船が上陸したからといっていつも休みが与えられる訳ではない。今回は短期滞在で主に燃料や食料の補給以外は特に目的もないから3~4日の滞在で終わるとのことだった。
ケイは暇を持て余していた。仕事はあまりないし、レイアが買い出しに出かけているからだ。付いていきたかったが自分の仕事を片付けている間にレイア達厨房担当は市場へ行ってしまった。
「あーつまんねー早くレイア帰ってこねえかな…」
しかし待っていてもなかなか戻ってこない。元々じっとしているのは性分に合わない。どうせ暇ならちょっと街の市場の方にでも足を運んでみよう。そう思い至り、ケイは船を降りた。
街の名前はサマイタという小さな街だ。港も小さいし、港町というほどでもない。だが長閑で風景の綺麗な街だった。傾斜がやや急で、そこがレイアと初めて会った街によく似ていてケイはなんだか懐かしい気持ちになる。物思いに耽っていると、思いっきり人と衝突した。ケイはゆっくりとした速度で歩いていたが相手がすごい勢いでぶつかってきたのだ。
「いって…」
自分も相手もその勢いにお互い尻もちをつく。痛さに顔をしかめていると、誰かの大声が轟く。
「誰かその人捕まえて!!」
ケイの中に一瞬デジャヴが駆け巡ったが反射的にケイはぶつかった相手の腕を掴んでいた。
「くそ!離せ!」
ここまででデジャヴは終わった。ケイは手を噛まれ、反射的に離してしまう。持っていた袋を落としてそいつは去って行く。まだ小さな子どもだった。
その子どもが放った袋を、血相を変えて走ってきた少年が大事そうに抱えた。
「良かった…無事だ…」
年は2~3歳くらい年上だろうか。髪を短く刈って、よく日焼けをした痩せているけど体格のいい純朴そうな少年は袋の中身を確認するとケイに向き直り、ぺこりと頭をさげた。
「ありがとう!おかげで盗まれずにすんだよ。君、このへんの子?あんまりみない顔だけど…」
「いーや。俺は船乗り。今港に停泊してて暇だからこのへんうろついてただけ。てか友達探しに来たんだけどな」
少年はフウと名乗った。年上かと思ったが意外にも彼はケイより年下の16歳だった。話してみると見た目は大人びているが確かに少し幼い感じがする。
「友達の誕生日プレゼントをやっと買ったのに、店を出た途端にかっぱらわれて。子どもだったしすぐに追いつけるだろうと思ったらドラム缶の山を思いっきり倒されて…」
フウは大事そうに袋の中身を見た。
「これが盗まれたら…俺が一年間貯金してきたのが全部無駄になるとこだったし、喜ぶ顔を見たくて毎日指折りその日を待ってたから生きる希望失うとこだった。ケイ君が偶然とはいえ通りかかってくれて本当に良かったよ」
愛おしそうにその中身をフウは見せてくれた。綺麗な琥珀のブレスレットだ。
「前にね、店を通りかかった時その子がずっとこれを見てたんだ。『欲しいけど手が出ないな…』って呟いてて…。だからこれをあげようとその時決めたんだ」
「それって彼女?それとも片想いしてる子?それプレゼントして告白とかすんの?」
なんとなく思ったことをケイは口にした。フウの表情や話し方からそのプレゼントを送る相手に少なからぬ好意を感じたからだ。
フウはケイの問いにひどく動揺して顔を真っ赤にしながら首を左右に振った。
「ち…違うよ!そんなんじゃないよ。友達だよ。だ、第一男だし…そんなこと、俺はちっとも…!!」
これはマジだな…とケイは思った。相手がどんな男かは知らないがレイアくらい可愛いだろうか。そういやレイアの誕生日をケイは知らない。プレゼントを送ったらレイアは喜んでくれるかな…?と考えながらフウに言った。
「別に男が男を好きでもおかしかないだろー。あ、てか俺人探しに来たんだった。フウお前どっかで見かけなかった?レイアっつう名前で色が白くてすんげー可愛い男なんだけどさ」
レイアについて話し始めると、曲がり角で丁度そのレイアにばったりと出会った。
レイアの隣には見知らぬ少年がいた。それを誰かと問い質す前に、フウが驚いた声で呟いた。
「あ、キシ君」
レイアは厨房担当の先輩クルーとコック二人と共に市場に買いだしに出かける。
市場には色んな食材があって楽しかった。買い物が終わるとコック長が食料を荷馬車に乗せながらレイアにお小遣いをくれた。
