アムとレイアがカミセブン号一行達の元に向かう前夜のディナーで、レイアは国王と王妃に自分の意志を伝えた。カミセブン号のメンテナンスが終わり、出発が三日後になったと知らせを受けたからだ。

「そうか…レイア、もう一度問う。気持ちに変わりはないのだな?」

神妙な面持ちで国王が訊ねると、レイアは首を浅く縦に振った。

「はい。僕はぁカミセブン号でまだやり残したことがあるのぉ。仲間とも離れたくないし、まだ半人前なのに船を降りるのはキャプテンにも恩を仇で返すような気がするからぁ」

アムは黙って聞いていた。ナイフとフォークを持つ手はぴたりとやんでいる。

「だがレイア、一度船に乗ってしまうとそうおいそれとは会えなくなる。航海は危険なことも多い。親としては側にいて失った16年間を少しでも取り戻したいというのが正直な気持ちだ。もう一度考え直してくれないか?」

国王はそう懇願する。その傍らで王妃は表情を押し殺して黙ったままだった。

考え直しても、気持ちに変わりはありませんとレイアが答えようとすると、それまで沈黙を貫いていた王妃がまるで独り言のように呟いた。

「王立公園で、レイアのお仲間だという子たちを見た時…」

王妃の視線はまっすぐ前を向いている。そこには壁があるだけだった。

「レイアの顔が、ここでは見たことがないくらい輝いていたわ。こんなにいい表情をするんだって初めて気付いた。それはきっと、あの子達がレイアにとってかけがえのない大切な存在だからなのね」

「お母さん…」

「私はなんとしてもレイアを引きとめるつもりだったの。もう二度と離れたくないから。離したくないから。だけどレイアのあの顔を見た時、それがふっとまるで昇天するかのように消えていった。きっと、レイアをここに留めても私が求めているものは得られないって気付いたわ」

少し哀しみを含ませた口調だったが、王妃はレイアに向き直ると希望をこめた瞳でこう言った。

「だけどお願いレイア、約束して。またここに戻ってきてくれるって。ずっとじゃなくていい。あなたが納得して…立ち寄るだけでもいいからまたお母さんに顔を見せて。そこでレイアが見て来た世界のお話を聞かせてちょうだい。お母さんは待ってるから」

レイアは頷く。王妃の…母のその言葉が嬉しかった。仲間を認めてくれて、一緒にいることを許してくれて、旅立ちを祝福してくれる。それが何よりの救いだった。

「そうか…」

妻の言葉に、国王もどこか安堵したように納得する。頷くと、レイアにこう声をかけた。

「レイア、君は私達の息子だ。今までも、これからもそれに変わりはない。だからどこにいてもその存在を感じていたい。船舶便でもいいから定期的に便りを出してくれ。出発の日には一度ここに来てくれないか?」

「はい」

レイアが返事を返し、話は終わったかのように思えた。だがそれまで黙々と食事をしていたアムが、最後のデザートであるメロンを食べ終わると口を拭きながら突然かしこまって両親を呼んだ。

「父上、母上、俺からも話があるのですが」

「なんだ、アム?」

「レイアの船に、俺も同行しようと思います」

国王と王妃、そしてレイアは三人同時に声をあげた。全く予想もしない展開に驚きを隠せない。周りにいる従者たちも顔を見合わせる。

「アム、どういうことだ!?それは…」

「アム、何を言ってるの?あなた…」

だが両親の仰天する様をよそにアムは至って冷静に答える。まるで前々から決めていた…かのように。

「俺もレイアと共に広い世界を見て勉強してきます。国のしきたりにも18歳を迎えると海外に留学が義務付けられているように、少しそれが早まるぐらいで…世界中を旅する船なら条件としてぴったりだし多少ながら船舶に関する知識もありますから。それに、レイアだけでは心配ですし」

「何言ってんのぉアム、遊びじゃないんだよぉ船はねぇ狭いし粗末だしお城育ちのアムには無理だよぉ」

レイアがそう叫ぶと、心外だという顔をアムは見せた。

「レイアにできて俺にできないとは思わないな」

「ちょっとぉ…」

大反対にあうかと思われたアムの申し出だが、一時間も議論すると両親は折れ始める。

「…決意は固いのだな、アム?」

「はい。父上も若い頃は世界中を見て回ったと聞きますし、広い視野を持たなくては平和な王国の君主としてふさわしくはないでしょうから」

「アム…あなたまでいなくなるなんてお母さんは寂しいけど…でも絶対に二人揃ってまたここに戻ってくることを約束してね」

「はい。もちろんです。二人とも国王になるにふさわしい人間になって戻ってきます。約束します」

レイアには意外すぎて言葉が出ないが、しかしどこかで嬉しくもあった。まだ会って間もないが双子の弟であることには変わりはないしこれからどうやってカミセブン号の中でアムがやっていくのか単純に興味もあった。

それにやっぱり、どこか頼もしくもあった。二人一緒なら…

「そこまで言うんなら止めないけどぉ…泣きごと言ったって船が出発しちゃったらもう戻れないからねぇ?おわかりぃ?」

「誰にものを言ってる。ああそうだ、厄介だから身分は隠しておいた方がいいな。その方がリアルな世界が見れる」

「よく言うよぉほんと口だけは達者ぁ…」

ぎゃあぎゃあ言い合うレイアとアムに、両親は先程とは違った心配を顔に宿してこう言った。

「…二人とも、仲良くするんだぞ…」

 

 

