「…俺は捕まって折檻されて屋敷の地下牢に放り込まれた。ゲンキはそのままあんにゃろうの部屋に連れていかれたけど…抵抗したんだ。それで、怒りを買ってあいつも地下の独房に入れられた…」

喘ぎ喘ぎ、ジンは語る。時折痛みで顔を歪ませながら。

「どうやって逃げてきたの、ジン君?」

フウの問いに、ケイも続いた。

「しかも俺らの船よく分かったな。確かお前、レイアの話だと港までの道も知らないはずだろ?」

「…」

ジンはそこできつく目を閉じた。ほとんど消え入りそうな、涙まじりの声でこう答える。そこには決して小さくない葛藤が感じられた。

「…一晩地下牢で明かした後…執事長の野郎が俺に言ったんだ…ゲンキを解放してやるかわりに一つだけ条件がある、って…」

「条件?」

レイアが問う。ジンはなんとも言えない悲壮な表情でレイアを見た。その眼の意味するものが彼の口から放たれる。

「…レイアを屋敷に連れてこいって…そうすれば、ゲンキを解放してやる。それができなければゲンキは地下牢に死ぬまで閉じ込める…って…。多分…俺達がレイアと一緒にいるところを見られたんだと思う。今朝、俺を馬車に乗せるとこの船の前で降ろしたんだ」

「なんだって!?」

全員、思わずそう叫んだ。絶句しているとジンの嗚咽が漏れる。

「…俺はどうしたらいいのか分からない…だけどゲンキを見捨てることなんてできない…ゲンキは俺にとって一番大事な存在なんだ…どうにかしてゲンキを助けたい…けど俺にはもう…」

「冗談じゃねえぞ!!レイアはどこにもやらせねえ!!みすみす黙って差し出せると思ってんのか!?ふざけんな!!」

「落ち着けケイ!!ジンだって判断ができないままここに放り込まれたんだから…。それに、もし俺がジンの立場だったら…」

キシがジンに掴みかかろうとするケイを止めながら諭す。皆も戸惑いが隠せなかった。

「卑怯だよ…こんなの…」

ミズキが歯を喰いしばる。不自由な二択というやつだ。どう転んでも誰かが犠牲になってしまう。正しい答えなど誰にも出せるわけがなかった。

「俺がヘマしたから…急ぎ過ぎたから…かえってゲンキをあんな目に遭わせちまった…俺のせいだ…」

自分を責めて苦しむジンに、誰も何も言えなかった。今しがたレイアを守ろうと怒鳴ったケイでさえも。

室内に、ジンの嗚咽だけがこだまする。

こうしている間にも、ゲンキは暗い地下牢でその絶望に耐えている。それを思うと果てしないやりきれなさが駆け巡った。

「…行く」

「え?」

その声は、レイアだった。

「行くってレイア…まさか…」

「僕が行けば、ゲンキは解放されるんでしょぉ?だったら行って、ゲンキが解放されたの確認したら僕も逃げて戻ってくるよぉ。そうしたら問題ないよねぇ」

「ちょっとレイア、簡単に言うけどさ、そんなこと可能なの?お屋敷のこと熟知してるジンでも連れ出せなかったのに…」

「キシの言う通りだレイア!!そんな危険なことさせらんねえよ!!もし見つかったらお前一生あそこに閉じ込められるかもしれねえんだぞ!!そんなの俺が黙って見てられると思ってんのか!?」

「でも、ケイ…」

「俺も危険すぎると思う。それよりも、国の警察にかけこんだ方が良くない?人が一人監禁されてるから助けて下さいって言って…」

フウが建設的な意見を出したが、ミズキが首を横に振った。

「それも難しいと思う。キャプテンがさっき言ってた。うちの船の取引が軒並み中止になったのはきっとそこのお金持ちの妨害だって。レイアを差し出すのを断ったからだろうって言ってた。王様ですら手が出せないくらいの権力があるみたいだから、俺達が言ったところでどうにもならない気がする」

「じゃあ、どうすれば…」

「レイアの意見が一番可能性が見出せそうだな」

振り向くと医務室のドアが開いていた。渋い表情のキャプテンがそこに立っている。

「キャプテン…」

「悪いが話は聞いた。船のチェックをしてた船員がそこの少年がやたら豪華な馬車からゴミのように放りだされたのを見てたらしい。どうにも変だなと思ってな」

「でもキャプテン!!レイアをそんな危険な目に遭わせるなんて俺は反対だ!!もしもレイアが捕まっちまったら俺は…!!」

「ケイ」

穏やかだが、威厳をこめた口調でキャプテンはケイの名を呼んだ。興奮状態のケイがそこで少し落ち着きを取り戻し始める。

「お前の言う通り、レイアには危険極まりないし俺だってさせたくねえ。だけど、お前がもしジンの立場だったらどうだ?」

「…」

「お前のことだから、殴り殺されてでもレイアを守ろうとするだろうな。そこの少年も同じだったんだろ。俺達に助けを求めに来たってことはまだそいつは友達のこと諦めてねえってことだ。そうだろ?」

