なんとはなく,心躍らぬ日が続く。新型ウィルスの影響で先が見えない不安感が僕をして,憂鬱な毎日を送らせているのだろうか…
生来の怠け者ゆえ,首相による学校の一斉休校要請を特に苦々しく批判的に考えたということはない。子育て世代の皆さんはそら大変だろうとは想像できるが,命あっての物種ゆえやむを得ないかと考えもする。学童さんに僕ら教員が協力できるのならば喜んでお手伝いをしようかと殊勝にも思ったりする。今が正念場,みなで辛抱生活を続けようというのが基本的な僕の考えである。
一斉休校から2週間,主のいない学校での生活が始まった。さぞや呑気でゆったりとした毎日になろうかと考えていたのだが,現実は僕の想像とは大きく違ったものになっていた。時間は無意味に過ぎていく。そこには,喜びも哀しみも苦しみも何もない。心の中は無・・・まさに空虚である。僕と違って多くの同僚は,実直な人たち故せわしなく動いておられるが,目視できない胸の内にはどこか虚しさがあったのではなかろうか?
おそらく僕らは,本物の先生なのだとつくづく思う。そこに,生徒がいてはじめて生きがいを感じる。生徒との生活が僕らのお仕事の大前提であり、且つ絶対条件なんだと改めて思った2週間であった。
今までに記憶にない騒動ゆえこれからどうなるのか皆目見当がつかない。おそらくは,自粛や縮小をキーワードとして少しずつ平常に戻していくのだろう。いずれにしろ,先が見えないというのは随分と不安なものである。定年まじかの僕が鬱々としているのだから,生を受けてまだ十数年しか生きていない子供たちの心の闇はさぞや深いのではないかと思う。
有事の今だからこそ,一人一人の心に寄り添っていかないといけない…まじめに近未来を憂いてやまないおじさんのつぶやきである。

