「うおえぇええええええええええええええ…」
タニムラがカミセブン号の航海士になって一週間。未だ彼は船酔いとの戦いだった。
「ちょっとぉもぉ一週間だよぉ。いい加減慣れてよねぇタニムラぁ」
水を差し出しながらレイアは呆れ顔である。ケイも同様だ。
「おいおい船酔いとかしてる暇ねーだろ航海士は。船乗りが船酔いとかシャレんなんねえよ。なあキシ?」
「うおえぇええええええええええええええ…」
ジンが問いかけたがしかしタニムラの横では同じようにキシがまた船酔いの最中だった。いい加減学習すればいいのに…とミズキとカオルが呆れているがフウは献身的にキシの介護に努めていた。
「キシ、なんで船酔いしてるの?確か君は僕達より先輩のはず…」
ゲンキも若干引いている。病める新米航海士とキシのために空気のいい甲板に出ると船員たちがどよめきあっていた。
「おおー!!なんだあれ!!すっげー!!」
カミセブン号のすぐそばには黒光りするどでかい軍艦が横づけしていた。船というよりは居城のように見える。
「初めて見た…すげえ…」
キシは船酔いも忘れて口を開けて見入っていた。ジンとケイは興奮して騒ぎまくっている。
「俺ガキの頃一度だけ見たことある!!こんな近くで見れるなんてすげー!!でっけー!!」
「超かっけー!!一度でいいから乗ってみてー!!」
男の子なら誰もが憧れる軍艦…大騒ぎしているとキャプテンが甲板に顔を出した。すると軍艦から大きな橋桁がカミセブン号にかけられ、誰かがゆっくりと歩いてくる。どうやらキャプテンと知り合いのようだ。
「よう。相変わらず世界を飛び回ってんのか?」
頬に大きな傷跡のある、貫禄充分な中高年のがっしり体型の男がキャプテンに問いかける。
「そちらもお元気で。いつ見てもいかつい船ですね」
キャプテンと男は豪快に笑いだす。一言二言話すと男は軍艦に戻り、橋桁も戻された。そしてゆっくりとカミセブン号から離れて行く。
「キャプテン知り合いっすか!?」
ジンが問いかけるとキャプテンは軽く頷く。
「昔の仕事仲間だ。もっとも、あっちは今やトキオ帝国の軍艦の艦長だ。ああ見えてエリートなんだ。見た目はいかついおっさんだけどな」
「すっげー!!そんな人と知り合いなんすか!」
感動するジンにとは対極的に、ゲンキは少しおっかなそうな顔をしている。
「あの人の頬の大きな傷跡…危険な目にあったんですか…?」
「ああ。昔戦争があった時に敵国側の兵士に切りつけられたそうだ」
「ひえぇ…凄い修羅場くぐりぬけてきてんなー。どうりで貫録あるわけだ」
チーズを食べながらカオルが零す。キシ、ジン、ケイの男三人衆はすっかり軍艦のかっこ良さに熱くなっている。その横でレイアがまだ船酔いしているタニムラに「いい加減しっかりしなよぉ」と激を飛ばしていた。
「トキオ帝国って次に立ち寄る所でしょ?大きな国なの?」
ミズキがカオルに訊ねると、船酔いしていたタニムラが濡れタオルを顔にあてながら代わりに説明した。
「大きいも何も世界の中心地のひとつだよ。世界中から人が集まるし港の大きさも桁違いなんだ。行ってみれば分かると思うけど…うおぇえええ…」
「タニムラ行ったことあんのぉ?」
「うん…昔一度だけ。手違いで船舶学校に入る前に貴族学校の見学に行ったんだ…結局入学することはなかったけど…おえええぇええええ…」
「おめー吐きながらしゃべるのやめろよ!」
「痛っ…蹴らないで…おえぇええええ」
結局タニムラは船が目的地に到着するまでずっと酔っていた。
そして到着すると同時にキャプテンが皆にこう言った。
「皆も薄々気付いてるだろうがこの船は大分ガタが来てる。いい機会だから大規模メンテナンスをすることにした。この国には知り合いのいい船大工がいるから話つけてきた。そういうわけで皆近くの宿に泊まってもらうから少しばかりの休暇を楽しんでくれ」