「御苦労さんレイア。これでなんか美味いもんでも食え。荷物は馬車が船に送ってくれるから夕飯の支度が始まるまで散策しててもいいぞ」
「うわぁ。ありがとうございますぅ」
レイアはうきうきと街中の散策に出かけた。小さな街とはいえ久々の陸地だし、素朴な雰囲気がどこか生まれ育った街に似ていたから懐かしい気持ちに浸ることができた。
とはいえ、レイアの生まれ育った街と少し違うのは、多少上品さが足りないようである。市場を回ってる時も物乞いを何人か見たし、裸足にぼろぼろの服を着た子どもがじろじろとレイアを見ている。どうやら貧困層が少なくないようだ。ひと気のない場所は避けた方が良さそうな雰囲気がした。
レイアは賑やかな大通りに出る。ここなら少しは安心できそうだし興味のある商品を置いている店もあった。
「あ。これいいな」
綺麗な天然石でできたブレスレットを手に取る。もらったお金で買えそうだったが何か食べたいし…と迷っているとふいにそれが目についた。
店の中には同年代の男の子が何人かいた。人気のある店らしく、他にも客はいたがその中に一人で商品を手に取って見ている少年に、2人組の少年が後ろから近づいて店の商品を彼の下げているバッグにこっそり入れた。
「…?」
不思議に思っていると、二人組の少年は店番の男の所へ行き、何かを耳打ちする。男が少年を睨む。その少年は何も気付いていない様子で店を出ようとしたところを男に捕まえられた。
「おい待て!お前そのバッグの中身見せてみろ!!」
「え?」
少年がきょとん、としていると男は問答無用で少年のバッグに手をつっこみ、中からガラス細工を取りだした。それには値札がつけられていた。
「てめえこれはうちの商品だろうが!!この泥棒が!!」
「え、ちょっと待って。俺はそんなの入れた覚えないです。誤解です!」
少年は汗だくになって大慌てで否定した。だが男はカンカンになって少年の話を聞こうとしない。
そこでまた目に入った。少年のバッグに店の商品を入れた二人組の少年たちが、男が注意をその少年に払っている隙に店の商品を鞄に入れているのを。
だからレイアは思わず叫んだ。
「泥棒はこっちです!」
レイアの声に、男は振り返り、指差した方へ視線を向ける。二人組の少年が舌打ちをし、店から逃げた。
「てめえ待て!!この野郎!!」
男は怒鳴ったが少年達は逃げてしまった。
「この子の鞄にそれを入れてるの僕見ました。だからその子は泥棒じゃないです」
おそらく、他人に濡れ衣をきせて店員の注意をそらし、その間に自分達が店の商品を持ち去ろうとしたのだろう。
レイアの説明を男はしぶしぶ信用し、少年にぶっきらぼうにではあったが詫びてどうにか濡れ衣を剥ぐことに成功した。
店を出ると少年はレイアにお礼を言った。
「ありがとー!!君がいてくれなかったら無実の罪でボコボコにされるとこだった!ほんとありがと」
大きな瞳をキラキラさせて、笑い皺を深く刻みながら少年は言った。どことなく人を安心させる朗らかな笑顔だ。
「んーん。良かったぁ。悪いことする子がいるんだねぇ」
「貧しい子達が多いから、みんな生きてくのに必死なんだよ。油断してたわけじゃないけどつい買い物に夢中になっちゃって…ってなんにも買わなかったけど」
「そうなんだぁじゃあ僕も気をつけないとぉ」
レイアがそう答えると、少年は大きな目を瞬かせながらまじまじと見つめてきた。
「見ない顔だけど、どっかから来たの?可愛いなぁ、女の子みたい」
「女の子じゃないよぉ。僕船乗りでねぇ船がこの街に碇泊してるんだよぉ」
少年はキシと名乗った。てっきり同い年くらいかと思ったが彼は二つ年上の19歳だった。にしては少々幼い顔立ちだ。もっともレイアも人のことは言えないが…。
キシは話しやすくて、レイアの話も興味深く聞いてくれた。彼は生れてからこの街から出たことがないという。
「つっても俺は孤児でさ、生まれたと同時に教会の前に捨てられてたんだって。でもそれってここではあんまり珍しくなくて…。そういう子が集まる孤児院で育ったんだよ。兄弟がいっぱいいるみたいで賑やかだし、少しだけど小遣いももらえるからそれで買い物するのが楽しみなんだ」
「そうなんだぁ。僕も親いないよぉ。転々としてたんだけど偶然出会った子から船に乗らないかって誘われたのがきっかけでぇ」
