「良かったねケイ君とレイア君仲直りできて!空もこの通りいいお天気で喜んでくれてるよ!」
フウが大げさに天を仰ぐ。彼の言うとおり、頭上の大空は雲一つなく澄みきっていた。
「フウ大げさぁ。そんな大きな喧嘩とかじゃないからぁ」
「いーやレイアすっげー怒ってたし。俺もう許してもらえねーと思ったし」
「ねえねえ俺銀の首飾り欲しいんだけどこの店行きたい」
「なーミズキ、今日は新鮮な果物とか食いてーなー。昨日肉食いすぎたし」
「カオル、そろそろ食べ物から離れようよ」
皆で空いた時間に再び観光していると、キシの希望の銀細工の店で彼が手にとった首飾りに同じように誰かの手が伸びた。
「あれぇ?」
レイアはその子に見覚えがあった。普段着を着ているから少し印象は違って見えたが昨日のジンという名の衛兵だ。
「あれ、お前…」
ジンは訝しげにレイアを見るが、手にした銀の首飾りを握りしめながらキシと目を合わす。
「これは俺が一か月前から目つけてたんだ。今日やっと給料日と休みだから買いにきたんだよ。渡すかよ」
「俺だってこれひとめぼれなんだよ!まじでHITOMEBORE!これは譲れない」
キシとジンが銀の首飾りをめぐって牽制しあっていると後ろから弱弱しい声が響いた。
「ジン…どうしたの?」
振り向くとそこには色の白い、物憂げな表情の綺麗な顔をした少年がいた。心配げにこちらを見据えている。ケイはどこかで見たような…と思ったが記憶の引き出しは開かなかった。
「おおゲンキ、俺が前に話した銀の首飾りあんだろ?あれが残り一個なんだけどこいつと取り合いになってさ」
ゲンキと呼ばれた美少年はレイア達をじっと見据える。しかしすぐにおどおどと目を逸らしてジンの服の袖を引く。
「ジン、別に首飾りなんて僕があげるよ。何もお金出して買うこと…」
「俺はそういうのやだって言ってるだろ。ちゃんと自分で働いて得た金で買いたいの」
ジンがそう言うと、ゲンキは少し拗ねたような表情を見せた。仲のいい友達同士、という気がしたが実際はどういう関係なのかは分からない。
「両者譲らずかー。大食い対決でもして決着つければー?」
「カオル、君じゃないんだから…」
カオルの能天気な提案にフウが珍しくツッコミ役に回る。
キシとジンはお互い首飾りを掴んだまま離さず睨み合っていたが、その緊張を解いたのはその場で一番年下のミズキだった。
「二人とも大人気ないよ。たかが首飾りで…」
「…」
一瞬の沈黙の後、笑い声が起こる。それをきっかけにして和やかな雰囲気が訪れた。ちょうど昼時だったのもあり、ジンのオススメで郷土料理のお店でみんなで食事をした。
「俺はジン。17歳。こう見えて俺は12の頃から親元を離れて働いてんだ。貫禄あるだろ?」
自信満々に自己紹介するジンに、隣のゲンキが吹きだす。その彼は最初こそ少し人見知りな雰囲気を出したがジンがいるおかげか徐々に安心して目を合わせて話し始める。
「僕はゲンキ。18歳だよ」
シンプルな自己紹介に、ようやく記憶の糸が繋がったケイがぽん、と手を叩いた。
「そーだ思い出した!どっかで見た顔だなーって思ったらお前昨日パレードの馬車乗ってただろ!?女っぽい服着てたから女だと思ってたけどよ!」
「あぁ…見てたんだ。うん、そうだよ」
ゲンキが頷くその向かいでそれまでガツガツ食べてたキシが咽た。
「げほ…昨日の踊り子さんの一人?俺昨日英雄広場で見てたけどまさか男の集団だとは思わなかったな」
キシは思い出してまた微妙な気持ちになる。
「悪趣味だろ?男に女装させて踊らせて楽しんでやがんだ。金持ちの考えることは分かんねえな」
吐き捨てるようにジンが呟くと、ゲンキが彼をたしなめる。
「そんな風に言うのやめてよ。確かにこれはぼっちゃんの趣味だけど…それでも僕にはやっと見つけた居場所なんだから」
