そこはついさっきまで誰かが暮らしていたかのように綺麗に整っており、空き部屋という感じは一切しなかった。

「いつ帰ってきてもいいようにちゃんと毎日手入れされてたんだ。母上も時々は模様替えをしたり、手作りのものを添えたり…こっちのクローゼットには毎年の誕生日プレゼントが保管されている」

クローゼットを開けると、そこには16個の大小様々な手作りの人形や雑貨が置いてあった。豪華なプレゼントというよりは母親が息子のために一生懸命作った…といった感じのものが並んでいる。古びているものもあった。

「…」

レイアは一つ一つ手に取って眺めてみる。どれも手がこんでいて、でもどことなく素朴で、温かさが伝わって来るものばかりだった。

「それを作っている間、母上はレイアのことを強く想っていたのだと思う。全く同じものを俺も持っているが、多分…二つ作っている間考えるのはレイアのことだけだっただろう」

「そんなことないよぉ。二つ作るってことは、僕ら両方のことを思いながら作ってるんだよぉ」

何故かレイアはそう思った。手に持っていたのは一番古びている男の子のぬいぐるみだ。どことなく自分達に似ている気がした。

「この人形も、全く同じに見えて実はちょっと違うのかもぉ…だって僕とアムって全然顔似てないじゃん。これ、きっと僕らをぬいぐるみにしたんでしょぉ?」

見せると、アムは首を傾げる。ややあって顎に手を当てて考える仕草を見せた。

「そう…かな。二つ並べたことはないからそうかもしれないな…」

「そうだよぉきっと。だって僕アムみたいに鼻高くないしぃ色はもうちょっと白いしぃ身長も多分もうちょっとしたら僕の方が高くなるよぉ」

皮肉が出るようになったのは自分の中で余裕ができたからだ、とレイアは評価する。それに…やっぱり双子だからなのかなんとなく言っても許される気がした。その証拠にアムは腹をたてたというよりは少し呆れたような顔をして反論する。

「俺はこんなに女々しくないけどな。それに、身長に関しては抜かれる気はしないが」

「どこにそんな根拠があんのぉ?それに女々しいってどういうことぉ」

「そういうところが女々しいと言ってるんだ。だいたい…」

二人してぎゃあぎゃあと言い合っているといつの間にかとっぷりと日が暮れていた。窓の外には闇が広がっている。

「レイア王子、入浴の準備ができておりますので…」

誰かがそう伝えに来た。言われるがままにレイアが浴場に向かうと、この間入った城下町の「オンセン」と同じくらいの規模が広がっていて、さすがに一人で入るのは落ち着かなくてアムを呼んでもらった。

「風呂に一人で入ることもできないのか?」

予想どおり、アムは呆れ顔でそう問う。レイアはプライドを押し殺して答えた。ここで意地を張ってもいいことはないと判断したのだ。

「だって落ち着かないよぉ。僕は今まで庶民として育ったんだからいきなりお城での生活に溶け込めってのが無理な話でしょぉ」

「やれやれ…」

しかしそうはいいながらもアムは断ってこないからレイアは少しだけ親しみを感じる。仮定の話になるが、ずっと一緒に育ってきたとしてもさほど今と変わらないんじゃないか…と思えた。

アムのお尻のあたりに蝶のようなアザが見えた。もちろん、それはレイアのお尻にもある。同じ形をしていた。

「やっぱりあるのか。疑ってたわけじゃないが実際この目で見るまでは100%の確信は持てずにいたからな」

「まじまじ見るなよぉやらしいなぁ」

冗談で返すと、アムは心外だという表情を見せて、

「誰が男の尻なんか見たがるか。しかも兄弟で。まったく…」

「じゃあ女の子のお尻なら喜んで見るのぉ。アムってむっつりなんだねぇ」

「何を言う。そっちこそどうなんだ?一緒にいたあいつ…ケイとかいうのは彼氏か何かか?ん?どうなんだ言ってみろ」

ぐい、と顔を近づけてアムは迫って来る。

「やだ来ないで来ないでぇ、何されるか分かんないよぉ近づかないでよぉ」

ばしゃばしゃと逃げ回ってはしゃぎながら長い時間浴場にいたものだからすっかり身体がのぼせてしまう。アムも同じなのか汗を額に浮かびあがらせながらミルクを一気飲みしていた。

