船が陸地に着くと、足早にキャプテンと幹部船員は町の船員斡旋所に向かって行く。ケイ達はそれぞれの仕事を終えて束の間の滞在を楽しむべく城下町の中心地に向かった。

「けっこう大きな町だね。学校がたくさんあるみたい」

町の至るところに生徒募集の看板や各種学校の宣伝チラシが配られている。どうやら学問が盛んな町のようで学術書や専門書などの書店も軒を連ねていた。

「僕ね、大学に入るのが夢だったんだ。勉強は得意じゃないけど、何かを学んでみたいから」

「そうなんだぁゲンキ。僕も読み書きくらいしか知らないし、何か役立つこと学んでみたいなぁ」

「あ、見て、ゲンキとレイア。無料の一般公開講座も色々あるみたいだよ。船舶学校が近くにあるみたい」

配布してあるチラシを見ながらミズキが言った。どれどれ…と覗きこんでいるとケイ達が早く来いよと急かす。

「俺勉強はダメだわ。3分で寝る自信ある」

自信満々にケイが言うと、ジンとキシも頷く。

「俺も施設にいる頃一応学校は通わせてもらったけど授業は寝てばっかりで…」

「俺もだな。早い段階で俺には勉強より社会に出る方が合ってるって思ってよ」

3人は公開講座に興味がないようだった。カオルはミズキが行くならと妥協していて、フウは迷っていた。

「キシ君と一緒に町歩きしたいし…でも何か船に役立つことを教えてもらうのもいいかもしれないし…どうしよう」

「フウ器用だから船大工さんにこないだ褒められてたじゃん。スジがいいからやってみないかってぇ」

「そうだよ、フウは僕らの誰よりも先輩のクルーに頼りにされてるじゃん。この機会に学ばない手はないよ」

レイアとゲンキが誘いこむと、フウは折れた。ケイとキシ、そしてジンの三人は町の散策に出かけ、レイアとフウとゲンキ、ミズキとカオルは学校の無料公開講座に赴くこととなった。ちょうど船舶学校が歩いて行ける距離にあったから期待しながら門をくぐる。

「ふわぁ…立派だねぇ。学校ってこんななんだぁ」

「凄い。船も入りそうなくらい大きいね」

煉瓦造りの立派な校舎が立ち並び、行き交う学生達は皆賢そうに見える。レイアとフウは溜息と共に呟いた。

「ほんとだね。なんか歩いてるだけで賢くなった気分」

「あはは、ゲンキそれは言い過ぎだよ。あ、公開講座の受付所があるよ」

ミズキが指差した先の掲示板には学内で開かれている様々な講座があった。ふんふんと皆で内容を確かめていると、後ろから声をかけられた。

「君達公開講座を聞きにきたの?若いのに偉いなあ」

眼鏡をかけた中年の品の良さそうな男性が感心しながらそう言った。返事をすると彼は機嫌良く学内の案内をしてくれた。

「この学校はね。船に関するありとあらゆる職業人の育成を担っているんだ。この国で一番歴史が深いんだよ。国内外から様々な学生が学んでいてね、留学なんかも受け入れている。君達ぐらいの年の学生も何人かいるよ」

「え、そうなんですか?僕らぐらいの年齢でも入学できるんですか?」

ゲンキが訊ねると、男性は頷いた。

「条件を満たせばね。でもまあ通常は普通の学校を卒業してからかな。だからここにいる若い学生は皆エリート揃いだよ。中には君らぐらいの年で航海士の資格を取った子もいる」

「えぇ!?でもあれってぇ凄く難しいんじゃないんですかぁ?うちの航海士さんも20歳過ぎて資格取ったって言ってましたけどぉ」

「そうだね。それでも大したもんだよ。私の知り合いで今年40になるが未だに資格試験に落ち続けているという人もいる。難関の資格だよ。それだけに重宝されるがね」

「じゃあ俺達がここで学んで航海士の資格を取ればキャプテンは助かるね!」

「フウ簡単に言わないでぇ。僕達が資格取れる頃にはもうカミセブン号は世界百周しちゃってるかもよぉ」

きゃっきゃと笑っているとカオルがお腹を押さえ始める。

「腹減った…。とりあえず腹ごしらえしてからにしねえ?おっちゃん、どっか食べるものあるとこある?」

「そういえばもうお昼だね。さっき正午の鐘が鳴ったから」

腹が減ってはなんとやら…男性の案内で学内の食堂で昼食を食べてから午後の講座を申し込むことになった。

 

 

