前回書いてからの自分自身の変化…。
偏頭痛の受診先が内科から脳外科に変わり、その後腰も痛めて、整形にリハビリで通い始めた。
これで内科(高血圧)、脳外科(偏頭痛)、婦人科(月経困難症)、整形外科(腰痛リハビリ)、たまに歯科。
医療費がきついので遠方でもある漢方内科は諦めた。
体質改善もしたいが、今はとても追いつかない様だ。
降圧剤は何度も調整しているが、不思議なほど下がらない。
子の整形リハビリは終了し、たまに小児科、歯科、その他定期検診。
以前は療育もあったが、今は再び探さなければ、というところ。
朝の学校への送り〜時短で常勤の仕事、学童(学校より遠い)へのお迎え、そこから寝るまで。
消灯すると自分も寝落ちしてしまう。
以前と変わらない生活だけれど、腰痛も頭痛もあるし、血圧のこともあるので、たぶんこの「普通の生活」自体が私のキャパを超えているのだろう。
時短で、土日祝休みでありがたいし、通勤も徒歩なのだが、歩き回ると腰も膝も痛い。
いつ偏頭痛が起きるのか不安に感じながら暮らしている。
一昨年の梅雨明けくらいに毎月の生理を抱えながら働くのに限界を感じて薬で止めた。
去年の夏には休憩時間を15分延ばす分給料を下げてもらった。
昼休憩で既にヘトヘトになってしまうので、必要な時は突っ伏して寝るようにしている。
脳外で本当は生理を止めるのも頭痛的にはあまり良くないと言われた。
またやっと頭痛薬の調整がついたかと思ったが、比較的効く頓服は長期の使用は脳卒中リスクがあるため、別のものに変えていく。
こうして書き出してみるとありふれた不調と愚痴ばかりだな。
発達特性ともうまく付き合えないまま加齢による認知能力の低下も来てる。
以前から、生活パターンをルーティン化するときっと自分が楽だろうと思っていたけど、自分で作ることは出来なかった。
結局、子の朝食準備の時間やメニュー、夜の歯磨きや入浴、翌日の準備などの時間のリミットや手順を夫が決めて、それを大まかでも守ることで楽になった。
洗い物など溜めがちだった家事も、文句付けられたくないという抑止力で以前より急いでやるようになった。
そんな感じで家の中を片付けたりやることの先延ばしを減らしていけたら、どんなに楽になるだろう。
視覚情報としてのノイズ、頭の中のノイズがいっぱい。
1日の終わりになると「脳、丸ごと洗っちゃいたいな」としばしば思う。
悪いことばかりではないと思う。
子どもは成長している。
私の成長が追いつかない、のかも知れない。
子どもが新しい集団生活に入るにあたって、私たちなりに備えてきた。
周囲との連携をとっていくことが、今私たちが親としてできること。
そのためにも大人になる必要があり、成長、成熟する必要があるのかな。
また思いついたときに、書きに来たい。