ボクガ ココカラ ダシテアゲル…
「そぉれーーーーー!!!水しぶきの舞!!!」
高らかに叫ぶと岸優太は川に飛び込み(といってもごく浅い)両手を水かきのようにして仲間達に水をかけてまわる。
「うわっ冷てーーーー!!岸、お前何しやがんだキチガイかよ!!ギャハハハハハ!!」
バカ笑いしながら栗田恵が逃げ回る。おりしも季節はまだ3月の末。川の水は冷たい。岸は飛び込んですぐに足の感覚がなくなってきてのたうち回った。
「おい無謀すぎんだろ。しもやけになったらどうすんだよ岸。お、川魚泳いでる?腹減ったからこれ取って食おうぜ。なんか道具ない?」
年上の岸の無邪気さに呆れながら倉本郁が言った。さっきポテチを2袋開けたところなのにもう体は食べ物を欲している。自他共に認める底なしの胃袋の持ち主だ。
「岸くん大丈夫?俺が火をおこしてお湯沸かして足あっためて…」
栗田と倉本とは対照的に純粋に岸の具合を心配した高橋颯が近くにある木の枝を集めて言った。だが栗田に笑い飛ばされる。
「ギャハハハハ!!颯、できねーことは言うもんじゃねーぜ。ったく、岸はアホだなーとても二十歳とは思えねーぜギャハハハハ!!」
「んな笑うことないっしょ。アホはお互い様。だいたい誰のおかげで楽しい卒業旅行に来れたと思ってるの…」
じんじんとかじかんで痛む素足をさすりながら岸はぼやく。
岸・栗田・颯・倉本の四人は今春高校を卒業した栗田と中学を卒業した倉本の卒業旅行と称して岸の運転する車で春先の山奥の温泉地に出かけた。車はレンタカー、温泉地の宿は倉本の親戚の経営だ。そこへ向かう山道で川を見つけ、休憩がてら遊ぶことにした。都会育ちには春の大自然は魅力いっぱいだ。
年も住んでる場所もバラバラの四人だが不思議と馬が合い、こうして一緒にいる。クラスメイトなら卒業すれば疎遠になるが元々バラバラだから何かの節目に左右されることなくいつも何かと集まって遊ぶ…という生活が続いているのだ。
「綺麗な川だね!!水が透き通ってるよ。ほんとだ、倉本の言うとおり魚泳いでる。釣りの道具も持ってくりゃ良かったね。手づかみじゃ無理かな」
「ギャハハハハ!!やめとけ颯、川に入ったら最後岸みたいになるぞ。二人仲良く足の感覚なくすのがオチだぜギャハハハハ」
「あれ、釣りやってる人いねえ?ちょっと声かけてみようぜ。こんちわー!!」
倉本が近くで川釣りをしていたおっさんに話しかけ、なんだかんだで意気投合して釣り道具を貸してもらいながら川釣りに夢中になっていると陽が暮れ始める。おっさんにお礼を言って車に乗りこんだ。
「いやー思わぬ収穫だったな。この魚、旅館の人に料理してもらえないかな。クーラーボックスまでもらっちゃったし気前のいいおっさんだったね」
ハンドルを動かしながら岸は上機嫌に鼻歌混じりに言う。
「生で食べても良くね?味見していい?」
「ギャハハハハ!!やめとけ郁、こんな山ん中で腹でも下したらどーすんだ!!」
「そん時ゃそん時。こんな山の中じゃ誰にも見られず…」
「おっと郁、その先はNGだよ。お花摘みはちゃんとした場所でね」
颯のツッコミに皆で爆笑していると、突然目の前に眩しい光が飛び込んできて運転席の岸と助手席の栗田は目をそらした。
「うわっ!!」
岸は慌ててハンドルを切る。こんな山道を猛スピードで対向車がクラクションを鳴らしながら走り去って行った。もう少し判断が遅かったら事故るところだった。冷や汗が伝う。
「なんっだありゃ?あっぶねーな!こんな山ん中で事故ったらシャレんなんねーぞ。岸、安全運転で頼むわ」
「分かってる分かってる。あー怖かった…てか一方通行のはずじゃ…」
気持ちスピードを落としながら岸は頭をひねる。
「郁、旅館はまだ先?」
