城の見学がそろそろ終わりに近づく頃、カオルが大きなメロンを抱えて嬉しそうにやってくる。相変わらずレイアとケイはどこに行ったのか分からない。

「どうしたの、そのメロン?」

キシが訊ねると、カオルは得意げに胸を張った。

「昨日オンセンでミルクの取り合いになってさ、結局そいつにミルクは取られちまったんだけど代わりにメロン引換券もらったんだよ!城の直営農場みたいでさ、こんな立派なのもらった。早く食おうぜ!」

「城の直営農場って…なんでまたそんなどえらいところのメロン引換券なんて持ってるの?偉い人?」

ゲンキはメロンを見つめながら訊ねる。

「さあ?俺らとそう年が違わなそうだけど、なんかむずむずするくらいキザな話し方だったからそうかもな…あれ?」

ご機嫌なカオルは目の前に飾られた大きな肖像画を見て目を細めた。そこは城の絵画室の一室で歴代の王族の肖像画が飾られている間だ。非常に精緻で、まるでそこに存在しているかのようなリアルさである。

「確かこんな顔してたと思うけど…これ今の王子だって記してあるぞ。まさかな」

カオルが指差したのは王子の肖像画である。その間もガイドはしゃべり続けていた。

「…という慣れ染めで現国王と王妃は20年前に御成婚されたのです。王妃の美しさはそれはもう国中誰もが認めるほどで、それは今もお変わりありません。御成婚から4年後に双子の王子様をご出産なさって、お二人は二卵性双生児でした。先程も説明しましたように、おひと方は戦争の悲劇により今も生死が不明のままです。現在の王子様は肖像画をご覧の通り国王似ですが、その頃の側近の話によると行方不明の王子様は王妃に似た美しい男の子だったとのことです」

その王妃の肖像画を見て、皆あんぐりと口を開けた。

「…レイアそっくり…」

王妃は、レイアに瓜二つであった。キシ達の驚きに気付くことなくガイドは続ける。

「王子様にはお二人とも珍しい痣がおありだそうです。ちょうど、蝶のような形をした…これは国王様にもあられるそうで、歴代の王にも、その血を受け継ぐ者にも皆同様で一族特有のものだそうです」

あ、とタニムラが何か思い出したように呟く。

「そういえばレイア君のお尻にそんなアザがあった…見た直後思いっきりケイ君に蹴られて沈められたけど…」

 

 

 

レイアは状況を忘れて不思議な感覚に包まれていた。

ケイの向こうに見える少年…その少年と目が合う。その瞬間に何かが駆け抜けていった。

フラッシュバックのようなもの…一瞬すぎて確かめようにももうそれは通り過ぎてしまった。後に残るのはぼんやりとしたその余韻だけ…

それより少し前…この美しい薄紅色の花を咲かせる樹を見つめていると安らぎのようなものに包まれて、そこから動けずにいた。良くわからないけど、自分はこの樹を知っているような…

「…どういうことだ、レイア王子…レイア王子なのか?だけど王子は…」

「信じられん…しかしこのお顔は確かに王妃そのもの…」

「まさか…生きていらっしゃったのか…?」

背後で誰かがそう囁き合っている。レイアには何のことか分からなかった。

分からなかったが、少年が驚くケイを素通りしてゆっくりとレイアの方に歩み寄ってくるのが見えた。

誰?

知らない。だけど、知っている…気がする。理屈ではなく感覚のようなものがそう告げている…そんな感じがした。

「レイア」

少年は、レイアの名を呼んだ。彼は自分を知っているのだろうか…そう思って鼓動が早くなったがそれは違った。

「…というのは、君の名前か?」

真剣な表情で、少年は問う。意志の強そうな瞳だ。一目で高貴な身分の人間だということが分かるくらい気品に満ちた佇まいである。なかなかそれは出せるものではない。

「そう、だけどぉ…」

頷くと、しかし少年は一層訝しげな表情になる。

「それは誰がつけた名だ?」

「おい!お前レイアに何聞いて…」

ようやく混乱を抑えてケイが少年の肩に手を伸ばそうとするが、兵隊がそれを阻止した。ケイは兵隊二人に羽交い締めにされてしまった。

「ケイを離してよぉ。立ち入り禁止の場所に入ってきたのは僕達が悪かったから…」

「質問に答えろ。レイアという名前は誰がつけた?君の両親か?」

少年は表情を変えず、そう命令してくる。迷ったが、この状況では答えるしかない。レイアは覚えている範囲で答えた。

「…はっきりしたことは分かんないよぉ。僕の両親は死んだみたいだし、僕は色んなところを転々と渡り歩いたからぁ…」

そう、レイアに両親の記憶はない。それ以外は思い出せる部分もあるが肝心な部分は靄がかかったようにぼんやりとしている。幼い頃の記憶は非常に曖昧である。

「もういいでしょぉ質問に答えたんだからケイを離してぇ。もうこんなところ来ないからぁ」

懇願すると、しかし少年は眉間に皺を寄せた。何か不可解な局面にでも出会ったかのような、深い混乱のようなものがそこからは滲み出ていた。

その混乱を無理矢理押し殺すかのように、少年は呟いた。

「レイアというのは俺の双子の兄の名前だ。16年前に行方不明になったこの国の王子の、な」

「え…?」

どういうことだろう…?レイアが疑問符を宿していると兵隊が少年に駆け寄ってくる。

「アム王子!この方は本当にレイア王子なのですか!?」

「王子…?」

アムと呼ばれたその少年は、どうやらこの国の王子であるらしかった。兵隊たちがかしこまりながら彼の元に集まる。

「分からん。…だが、幾つも条件が重なりすぎている。偶然にしても無視はできないだろう」

アムが兵隊に何事か囁いて、レイアとケイはひとまず解放され、宿まで馬車で送られた。