父親永眠。
昨日の朝8:15親父が息を引き取りました。
9/27に誕生日を迎え67歳でした。
65歳で咽頭がんステージ4と診断されてから抗がん剤、放射線、声帯と食道摘出手術まで行いましたが今年6月に再発がみつかり3ヶ月あまりで他界してしまいました。
手術してからの1年は声も出せず、食べることや飲むことも出来ずただあと10年生きたいと言っていた父親でした。
自分の力の無さを感じましたが後悔のないよう全力を尽くしたつもりです。
皆さんも後悔のないよう親との時間を大切に過ごして欲しいと思います。
父親の余命宣告
つい最近千葉大学病院の担当医師に父親の余命宣告をうけてこれまでの1年ちょっとを振り返りブログに記録しておこうと思います。
まず父親(66歳)は去年6月頃健康診断をうけて喉のあたりにしこりと声がかすれるなどの症状があり、ステージ4の咽頭がんと診断。
2ヶ月放射線治療をするもガンは小さくならず病変と声帯の摘出手術を2016年2月に行いました。
手術後は声も出せず、飲食もできなくなり胃瘻で栄養を入れることになりました。
喉の下に開いた空気孔はすぐに痰が溜まりやすいので常に吸引機が近くないと窒息の危険がありました。
それでも父親はもう一度食事をすることと、少しでも長生きすることを望んでいました。
手術後は病院でのリハビリはないので介護保険による嚥下のリハビリでしたが言語聴覚士も少なく週一程度しかうけられず思ったような効果は得られませんでした。
そして手術から4ヶ月後千葉大学病院にてリンパ節への再発が認められ抗がん剤治療を開始しましたが、自宅で痰が肺に達したためか肺炎を起こし現在は千葉大学病院に入院しており、先日医師に余命宣告をうけました。
今後は緩和ケア病棟などに転院して残りの余生を過ごすようにとのことでした。
医者はがんと診断し、手術、抗がん剤、放射線を使用してがんが治らなければ転院してくださいと簡単に言うけども本人も家族もそう簡単に受け入れられることではないと思います。
あの時手術をしたことが良かったか悪かったかは分かりませんが手術後の父親の生活は苦しさと我慢と絶望感の日々だったと思います。
大橋巨泉さんの闘病記事
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160918-00006058-gentosha-ent父親の余命宣告
今日千葉大学病院の医師から父親の余命が一年、最悪数ヶ月と宣告を受けました。
父親は昭和24年9月27日生まれ丑年の66歳ですが去年6月に咽頭喉頭癌ステージⅣと診断され抗がん剤もあまり効果がでず、今年2月に声帯、食道、リンパの摘出手術を行いつんくと同じように話すことと食べる飲むことが出来なくなりました。
手術後も通院してリハビリもして話すことも食べることもできず我慢を続けてきましたが7月に再発がわかり癌は思った以上に早く進行しているようです。
今後父親にしてやれることは1秒でも多く会って顔を見せて時間を共有することかなと思います。
皆さんも悔いが残らないよう家族との時間を大切にしてください。
