キシが目覚めて階下に降りるともう皆が朝食を取っている最中だった。キシは朝が弱いのだ。誰かが起こしてくれなければ起きられないが、寝ている最中の自分は人格が変わるらしく起こそうとすると怒鳴るらしい。それで誰も起こしてくれなくなった。

「おっはよー…あれ、レイアとケイは?」

食事を取るロビーにはレイアとケイの姿はなかった。訊ねると、皆さあ…と小首を傾げる。

「二人で早起きして散歩でもしてるのかな…」

ゲンキがそう呟くと、そのケイがロビーに現れる。外から帰ってきたようだった。

「ケイ、どこ行ってたんだよ飯も食わずに。レイアと一緒じゃなかったのかよ?」

ジンの問いに、ケイは固い表情でシンプルに答えた。

「レイアはあいつが…アムっつったっけ。呼びに来て城に行った」

「えぇ!?」

皆が仰天する。キシもそうだった。昨日は違うと言っていたのになんで…と思いかけてそこに至る。

やっぱり本当の両親だったんだ。

皆おんなじことを思っているのか、緊張したムードが漂い始めた。フウは明らかに動揺している。

「城に行ったってことは、レイア君はもう帰ってこないの?ケイ君はそれでいいの?」

フウもまた、レイアとの別離を恐れている。いつも朗らかな目が不安に染まっていた。

「…分かんねえ。レイアが決めることだから…俺は待つだけだ」

フウの頭を撫でながら、ケイは言った。彼の言わんとしていることが伝わったのか、フウは若干その色を薄くして頷いた。

「もし俺の前に…本当の父さんと母さんが現れたら…俺ならどうするかなあ…」

パンをかじりながらキシはそう呟いてみる。考えたこともなかったが、レイアを見ていると可能性は全くゼロでないように思えた。自分もまた、両親については何も知らないし、生まれたばかりの頃教会の前に捨てられていたと聞く。フウも似たような境遇だった。

「一緒に暮らしてみたいけど…でもやっぱ俺はもうカミセブン号の一員だからな。今は考えられないや…」

それもまた、素直な気持ちだった。ここでの生活が充実しているから、考えたこともない。レイアもそうだったんだろう。

少ししんみりしていると、すでに食べ終えてタニムラのものにまで手を出そうとしているカオルが笑った。

「キシのお父さんとお母さんもやっぱすぐに汗だくになって涙目になんのかな?だったらすぐ分かるな!」

「なんだよそれー」

皆が笑った。キシも笑う。

「じゃあフウの両親はすぐ回り出す…とか?いやいやフウこそとあるどっかの富豪の子だったりして」

「え?キシ君どういう意味?」

「ん~…特に意味はない」

また笑いが起こった。こうして過ごす時間が何よりのかけがえのないもの…皆は確かにそれを実感していた。

「そうだね。ケイの言う通り、レイアの出した答えを僕達は受け入れよう。それまで変わらず待とう」

ゲンキが頷き、皆もうんうんと頷いた。

 

 

「母上は毎日自分の部屋の聖母像に祈りを捧げていた。俺達の誕生日には二人分の誕生日プレゼントを手作りしてくれて…それはきちんとレイアの部屋となるべきところに収められている。後で見せよう」

城に向かいながら、アムは語って聞かせてくれた。ほんの少しだけどそこには歩み寄りが感じられてレイアはなんだかほっとする。

横を歩くアムはレイアより少しばかり背が高い。横顔を盗み見ると鼻がとても高くて凛としている。賢く、厳しそうな印象を抱いた。肌の色も色白のレイアとは違い、地黒である。双子とはいえ共通する部分は少ないようだった。

「ちゃんと付いて来てくれ。でないと迷う羽目になる」

考え事をして歩いたもんだから、アムの進む方と違う方向に行こうとしていたのか、注意された。トキオ城は巨大で複雑だ。ガイドに案内されている時はそう感じなかったが今は迷路のように思えた。

「わざと複雑にしているんだ。攻め込まれてもそう簡単に玉座の間や俺達の居住エリアに入りこむことができないように。脱出口や抜け穴の類も多々ある」

それは16年前の戦争の教訓であるらしい。アムが語るうち、一つの大きなドアの前に到達する。

「ここは…?」

「母上の部屋だ。俺が一度呼びかけてみる」

部屋の前には当然ながら見張りの兵隊がいたが、アムの姿を見て彼らはかしこまりながらドアの前から移動した。

アムは控えめにノックをする。

「母上、俺です。アムです。レイアが会いに来てくれました。開けて下さい」

数秒の間があった。レイアは自然と鼓動が早くなる。

あんな態度をとってしまったから、躊躇いはあった。どんな顔をして会えばいいのか分からないし、なんて声をかけていいのかも分からない。

だけどまずは謝らなくちゃ。そう思いながら扉が開くのを待った。

「レイア…」

ドアが開いて、そこから覗く王妃の姿は少しやつれた感じに見えた。この間会った時よりもずっと儚い。自分がそうさせてしまったのではないかと胸が痛んだ。

「母上、俺達はまず話をたくさんしなければならないと思います。それから…これからのことを考えましょう」

レイアは状況を少し忘れて感心する。アムはひどく大人びて見えた。本当に、自分と双子なのだろうかと疑いたくなるほどに…。

それとも、王子としての生活がそうさせたのだろうか。もしも自分も同じように育っていたらこんな風になっていたのかな…

「あの…こないだは…ごめんなさい…僕ぅ…」

レイアはしかし、言葉がもつれて上手く出て来ない。自分の気持ちを言葉にするのがこんなに難しいことだとは思いもしなかった。複雑に絡み合ってこんがらがってしまって表現できない。

