なし」

でも1袋(10kg)「5,000円」なのに、敢えて「45,000円」の値段をつけさ

せる必要があるのだろうか。

 同様に、ある国の米価が「1,000円/kg」だったら、税額が 8,000円と

なり、日本での販売価格は 9,000円/kgにもなる。10kg 1袋で 90,000

円。

 日本の国産米が「4,000円」(10kg)の時に、「関税」がかからなくても

「10,000円」(10kg)の外国産米を、どうして「90,000円」(10kg)にしなけ

ればならないのだろうか。

 「米の関税率は778%」という話にはそういう側面があることを理解

するのは、ある意味“愉快”だとも言える。元々は「米の関税率は 402

円/kg」という話であったものを、わざわざ「778%」に置き換えて喧伝

するのにはそれなりに訳があるということだ。


 熱心に調べたわけではなく、たまたま出会ったのではあるが、2005年

6月9日付の「共同通信」配信記事として次のようなものがあった。

 記事のタイトルは「精米の関税試算は778% WTO農業交渉の従価

換算」。


 世界貿易機関(WTO)農業交渉に向けて、農水省が試算した従価税

換算方式のコメの関税率は、精米ベースで 778%、玄米ベースで約

560%になることが9日分かった。…。…これまで公表していた 490%

を大きく上回る水準で、日本の農産物が高率関税で保護されている印

象が強まりそうだ。



 巷に出回る「米の関税率 778%」という話は、どうやら農水省がその

出所であったようだ。

 それにしても、こうした「ナショナル・レジェンド」を国民が抱えること

は実に痛々しい。

 現在この伝説が語られるのは、ひとえに、「関税」撤廃による「ギャッ

プ」を過度に演出するためと思われる。778%の関税が外されるとどう

なるか…

 しかしTPPについて言えば、チャイナ地域やタイなどは第1期生とな

る気配はない。

 となれば、アメリカやオーストラリア産あたりで、しかも食味が日本国

産米と同等あるいはそれに近い…もちろん日本産米よりも上質でもよ

い…お米が競合相手となる。

 アメリカやオーストラリアあたりのそうしたお米は、本国で 50円/kg ぐ

らいで売られているのだろうか。それほど安くないのであれば、778%

が 0%になるような話は成立しないと思われる。

 以前当ブログで見た時には、アメリカ本国で売られているカリフォル

ニア産コシヒカリや同あきたこまちの値段は、地域差もありつつ、日本

で売られる日本産の同ブランド米の値段と較べて数百円~千円ほど

安いものであったと記憶している(確か10kg として)。

  ※ ただし、以前の為替水準を基にした話であり、現在の円高レベ

   ルだと、アメリカ国内における米国産米価格は円換算で安くなる

   と思われる。


 推測ではあるが、農水省・外務省・経産省そして財務省においては、

既にこの問題は決着がついている。TPP 参加である。

 農水省が例の「ナショナル・レジェンド」の“すっとこどっこいさ”が判

らぬはずがない。

 恐らく、TPP積極派と断固反対派とに世論を二分させることで、内閣

が「推進」という政治判断を下した後の、農業対応策のための大きな

予算と仕事量の獲得を目指しているのだと思う。

 私は先に、農業団体は具体的な要求を提示すべきと述べたが、実際

はそうはならないのだろう。農水省も、大雑把であるが、一言で言って

大きな予算が得られればそれでいい、といった感じではなかろうか。

 世論が二分(正しくは、賛成・反対・よくわからない、という三分)され

ることに意義があるのだ。

 議論が熟成されることにあるのではない、とでもしているのだろう。

