教会の敷地内では小さな子どもが数人遊んでいた。キシとフウを見て手を振りながら駆け寄ってくる。

「キシとフウどこ行ってたのー?おかえりー」

「ねー、キシ、こいつゲームでずるばっかするんだ怒ってよー」

「キシあとで遊んでー。ねえその子達だあれ?ここで暮らす新しい子?」

キシもフウもこの孤児院ではお兄さんらしく、特にキシは小さい子達から慕われているようで腕を引かれている。それをフウが愛おしそうに見つめながらこう呟いた。

「キシ君は優しくて誰に対しても平等に接してくれて明るくて面白いからみんなキシ君のことが好きなんだ。俺もキシ君みたいに皆から好かれる人になりたいって思うよ」

「ふうん。そうだねぇキシってなんか話しやすいもんねぇ。会ったばかりなのに前からの友達みたい」

レイアがそう答えると、ケイはまたやきもちを妬き始めた。

「レイアだめだぞ!ぶりっこ禁止だかんな!」

「何言ってんのぉ?あ、でもキシは年上だけど、なんとなくぶりっこが発動しないよぉ。なんか自然に話せるっていうかぁ」

レイアは今気付いた。初対面の人間にはだいたいぶりっこモードで様子をうかがうのだがキシに対してはそれがなかった。自分でも驚くほどスーっと自然に接することができた。これもキシの独特な雰囲気によるものかもしれない。

「ちょ…ダメだかんな!キシにはフウがいるんだからな!」

「もう恥ずかしいから大声出すのやめてよぉ」

呆れていると修道服に身を包んだ優しい目をした老婆がキシに連れられてにこにこと姿を現した。

「ようこそ。キシとフウを助けてくれたんですってね。何もないところだけど…中に入って寛いで下さいな」

挨拶を交わし、レイアとケイは教会の中の応接間に通された。紅茶とお菓子がでてきてそれを食べながら雑談を交わすと、フウがそれまで大事そうに持っていた袋をキシに差し出した。

「キシくん、誕生日おめでとう。これは俺からのプレゼント」

キシは今日が誕生日であるらしかった。受け取った袋の中のものを取り出すと目を丸くする。

「これって…フウお前どこにそんなお金あったの!?めっちゃ高いのにこれ」

それは琥珀でできたおしゃれなブレスレットだった。確かに高級そうな品である。だがフウは満足そうに微笑んで、

「前にキシくんがこれをずっと見てたでしょ?その時決めたんだよ、これを誕生日プレゼントにしようって。売りきれてなくてほんとに良かった。それに、ケイくんがいなかったらひったくりの子に取られちゃうとこだったし…ありがとうケイ君」

「いーってことよ!良かったなキシ!お前欲しかったんだろこれ?」

ケイはフウの背中をばしっと叩いてキシに言った。だがキシは少し戸惑いがあるようだった。

「いや…でも…こんな高価なもの…第一、そんな小遣いもらってないはずなのに一体どうして…」

「無駄遣いせずずっと貯めておいたんだ。これを買うために」

フウは誇らしげだった。

「でも俺がフウの誕生日にあげたものってこれに比べたら安物の帽子だし…どう考えても釣り合いが…」

「そんなことないよ。キシくんがくれた帽子は俺の宝物だよ。汚したくなくて大切にしすぎてあんまり被ってないけど…」

どこまでも純粋にキシを慕うフウに、レイアとケイはそれぞれ感心に近い想いを抱いた。ケイは「俺だってレイアがくれたものなら…」と思ったし、レイアはここまで人を好きになれるフウをうらやましく思う。

しかし当のキシはそれでも相変わらずの自然体である。一体どういう感情からなのか二人は不思議に思った。

「ねーキシ、ボールが屋根の上にあがっちゃって取れないの。取ってー」

小さな子に呼ばれて、キシは応接間を出て行った。

ケイとレイアはそれと同時にフウに問い質す。

「フウ、ほんとにキシのこと好きなんだねぇ。いいなあそういうのぉ」

「え!?ちょっと何言ってるんだよレイア君!俺はそんな…いや、キシくんのことは尊敬してるけど…す、好きとかそういうのとは…!」

「隠すなって。つーかバレバレ。あれキシも絶対気付いてるよな?おめー隠そうともしてないだろ?それともそれで隠してるつもりか?」

「ケイ君まで…違うって!そんなこと…本当に俺は…」

フウは耳まで真っ赤になった。ケイとレイアが微笑ましさに笑うと、しかしフウは諦めたように溜息をつく。

「そっか…会ったばかりのケイ君とレイア君にもばれるようじゃキシ君にだってとっくに伝わっちゃってるよね…。でもキシくんは何も答えてくれないし、でもそれが答えなのかなあって俺は思ってるけど…」