「へーえ。そういうこともあるんだなあ。船かぁ…海は毎日見てるけどよその国とか行ったことないし、楽しそうだなあ」
うらやましそうに呟いた後でキシはこう言った。
「俺ももう19歳になったし、20歳までしか今のところいられないからそろそろ何の仕事に就くか考えないといけないんだけど…船乗りってのもいいかな。広い世界を旅するのってロマンチックだし」
「あ、うちの船ねぇ人手不足みたいだからもしかしたら雇ってくれるかもぉ」
そんなことを話していると、曲がり角でばったりとケイに出会う。その隣には知らない少年がいた。
大人びた風貌で真面目そうなその瞳が見開かれるとその少年は呟いた。
「あ、キシ君」
フウとキシは知り合いらしく、レイアとケイも友達同士でお互いが知り合った今日のいきさつを聞くと四人でその偶然に笑った。
「すごい偶然!奇跡みたいだな」キシが手を叩いて笑う
「そんなことがあったんだぁ。それって僕と初めて会った時に似てるねぇケイ」
「俺タイムスリップしたのかと思ったよ。あん時とそっくりの場面だったからさ」ケイは思い返しながら言う
「キシ君のこと助けてくれたんだね。ありがとうレイア君」
礼儀正しくフウはレイアにお礼を言った。レイアは感心したように
「フウって礼儀正しいねぇ。ほんとに年下なの?キシの方が年下っぽい…」
「あ、それよく言われる。でもさ、フウは今は猫被ってるけど時々奇天烈な言動するから気をつけて」
「キシ君それどういう意味?」
しかしフウはキシにそう言われて嬉しそうである。レイアはすぐに気付く。フウがキシを見る目はとても安らかで優しい。きっと、フウにとってキシは大切な存在なのだろう。
そのキシが少し照れながらレイアを見た。
「いやぁでもレイアはぱっと見男の子に見えないよな。しゃべったら声変わりしてるから男かもって気付くけど…色も白いし物腰も柔らかいし可愛いし…ほっぺた柔らかそう」
キシがそう言ってレイアの頬をつつく真似をすると、ケイがすかさずその手をはたいた。
「レイアには触らせねーぞ」
「あ、もうちょっとケイやめてよぉ」
レイアがケイをたしなめると、キシはぱちくりと目を瞬かせた後、
「あ、そういうこと?ふーん、そうなのか…そっか…」
「ちょっとぉなんか誤解してるでしょぉキシぃ。ケイはちょっと子どもなだけだよぉ」
「別に俺は否定しねーけど。分かってくれたんならレイアに妙な気おこすなよ」
ケイはキシに指をさした。キシは苦笑して肩をすくめる。
「もう、ちょっとやめてってばあほらフウが引いてるじゃん」
フウが話についていけない、という表情をしているようにレイアは思ったがすぐにそれは違うのだと気付く。
「キシ君ってレイア君みたいな可愛い子がタイプなんだ…?」
フウの顔は強張っていた。気のせいか、彼の握りしめていた袋がくしゃっと歪む。だがそのフウの呟きにキシは少しオーバーアクションに、冗談っぽく答えた。
「いやいやいや、俺にそのケはないって。でもレイアみたいな子ってなかなかいないじゃん?少なくともうちの施設にも、この街にもさあ…。だからちょっと興味あるなーって…あ、ケイが殺気放ってる」
「おめーにはフウの方がお似合いだよ!なあフウ?」
ケイには全く他意はなく、単なる冗談返しだったのだろうがフウは真っ赤になった。
「な…何言ってるんだよケイ君!お…俺はそんな…そんなこと…」
レイアとケイはこの時にはもう確信した。
フウはキシのことが好きなんだ。分かりやすいくらい分かりやすいのに何故かキシはそれを照れるでもなくかといってうっとおしがるわけでもなく至って自然体で接している。ここまでされて気付かないわけではなさそうだが…
そんなことを疑っていると、キシが大きな手を広げて言った。
「そだ、レイアもケイも俺とフウの恩人なんだしお礼にうちの家に招待してお茶でもご馳走しようよ!なあフウ?」
「あ、うん。そうだね。もし時間があったら」
「家?お前ら一緒の家に住んでんの?」
ケイが尋ねると、キシがこう答えた。
「孤児院だよ。つってもまあ教会なんだけどさ。俺と颯の他に20人くらいいるかな?あんまり綺麗じゃないけどシスターもいい人だし掃除だけは生き届いてるから。んじゃしゅっぱーつ!」
キシとフウに案内されて、レイアとケイは小高い丘の上に立つ古びた大きな教会に招かれた。