 農業(米)については、「得体の知れない落差」こそメイン・テーマなの

だ。外国産米がやって来る…ちなみにどこからどれくらいやって来るの

か、つまり競合国はどこで、どのくらいの能力があるのかもよく知らされ

ず…、値段が1/9になってやって来る、ちなみにどうなるかはわからない、

といったようなムード作りを戦略にしているようだ。

 そうでなければ、ここまで「ナショナル・レジェンド」を長生きさせる意

味が解らない。言ってみれば、「米の関税率 778%」のようなことを言

うのは、むしろ「恥ずかしい」ことである。

 もっとも、最近の農水省は「778%」についてはもう口にしていないよ

うだ。言わなくてもマスメディアが採り上げてくれるのだ。

  ※ ちなみに「秋田魁新報」10月23日付紙面TPP解説囲み記事で

   も、「米の関税率 778%」が表中の項目として登場している。

 ただ、そんなマスメディアも、アメリカが砂糖の輸入などについて、関

税撤廃としない特例措置を希望していることを伝えたのは面白かった。


 農水省はさすがに恥ずかしいと思ったのか、自分では言わないが人

に言わせている。

 農水省のホームページで「tpp」で検索をかけると、『TPPと地産地消』

というPDFファイル文書に出会う。中村学園大学の甲斐諭氏によるも

ののようだ。

 当然お米についての「778%」が登場する(掲げられたグラフ内におい

て)。

 また「コメへの影響」というイメージ図においては、「新潟コシヒカリ、

有機米等」について、「288円/kg」が「177円/kg」に下落するだろうこ

とが表現されている。「288円/kg」ということからすると、それが生産

者が卸や小売りに渡す際の価格であることが推測される。ちなみに

そのようなお米のカテゴリーについては全体の10%として捉えられ、

外国産米と「競合せずに残る」とされている。

 残りの90%については、「247円/kg」で取り引きされるお米であり、

外国産米と「競合し、外国産米に置き換わる」とされている。

 外国産米については、「米国産等」となっている。TPPに関する分析

であるため妥当であろう。しかしその取り引き価格は「57円/kg」とさ

れ、かなり安く見積もられているように感じられる。なぜならば、アメ

リカにおける米の生産は、「中粒種」、「長粒種」、「短粒種」それぞれ

あり、「短粒種」であってもその全てが「新潟コシヒカリ、有機米等」以

外の日本産米と同等の品質を獲得しているとは考え難いからである。

 別な言い方をするならば、日本の「新潟コシヒカリ」以外のお米に

匹敵するほどのお米を、アメリカで「57円/kg」で作れるのかという疑

問は、次なる疑問を呼び起こす。つまり、アメリカで「57円/kg」で作

れるのならば、チャイナ地域だといったい何円で作れるのか、と思っ

てしまうのだ(実はそれなりに安いぐらいで、ただひたすら日本産米だ

けがべらぼうに高い可能性もあるのだが…)。

 そしてもう1つの問題は生産量だ。

 甲斐氏の見立てでは、「新潟コシヒカリ、有機米等」以外の日本産米

760.7万トンに加えて、「新潟コシヒカリ、有機米等」も勝ち残りはする

ものの 85.9万トンが“駆逐”されるとしてその生産額の減少が試算さ

れている。合計で 846.6万トン。TPP絡みで言えば、アメリカやオース

トラリア、そして日本向けに品種変更するならばベトナム等からも米が

入ってくるとして、846万トンという数字は“有り”なのか。

 確かに、大打撃を受けて稲作を廃業する農家が多くなるという理由

で、日本での生産量が 846万トン少なくなることは可能性としてはある。

しかし、外国が日本向けの米を合計で 846万トン作るのか?

