「俺はやっぱり親戚が怪しいと思うね」

夕飯を終えて、大広間での暇潰しも限界に来ているので岸たちは犯人探しの推理ゲームを始めていた。一人ずつ見解を述べて回る。

「だってこの家迷路みたいじゃん。多少知ってる奴じゃないとまずじーさんの部屋すら分かんないだろ。しかも朝だろ?家ん中にいた奴に決まってる」

「でもさでもさ、親戚って言っても年に数回くらいしか来ないんでしょ?それで覚えられるかな…案外使用人の人とか…」

「おいそれだとうちのばーちゃんも含まれるじゃねーかよ」

「じゃあやっぱ早朝姿を消した神宮寺…」

「アホか岸くん!俺はやってねーよ!玄樹、なんか言ってやれ!」

「勇太に人殺せるような度胸も腕力もないから。僕は案外他殺に見せかけた自殺なんじゃないかと思ってるんだけど…。もうかなりのお年だしご自分の最期は自分で…ってそんな風に思って、とか。どう?挙武?」

「いや、玄樹…あの爺さんはそんな潔いタマじゃない。うちの父も言っていたが殺しても死ななそうだって。まあそうじゃなかったからああして亡くなったんだがな」

「あのお爺さんが死んで誰が一番得をするか、だよね」

それまで聞き役に徹していた颯がぼそりと呟いた。

「人が人を殺すなんてよっぽどだから、殺してでもどうにかしたいことがあった、とかあの人が死んだら自分がとてつもない利益を得るとかよっぽどの恨みがあったとかかな」

「まあその3つのうちどれかだろうな。利益ねえ…」

挙武は顎に手を当てて天井を仰ぎ見る。

「この家の資産は莫大だが、それを相続するのはたった一人の血縁者である嶺亜の母さんだ。得をするとすれば彼女だし、家のことも熟知している。真っ先に刑事が疑いそうだが…」

「でも女の人には到底できない、って結論が出てるみたいだよね。精神疾患持ってるし尚更無理だし…それに、殺す必要なんかなく寿命的に待ってれば自分が相続するに決まってるんだからわざわざそんなことしなくても」

「玄樹の言う通り。黙ってれば自分のものになるんだし殺す必要なんかないね。それ以外であの爺さんが死んで得する連中なんてそんなにいなさそうだけど、まあそのしきたりとやらに縛られてる連中からしたら…」

倉本がそう述べながら岩橋と挙武をちらりと見やる。

「お前の言いたいことは分かるぞ、倉本。こないだも言った通り俺と玄樹の家には爺さんを殺す動機のようなものは存在する。だけど生憎俺達にはお前らが一番よく分かってるようにアリバイがあるしうちの両親も玄樹の両親もこの家に来れば誰かしらに目撃されるから無理だな」

「だよなー。でも誰かに頼めば…それこそこの家の構造を良く知ってる使用人の人」

「それも無理だよ。この家の使用人はほとんどが女性だし、あとはわずかにいる男の人でも当然警察の取り調べは受けてるだろうし、それでも動きがないところを見ると皆不可能なんだろうね」

「ま、そうだろうなー。んじゃさ、怨恨の線は?」

「怨恨ねえ…江戸時代の悪徳高利貸しでもなし、しきたりに縛りあげてる以外は案外無害だからな…そんな恨み買うような家柄でもなし、商売してるわけでもなし…これも俺達には分からんな」

ああだこうだ論議している間、栗田だけは全く参戦せず携帯電話をいじっている。頭を使うことに関しては彼は全く興味を示さない。

「なあ、栗田はどう思う?」

「しらねーよ興味ねー。それよりれいあ早く出してやりてーな。爺さん死んだって聞いてちょっと動揺してっし」

栗田はさっきから嶺亜とラインをしているようだった。岸が覗き見るとちょうど今朝それを知ったところらしい。

「でもさでもさ、嶺亜って子はその爺さんに会ったことないんでしょ?殺されたって聞いてもピンと来ないんじゃあ」

「そりゃそーだけどよ、自分の身がこれから激変しそうなんだから動揺するだろーよ。やっぱ俺が今すぐ…」

「待ちなって栗田。今そんなことして刑事に見られでもしたらまたややこしいことになるんだから。それにしても凄い拘りようだね。栗田、嶺亜っていう子のことそんなに助けてやりたいんだ?」