「俺はお前のこと否定してるわけじゃねえよ。ただ、てめーで楽しんでりゃいいだけなのに見世物みたいにすんのがまた悪趣味だっつってんだ。あとぼっちゃんはやめろよ。ぼっちゃんなんてカワイイもんじゃねえだろ、あれ」
「昨日の英雄広場のおじさんがそんなこと言ってたっけ。…まあ確かにゲンキ綺麗な顔してるから見染められるのも分かる。レイアなんかもいけそうだよね。…いて!」
何気なくキシが言うと、ケイが机の下で彼の足を蹴る。
「レイアっつうのか。お前、このへんでウロウロしてたらまた目ぇつけられて引き摺りこまれるぞ。俺は忠告しただろ」
ジンがレイアにそう言うと、レイアはケイと顔を見合わせた。
「そういえばぁ…昨日うちの船に来た男の人、ジンのいた屋敷の人だよねぇ。僕をひきとりたいってのはそういうことだったのかなぁ?」
「何!?あいつもうお前の居場所嗅ぎつけたのか!?」
ジンが驚いて腰をあげる。
「だから言わんこっちゃねえ。さっさと逃げろ。あんなとこいてもロクなことねえぞ」
「それならうちのキャプテンがもう断った。レイアはうちの船に必要だかんな。踊り子なんかにゃさせねえよ」
ケイがフォークをつきつけてジンにそう説明すると、彼は安堵したようにまた食事に手をつけ始める。
「けどさ、金持ちの家で踊ってるだけで大事にしてもらえるんだろ?俺だったらやりたいけどなー。たっぷり食べさせてもらえそうだし」
カオルはようやく一通り食べ終えて会話に参加しだした。彼の前には積み上げられた皿が乗っている。呑気な呟きに、思慮深いミズキが首を捻って疑問を投げた。
「でもさ、そういう美味しい話には裏がありそうだよ。俺だってサーカス入る時、色々いいことばっかり言われたし。でも入ってみたらすごい過酷だったから俺だったら手放しに喜んで行けないな」
「お前賢いな。その通り。裏があんだ。あそこの倅は…」
「やめてよ、ジン!!」
それまで大人しく食事をしていたゲンキが声を荒げた。表情は強張っていて、フォークを持つ手はわずかに震えていた。
なんか普通の様子ではない。皆ぎょっとしたがジンはゲンキを諭すように答えた。
「落ちつけよ。お前の気持ちは分かるけど、あいつらが目をつけるとどんな手使ってでもレイアのこと掻っ攫いに来るだろうし、俺は分かっててみすみす見逃すなんてできねえ。つか、俺はもういい加減お前にも逃げてほしいくらいなんだからな」
「…それは分かってる。だけど…僕は…」
眉根を寄せて、苦痛と背徳心に苛まれているような表情をゲンキは見せる。そのただならぬ雰囲気に純粋なフウが疑問を投げかける。
「レイア君がその御屋敷に行くとレイア君にとって良くないことがあるかもしれないんだよね。レイア君は行かないと思うけど、それってなんなの、ジン?」
唇をわななかせるゲンキを落ち着かせるようにジンは彼の肩を抱く。二人の関係は強く確かなものであることをその仕草は物語っていた。その証拠に、ゲンキは落ち着きを取り戻し始めた。そして彼の口から語られる。
「…屋敷には僕と同じであちこちから集められた子たちがいるんだけど…ぼっちゃ…そこの息子が毎晩一人ずつ自分の部屋に呼ぶんだ。それで…」
その先は口にするのが躊躇われるのかゲンキは唇を噛む。それだけで皆は察したが、やはりフウだけは分からない。
「毎晩呼んで何するの?チェス?トランプ?」
全員ずっこける。緊迫した雰囲気が一気にだれたがそれが笑いを呼び起こした。
派手に尻もちをついたケイはフウの頭をぺしっと叩いた。
「おめーはアホなのか賢いのか分かんねえなフウ!…つか、何がなんでも阻止しといて良かったぜ。んなこと許せるかよ。良かったな、レイア?」
「うん。あ、でもぉイケメンだったら考えなくもないよぉ」
レイアが冗談まじりに言うと、ジンがまた顔を歪ませる。
「イケメンかどうかは見てみりゃあ一発で分かると思うけどよ。なんなら行ってみるか?」
「…遠慮しとくよぉ」