 いくら分析の主旨が「米の生産額の減少についての試算」であるとは

いえ…したがって生産額(つまり生産量についても言える)が減って日

本人の食生活がどうなるかは問題ではない、というのかもしれない…、

その話が成立するには、日本の人口がものすごく減るか、パン食にシ

フトする日本人がものすごく増えるといったことがなければならない。

 甲斐氏の話は、俄(にわ)かには納得し難いものである。

                                          
 前回記事にての告知とは異なり、放射線関連ではない話となることを

ご了承いただきたい。


 ここのところ、俄然賑やかになっているのが、特定の国以外の国から

の輸入産品には「関税」をかけようとする政策についてである。ただ、元

々平等だったわけでもなかったのだが…。


 ところでこの「関税」、もし仮に撤廃(対象国が限定されようがされま

いが)されると“ガッカリ”するのは誰だろうか。

 外国から安い農産物が押し寄せる農産物生産者か…

 いや、違う。

 まだ道はある。外国産より売れるものを作ればいい。

 簡単に言うな、と言われそうだが、ここでは基本的な話として、簡単な

こととして進める。

 道がない者がいる。

 ガッカリするのだ…お金が減って…

 そう、それは税金徴収団体だ。

 ところでこの「関税」。払っていたのは誰か。

 例えば外国産農産物。海外の農家か。

 日本の商社か。

 外国商社の日本支店・代理店か。

 とりあえず払っておくのは商社・輸入業者ということになろうが、実

際に財布の中身が減るのはその外国産農産物を買う人、つまり日

本の消費者である。我
々が買う値段に「関税分」が上乗せされてい

て、商社等は納めておいた「関税」を回収する。だから商社等は卸

や小売りに品物を完売(というか、実際にはそれなりの値段で相当

量販売)
できれば「関税」として納めた金額を完全に回収できる。卸

や小売りもやはり仕入れたものをそれなりの値段で完売(同)できれ

ば、“多目に”支払っていたお金を回収できる。

 そうしたわけで日本の消費者は、外国産の米や果物などについて、

「関税の上乗せ」が外れる分、安く買うようになることが期待される。

 日本の消費者は、以前と比べて財布の中身の減り具合が緩やか

となるのだから以前より多目にそれらを買うかもしれない。また、以

前はあまり買わなかった人も安いという理由で買うようになるかもし

れない。

 消費者の財布にとっては嬉しい話だが、非課税対象国の出現に

よって「関税」収入総額が減ることになろう徴税役場にとっては、嬉

しくもなんともない。もし仮にお金が足りない役所(あり余っている役

所というのも無いだろうが)であるならば、痛手である。

 ところが、何の因果か日本の消費税率が引き上げられるムードが

満々である。対象国限定の「非課税化」によって失った「関税」収入

額を、増えた輸入農産物売り上げについての「消費税」で徴税役場

は回収するかもしれない。いや、もっと多くのお金を手にするかもし

れない。

 また、法人税率の引き上げも検討されている。

 取れるのか取れないのかよく判らないような国内農産物生産者か

らの事業税等よりも、商社・輸入業者からなら法人税が取れそうだ、

とも思っていないとも限らない。

 もちろん消費税や法人税などの税率引き上げについての狙いや

検討開始時期などについては無視した上での話である。ここでは単

に国民の側から徴税役場へのお金の移動を見た場合の話である。

 では次に日本からの輸出品について見てみよう。

 もちろん現在まで主力である自動車や電気機器等についてだ。農

産物の輸出を拡大中だ、という方々の仕事については申し訳ないが

ここでは置くとする。

 日本から輸出される自動車・電気機器については、それを輸入す

る例えばアメリカ合衆国においても同様に、アメリカで暮らす市民が

そうした日本製品を購入する際に「関税」を事実上払っている。払い

込み先はアメリカの政府(中央、地方といった細かい話は判らない)