「というわけでだ、俺がトキオ王国の王子であること、レイアもそうであることは内密にな。バレると色々と面倒だから」

しれっと言い放ってアムは宿をじろじろと眺める。

「これは物置小屋か何かか?それより船はどこだ?荷物を入れたいのだが」

そのカミセブン号は、生まれ変わった姿を船員たちに誇らしげに港で披露した。

「おー!!すげー!!」

「カッコイイ!!見違えるようだね!!」

「うおー早く海に出てえー!!入っていい?入っていい?」

皆が絶賛して逸る横でアムが小首を傾げていた。

「ふむ…まあまあ小マシな貨物船だな。で、俺達が乗るという本船はどこだ?見当たらないが」

「あのねぇアムぅ、あれがカミセブン号なのぉ。つまんない冗談やめなぁ」

「あれが…?」

アムの顔が怪訝なものになってゆく。彼は中に入ると益々その色を濃くした。

「…ここに居住するのか?ていうかできるのか?非常に狭くてお世辞にも快適とは言えないが…もしかしてこの物置みたいな部屋が居室なのか?」

身分を隠して皆に挨拶を済ませると、アムは船室に通された。彼の持ってきた荷物はそこに入りきるわけもなく、断捨離を強いられ少々不満げだった。そして極めつけはその晩に襲ってきた嵐だ。

「うおえぇえええええええええええええええええええ…!!」

ご多分に漏れず、アムは船酔いに襲われる。彼曰く船旅は幾度となく経験はあるがそれは王室御用達の超豪華帆船でのこと。当然カミセブン号とは規格が段違いだ。固いベッドで体中が痛み、合わない布団であちこちが痒い。アムはこれまでに経験したことのない壁に早くもぶち当たった。

「くそ…こんなことでめげるもんか…!」

しかし持ち前の負けず嫌いとプライドでアムは三日で船酔いを克服する。そこで皆の彼を見る目が変わり始めた。

「けっこうやるなあ。俺が未だに克服できない船酔いを乗り越えるなんて」キシは三日前に自分も一緒に船酔いしていた故に感心して頷いた

「そうだぜ。キシの船酔いに比べればアムなんて大したもんだ!よし、俺が嵐の晩でも気持ち良くすごせるオ○ニーを伝授し…っていってえなゲンキ!足踏んでんぞ!」ジンはゲンキに踏まれた足を押さえて悶絶した

「アム、よろしく。やっぱりレイアの面影が少しあるね」ゲンキは何事もなかったかのように挨拶をする

「凄いねアム!今度一緒に回ろうよ!」フウはヘッドスピンを伝授したくてウズウズしている

「メロンの恩は返さなくちゃな。カオル先輩になんでも頼れよ!」カオルはチーズを食べながら胸を叩いた

「よろしくね、アム」ミズキはにっこり微笑んで手を差し出す

「…よろしく…」タニムラの声は波音に掻き消されていった。

「ちょっとアムぅ、油売ってる暇ないよぉ厨房の手が足りないから手伝ってぇ。包丁くらいは持ったことあるでしょぉ?」

レイアが腰に手を当ててアムを呼びつける。その姿を見てケイが顎に手を当ててこう零した。

「…なんかレイア、兄貴ってより姉貴みたいじゃね?」

「ていうか姉さん女房だね」

キシがそう返すと、ケイは思いっきり彼の尻を蹴りつけた。

「アホか!レイアとアムは兄弟だろうが!女房とか言ってんじゃねーよ!」

「おいおいケイやきもちかぁ?」

「ちっげーよジン!てめーこそゲンキに愛想つかれねえようにしろよ」

「もぉケイ…」

仕方ないなぁとレイアがやれやれといった仕草でケイの手を握るとケイはあからさまにデレる。

その一部始終を見ていたアムが目を細めながらレイアに指を突きつけた。

「トキオ王国では同性婚は認められてないからな。母上が悲しむからそういう非人道的な恋愛は慎むべきだ」

「はぁ?なんでアムにそんなこと言われなくちゃいけないのぉ?恋愛は自由ですぅ。お母さんもレイアのしたいようにしなさいって言ってくれてたしぃ僕は僕でありのままで生きていきますからどうぞご心配なくぅ。そっちこそそんな嫌味な性格じゃお嫁さんに来てもらえないよぉ」

「何を言う。トキオ王国きっての秀才美男子で引く手あまたのこの俺に。王国には俺のファンクラブ「ハニーアムアム」もあるくらいなんだからな」

「王子様ならニウス国のテゴシ王子の方がよっぽど素敵ですぅ。あ、ニウス国ってこっからどうやっていくのぉタニムラぁ調べてぇ」

「え…ええとですね…」

タニムラが海図を広げようとすると「余計なことすんなてめー!」とケイがすかさず蹴りをいれた。

「さ、持ち場に戻るか」

皆がやれやれと散って行く。カミセブン号はこうしてまた新たなクルーを迎え、その夜はまたいちだんと賑やかに過ぎて行った。

翌朝、抜けるような青空とともに新天地が姿を現す。まずマストに登ったミズキがそれを見つけ皆に知らせた。

「よーし、上陸するぞ!!」

威勢のいい掛け声と共に、カミセブン号は新たな大地へとクルーを運ぶ。揃った10人の仲間達は目を輝かせて我先にと船を降りた。

そこに待っているものは希望。かけがえのない仲間とともに出会う喜びに満ち溢れて、若い彼らを出迎えていた。

 

 

 

END