「でも、悪いことばかりじゃないよ。大事にしてもらえるし欲しいものもなんでも揃えてくれる。こうして休みもくれて自由に歩き回ることだってできるんだ。逃げ出す子なんてほとんどいないからね」
まるで自分を慰めるようにゲンキは言った。それをジンが複雑な眼で見る。
「確かに、ゲンキを見てるとミズキのサーカスほど悲惨な感じはしないな。あ、だからといってレイアに薦めてるわけじゃないからそんな怖い顔で見るなよ、ケイ」
「キシめったなこと口にすんなよ。レイアは行かねえよ。カミセブン号に必要なんだからな。だろ?レイア?」
「うん」
レイアがケイに微笑みかける。ケイの手はがっちりとレイアのそれを掴んでいた。
帰り道、馬車に乗りながらゲンキの浮かない顔をジンは覗きこむ。
「おい、怒ってんのか?俺があいつらに余計なこと言ったの」
レイア達と別れてから、ゲンキはずっと黙りこくったままだ。俯いて、浮かない表情で何かを考えている。怒っている感じではなかったがジンが何を言っても返事がない。
「悪かったよ。でも屋敷の奴らが強引にレイアを引き取ろうとしかねねえからああでも言っとかないと…見て見ぬふりすると夢見が悪く…」
「…羨ましいんだ、僕…」
「え?」
ゲンキは膝の上の拳をぎゅっと握った。
「あの子たちが、レイアが羨ましい。居場所があって、仲間がいて、どんないい条件揃えられてもここを離れたくないって言えて、渡さないって言ってくれる人がいるのが。僕にはそれがない。僕は、ここにすがりつくしかないから…」
泣きそうなその表情に、ジンは胸が痛くなる。今更ながらに自分の発言を後悔した。きっと、ジンの言ったことがゲンキのコンプレックスをまた引き起こしてしまったのだろう。
「何言ってんだよ。あいつらが今までどんな人生送ってたから知らねえけど、ゲンキのそれとは状況が違うだろ。そんな比べてもしょうがねえこと…」
「…どこに行っても蔑まれて、いじめられて、やっと見つけた居場所…それに満足してたはずなのに…。彼らを見たらなんだか自分がすごく惨めに思えてきたんだ。いくら綺麗な服を着せてもらって、優しくしてもらって、食べ物や物を与えられても…好きでもない男に」
「言うなよ!!そんなこと言ったってどうしようもねえだろ!!」
耐えきれなくて、ジンはゲンキの言葉を遮る。さっきとは逆に、今度は自分がその先を聞きたくなくて思わず怒鳴ってしまう。
「ないものねだったってしょうがねえんだよ。俺の頭が悪いのが決して良くならねえように世の中にはどうしようもないことがあんだよ。それでもどうにかできる範囲でやってくしかねえんだ。ゲンキが惨めだなんて俺は思わねえよ。踊りの練習だって頑張ってんだろ。それに…あんな奴の相手だって俺だったら死んでもできねえ。それができるゲンキはすげえよ。俺はそう思ってる」
「ジン…」
「…物事にはなんでも始まりがあるのと同じで終わりがあんだ。あいつもいつかはお前に飽きる。そん時まで我慢だ。そしたら、俺と一緒にどっかで暮らそうぜ。そのために俺貯金するからよ」
ジンはゲンキの手を握る。それは偽りのない本心だ。それはちゃんとゲンキにも伝わっているという自負があった。
それを裏付けるようにゲンキは頷く。
「…ありがとう、ジン。僕には君がいるってこと忘れてた。もう大丈夫。ごめんね、みっともないこと言って」
「おい忘れんなよそこ。まあいいけどな。ほんの暫くの辛抱だぜ」
馬車は屋敷の近くに止まる。降りて屋敷に戻ると執事長が待ち構えていたかのようにゲンキに声をかけた。
「ゲンキ、今夜はお前だ」
「…はい」
ゲンキは唇を噛んで頷いた。だがジンは解せない。確か3日前もゲンキが呼ばれた。屋敷にはゲンキと同じ立場の少年が20人近くいて、だいたい一人ずつの日替わりだからサイクルが早すぎる。
疑問に思っていると、執事長は湿り気を含んだ眼でゲンキを見ながら言った。
「お前ももう18歳だからな。これまで以上におぼっちゃんに奉仕するんだぞ」