だ。別に日本政府が得ているわけではない。

 そしてそれが撤廃となることを考えよう。

 アメリカ国内で販売される日本製品が従来の「関税」分安くなる。す

ると売れる数は、多くなるとか、減少度が下がるとか、といった感じで

とにもかくにも日本のメーカーにとっては有り難い。

 ここで“たら・れば”の話をすると、もしアメリカで販売されるそうした

日本製品の全てが日本からの輸出品であったなら、日本とか輸出企

業にとっては強烈な恵みとなったかもしれない。

 ところが、アメリカで売られている“日本製品のような物”の中には、

日本製ではないものが含まれる。ブランドとしては日本企業の製品な

のだが、アメリカ国内における現地生産品も多く出回っているのだ。

 そうした場合、アメリカで売れた品物に対して支払われた代金は、基

本的にはアメリカ国内に留まることになる。メイド・イン・USA の日本ブ

ランド製品についての、代金支払いにまつわるお金は、基本的にはア

メリカ国内に留まる。日本企業のアメリカ現地法人が儲けを出せば、

法人税はアメリカの徴税役場行きだ。そこで働く人の所得税もアメリ

カの徴税役場行きだ。消費税についても同様であろう。ちなみに「関

税」については、撤廃となればやはりアメリカの徴税役場に入ってき

ていたお金が入ってこなくなるが、アメリカの農家が日本への輸出を

拡大するならば大きなお金を手にし、それによってアメリカの徴税役

場は事業税・法人税を得る。

 確かに日本企業がアメリカへの輸出を維持・拡大させることは、日

本の徴税役場にとって収入の面でいい話だ。しかし農業について、ア

メリカの農業法人が、あたかも北米トヨタの如くに、大々的に日本の

農村で現地生産しているであろうか。

 確かに現地生産を見る場合、例えば日本のトヨタ本社は北米トヨタ

の株式を保有しているのだから、北米トヨタが儲ければ配当を受け取

って利益とする。現地法人がある国からお金が日本に入ってくる。

 しかし農業については、今のところ、日本で売れたアメリカ農産物に

ついては、介在する商社等についてを除けば、まるまるお金はアメリ

カへ渡っていくことになる。

 トヨタが北米トヨタを介してアメリカ人労働者を雇用するように、アメ

リカの農家・農業法人が日本で日本人農業従事者を雇用し、例えば、

カリフォルニアオレンジを生産するだろうか。アメリカの農家・農業法

人が日本で米を生産するだろうか(魚沼地域を買収して魚沼産コシ

ヒカリの販売権をアメリカ企業が独占する?…どうだろう、でもほとん

どの日本の田んぼには手を付けないのではないか…というか、魚沼

の田んぼを買収したところで出来上がるのは魚沼産コシヒカリである。

魚沼産のカリフォルニア産コシヒカリではない…って、魚沼産のカリフ

ォルニア産米って何だ?)。

 また更に言えば、アップルが日本に工場を作るのか、という話にも

なる。

 日本企業によるアメリカ現地生産がすっかり定着した後のTPP は、

なんともやるせない。日本の工業製品に関しては、貿易摩擦を和らげ

ようと日本企業は現地生産に踏み出した。アメリカ農業が貿易摩擦を

抑えるために日本で現地生産するだろうか。

 ボクシングにはスパーリングというものがある。

 相手は「スパーリング・パートナー」と称される。

 お互いに、もしくは特殊な環境下(例えば一方の選手の攻撃練習が

メイン・テーマとなる場合)においては片方が、ヘッド・ギアを着用する

などして打ち合う。「防護」の価値観がある。

 TPP の前がそうだった。

 しかし、「パートナーシップ」が盛り込まれているTPP になると、何故

だかお互いヘッド・ギア無しで殴り合うことになる。

  ※ "DIAMOND online"の高橋洋一氏コラムによれば、正式名称

    は"Trans - Pacific Strategic Economic Partnership

Agreement"というものらしい。

 ダンスの相手も「パートナー」。男女間関係などでも「パートナー」とい

う言葉が用いられる。企業間の提携においても「パートナーシップ」が

語られ、投資ファンドでも、お互い殴り合うことなく共に利益を追求す

るのが「パートナー」である。

 しかし何故だかTPP では思いやりが介しない殴り合いだ。

 「最終的には益となる自由貿易」。シンプルな理論だが“カビ臭い”。

 しかし、現況においては、お金がない連中(政府)が寄り合いを開い

て、如何に国民の財布からお金を抜き取るか…1つの徴税マシーン

(「関税」)を廃棄して、別なルートで税を得る…を考えているように見

える。ちなみにリスクは国民の自己責任だ。

 もっとも、「最終的にはお互いにとっての利益になる自由貿易」とい

う捉え方であれば、その意味においてはパートナーかもしれない。

 しかしやはり、この“パートナーシップが何たら”とかいう TPP のネ

ーミングは不相応だ。

 ネーミングが不相応なのは「定住自立圏構想」並である。

 この【隣近接市町村定住自立パートナーシップ協定】を締結した南

相馬市と飯館村の住民の多くは、ご承知のとおり、故郷を離れてい

る。定住していないのだ。

 同パートナーシップ協定を締結した市町村に対して、総務省は交