颯がカーナビを見ながら訊ねると、倉本も同様にそれを覗きこみながら
「そんな遠くないはずだけどな…っておい、設定消えてね?確かちゃんと合わせて出発したはずなのに」
付属のカーナビにちゃんと目的地とその最短ルートを設定したはずが今、現在地だけになっている。だから残りの距離も目的地への方角とルートも出ない。岸はそれに気付かなかった。分岐点なんてなかったからカーナビは見ていなかった。
「あれ?ほんとだ…もう一回設定し直さなきゃ。郁、旅館の住所は?」
「おう…あれ?メモった紙がない…確かカバンに入れておいたはずなのに…おっかしーなー」
「おいおい頼むぜ。こんなとこで迷ったらシャレなんねーぞ!」
「まあまあ。とりあえず分岐点にさしかかるまではこのまま進むよ。どっか携帯の電波通じる場所に出れば連絡もできるんだし」
岸がお気楽にそう答えると、ブレーキも押してないのに急に車のスピードが弱まった。
「…?なんで?」
不思議に思う間もなく車は止まる。あとは何をどうやっても反応がなくスカスカと情けない音が響くばかり。完全に車は沈黙した。
「おいおいどういうことだよ。…これガソリンのメーターか?Eってとこ光ってんぞ」
「Eはエンプティ…空ってこと?嘘だろ。ちゃんと満タン状態で借りてるのに。全然楽勝で往復できるはずだぞ」
不可解なことばかりたて続けに起き、4人はどことなく不気味な空気を感じた。確かに、川遊びをする前まではガソリンだってカーナビだって不審な点はなかったはずだ。それなのに…
「…誰かが俺達が遊んでる間に車イジった…?」
ぼそっと倉本が呟く。その横で颯もまたほんの少しだが違和感を感じていた。川遊びが終わって乗り込んだ時に、上手くは言えないがそんな感じがしたのだ。何が、と問われると答えようもないから黙ってはいたが…
「変な対向車といい…ま、そんなことはとにかくどうしよう…こんな山ん中じゃJAFもレンタカー会社にも連絡つかないし…」
4人の携帯電話は揃って圏外を示していた。それもそのはず、もう周りには木々しかない山の中だからだ。
「歩くか?道なりに進んでいきゃどっかに出るだろ」
「無茶言うなよ栗田。灯りもないしどんくらいかかるのかも分かんないし…ここで車が通りかかるの待とうぜ」
倉本の提案に、一同は頷きそれを待つ。しかしなかなか車は通りかからない。虚しく時だけが過ぎていった。
「今何時?」
栗田が訊ねると、颯がスマホを覗きこむ。
「7時半…もう1時間以上誰も通りかからないね…」
「あー…月が綺麗だなー…」
空にはぽっかりと穴を開けたような満月が浮かんでいた。薄明りを滲ませて、妖しく光るその球体を眺めていると急に恐怖心が沸き起こった。岸はぶんぶんと首を振る。
「やっぱ歩いた方が…」
「けど灯りが…」
「腹減った…」
「もういっそここで一晩明かすか?」
諦めや打開策が交錯する中、それは4人の眼に届いた。
「車だ!!」
眼下にライトが動いているのが見えた。この山道は曲がりくねっているから程なくして車が通りかかるであろうことは容易に想像がつく。四人は車を飛び出した。
「おい栗田!!アホかお前、道の真ん中じゃはねられるぞ。脇に立て!」
道の真ん中でぶんぶんと手を振ろうとする栗田を脇に引き摺って、四人は間隔を開けて声の限り叫びながら手を振った。何か灯りになるものがあれば気付いてもらいやすいかと、圏外で役に立たない携帯電話を起動させてライト代わりにした。どうにかして見つけてもらって立ち止まってもらわなくては…
そして数十秒後、エンジン音が近づいてくる。曲がりくねった山道だからスピードを落としていることも幸いし、岸たちを通り過ぎて数秒してその車は停車してくれた。