「おいレイア、いつまで王子様特集読んでんだよ。もういいだろ。トランプしよーぜ」

宿に戻ってそれぞれの部屋に落ち着く。ケイはレイアと同室だったがレイアがずっと王子様特集のテゴシ王子のページに魅入っているので面白くない。

「トランプなんて二人でできるのあるのぉ?ババ抜きだってすぐ終わるし面白くないよぉ。あぁテゴシ王子かっこいいよぉ…次はニウス共和国に行きたいなぁ」

レイアは夢見る乙女の顔になる。俺といる時はそんな顔したことないのに…とケイは拗ねた。そうするとようやくレイアは雑誌から目を離した。

「何ぷんぷんしてんのぉ?明日お城見学に行くから早く起きなきゃいけないしもう寝ようよぉ。さすがに疲れたしぃ」

こりゃダメだ…ケイは肩を落とした。二人部屋だと聞いた時はテンションが上がったものの、なんだか期待していた展開とは違った。船は4人部屋だから普段そんなに二人きりになれるわけではないからこの機会に…と思っていたのだがあてが外れた。

ふて寝しようと蒲団をかぶろうとすると、しかしレイアからこんな一言が放たれた。

「…ねぇケイ…一緒に寝よぉ」

ケイはベッドから派手に転げ落ちた。あまりにもいきなりの予定外の展開にパニックに陥った。たった今まで素っ気なかったのにいきなりレイアが大胆になった。色んな段階をすっ飛ばしてそこに至るなどとは夢にも思っていない。

「い…い、一緒に寝る…!?」

顎をガクガクさせてそう復唱すると、レイアは若干冷ややかな目になった。

「…なんか変なこと考えてないぃ?そうじゃなくて、このベッド、粗末だけど大きさだけはあるし二人くらいならそう窮屈な思いすることなく寝られそうだからぁ」

「いや…だけどなんでいきなし一緒に寝たいとか言いだすんだよ。びびるじゃねーかよ」

「びびるって何がぁ?嫌ならいいよぉ無理にとは言わないからさぁ」

「嫌とか言ってねーだろ!ちょっとびっくりしただけだ。は、入れよ」

ケイは起き上がり、震える手で蒲団をあけた。灯りが消えると益々パニックが増してくる。普段は何気なく接しているのにこうして一つの蒲団に収まると急に意識してしまうから不思議だ。心臓の鼓動が伝わってやしないかヒヤヒヤものである。

だけどレイアはなんで急に「一緒に寝たい」なんて言いだしたのだろう。混乱する頭でケイは考える。短絡思考だからすぐにそっち系に行ってしまいがちだからケイの思考回路は色んな可能性を叩きだす。

これはもしかして、レイアなりのアピールなのでは…

だとしたら、やっぱりここは一つ男らしくそれに応えるべきでは…

拙い思考力と経験不足でケイはどうやったらいいかを考え始めたが、その前にレイアがこつん、と頭を寄せてきた。

「なんかねぇ…二人で並んで寝てると落ち着くんだよねぇ、僕」

レイアはそう呟く。しかしケイは落ち着くどころか心臓がまたどえらい打ち方を始めるのを自覚した。

「お、落ち着く…?」

「うん。なんか良く分かんないんだけどねぇ…小さい頃からそうだったんだぁ。一つの蒲団やベッドやシーツに二人で収まるのが好きなの。なぁんか落ち着くの。あんまり人には言えないけどねぇ」

「へぇ…そっかな…。あ、でもタニムラとはやめとけよ!あとキシとかジンともな!何されるか分かんねえから俺だけにしとけよ!」

そう言うと、レイアはくすくすと笑った。

「うん。そうしとくよぉ。さすがに年下のフウとかカオルとかミズキにこんなこと言ったら笑われるだろうからぁ…ケイならそうしてくれるかなぁと思ってねぇ」

なんか良く分からないがケイは嬉しかった。すると心臓は徐々に落ち着き始める。

「特にタニムラは危険だからな!あいつ前科あるし。いきなりちゅーされただろ」

「あはは。そういやそんなことあったねぇ。ケイったらさぁあの時すんごい怒ってタニムラのことボコボコにしちゃうんだもん。大変だったよねぇ」

「あったりめーだろ!レイアのは、初めてをよりによってタニムラなんかに…って思ったら腹立って仕方ねーよ!俺でさえまだなのによ!」

思い出したらまたなんか腹が立ってきた。とりあえず明日は朝一番にタニムラを蹴りつけておくか…と思ってるとレイアが少し呆れたように返す。

「そんな大げさなぁ。あ、それとあれが初めてじゃないよぉ僕ぅ」

「は!?ど、どういうこと…」

「ほらぁ、ケイと出会った時、僕酒場で働いてたじゃん?酔ったお客さんとかに冗談でされちゃうこととかもあったしぃそんなに気にするようなことでもないっていうか耐性ついてるから別に平気だよぉ。さすがにゲンキのいたお屋敷のあの化け物ぼっちゃんとは絶対死んでも無理だけどぉ」

