「こらぁカオルぅ!まぁたつまみ食いしてるぅ!」

「いいじゃんよちょっとぐらい。減るもんじゃなし」

「減るもんでしょぉ!もうダメぇ。今度やったら夕飯抜きだよぉ」

カオルはレイアと同じ厨房担当になった。といっても二人ともまだ見習いだから船員の食事の下ごしらえをしたり盛り付けをするくらいだ。カオルは隙を見てはつまみ食いや盗み食いをしているからそれを見つけたレイアがその都度たしなめる。

「レイアも先輩らしくなったなあ」

コックが感心したように呟くとレイアはぶりっこモードに早変わりだ。

「えぇ、そぉですかぁ?そんなことないですよぉ」

「もー口うるさい…小姑みてー」

「なんか言ったぁ?カオルぅ?」

「なーんにも。そうだ、ミズキどうしてっかなー」

怪我が癒えて栄養状態も回復したミズキはケイが見立てたとおり身軽でマストの帆を調整したり補強する仕事を任せられていた。

「木登り得意だったから楽しいよ。広い海は眺めもいいし先端から遠くの島が見えるのが快感なんだ」

「サルみてーだなミズキ。ギャハハハハハ」

ケイがバカ笑いする横では相変わらずキシが船酔いで蹲っていた。その背中をフウがかいがいしくさすっている。

「まぁた船酔いかよおめー。いい加減慣れろよ」

「今日寝不足で…うえぇ…」

青い顔で脂汗を浮かせながらキシは言い訳をする。

「寝不足?なんでだよ」

「いやちょっと…」

「明日上陸するヤブシ王国が楽しみでしょうがないんだよね、キシ君」

フウがさりげなく説明するとケイはさらに笑い転げる。

「楽しみで眠れないとかお前は遠足前の小学生かよ!それで船酔いしてちゃ世話ねーなギャハハハハハ!!」

「…うう…悪い?俺は生まれた時から外の国出たことなかったんだから大都会が楽しみなんだよ…書庫にあった観光ガイド見たら期待が膨らんで…」

「そんなに大きな国なの?」

ミズキが訊ねると、カオルが顎に手をあてながら考える仕草を見せる

「そーいや観光ガイドしてる時にその国から来たっていう観光客けっこういたな。金持ちも多かったし豊かな国みたいだし色んな娯楽が溢れてるって…食いもんもさぞかし美味いんだろーなー」

「あ、こんなとこにいたぁカオルぅ!ほらぁサボってないでお昼ご飯の支度するよぉ!」

レイアがずかずかと歩み寄ると、カオルは溜息をつく。

「あーもう小姑が来たよ…」

「誰が小姑だってぇ?晩ご飯抜くよぉ?」

「あ、ちょっとちょっとレイア君、キシ君踏んでる…」

「え?やだぁ気付かなかったよぉなんでそんなとこで蹲ってんのキシぃ」

「うう…早くどいて…女王様…」

船酔いでグロッキーなキシはしかし、翌日、船が上陸すると誰よりもハイテンションで跳びはねていた。

「すっげえ!!大都会!!こんなの見たことない!!」

またもキシがはしゃいで回る。いい加減恥ずかしいからレイアとケイはフウに彼を押しつけてさっさと別行動に出る。カオルもミズキを連れて屋台村に向かって行った。

「ったく、キシは恥ずかしーんだよ。あれでも年上かぁ?」

「キシもケイも大差ないよぉ。人のこと言えないよぉ」

「んなことねーよ。俺はあいつよりゃ大人だね」

じゃれあっていると曲がり角で馬車にぶつかりそうになり、咄嗟にケイはレイアをかばう。

「あっぶねー」

「…」

「どうした?レイア?」

「んーん。なんかケイはいざって時に男らしいとこ見せるなあって思って」

「へ?なんだよいきなり。んなこと急に言われると照れるし」

しかしケイは悪い気はしない。というかむしろ嬉しい。なんか顔が熱くなってきたしテンションもあがってくる。レイアに頼りにされるとなんだかそれだけで有頂天になってしまう。