「たりめーだろ颯!おめーも手伝えよ。つーかあいつちゃんと飯食ってんのかな?」

口を開けばれいあれいあの栗田に挙武と神宮寺がやれやれと肩をすくめる。

「あいつの何がいいのか俺にはさっぱり分かんねえけど、んな心配しなくてもうちのばーちゃんが身の周りの世話をしてんだし気にするだけ無駄無駄」

「あ!?なんか言ったか神宮寺!!」

「別に。まあ考えても仕方ねー。刑事も馬鹿じゃねーんだから明日か明後日には解決すんじゃねーの?」

「そうだといいがな…」

溜息と共に色んな感情を吐き出したのか、挙武はそこから口数を減らした。それと共に神宮寺と岩橋も思い思いに過ごし始めた。そんな三人を横目に見つつ、岸は呟く。

「…なんかここにきてたった数日だけど何週間も経った気がする」

それを受けて颯と倉本も同意した。偶然の重なりが今を作っているとはいえ奇妙な感覚は拭えない。

明日にはどんな展開が待ち受けているのかは分からない。それはもしかしたら想像をはるかに超えたものかもしれない。

色んな思いを抱えながら、それぞれは眠りについた。

 

 

「絶対に鍵をかけて寝なさい。かけたのを確認してからお母さん達も寝るから」

母親から施錠の徹底をきつく言われ、龍一はそれに従って自分の泊まっている部屋に鍵をかけた。襖だが鍵がかかるようになっている。

考えてみれば不用心だとは思う。殺人犯がいるかもしれないのに鍵をかけずに寝るなんて言語道断だろう。自分でも不思議だった。そんな度胸があるわけでもないのに…

だが龍一には奇妙な確信があった。ここで襖を全開にしていても自分には全く危害は及ばない。いや、もう同じことはおきないだろう。だから刑事がうろついているのも全く無意味だとすら感じる。

もう全ては終わっている。そんな気がした。

誰が犯人で、どういう意図で…とかは分からない。分からないがもう全ては済んだのだ。

朝になって起きれば何もかもが洗い流されている。

そんな願望を抱かずにはいられない。ここに来てからあまりにも色んなことが起こりすぎたからとっくに自分の頭の中は限界を超えてしまっているのだろう。さっきから断続的にフラッシュバックが襲ってきている。

裏庭の墓碑銘

雲間に覗く月光

栗田の背中

挙武と集落の少年二人、よそからやってきた少年達

微笑む嶺亜の横顔とその母のそれが重なる

そして…殺される直前の家主の顔

何か大事なことを見落としているような…そんなざわつきが脳の奥で燻っている。どうにも落ち着かないのはそのせいかもしれない。だが理論を組み立てて考える機能はすでに失われてしまっている。

「…」

ならばもう眠ってしまった方がいい。あれこれ考えることにももう疲れてしまったし、何ができるわけでもないのだから。

そう結論づけて消灯し、龍一は寝床に横たわる。

どれくらいの間まどろんだのだろう…夢を見ていた。

「…」

風が強く、龍一は顔をしかめる。辺りは薄暗く、夕暮か早朝のようなぼんやりとした景色が眼前に広がる。

肌寒さを感じて手を擦り合わせようとすると、突然にそれは視界に映る。

大樹

その立派な体躯には薄紅色の花びらが無数に舞っていた。

ああ、これは裏庭の千年桜だ…と認識すると同時にその根元から生えるようにして誰かが立っているのが見えた。

「…嶺亜くん?」

嶺亜のように見える人影を確かめようとして、龍一は一歩、また一歩と足を踏み出す。ひどく体が重い。まるで鉛の足枷でも履かされているかのように鈍い動きだった。

その人影は確かに嶺亜だった。安堵してその名を呼ぼうとして龍一は息を飲む。

嶺亜の胸元に何やら赤い染みができたかと思うと、見る間にそれは広がってゆく。

血だ

「嶺亜くん!!」

叫んだが、それは声にならなかった。それと同時に突如として映像は途切れる。

「…!?」

荒い息と心臓の高鳴りだけが龍一を取り巻いていた。ぜえぜえと息を整えながらはっきりしない意識を懸命に呼び起こす。やがて少しずつそれはクリアになり、暗闇が少しずつ認識できるようになると寝床の上にいるのだという自覚が訪れた。