ケイとキシ、そしてジンは城下町の大広場の蚤の市に来ていた。フリーマーケット状態の世界各国の珍しいものが目白押しで時間の経つのも忘れて見入っている。

「うわこの帽子斬新なデザインだなー。おっちゃん、これどこの?」

「ん?それか?それはな…リュウキュウ共和国ってとこの商人から譲ってもらった。まけとくぜ」

「こっちのどす黒いナイフは?でも柄のとこの宝石が綺麗だね」

ジンが値段交渉に悩んでいるとキシはその隣にある古びたナイフが気になった。

「これはそこの国の少年兵が持ってたやつだ。何人も殺してるワザ物だぞ。血が変色してそんな色になっちまってんだな。これもまけとくぞ」

「ひえぇ…遠慮します」

「んー…このピンクの貝殻のブレスレット、レイアに似合いそうだなー。お、こっちのサンゴってヤツもいいけどたけーなこれ」

ケイはアクセサリーを幾つか手に取って悩んでいる。帽子を買うことに決めたジンも一緒に見始めた。

「ゲンキにもなんか買って行ってやるかな…」

二人でアクセサリーを眺めて頭を悩ます姿に、キシは感心しながら

「二人ともパートナー思いだね。まあジンもケイも失地回復に努めないといけないしね」

「キシこそフウになんか買ってやれば?そしたらあいつ回って喜ぶぞ」

「え?俺が?そう?そんなに喜ぶかな…でも俺フウの好みとかあんまり知らないからなあ」

きょとん、とするキシにケイとジンは顔を見合わせて溜息をついた。

「知らねえって…おめーら赤ん坊の頃から一緒で兄弟みてーに育ったんだろ?知らねえはずねーだろ」

「ケイの言う通りだぜ。好きな食べ物ぐらいは分かるだろ」

「好きな食べ物ねえ…でもあいつ、嫌いなものとかないんだよな。何出されても文句言わずに食べるし、何あげても喜ぶし。だからイマイチ掴みにくくて…」

こりゃダメだ、とケイとジンは手を上に挙げて自分の買い物に専念した。色々回るうちとあるスペースの商品をジンは手に取った。

「お。なっつかしー!!」

袋詰めにされた小さな黄色い瓢箪形のお菓子のようだ。ジンは1袋買ってケイとキシにも分けてくれた。

「これ俺の故郷チーバ帝国名物のお菓子なんだよ。ラッカセイっていうのな。いやー懐かしい懐かしい。ガキの頃これを袋いっぱい食うのが夢でさ。世界各国からの商品が集まるだけあってこんなもんまで置いてるとはな」

「へー。チーバ帝国か…俺の故郷サマイタとどんだけ離れてるのかな…俺未だに世界地図もろくに読めないし」

ぼりぼりむしゃむしゃやりながらキシが呟く。

「シスター元気かな…たまには便りも…あ、そうか。船舶便があったなそういや」

キシは近くの船舶便受付所を探し、そこでシスターあてに簡単な手紙を書いてみた。ジンも故郷の両親に今の境遇を説明しとかなきゃなと書き始める。

「おめーらは帰る場所があっていーよな。俺はもう親もいねーし施設で育ったわけじゃねーからカミセブン号が故郷だぜ」

ちょっぴり羨ましそうに見ながらケイはそのへんに飾ってある船の模型に手を伸ばす。もう記憶はかなり曖昧だが初めて乗った船もこんな大きかったかな…ガキの頃の俺はどんなだったっけ…大して変わってねーか…なんて思いを馳せていると誰かとぶつかりそうになった。

「あ、すんません」

「こちらこそ…」

ぶつかりそうになった相手は背の高い同い年くらいの少年である。手紙のようなものを持っていたから船舶便を出しに来たのだろう。

くっきりとした二重瞼と顔に点在するホクロ、そして分厚い唇と陰気そうな雰囲気にケイはどっかで見たような気がしたが思い出す前にジンとキシに呼ばれてその開きかけた記憶の引き出しをしまった。

 

 

 

講義を聞き終えたレイアとゲンキとフウ、そしてミズキとカオルは船舶学校のロビーで待ち合わせをしていた。

レイアは厨房担当だから船の中での食品の保存方法や衛生環境、そして調理の方法などを分かりやすく紹介してくれる講座を受講した。なかなかためになったし賢くなった気分である。学ぶ楽しさを知って、何か本でも買って行こうかと待ち合わせ時間までに学内の書物販売所を訪れた。

「えっとぉ…何から探せばいいのかなぁ…」

書物販売所はかなり大きく、背丈の倍以上ある本棚がズラリと並んでいた。そこかしこに梯子が設置されているから上の方の本はこれを使って探せということだろう。

船の書庫で梯子から落ちてジンの上に落下したことを思い出す。タイミング悪くゲンキに見られて嫉妬した彼にジンが責められるのは痛快だった。思い出し笑いが漏れる。

しかしその笑いは掻き消されてしまった。

「きゃあ!!」

何かが落下してきて衝撃が伝う。レイアはそのまま床に突っ伏した。

「いったぁ…」

「あ、す、すいませんすいませんすいません…」

すぐ側で低くボソボソとした声で謝り倒す声が響く。しかしながら重くてそれどころではない。早くどいてほしい。

「あの…すいません…手を伸ばそうとしたら落ちてしまって…」

「いいから早くどいてぇ。苦しいよぉ」

「あ、すいませんすいませ…ごふ!!」

また上から何かがばさばさばさと落ちてきてレイアの上にいたそいつは変な声を出して再び覆いかぶさってきた。その際に何かが頬に触れる。

それはそいつの顔…唇部分であることに気付くとどうにも気持ち悪くてレイアは思わずもがいた。

「痛いってばぁもぉ!!」

苛立って強めに引きはがすと分厚い本がその辺に散らばっていた。恐らく上から落ちて来たのだろう。

「すいません…すいません…」

相変わらず陰気な声で謝りながらそいつは本を大急ぎで拾って棚に戻し始めた。そして足早に去って行く。

「もぉなんなのぉ…あれ?」

梯子の下に何かが落ちていた。レイアは手に取って見る。どうやら学生証のようである。

「航海士科修士課程…うわ賢いんだぁ…」

しかも、学生証に記された生年月日を見てレイアは驚く。なんと一つ年下だった。写真もついていて、さっきは苛立ってよく見なかったがかなりの美少年である。もっとも話し方や雰囲気がひどく陰気だったし人違いかもしれない。もともとそこに落ちていたのかも…

とりあえず、どこかに届けておいた方がいいかなぁ…と判断してレイアは一旦待ち合わせ場所で皆と落ち合ってからそれを探すことにした。