「面白い奴らだな。そうだ、もし良かったらうちに何日か泊まれよ。部屋ならいくらでもあるから遠慮はいらない」
おはぎを囲んで談笑しているとすっかり挙武も玄樹も岸たち4人と打ち解ける。挙武がそう持ちかけるとそれもいいかも…という雰囲気が流れた。
「けど問題はレンタカーだよね。放ってきちゃったし返却期限は明日だから延滞料金とか取られるんじゃないの?」
颯が現実的な指摘をすると、岸たちは頭を悩ませたが岩橋がさらっと打開策をあげる。
「電話すれば事情を話して引き取りにきてくれるんじゃない?だってどう考えてもレンタカー会社のミスかガソリンが抜き取られる事故でしょ?もしそれでも延滞料金や引き取りの料金がかかるなら肩代わりしてあげるよ。このまま帰っちゃうなんて寂しいよ」
「お、玄樹お前いつになく冴えてんな!人見知りのコイツがそこまで言うんだし当然いるよなお前ら?」
神宮寺がノリノリで言うと、返事は一つだった。
「しっかしさらっと肩代わりしてやるなんて金持ちの言うことは違うなー。岩橋の家にも行ってみてえな」
「良かったらおいでよ。なんだったら日替わりでもいいよ」
「お、太っ腹~!じゃあついでに神宮寺の家にも泊まるか!」
「おいおいうちは俺と親とじーちゃんばーちゃんでスシ詰め状態だからんなスペースねーよ。6畳敷きに5人で寝る根性があるんなら泊めてやってもいいけどよ」
「けど神宮寺のばーちゃんのおはぎ最高に美味かったから飯も美味いんじゃねえの?俺行きたい!」
倉本は一人で7個おはぎを食べた。老婆も「食べきれないだろうけど」と持ってきたがあっという間になくなってしまった。
「ばーちゃんはここに住み込みみたいなもんだから週末くらいしか帰ってこねーよ。まあうちのかーちゃんの飯はそんなに不味くないけど。岸くん二十歳なんだろ?うちの親父は酒飲みだから飲まされるぞ」
「え…俺はさすがにそんなに酒は強くない」
「ギャハハハハハハ!!コイツ二十歳の誕生日に飲み会開かれて2杯で酔いつぶれたらしいから筋金入りの下戸だよ!こんだけ汗っかきなのにアルコール分解できねーでやんの!ギャハハハハハハハ!」
「ちょ、栗田…汗っかきと酒の強さになんの関係が…」
「ギャハハハハハハ!知るか!!なんとなくだよギャハハハハハハ!!」
「やっぱ免許ほしーなー。俺ん家から通える教習所なんてねえから合宿で取るしかねえけどそれでもまだ目標額に達しないし…先は長いぜ」
「勇太は無駄遣いが多すぎるんだよ。ネットでいかがわしいもの買ってるんでしょ?あれやめればすぐに貯まると思うけど」
「おい玄樹、聞き捨てならねーセリフだな。AVもエロ本も男の必需品なんだよ!発売日に手に入らない地域じゃネットに頼るしかねーじゃねーか。夜中にオ○ニーしながら見てるとどうしても欲しくなってポチっちゃうんだよなーネット社会の弊害だぜ」
「…最低…」
「おっと、ちょっとトイレ行ってくらぁ」
神宮寺は岩橋の視線から逃げるように部屋を出ていった。
「まあまあそう汚物を見るような眼で見てやるな玄樹。さて、腹ごしらえもしたしそろそろ本来の目的を果たさないとな。おはぎだけご馳走になってお邪魔しましたじゃバチが当たる。ちゃんと墓参りをしないと」
挙武がお茶をすすって締めた。それまでノリよくおふざけに乗っかっていた彼だが少しだけ真面目な顔つきに戻る。
「墓参り?誰の?」
頭がトコロテンな栗田が問いかけると横で颯が「亡くなったこの家の女の子でしょ」と耳打ちする。ああそうか、と栗田は手を叩いた。
「確か生きてりゃ俺らと同い年なんだっけ。さっきのあの女の人の娘なら美人だったろうなー。俺、けっこうタイプだぜ」
「わ、珍しい。女の子のことなんか全く興味ないゲームと遊ぶことしか頭にない栗田が」