「まーこう見えても俺は船乗りとしては先輩だからなー。どんどん頼っていいんだぜレイア!」

「うん。頼りにしてるよぉ」

いいムードになりながら道を歩いているとまた馬車が通りかかる。なんだか眩しくて目を逸らしてしまうくらい金ピカに装飾された豪勢な馬車が連なってる。まるでパレードだ。

「おお…すげーな。あれが豪族の…」

道は見物客でごったがえしていた。その真ん中を馬車は優雅に通り過ぎていく。先頭の金ピカは馬車の主の豪族が乗っていて、次々連なる豪華な馬車には象などの巨大な動物や美しい踊り子、大道芸のパフォーマー達も乗っている。まるで大名行列だ。

「ふあぁ…すごいねぇ…」

「すげーな…お」

馬車に乗っている踊り子達が手を振る。ちょうどケイと目があったその子は色が白くてアンニュイな表情が色っぽい綺麗な女の子だ。思わずケイは見とれる。

「…はー…綺麗なねーちゃんだなー…」

見えなくなるまで見とれながら溜息とともに吐き出すと、次の瞬間何故かレイアはいなくなっていた。

 

 

「キシ君楽しそうだね。その帽子も似合ってるよ」

屋台で買った砂糖のまぶしてあるドーム型のパンがフウの口にはすごく合った。感激しつつ食べながら歩くがキシは食べ物には目もくれずガイドブック片手に地図を見ている。

「えーと…確か…英雄広場はこっち…」

なんだか必死だ。フウは邪魔をしないようおとなしく付いて回る。歩くこと10数分、目的地が近いのかキシはテンションが再び上がり出している。

「おお、これがヤブシ王国名物の忠犬ロク公の銅像!!ガイドブックの絵とそっくり!!」

「なんかよく分かんないけど良かったね!!キシ君!!」

英雄広場は円形で段々になっている。その中央の丸いステージでは毎月無料でエンターテイメントショーが見れる…とキシが持っていたガイドブックに書いておりフウはそれをふんふんと読む。

広場に到着するとすでに大勢の人で埋まっておりキシとフウはほぼ最後列に座ったがそれでもキシは興奮している。隣に座った老人が「旅人かね?」と訊ねてきた。

「僕達は船乗りです。今碇泊してて」

「そうか…若いのに偉いのう。望遠鏡を貸してやろう。これはうちで作ったもんだが船乗りたちにも評判で良く見えるぞ」

「おお!ありがとうございますおじいさん!」

キシはかぶりつきになっている。フウはキシの喜ぶ姿を見ているだけで充分だったから爺さんと世間話をする。

「このエンターテイメントショーはな、ヤブシ王国屈指の豪族が従えてるエンターテイメント集団で国内外から様々な有望な若者を揃えて一流の芸人に育てあげるんじゃ」

「へえ~凄いですねえ。あ、僕らの仲間に元サーカスの見習いの子がいますけど、ここなら酷い目にあわずにすんだかもしれませんね」

「それはどうかな」

突然、前に座っていた男が振り向いて話の中に割って入った。男は目を細めてこんなことを耳打ちする。

「ここだけの話、豪族の長の息子は変わった趣味の持ち主でな。あの今踊っている踊り子たちは毎晩彼の慰みものになってるって専らの噂だ」

「はあ…」

ナグサミモノってなんだろう…とフウがキシに訊ねようとすると男はステージを指差しながら、

「あの子達は全員男の子だよ。年は12歳くらいから20歳前後までいる。そういう趣味だ。分かるか?」

分からない、とフウが答えようとすると望遠鏡に釘づけだったキシが仰天する。

「ええええええええええ!!!!!嘘でしょおおおおおおお!!!」

フウは望遠鏡を覗いてないから良く見えない。確かに、ステージで優雅な踊りを披露している人たちの衣装は女性もののような感じに見えるが…

「綺麗な女の子達だな~ってときめいてたのに…あれ皆男なんですか!?」

キシ君の悲壮な表情に男は笑う。

「それもあれの狙いの一つなんだよ。名物になってるしこれだけ見に来る人も多い。選りすぐりの美少年たちってわけだ」

「そんな…はぁ…」

何故かキシは元気をなくしてしまった。フウはとりあえず元気づけようとドーム型パンを渡したが「ごめん、食欲ない…」と断られてしまった。

 

 

「…なんだよぉ、ちょっと綺麗な子だからって見とれてぇ…やっぱりケイなんかただのアホだよぉ…」

どうにも苛立ちが収まらなくてずんずん早歩きで進んでいくと、気がつけば町の中心地からかなり外れていた。イライラしながら歩いたから自分がどうやってここに来たのか思い出せない。焦って歩きまわっているうちに大きな門の前に出た。