付金を渡すことになっているのだから、総務省は上記両市村に2兆

円ずつぐらい渡して定住を死守させるのかと思いきや、そうはなって

いない(定住自立させるのが目的ではなくて、交付金受け渡しの口

実作りが主旨であったのだから無理もないが)。

 ちなみに TPP。ミニマム・アクセ…、そういえば米のミニマム・アク

セスというのがあった。TPP 締結国となれば無効となるのだろうか…

そうだよね…多分。

 話を戻そう。TPP が締結されても、例えばアメリカの小麦や米や果

物がどんなに不作になろうとも一定量は必ず日本向けに輸出しなけ

ればならない、といったようなミニマム・アクセスは用意されないんだ

ろうな、なんて思ったりする。

 つまり、「最終的にはお互いにとっての利益になる自由貿易」といっ

ても、リスクは普通に存在する。

 ところで、「リスク」と言えば韓国とチャイナ地域だ。

 韓国は「多様性」を捨てて選択と集中にシフトした。ナショナル・ブラ

ンドが“傾け”ば“つぶしが効かない”。これから綱渡りの局面が多くな

ろう。

 チャイナ地域はご承知のとおり、有史以来一度も国境線を確定させ

たことがない地域だ。中華人民共和国を名乗っているが、要は内乱を

制した政党閥による支配政治である。チャイナ地域人は行政を信用し

ていないし、外の世界に存在している「国・国民」を信用していない。ト

ラブルを起こして平気でいられるのは、そのためだ。しかしビジネス・チ

ャンスはある。トラブルに対応できるのであれば利益をあげることが可

能だ。挑戦するのもいいだろう。ただし、ギャンブルを避けたい人は手

を出すべきではないであろう。

 ところで韓国。

 韓国のFTA戦略に対抗する意味をTPP において語る者もいるが、

そんな韓国相手に“相互通貨融通制度”を始めたのもなんて言ってい

いのやら…というか、それは我々に普通に教示していると言っていい

だろう。

 つまり、上で少しだけ触れた「食糧確保」の面だけではなくて、国際

的な資金の流れに対して、TPP がどれだけ力があるかも考えるべき

だということである。

 TPP を締結すれば、円高が是正されるのか。

 TPP を締結すれば、穀物の国際価格が安定するのか。

 TPP を締結すれば、エネルギー資源の国際価格が安定するのか。

 TPP を締結すれば、工業資源の国際価格が安定するのか。

 「関税」がなくなる分安くはなるのであるが、それを凌駕する投機マ

ネーの影響による価格高騰があれば、結局値上がりになってしまう

こともある。

 ところで、「投機マネー」と言えば、何故投機マネーはトヨタの自動

車を買い占めないのだろうか。

 つまり、TPP の議論においては「日本の工業製品」と「(主に日本

に入ってくる)農産物」が対比の対象となるのだが、投機マネーの住

人にとっては、「日本の工業製品」は関心がない。「日本の工業製品」

を産み出す日本企業の「株式」等には関心があるが、「製品」自体を

買い占めるような関心はないのだ。

 資源でもある「食糧」については、「最終的にはお互いにとっての利

益になる自由貿易」などと呑気なことばかり言ってはいられないので

ある。

 ちなみに、“近い将来日本の食糧が無くなりそうだ”ということを理

由にするならば、TPP 参加に理がある。どうしても買ってこないとい

けないのなら、安く買えれば有り難い。国内増産を選択しないのなら、

なるべく安く買える TPP もいいだろう。ただし、さっき述べたように、

国際調達はリスクが高い。

 国内産米が不作ならパンを食べればいい。また、ちょっと高くてもア

メリカ産米も買えよう。

 国内産米が不作で、アメリカ産米も買えず、外国から小麦も買えな

いのなら、とりあえず何か食っていればいい。1年ぐらいはどうにかな

るだろう。

 ここでも解るように、多様性が重要なのだ。

 トヨタがコケても他の日本メーカー。松下がコケても他の日本メーカ

ー。ある地域の米がコケても残りの産地米。日本全体で米がコケても

小麦。それでもダメでもなんか他の食べ物。

 震災時、電気がつかなくてもガスは利用できた(地域によってパター

ンはそれぞれであったろう)。灯油ファンヒーターは使えなくても、反射

式灯油ストーブは使えた。テレビは観れなくても、乾電池式ラジオが聞

けた。

 そして、発電所なのに電気が無くて建屋が爆発した原発(バックアッ

プは数種類用意されていたが効果がなかった。まともな物が他にあっ

たなら爆発しなかっただろう)。

 ところで、「多様性」と言えば、「農地・農村」には国土保全等の多面

的な機能があることが教科書に載っている。何年も載っている。

 その意味でも、国は農地で何かが生産される状況を維持しなければ

ならない。子供に「国土保全でもある」と教えておきながら、耕作放棄

地を増やすわけにはいかない(それを反故にする場合は、まあ、政策

の「優先順位」を持ち出すのだろうが)。

 しかもこの先、新興国についても食糧不足が予想されている。

 農産物が売れるのが判っていながら生産の用意を怠るのは理に沿

わない。

 いずれにしても、農地を耕作地として使い続けることが如何に重要

であるかを我々は強く認識すべきである。