「何言ってんだよおめー!んな簡単に諦めんなって!もっとアピールすりゃあいいんだよ。なんだったらいきなりちゅーとかしちゃってもいいんじゃね?な、レイア?」

「ケイ何言ってんのぉ?…でもまあキシのあの態度だと本当に気付いてないかもよぉ?でも毎日一緒にいられるんだしぃ何気にそれってすごく幸せなことだよねぇ」

レイアの言葉にフウは頷く。

「うん。今はキシくんの側にいられて、毎日なんでもないことで笑って楽しんで…ってそれが一番の幸せだよ。キシくんは20歳になったらここを出なくちゃいけないし、そしたら毎日会うことはできなくなるかもしれないから…。でもそれでも、この街にいればずっと友達でいられるから俺はそれでもいいんだ」

純粋な瞳だった。ケイもレイアもどこか浄化されたような気持ちになる。フウの純粋な恋心がいつか芽を結ぶといいのにな…とレイアは思った。

 

「今日はありがと。楽しかった。また来てほしいけど明後日には船が出発するんだよね。なんだか寂しいな」

フウはそう言って見送ってくれた。キシがケイとレイアを港行きの乗り合い馬車乗り場まで案内した。フウは教会の掃除当番に当たっていたから玄関での見送りになったのだ。

馬車乗り場に行く途中、キシは急に真面目な顔つきになった。

「なあ、レイアさっき言ってたよね。船は人手不足で船員募集中だって」

「うん。だよねぇケイ?どこの持ち場もあと1~2人はほしいっていつもキャプテン言ってるもんねぇ?」

「ああ。俺んとこはまだ今の人数でも大丈夫だけど、掃除とか荷運びや降ろしとか、商品の管理とか色々足りねえとこあるしなー」

「そっか…。突然だけどさ、俺がそこに雇ってもらうとかできんのかな?」

「え?」

ケイとレイアは同時にそう声を出した。

「俺も19だし、そろそろ仕事決めないといけなくてさ。でも俺にはやりたいこととか特技もないし…。レイア達の話聞いてたら、広い海に出てみるのもいいかなって思ってさ。レイアはケイに誘われたんだよね?」

「うん。そうだけどぉ…」

「全く知らない場所で知らない人達と働くよりはさ、レイアとケイがいる船なら心細くないし、なんかいいかなと思いだしてさ。正直、生まれ育ったこの街や教会を離れるのは寂しいけどいずれは離れなきゃならないんだし、そしたら思い切って今行ってみるのもいいかもしれないよな?こういうのって決断が大事だし」

「いいんじゃね?なんなら今から船行ってキャプテンにお願いしてみるか?」

「まじ!?頼む!出発は明後日なんだろ?今日決まれば明日一日で荷物まとめて、みんなに挨拶して…それぐらいの時間はあるよな。うん」

ケイとキシは盛り上がっている。が、レイアは一つだけ気がかりがあった。

「でもキシ、フウとか…友達もいっぱいいるでしょぉ?施設の子だってみんなキシを頼りにしてるしぃいきなりいなくなるのってみんなびっくりするし辛いと思うよぉ」

そうだ。フウがもし、明日にはキシが船に乗っていなくなることを知ったらショックどころではないだろう。いくらなんでもそんな別れはあんまりだ。

「そりゃあ寂しいけどさ…でも俺思うんだ。悩むより行動だ、ってね。それに、今まで色々と職場体験とかしたり学校でも話聞いたりしたけどどれもしっくりこなくって…。でもなんか船乗りってすげーピンときて。未知の世界との出会いってなんか聞いただけでもワクワクするじゃん。ケイとレイアともいい仲間になれそうだし。なあケイ?」

「まあおめー面白そうな奴だし俺も賛成だな。但しレイアには手を出すなよ」

「ケイ真面目に考えてよぉ!無責任に誘わないでぇ」

レイアがたしなめると、ケイはぱちくりと目を瞬かせた。

「あり?なんでレイアそんな怒ってんの?キシのこと前からの友達みたいって言ってたのに」

フウの気持ちも考えて、と言いたかったが本人がいないところでその気持ちがそれと分かるような発言はできない。なんとかケイに察してほしかったがケイには生憎そんな高等な機能はついていない。

「心配しなくても俺はレイアの側離れたりしねーよ。ちゃんとキシが変な気おこさないように見張っててやるって」

「そういうことじゃないよぉ…ケイのばかぁ…」

レイアの心配をよそにケイは船にキシを案内し、キャプテンに紹介した。元々慢性的な人で不足であるしレイアが船に乗りたいと願い出た時もスムーズに決まったぐらいだからなんの弊害もなかった。