「…でっかい御屋敷ぃ…」

迎賓館か何かか…とてつもなくでかい家がその巨大な門の向こうに見えている。大金持ちの邸宅かもしれない、と思ったところに門の前に衛兵のような格好をした少年が立っていた。同じ年くらいでひょろっと背が高くて子犬のような愛らしさがあったが若干チャラそうに見える。

ちょうどいいから道を訊こう、と話かけるとその衛兵は立ったまま居眠りをしていた。

「…あん?港までの道?知らねえよそんなの。俺、港まで行ったことなんかねえし」

眠そうな眼でやる気なく対応されレイアは気分がささくれだってるのもあり、少し嫌味が口を突いて出る。

「居眠りなんかしてたら衛兵の意味ないでしょぉ。怒られるよぉ」

「うっせ。どうせ屋敷は今もぬけの殻だしここに盗みに入る命知らずはこの国にゃいねえよ。俺は形だけここに立ってるだけだからな。暇すぎて眠気が襲ってくるんだよ」

やる気ないなあ…と呆れているとその衛兵が誰かに呼ばれる。

「おいジン、暇なら門磨きくらいしろ…ん?」

振り向くと身なりのいい初老の男が立っていた。一見して屋敷の執事か何かのようである。タキシードを着こんでいた。

その男はレイアをじろじろと上から下まで品定めをするかのようにじっとりと湿った視線で眺めてくる。こういう視線が意味するものをレイアはよく知っている。とりあえず微笑んでおいた。

「ジン、知り合いか?」

男に訊かれて、ジンと呼ばれた衛兵は首を横に振りながら答える。

「いいえ。なんか迷い込んできたらしくて、港までの道訊いてきたんす」

「港?」

「あのぉ…僕、船乗りでぇ…友達とはぐれて迷っちゃったんですぅ。カミセブン号っていうんですけどぉ港まで戻ればそこに碇泊してますからぁ教えていただけると嬉しいんですけどぉ」

衛兵は頼りにならないから男に道案内を頼んでみるべくレイアは最上級のぶりっこを振りまく。このテのタイプのおっさんならこれでイチコロだろうという計算の元に。

男の眼の奥が鋭くギラついたのをレイアは感知した。難なく案内してもらえるだろうと思っていたら彼の口からこんな言葉が出た。

「これはなかなか…この透き通るような白い肌に魅惑的な瞳…全体から醸しだす女性的な雰囲気…ゲンキに勝るとも劣らぬ上玉だ…これはいい拾い物だ…」

「はいぃ?」

何を言ってるのか訳が分からないよぉ…と混乱していると、それまでやる気なく眠たそうにしていたジンが急に焦ったように男の前に出る。

「すんません執事長、俺が道訊かれたんですぐ案内して戻ってきます!」

そう言ったが早いか、ジンはレイアの腕を掴んでまるで引き摺るように駆け出す。

「ちょっとちょっとぉ…港までの道知らないってさっき言ってたじゃん。どういう気まぐれぇ?」

「うっせ。ふもとの案内所まで連れてってやる。それとお前、自分が大事だったらこの町には二度と来んじゃねーぞ。船に帰ったら一歩も外に出るな!」

「はぁ?どういう意味ぃ?」

「いいから人の忠告は聞けよ。俺は間違ったこと言っちゃいねえからな!」

何がなんだか訳が分からない。だが案内所までは送ってもらえたしそこで港までの地図ももらったからさしてレイアは気に留めなかった。

船に戻るとケイが飛んできて、まくしたててくる。

「レイアいきなり消えるから心配したじゃねーかよ。俺街中探し回ったんだぞ!一体どこ行ってたんだよ!!」

忽然と消えたレイアの身を案じて探し回ってくれていたようだった。素直に謝ればそれで済む話なのだがなんだか胸の奥がちくちくとしてレイアは思ってもない言葉が口を突いて出る。

「綺麗な女の子に夢中になってたから邪魔しちゃ悪いと思って一人で観光してたんだよぉ」

「なんだよそれ、変なヤキモチ妬いてんじゃねーよ、黙っていなくなるとかやめろよな。心臓に悪いじゃねーかよ」

「ヤキモチなんかじゃないよぉ!自惚れないでよぉ」

意地になってしまって、レイアは捨て台詞と共に部屋に閉じこもった。