もどかしくて俯いていると、細い手がレイアの手に触れる。

王妃の…母の手だった。優しい感触…これも知っている気がした。

「ありがとうレイア…会いに来てくれて…」

「…お母さん…」

自然とそう口から出たことにレイアは自分でも驚いた。この間はそこに蓋をしてしまって頑丈な鍵をかけてしまってたが今はもう開かれてしまっている。

ケイのおかげだ、とレイアは思う。

ケイがいつまででも待っていてくれるという安心感が自分の中の不安や迷いを払拭してくれたんだ。

予想もしてなかった現実と事実に向き合うことができるのも、仲間がいるという確かな支えがあるから。レイアはそれを再確認する。

「父上は国務が終わり次第来てくれるそうです。母上、食欲はないかもしれませんが…何か食べないと身体にも悪いので無理してでも一緒に食事をしてもらおうと4人分作らせています」

アムの顔が息子のそれに変わる。純粋に母親を心配している年頃の少年そのものだった。

食事の席で、レイアは国王に…父親に対面した。母親である王妃とは違い、彼とは面と向きあってもまだピンとは来ない。アムによく似た厳格な、意志の強そうな顔立ちだ。

「恥ずかしながら、その頃は国務に追われていてお前達と会うことも触れあうこともおろそかになっていたからレイアが私を見てもピンとこないのもいたしかたないことかもしれんな…多少寂しい気はするが」

苦笑いをした後、国王はしかし真剣な顔でレイアを真っ直ぐに見据えた。

「だが私には分かる。レイア…君は私たちの息子だ。その面影…王妃の…母さんの若い頃に生き映しだ。ちょうど私と出会った頃と同じような年齢だな…」

確信めいた口調だった。レイアは父親である国王の顔をじっと見つめる。それでもまだぼんやりとしていて確信が持てないが彼も言ったとおり、母親と違って接した時間が少ないせいかもしれない。

「聞かせてほしい。レイアが16年間どうやって過ごしてきたのか。さあ食べよう。16年ぶりの家族全員揃っての食事だ」

それからレイアは思い出せる範囲で語って聞かせた。どういう経緯かまでは思い出せないが、ここから遥か離れた国の元船乗りの老夫婦の家にいたこと、夫婦が亡くなって、近隣国の施設に入ったこと、そこでは半強制労働的なことをさせられて辛かったので出て行くために住み込みで子どもでも雇ってくれるところを探したこと、めぐりめぐって酒場で働いていた時にケイと出会って船乗りになったこと…

「だから、今はとっても幸せなの。ケイがいて、みんながいて、色んな国を見て回れて…だから僕はぁ…」

レイアは、両親に一番伝えたいことをそのまま口にした。

「カミセブン号にいたい。僕がこの国の王子かもしれないと分かっても…僕にはカミセブン号が一番の拠り所なの」

「…」

両親とアムは揃って沈黙する。ことに、王妃の瞳は哀しみが隠しきれないでいた。

だけどレイアは譲ることはできなかった。何よりも大切なものがはっきりと形を成しているからだ。例えこの再会が後に辛い過去になったとしても、それでも言わずにはいられない。

しかし重苦しい沈黙を破ったのは意外にもアムだった。

「16年間も離れていたんだ、すぐに家族として、王子として振る舞えだなんて俺達も望んでいない。ただ…俺達はレイアの帰りをずっと待っていたんだ。だから今すぐにとは言わない、少しここで過ごしてその上で判断をしてほしい。父上も母上もレイアの気持ちは尊重してくれるだろうから」

その言葉はレイアにも、両親にも救いをもたらした。澱んでいた空気がさっと洗われたかのように和やかな雰囲気が復活し始める。

レイアはアムの精神的支柱の頑丈さに感心した。双子でも、彼は自分よりずっと大人だ。

「レイア…お母さんもアムの言う通り、今すぐでなくてもいいからゆっくり考えてほしいの。レイアの考えが変わらなくても、あなたが私たちの子であることに変わりはないのだからせめて出発するまではここで親子としての時間を過ごさせてほしいの…我儘かしら…」

レイアは首を横に振る。

「私からもお願いだ。そのカミセブン号のメンテナンスが終わるまでの間でいいからここにいてくれないか、レイア?」

レイアは首を縦に振る。両親がほっとしたような表情をした。

「そうか…良かった。その宿には後で使いを出すから仲間に当てる手紙を書いておいてくれ。もちろん、仲間達がレイアに会いに来たらすぐにでも通すよう城の者にも伝えておこう」

そして食事が終わるとレイアはアムの案内で部屋に入った。