「なんだよ…そうなのかよ…なんか俺だけ必死んなってバカみてー…ま、俺はアホだけどさ」

溜息をつくと、レイアはうふふと笑って暗闇の中でこう語った。

「僕ねぇ、小さい頃はなんで自分には親も兄弟もいないんだろぉってすごく自分の置かれてる状況が惨めで辛かったのぉ。他の子は皆、帰る家があって、優しいパパとママがいて…なのに僕にはそれがなくてぇ…神様って不公平だしひどいことするなぁって思ってたんだぁ」

「そっか…俺もまあ親が死んだ時とかすげー悲しかったしその頃のことあんま思い出せないけど、きっとその後は運が良かったんだろうな。船乗りんなって色んなとこ見て回ってキャプテンとか先輩と出会って、そんで…」

ケイは暗闇の中でレイアの方に顔を合わせた。暗くて見えないと思ったが闇に目が慣れたせいかぼんやりとその顔が目の前に映しだされている。

「レイアと、皆と出会えたからよ。良かったなって思ってる」

「うん。僕もだよぉ。今はね、神様に感謝すらしてるんだぁ。本当のパパとママが生きてたらケイ達とは出会えなかったわけだからねぇ。きっとこれで良かったんだぁってぇ」

ぎゅっとレイアはケイの手を握ってきた。

ケイもまた、ありったけの感情をこめて握り返す。そうすると、レイアは笑った。そして耳元でこう呟く。

「ずっと一緒にいられるといいねぇ、ケイ」

「あたりめーだろ。俺達はずっと一緒だよ」

ケイはそう答え、そうして安らかな眠りについた。

 

 

 

トキオ帝国の城の周りには大庭園が広がっている。その中心にそびえたつ居城からは帝国の威厳のようなものが漂っていた。世界の中心地というのはあながち間違いではなさそうだ。

一般公開、とはいえ自由に見て回れるわけではなく、数十人単位で時間を区切り、ガイドが付いて回る。主に他国からの観光客が訪れたが中には国民も混じっている。その中の若い女の人がこう囁いた。

「運が良ければ王族のお姿を拝見できるのよ。私は一年ほど前にちょうど王子様が外出なさるとこにお目にかかることができたの」

女の人はうっとりと語る。

「王子様はね、とても凛々しいお顔立ちで賢い方なの。王様のお若い頃にそっくりなんですって。時々城下町にもお忍びでいらっしゃるそうなのよ。オンセンがお好きなんですって」

「へえ…そうなんですか。オンセンなら俺達も昨日行きました。そういや昨日馬車に乗ってる時に聞いたけど、王子様って元々双子だったんですよね?」

タニムラがガイドブック片手にそう訊ねると、女の人は頷いた。

「そうみたい。でも赤ちゃんの頃にいなくなってしまわれたから、例え今どこかで生きていても誰も分からないでしょうね。でも、双子だしお顔が似てらしたら分かるかもね…。一応今でも密やかに王子様の捜索はされているからもしこの国にいらっしゃったらすぐにでも分かるでしょうけどそんな話聞いたこともないし、やっぱりお亡くなりになられてるんじゃないかって思ってる人は少なくないわ」

「ですよねえ。俺も生まれた時から両親いないけど、今の俺がもし本当の両親の前を横切っても気付かれないだろうなあ…」

キシの呟きに、フウも頷いた。二人は生まれた時から両親がいないのである。

「でも母親なら…もしかしたら分かるかも。特に王妃様なら…王妃様は今でも王子様は生きてらっしゃると信じていらっしゃるから…。諦めきれないのよ。それが母親なのかしらね」

「そうかもしれませんね。あ、鏡の間だって。かっこいい!あ、ちょっとフウ回ろうとしちゃダメだって。つまみ出されるよ」

感激のあまり回ろうとするフウをキシは止めた。格式高い場所では異常行動とみなされてしまう。

「そういえばカオルの姿が見えないね。やっぱお城より食べ歩きがいいって?」

「ううん、後で来るって。なんかメロンがもらえるからどうのこうのって」

ミズキが説明する。なるほどそれで別行動なのか…と納得しているとガイドは次にセレモニーが開かれる大聖堂に案内した。

「おお…すげえ…」

何階分の吹き抜けか見当もつかない巨大な空間にステンドグラスがそびえたつように煌めいている。その手前には大きなパイプオルガン、優美な内装に上品な調度品…全てが規格外の豪華さだ。キシとフウは目を回しそうになり、ゲンキはうっとりしている。ジンは大理石で彫られた女神像(裸体)の精巧な作りに釘付けだ。