思いがけないバカンスと、大帝国上陸にカミセブン号クルー達のテンションは上がった。
「…まあ高級ホテルってわけにはいかないよね。それにしてもワイルドな宿だね…」
宿を見渡してゲンキが呟く。カミセブン号のクルーに用意された宿は港町の安宿で、これまたあつらえたように粗末な部屋だった。二人部屋のみだったが部屋といってもベッドしかなく狭いし風呂場もない。トイレも供用で食堂ではなかなか粗末なご飯が出て来た。カオルなんかは食べ足りないと暴れるほどだ。
「俺はハナから期待してなかったけどなー。それよりせっかくの大帝国に来たんだから色々美味いもんありそうだし中心街に行こうぜ!」
カオルの提案でカミセブン号一行は馬車に乗って中心街に出かけることにした。乗合馬車で一緒になったお婆さんが「観光客かい?」と話しかけてくる。
「僕達はぁみんな船乗りですぅ。こっちの暗い子は航海士でぇ。ちょうど船がメンテナンスでお休みもらったから皆で遊ぼうと思ってぇ」
レイアが答えると、お婆さんはふんふんと小刻みに頷いた。
「そうかい。ゆっくりしていきな。この国は美しいじゃろう。花が咲き鳥が歌い、明るい人々に溢れておる。世界中回ってもこんないい国はないじゃろて。もっともこのトシになると大分視力も衰えてのう…」
「確かに景色が綺麗ですね。花畑が綺麗だし」
フウが答えた。馬車の窓から見える景色は遠くに見える花畑の鮮やかな色彩が広がっている。気候も穏やかで平和そのものだ。
「今でこそこんなに豊かで美しい国になったが戦争があった頃はこのへん一面が焼け野原になってな…そりゃあ悲惨な有様じゃった。だが見事に再建したのは国民の諦めない心と国王様のお力じゃよ」
「戦争…ですか…」
「ああ。もう15~6年前じゃからちょうどお前さん方が生まれた頃かのう…あの時はもうダメかと思われた。城にも敵国の兵隊が押しかけてきて、王様も王妃様もあわや命を奪われるところじゃった。…生まれたばかりの王子様もな」
そこでお婆さんは皺に覆われたその眼に深い悲しみを宿した。
「…王子様は双子じゃったが片方がその戦争を境に行方不明になっての。未だにその亡骸は見つかっておらん。王妃様は今でもお悔やみになるそうじゃ。あの時自分が両方とも抱えて逃げていれば…と」
「どういう意味ですか?王妃様は片方だけ連れて逃げたってことですか?」
ミズキが訊ねると、お婆さんは深い溜息をついた。
「二人抱えて逃げるのはいくら赤ん坊といえどもかよわい王妃さまには負担じゃからと近衛兵がもう片方の王子様を抱いたそうじゃが…追手から逃げるうちはぐれてしもうて…後日その近衛兵が近くの川で殺されておるのが発見された」
「それで、もう一人の王子様は…?」
またミズキが訊ねると、お婆さんは首を横に振る。
「分からん。川の底を探しても、その周辺を探しても赤ん坊の死体は見つからんかった。戦争が落ち着いたのは三カ月くらい経った後のことじゃがそれから国中探しても、おふれを出しても王子様の手掛かりは全く見つからんかった」
そしてお婆さんは遠い目をして遠くの景色を見ながら呟く。
「…じゃから王妃様はもしかしたらどこかで王子様が生きているかもしれないという希望を捨てきれずにおられるのじゃ。毎年王子様のご生誕祝いのパレードには二人分のお祝いのお品が用意され、あたかもそこにいるかのように催される。じゃが誰も笑う者はおらん。子を持つ母なら誰もが共感するじゃろうて」
「なんか、切ないねぇ…生きてるといいのにねぇ、王子様…」
レイアが呟く。しんみりしていると馬車は中心街に到着した。お婆さんに別れを告げて、カミセブン号一行は観光モードに切り替えた。