「じゃ、明日荷物まとめて来るから!よろしく!」

キシは大きな目をキラキラさせて帰って行った。レイアはすかさずケイに怒鳴った。

「ケイのばかぁ!!フウ可哀想じゃん!!」

「え…なんだよ?なんで可哀想なんだよ」

「フウはキシのことが大好きなのに…それなのにキシをフウから離すようなことしちゃって…一生フウにうらまれるよぉ僕達!」

「んなこと言ったって…決めたのはキシなんだから俺のせいじゃないじゃん」

「そうだけど…でもばかぁ!!ケイなんか知らないよぉ!!無神経!!」

喚き散らしていると、何事だと他のクルー達がやってくる。

「それはやっぱりレイアの言う通りそのフウっていう子にとっては残酷じゃないか?いきなり好きな子がいなくなったら…ケイだって分かるだろ?」

「とはいってもそれは最終的にキシって子が決めることだし他人が口出しすることでもないと思うけどねー。別にケイは非難されるようなことしてないよね、レイア?」

「でもぉ…やっぱり後味悪いよぉ」

「いーよいーよレイアは俺のこと嫌いなんだろ。ずっと怒ってろよ。俺だってある日突然いなくなっちまうかもしんないしな」

「あ、またそういう訳分かんない拗ねかたするぅ!ホント、ケイって子どもぉ。もう知らないよぉ!」

怒ったレイアがそっぽを向くとケイはいよいよ荒れた。そして最終的にこう啖呵を切った。

「わーったよ!んじゃ俺が今から行ってキシに諦めさせてくりゃあいいんだろ!!それで文句ないよな!」

ケイはそう叫ぶと夕飯も食べずに船を降りた。

 

 

「キシくん遅いなあ…」

食堂には夕飯が並び、皆がわいわいと賑やかに食事を始める。レイアとケイを馬車乗り場まで案内しに行ったキシはまだ戻って来ない。ここから乗り場まで歩いて20分程度だからもうとっくに戻ってきてもいいはずなのに…。

「ねえフウ、キシはどこ行ったの?」

スープをすすりながら小さい子がフウに問いかける。

「さっきのお客さんを送りに行ったんだけどまだ帰ってこないんだ。そろそろだと思うんだけど…」

そう言ったが早いか、食堂のドアが勢いよく開く。息を弾ませたキシが飛び込んできた。

「あー良かった間に合った!夕飯の時間終わってたらどうしよーかと思った!」

「キシくんえらく遅かったね?馬車つかまらなかったとかなの?それともどこかに寄ってた?」

「あー…うん。後で話すよ。とりあえずメシメシ!腹減ったー!!」

キシは豪快に食事を始める。いつものようにいい食べっぷりである。それを見ると安心して自分も食事を始めたが、その後に聞かされた内容はフウにとって悪夢そのものだった。

「え…?」

フウは頭が真っ白になった。

「今、なんて…?」

「うん、だからさ、俺ももう19になって仕事見つけないといけないし色々迷ってたんだけどあの二人の話を聞いたら船乗りになって広い世界を見て回るのがいいかもって思ってさ。そこの船長さんに話しつけてくれて雇ってくれるっていうから明後日からそこで働くことにした。急な話だけどシスターとかにはちゃんと話しとかないとな。ちょっと行ってくる」

「ま…待ってよキシくん!」

フウは思わず呼びとめた。だがまだ頭がついていかない。船に乗る?船っていうのは海を渡って外国に行くということか?だとしたら、キシにはもう会えないということだろうか…

そこに思い至ると、フウはまくしたてるようにキシに詰め寄った

「なんでそんな…キシ君はこの施設の子どもみんなのお兄さん的存在なんだよ?皆キシくんを慕ってるし、頼ってるし…。それにいずれここを出なくちゃいけないにしてもこの街で働けばいつでも皆が会いにいけるじゃん。なんでまた船なんかに乗る必要があるの?」

「必要っていうか…なんかこう、突然閃いたというか「これだ!」って思っちゃったんだよな。俺には特技もないし勉強だってそんなできないし第一孤児の俺が大学とかも行けるわけないし…。それに生まれてから一度もこの街を出たことがないから逆に色んなところを見て回りたくなっちゃって…。ケイとレイアとも仲良くなれそうだし不安より期待の方が大きいかな。まあそんなところで…」

「やだよ!そんなの!船なんかに乗ったらもうキシ君とは会えなくなるってことだろ!そんなのってないよ!」

なりふりかまわず、フウは叫んだ。そんな惨い展開はない。今日はキシの誕生日で、彼に喜んでもらいたくて何カ月も貯金をして今日やっとそのプレゼントを渡せたのに、どうしてこんなことになるんだ…

ケイと出会わなければ…

キシがレイアと出会わなければ…

あるいはこうはならなかったのかもしれない。だがフウは思い直す。彼らを責めるのは筋違いだ。所詮キシにとって自分はそれだけの存在だったということなのだ。明日にはいなくても影響のない…

「そんな顔すんなよ。別に二度と会えないわけじゃないだろ。俺が一人前の船乗りになって、自分でちゃんと稼ぐようになってここに戻ってきた時には今日フウがくれたこのブレスレット10個ぐらいお返しにプレゼントするよ。約束する」

キシは眩しい笑顔でそう言いながらポケットから出したフウが贈ったブレスレットをはめる。

「だからさ、笑って見送ってよ」

分かっている。キシの人生はキシのものであって自分がとやかく言える権利などないということは。

だけどどうしても受け入れることができない。

今生の別れではなくても、またいつか会えると期待できても、それでも三日後にはもう彼がいなくなってしまうのはフウにとって死ぬより辛いことのように思えた。生きる希望を、喜びを全て奪われたかのような理不尽な哀しみがフウを襲う。

「おい、フウ!」

キシの叫ぶ声が遠くに聞こえた。まったく無意識にフウは走りだし、無我夢中で教会を飛び出した。