「王族のご生誕祭や戴冠式など、国の重要な行事は全てこの大聖堂で行われています。完成に実に10年を擁し、述べ10万人の人手で建築されました。帝国のシンボルとも言っても過言ではありません」

ガイドの説明を聞きながら、フウがキシに囁いた。

「ねえキシ君、王様の部屋とか見てみたいね。どんなかな?」

「だよなあ。きっと天蓋付きのベッドで部屋の中に噴水とかあるかも。見れないのかな?」

キシの素朴な疑問にゲンキがふふっと笑う。

「さすがにそんなプライベートな空間は見せてもらえなさそうだけど…。ねえ、そういえばレイアとケイは?さっきから姿が見えないんだけど…」

「そういやいねーな。二人してどっかしけこんだのかぁ?今朝からなんかいいムードだったしよ」

羨ましそうにジンが顎に手を当てて推測する。確かに朝からぴったりと二人でくっついてはいたが…

「でもしけこむって何処に?ガイドさんの導く通りに進んだけど…それ以外の場所って立ち入り禁止でしょ?」

 

 

「ねぇケイ、やっぱりちょっとまずくないかなぁ…見つかったら怒られるどころじゃすまないかもよぉ?」

「だーいじょーぶだって。迷ったとでも言やあいいんだよ。レイアが普通じゃ見られないところ見たいって言ったんじゃん」

レイアとケイはこっそりガイドの眼を盗んで本来の見学ルートとは外れて立ち入り禁止エリアに忍び込んでいた。大勢だと目立つから皆にも内緒で二人で実行したのである。

「そうだけどぉ…わぁ」

城の中を進んでいくうち、急に視界が明るく開ける。

目の前に桃源郷があった。花が咲き、鳥が歌い、緑が笑う…明るい太陽の日差しに包まれて、歓喜の産声が聞こえてくるかのようだった。地上楽園の午後とはまさにこのことだ。

不思議なのは、レイアとケイは途中までガイドの案内のままに付いてきたが城の外に出たわけでも階下に降りたわけでもない。ここは高さにして数階の階層で、しかもまだ城の中だが見事な庭園が広がっている。錯覚のようで軽い混乱に陥った。

庭園の中央には一本の大樹があり、そこには見事な薄紅の小さな花が無数に咲いていた。まるで何かのシンボルかのようにそびえたっている。

「すっごぉ…こんなの初めて見たよぉ…」

「ここで飯食ったら美味そうだなー。しかもなんかいい匂いしてきたし」

ケイが鼻をひくつかせる。確かに甘いいい匂いがしてきた。その匂いに導かれるようにしてふらふらと進むと、誰かが優雅に食事をしている後ろ姿が見えた。

それと同時にケイは石段に躓き、不意だったために「うわ」と声が漏れてしまった。

「誰だ?」

食事をしていた人物が振り返る。

同い年くらいの、聡明そうな眼をした端正な顔立ちの少年だ。身なりからして相当高い身分かと思われた。だけどケイはこの非常にまずい状況の中で一瞬それを忘れてしまうような錯覚に陥った。

「…?」

上手くは言えない。少年に見覚えなど全くないし会ったことなどないだろう。記憶とはまた別の感覚だ。

自分でも良く分からない。知らないけど知っているような…見たこともないけど見たことがあるような…これは一体なんだ…

漂い流れる何かが、正体不明の疑問を植え付ける。ケイは混乱しかけた。

「誰だお前は?誰に許可を得てここに侵入した?ここには俺と国王と王妃しか入ってはならないはずだ」

だがそうしたケイの混乱をよそに、厳しい口調と不信感いっぱいのきつい視線をたたえて少年はケイに詰め寄ってきた。そして…

「誰かいるか!?侵入者だ!」

少年が叫ぶとそこかしこで慌ただしい気配が立ち昇り始め、ケイはその不思議な感覚を封じ込めた。やばい。この状況は非常にやばい。

レイアは?と後ろを振り返る。やや離れた大きな薄紅の花の大樹の下でぼうっとそれに魅入っているのが見えた。

「レイア!!やべえ、逃げるぞ!!レイア!!!」

ありったけの大声で叫んだが時すでに遅し。駆け付けた兵隊数人に取り囲まれてしまった。

ケイは焦りの境地に達する。これはただでは済まなさそうだ。最悪、キャプテンが呼ばれて何か御咎めがあるかも…と背中を冷たくした。

なんとか足りない頭で言い訳を考えていると、様相が変化し始める。

「…!!」

兵隊たちが、明らかにレイアを見て戸惑いを示している。すぐにでも捕えられるはずが、そうすることを躊躇っているようだった。

そして後ろからこんな声が聞こえてきた。

「レイア…だと…?何故その名を…」

振り向くと、少年は目をこれ以上ないほどに見開き、唇を震わせていた。