夢か…

そう理解しようとしたが、不可解なそれが目に入る。

「…」

確かに自分は母親に確認されて襖の鍵の施錠をしたはずだ。

だがそれは少し開いていた。

一体誰が?いや、鍵は内側からしかかからない。開けられるのは自分だけだ。それなのに…

その矛盾に頭を混乱させつつあると、開いた襖の隙間から見えた。

じっとこちらを見つめる二つの眼が。

それからほどなくして龍一は意識を失った。

それはまだ夢から醒めていなかったのか、やはり現実のものだったのか…定かではない。確かめる術はなかった。

そして再び意識を取り戻した時…それは朝になってからだったが、龍一は驚愕の事実を目の当たりにすることとなった。

 

 

岸は寝起きが悪い。いつも誰かに起こしてもらわないと起きることができない。それはもう周知の事実で稀代の寝起き最悪男の名を欲しいままにしている。

だがその朝は例外だったと言える。なんとなく目が覚めて、なんとなく身を起こす。閉めていた障子戸から薄明りが漏れている…もう朝なのだということを少しまどろんだ後に認識した。

眠気はさほどなかった。昨晩は皆早めに就寝したからかもしれない。

それでも携帯電話の時間を確認すると早朝であることが窺い知れる。午前5時45分。起きるには早すぎる時間だ。少なくとも記憶している中にこんな早起きをした朝はない。

「くあ…」

欠伸を一つして部屋の中を見渡すとまだ皆すやすやと就寝中だった。隣に寝ていたはずの神宮寺は何故か縦横反対になっている。随分寝相が悪い。

「…」

トイレに行きたくなって少し思い悩む。だがもう幽霊の謎は解けているし朝だ。不思議と恐怖心は薄らいでいる。岸はトイレに行くことにした。

(…それにしても広い家だよなぁ…)

今更ぼんやりとそんなことを思っていると、いきなり目の前に何かが踊り出た。

「ぎゃあ!!!」

不意打ちだったもんだから思わず大声で叫んでしまった。その上腰も抜けて尻もちをつく。あと一歩で漏らすところだった。やっぱりこうなる運命なのか…

「…あ、えーと…」

相手も面喰らったらしく動揺をその端正な顔に色濃く表している。岸はすぐに名前を思い出すことはできなかった。谷…谷なんだっけ…

「あ、そうだ、谷口、谷口だ。こんな朝早くからどしたの?トイレ?」

「…谷村だけど…」

「ああそうだっけ。谷村もトイレ?いきなり現れないでよ。ちびるとこだったじゃん。せっかく幽霊云々から解放されようとしてるのにさあ」

「…よく分からないけどすみません…」

岸の冗談を真に受けて龍一は頭を下げる。朝だというのに深夜のように暗い。寝不足なのか大きな二重瞼の眼の下にはうっすらとくまができていた。

谷村も用を足すところだったらしく順番にそれを済ませた。

「…?」

ふいに、ざわめきが耳を掠める。龍一もそれを察知したらしく二人で顔を見合わせた。

「なんだろ…」

なんとなく気になって声のする方へと二人して歩く。それは次第に大きくなってきて、大勢の足音や声が重なり合っていた。どうも、ただごとではない雰囲気だ。

「なんかあったのかな…」

「さあ…」

階下に降りると刑事とおぼしき男が何人も血相を変えて走りまわっていた。その騒ぎを聞きつけてこの家に泊まっている親戚や使用人も何事だと不安そうな顔で集まって来る。皆、寝巻姿で寝起き間もない感じであった。

何が起こったのか分からぬまま、岸は龍一と二人で廊下の片隅に立ち尽くす。

そしてそれはふいに訪れる。その光景を見て隣の龍一がほとんど聞き取ることのできない震える小声で囁いた。

「…叔父さん…?」

岸たちを山道から助けてくれた男性が、刑事に両腕を掴まれて歩いてくるところだった。