 そして農林水産業業従事者数の維持・拡大が重要であろう。人口

が減るのだから農林水産業者も減る。普通の話だ。しかも、既に若

年層が減ってからの年配層の減少である。人口が減る分、必要な食

糧の量も少なくなっていく、といった話は呑気と言えよう。少なくなると

はいえ、必要量を賄えなくほど生産者人口が少なくなったのでは話に

ならない。

 例えば農業について、1戸あたりの耕作地面積の拡大という話も、

日本の耕作地面積全体が減らないこととセットでなければいけない。

 農林水産関係団体は、TPP 参加となろうがなるまいが、具体的な

要求を政府に提示すべきだ。TPP 参加となっても、詰まるところ、仕

事と生活が成り立てばいいのだから。



 (対象国限定ではあるが)「関税」撤廃というのは、徴税役場からす

れば形式的減税に他ならない。財政が厳しい厳しいと言われる中で、

そうした「関税」撤廃による収入減だけについては大目に見て、いず

れ工業関係の法人税からその分を回収しようなどと悠長なことを考え

ているとは到底思えない。従来を見ても、何かを減税したり手当てを

拡充(政府の支出増)したりする場合は、徴税役場は他からお金を引

っ張ってくるものである。


 (一時的な場合も含めて)手放す施策について我々は政府に対して

提示すべきである。

 例えば「交通安全運動週間」。毎年2回行なわれるが、1年ぐらいや

らなくてもいいだろう・・・今年度分は予算もついて準備がある程度され

ていただろうから仕方がないとして、来年は休んでもいいだろう。行政

がどれだけお金を出しているのか判らないが。

 「税を知る週間」てな感じで子供の作文コンクールなんかやっている

が、1年ぐらいやらなくてもいいだろう。

 いわゆる「全国学力テスト」。しばらくやらなくてもいいだろう。

 「定住自立圏構想」?…いらない。被災地支援が先だろう。

 そして何よりも、国は仕事が多過ぎる…というか細かな仕事が多い

のだ。そのための職員は無駄だ。自治体に好きなようにやらせるべ

きだ。結果として住民に重大な悪影響が出る場合に、国は住民を助

け、自治体にペナルティを課すのがいいだろう。

 とりあえず公務員の数を削減しようとするよりは、国の仕事を減らし、

人員が余剰だから削減するという方向性をとるべきだ。

 国は基本的には大枠の仕事をするのだから、国会議員の数も今ほ

ど必要ではない。

 また、自治体が国の「基準待ち」・「指示待ち」をするのはよくない。

 「多様性」の意味からも、事柄に対する理解不足の意味からも、む

しろ害である。地方自治体における“行政職人”育成のためにも、国

から不要な仕事を剥ぎ取るべきである。

 我々はもっと、国に対して、あれは要らないこれも要らないと声を挙

げるべきである。



 それにしても例えば米について、TPP 締結で短期的には値段がいく

らになって、中期的にはどうで、長期的にはどうなのかといった試算を

見ることはなかった。

 輸入米に対する「関税」が、「価格に対する税率」で定められている

わけではないのだから、輸入米関税率 700%強(800%弱)が 0%に

なったら…、なんて議論はあまり実態に即さないであろう。

 しかも、日本のお米全体の値段を下落させるには、いったい何トン

の流入が必要で、それに足るお米をアメリカなどがいつ頃までに作る

ようになる見通しがあるのか、といった議論もない。少量のお米しかア

メリカあたりから入ってこないのなら、安い輸入米が店頭に並んだ瞬

間に売り切れるだけで、後は(あるいは他の消費者は)従来どおりに

国産米を買うだけだ。もちろん売れた輸入米の分だけ国産米は余っ

てしまうだろうが。そうした場合、まず卸業者は、輸入米の価格を根

拠に安い仕入れ値で買い叩こうとするだろうから、生産者側としては、

どれぐらいの量が輸入米として入ってくるかといった見通しを立てる

必要に迫られよう。卸との交渉力も大事になる。流通に変革が起こる

かもしれない。ちなみにパニック売りになれば、国産米の値段は大き

く下落するかもしれない。

 以前にも触れたのだが、米の「関税」は 402円/kg(基本税率)。主

食用米の税率だ。10kg だと約4,000円となる。アメリカで売られてい

るカリフォルニア産コシヒカリや同あきたこまちが大雑把に言って3,000

円~4,000円(10kg)だと、輸送費等を無視してそれがそのまま日本

に持ち込まれるとした場合、関税分が上乗せされて約7,000円~

8,000円となる。そして関税が撤廃されると約3,000円~4,000円とな

る。実際には為替の変動や流通経費の動向によって少し変わるだ

ろうが、いずれにしても、関税撤廃による日本産-アメリカ産同品種

米の日本国内販売価格差は、10kgで数百円から千円あたりとなる

のではないだろうか。ちなみに収穫期がズレるオーストラリアにつ

いても見るべきかもしれないが、それにしても、米豪で日本の米価

をどこまで下げられるのだろうか(価格の面でも、生産量の面でも)。

またチャイナ地域(自称中華人民共和国)やタイは差し当たって関

係がない…「関税率788%」がそこら辺に関係して語られているの

であれば、TPPの議論においては馬鹿げている。