キャプテンはジンに問いかける。それまで蹲っていたジンが顔をあげる。歯を食いしばって、ゆっくりと頷き涙を流した。

「頼む…ゲンキを…ゲンキを助けてくれ…」

「けどキャプテン…」

ミズキがすがるような眼を向けるとキャプテンは彼の頭をぽんぽんと叩いた。

「もちろん、俺だってただ無鉄砲に行けって言ってるんじゃねえ。そこの少年にありったけの屋敷の情報を教えてもらって、万全の態勢で臨む。それでもダメだった時は…」

キャプテンの眼つきが変わる。幾多の修羅場を乗り越えて来た深い瞳が燃え盛るように赤く染まった。人生経験の違いだろう、その場にいる皆がその迫力に固唾を飲む。

「この船の野郎ども総動員してその屋敷に殴り込みをかける。なんとしてでもレイアとそのゲンキって子を奪還する。レイア、お前には危険な役目背負わせちまうがいいか?」

「…はい」

レイアが頷くと、もう誰も反対しなかった。ケイも黙ってキャプテンを見つめている。

「ジンっていったか…お前、そんな怪我で苦しいだろうがお前の知識が必要だ。ちょっと教えてくんねえか?」

ジンは頷く。そして作戦会議が始まった。

 

 

「ほんとにいいのかよ…見ず知らずの俺らのためにこんな危険なこと…俺からお願いしといてなんだけどよ」

馬車の中でジンはレイアに言った。手当を受けて、一晩休むとどうにか歩くことはできる状態になった。

「大丈夫だよぉ…って言いたいけどぉ…僕だって今若干後悔してるくらい怖いよぉ。でも…」

レイアは馬車の窓から外の景色を見る。小高い丘に上がりかけたところだ。

「見ず知らずでもないよぉ。昨日ちょっとの間だけど一緒に過ごしたしぃ、僕があの御屋敷の人に目をつけられて、そうさせまいとしてくれたんでしょぉ。恩返しくらいはしなきゃねぇ」

だがジンはレイアの手が少し震えているのを見てしまった。

「…無事に戻って来れたら…俺の方こそ百倍の恩返ししなくちゃいけねえな…」

「戻ってくるに決まってるでしょぉ。絶対に」

馬車は屋敷の前に停まる。豪勢なその御屋敷は今はひどくおどろおどろしく見えた。

門の前に立つ衛兵がジンとレイアに気付き、屋敷内に走って行った。程なくして執事長がゆっくりと歩みながら現れる。

絡みつくような視線…底知れぬおぞましさにレイアはっさきまでの強がりが吹き飛びそうになる。

「ようこそ、レイア」

低く抑揚のない声だった。まるで感情を持たないマネキン人形のような無機質な響き。レイアはこれまで出会ったどんな人間よりも彼は不気味だ、と思った。

「ゲンキは…?ゲンキはどこにいんだよ!?」

傷の痛みを抑えてジンが問うと、執事長の男は彼に視線を向けることなく自動音声のように答えた。

「ゲンキはここに残るそうだ。反省して今は自分の部屋にいる」

「はぁ!?おい、約束が違うぞ!!レイアを連れてきたらゲンキは解放してくれるはずだ!!あいつがここに残るなんて言うわけねえ!!お前、始めからそのつもりで…」

「レイアを屋敷に案内しろ」

部下の執事と衛兵にレイアを預けると、執事長はジンに背中を向けた。

「本来ならばジン、お前は生きて屋敷から出さないところだが、ぼっちゃんの厚意だ。有り難く思うんだな。どこへでも好きなところへ行くがいい。退職金は出んぞ」

「てめえ…!!」

掴みかかろうとするジンを、衛兵がなぎ倒した。叫びは虚しくこだまする。巨大な屋敷の中に届くはずもなく、掻き消されて行った。

 

 

「って、そんなん想定内だしな。つくづくフザけた野郎だぜ…!」

衛兵に放り出されたジンは屋敷から少し離れた民家の陰で悪態をつく。

「おい、マジでレイア大丈夫なんだろうな?レイアにもしものことがあったらとりあえずテメーを八つ裂きにするからな…!」

待機していたケイが現れてジンに凄んだ。

「俺のことはゲンキが助かった後でどうにでもしてくれ。とりあえず、レイアはすぐにでもバカ息子に謁見だろうな。まあここで好みじゃなきゃすぐにでも戻ってくるさ」

「そうなの?そしたら計画が狂わない?レイア君が無事なのはいいけど」

フウも現れる。彼は手に望遠鏡を持っていた。英雄広場で出会った老人が記念に、とくれたのだ。

「悪いがその可能性は限りなく低いぜ。執事長の野郎はバカ息子の好みを知りつくしてるからな。あいつが連れてくる奴は皆踊り子になる。賭けてもいいぜ」

「そりゃレイア可愛いもんよ!!…ってそんなこたぁ後で俺がいくらでも語ってやるけどよ、いきなり手篭めにされるってこたぁねぇだろうなオイ!」

「手篭めって…お前はどの時代の人間だ、ケイ」

「うっせーキシ!お前こそ汗ばっかかいてないでちゃんとやれよ!」

「いてて…だから蹴るなってもう…」

「バカ息子だかアホ息子だか知らねえけど、レイアに指一本でも触れてみろ、俺が顔面ハンバーグにしてやる…!!おいおめーら、ぬかるなよ!?」

爪を噛みながらケイは呪詛のように吐く。レイアが心配でいてもたってもいられなくて、久しく忘れていた昔の癖が出てきた。

「ケイ君落ち着いて。もし失敗しても、そしたらキャプテン以下数十人のカミセブン号の荒くれものたちが屋敷ごと焼き払ってでもレイア君とゲンキを助けるって言ってくれてるし。レイア君を信じようよ」

フウが望遠鏡を覗きこみながら言う。年下なのに誰よりも肝が座った彼を少し頼もしく思いながら、最年長のくせに汗だくで計画の復習しているキシの頼りなさに苛ついてもう一発蹴りをかました。