「うっせー郁、俺だって男なんだよギャハハハハハ!!」
「へ~栗田は年上好みなんだね。いや、人妻かな?人妻と卒業DK…なんかエロ漫画みたいなシチュエーションだね」
岸がノリに乗ると岩橋の冷ややかな視線が飛んでくる。この手の話が好きではないのだろうか…なんとなく女の子に軽蔑されているかのような感覚に陥って 身が縮こまる。
「オホン…神宮寺なかなか戻って来ないね。広い家だし迷ってるのかな?」
「いくら頭が悪かろうとも、神宮寺はお婆さんがこの家に勤めてるから昔から何回も来てるし屋敷の構造と間取りくらいは把握してるから迷うことはないだろう。だけど確かに遅いな。大きい方か?」
「挙武、君もデリカシーなさすぎだよ…」
笑いころげながら冗談を飛ばしあっていると神宮寺が暫くして戻ってきた。
「わりい。久々に来たんで感覚狂っちまって迷った。途中婆ちゃんに出会わなけりゃ電話するとこだったぜ。あー油断なんねー」
頭を掻きながら笑って頭を下げる神宮寺に挙武と玄樹は呆れ顔だ。
「なんなんだ神宮寺…お前の頭はサル以下か。何年通ってると思ってるんだ」
「ほんと…性欲もサル並だし…」
「誰がサルだ!ウッキー!」
神宮寺のチンパンジーの物真似に爆笑しながらそのお墓に向かう。せっかくだからと岸たちも手を合わせることにした。
その墓は屋敷の広い裏庭に立つ巨木の根元にあった。苔むしていたが立派な墓石だ。刻まれた文字は達筆すぎて読むことができなかった。
「…」
挙武が先頭に立ち、手を合わせる。かなり長い間彼は合掌していた。
「生きていれば今頃挙武は彼女と結婚しているはずだったんだ。お互いの18の年に契りを交わす、ってしきたりがあってね」
岩橋が小声で説明した。
「この集落にはいろんなしきたりがあって…特にうちと挙武の家とこの家にはその戒律が重んじられていて…逆らうことなんて許されない。それは何百年も昔から決まっていることだから…って…」
「あ、そういえばあのおじさんが御三家が江戸時代からこの土地を…って話してたね。もしかしてその御三家なの?」
颯が訊ねると、岩橋が頷く。それを受けて神宮寺が鼻白んだ。
「けどそんなん俺ら庶民からしたらクソ喰らえだぜ。挙武だってその子が生きてたってお互い好きになってたかどうかも分かんねえし…だいたい生まれる前から婚約者が決まってるなんて俺だったらごめんだね。結婚くらい自分が選んだ相手としてーよ」
「勇太」
岩橋がたしなめるが、それでも神宮寺は退かない。
「お前だって家を出たいのに出らんねえなんて嫌だっつってただろ。もっと広い世界を見たい、外国にも行ってみたいっつってたじゃんかよ」
「そうだけど…」
「こんな馬鹿みてーなしきたりさえなけりゃ、あいつは今頃俺らみたいに誰の目も憚ることなく普通の人間として暮らせて…」
「勇太、やめて!」
それまで気弱な、穏やかな雰囲気だけを放っていた岩橋が急に表情を変えて神宮寺を睨んだ。それを受けて少しばつが悪そうに彼は口をつぐむ。
「…わりい、ちょっと口が滑った…」
何の話なのか岸たちには分からなかった。きっと色々あるんだろうなーくらいにしか思っていなかったが岸は早くここから立ち去りたかった。あの夜、この樹のふもとから覗いた幽霊の姿が脳裏に走るからだ。
しかし岸は今度はまた違ったものを見た。瞑想から現実へと帰還し、目を開けた挙武の横顔だ。
その眼は静かに燃え盛っている…そんな気がした。
それがどういう感情によるものかは分からない。分からないがきっと彼の中には何かしら自分達の想像を超えた深い感情があるのだろうということだけは感じとることができた。
「次は俺らの番だな」
神宮寺がそう言って玄樹と共に墓碑に一歩歩み出したその時だった。
一面の鉛色の空から急な大雨が、誰かの涙のように降り注いだ。