そのアムは、すっかり飲みほして空になったミルクの容器を見つめながら少し声のトーンを落として独り言のようにレイアに問いかけた。

「そういえば城下町のオンセンに行った時、ミルクの取り合いになったな…あの時の体格のいい坊やはレイア、お前の仲間なんだな?」

「カオルのことぉ?そうだよぉあの子はねぇああ見えて僕らより3つも年下なんだよぉ。とにかく良く食べるのぉ。何度言ってもつまみ食いやめないしぃ」

「まああの体格ならそうだろうな。他にも色々いたな…まずレイアと一緒にいたやたら声のでかいのとやたら暗いオーラを背負ってるのやチャラいの、汗だくにレイアみたいに女々しそうなのにすぐ回りそうなのに真面目そうな小さい子…」

「よく覚えてるねぇ。そうだよぉ、みんなカミセブン号の仲間だよぉ。色々あってあの船に集まった子たちだよぉ。あの中で一番長く船に乗ってるのはケイでぇ…」

ケイの名前を出すと、アムはじっとレイアを見た。

「あいつはお前の何なんだ?ただの船乗り仲間…じゃないだろう?」

アムは鋭い洞察力の持ち主だ、とレイアは悟る。ほんのわずかなやりとりでもう何もかも分かっているような口ぶりだった。

だからレイアもごまかしたり、はぐらかすこともせず素直に答えた。

「ケイはぁ…僕の一番大事な…仲間だよぉ」

「そうか」

シンプルに頷いて、アムはそれ以上何も訊いてこなかった。多分、それだけで分かってくれたのだろうとレイアは思う。それはやはり双子だからなのか…自分にもその目に見えぬ糸が繋がっているのを感じることができたからレイアもそれ以上は語らない。

そしてその晩はレイアの部屋のベッド…天蓋付きの大きなもので4~5人くらい寝られそうなそれでアムと二人で並んで眠った。

アムは最初渋っていたがレイアが無言で頬を膨らますとやれやれといった様子で最後は折れた。

同じシーツにくるまって、レイアは夢を見ることもなく深い眠りに落ちた。

 

 

 

 

目覚めるとすでに隣で寝ていたはずのレイアはいなかった。アムはけだるい身体を起こして辺りを見渡す。部屋の中にもいないようだ。

窓からは陽光が差し込んでいる。カーテンを閉めて寝たはずだから、レイアが開けたのか…彼はどこへ行ったのだろう…とぼんやりと思った。

さて、どうするか…と考えていると着替えを済ませた頃にレイアが部屋に戻って来た。

「ちょっとその辺散歩してきたのぉ。けど広すぎて迷いそうになったから戻ってきたぁ」

呑気にそう言って、レイアは笑う。母親そっくりの笑顔だった。

その母親は、朝食の時嬉しそうにアムとレイアにこう言った。

「今日は私の国務がないから、三人で王立公園のサクラ並木を見に行かない?レイアにも見せてあげたいの」

母の顔は輝いていた。レイアが承諾し、アムも頷く。

王立公園は一般開放もされている。ちょうどサクラが満開で植えられた一万本のサクラは美しく春を彩っていた。

「あ…!」

そこで偶然にカミセブン号の一行に出会う。彼らは観光ガイドと共に王立公園を訪れていたのだった。

「レイア!」

ケイがレイアに声をかけると、レイアの顔が輝く。二言三言会話を交わすと彼らはガイドと共に去って行った。アム達の周りには護衛の兵士がたくさんいるからあまり長くは話せないのだ。

「今の子たちが、レイアの船乗りのお友達なのね…」

ふとアムが視線を向けると、王妃は彼らの後ろ姿を眺めながら何やら物思いに耽っていた。