「そう。そのままゆっくり軌道に沿って…大気圏を抜けたら後はこっちで操作して…」

キシ君の懇切丁寧な指導でタニムラの操縦で初めて着陸成功した。皆から安堵の溜息が漏れる。

「ギャハハハハハハハハハハ!!!あー良かった良かった!!俺今日が命日かと思ったぜギャハハハハハハハハハハ!!!」

「ほんとだよねぇクリちゃん。死ぬときは一緒だよぉって誓い合ったからもう悔いないよぉって神様に祈ったよぉ僕ぅ」

「いや全くだ。無理そうなら近くの宇宙警備隊にマッハでかけつけてもらえるよう手配しといたとはいえ」

「アム、君もしてたんだ?僕もここで死ぬのはまだ嫌だから密かに手配してたんだけど」

「おーおーセレブはすげーなー。おれもまだ死にたくねーけど悔いのないよう一晩中オナ…いって!!やめろよゲンキ!!モップでどつくな!」

「俺はまだまだ食い尽くしてないから死ぬわけにいかねーしな。ハイハイ星って何が特産なんだろうな。食材調達誰か手伝ってくれよな」

「皆心配しすぎ!!キシ君の指導だよ?絶対大丈夫に決まってる!!俺は安眠したよ!!」

「それ信じて眠れるのはフウだけだよぉ。あ、カオルぅ食材調達クリちゃんと僕も付いてくよぉ」

かくして一行はハイハイ星に降り立った。

「ちっちぇー空港だな。新しいけど」

ハイハイ星は最近開発が進んでいる新興星だ。規模こそ小さいが最新の設備が整っている。発着便もそれなりに多く色んな人種でごった返していた。

「ねえ、あれ何かな。面白いね」

フウが指差したのは足に何やら器具をつけてスムーズに移動している人たちだった。歩くよりも速いが人混みの中では不向きなのか専用レーンを走っている。

「えっと…ガイドブック…あった。あれは『ローラーブレード』っていうハイハイ星独自の走行器具で他の星の自転車並に普及してるんだって。この星の子ども達は幼稚園からあれに乗るカリキュラムがあるから10代半ばにはもうかなり乗りこなしてるってさ」

「ふぅん…スケボーの方が乗りやすいのにねぇ、クリちゃん」

「スケボー?なんだそりゃ」

「ギャハハハハハハハハハハ!!!ジン、おめーらの星にゃねーのかよ!スケボーっつーのはスノプリ星にある横のりの乗りモンだ!まあ難しいから乗りこなせるのはレイアぐらいしかいねーけどな!!」

「僕スケボーと水泳には自信あるのぉ」

呑気な会話を交わしながら歩いているとどこかで悲鳴が起こる。

「誰かー!!ひったくりよー!!」

甲高い女の人の声が轟いた。周囲は騒然となったが誰も犯人を追えない。しかし、その時…

「なんだあれ?」

カオルがどこから調達したのか揚げ蛸の串をもぐもぐやりながら指を差す。その先にあったものは電光石火の早さで動く2つの影だ。

バッグを抱えて逃げる犯人らしき男の後をその2つの影は追う。人混みをするりするりと避け、あっという間に距離を詰め、そして見事に犯人の両腕を取った。

「おお…すげえ…」

周りから拍手と歓声が起こる。ひったくり犯人を捕まえたその2人は誇らしげに民衆に手を振っていた。

誰かがこう叫ぶ。

「いいぞー!!ハイハイジェット!!待ってました正義のローラー少年!!」

「ハイハイジェット?」

キシ君たちがハテナマークを飛ばしているとちょうど近くにいたおばさんがこう説明してくれた。

「ハイハイ星の少年警察のことよ。この星ではね、ローラーブレードの技術に優れている子たちを警察として採用しているの。最近拓けた星だからまだまだ治安がいいとは言えないのよね。人手も足りないし。だからあの子たちは星のヒーローなのよ」

「はあ…へえ…」

キシ君たちは納得した。だがそれよりも気になっていたことを次の瞬間クリタが包み隠さず指摘してしまった。

「ギャハハハハハハハハハハ!!!!!なんだあの格好!!!腹いてー!!なあレイア!!」

「ダメだよぉクリちゃんったら正直すぎるんだからぁ…みんな思ってて口にしないようにしてたのにぃ…あ、ダメ…こらえられない…」

「わりい、俺も無理だわ。ぶわっはははははははは!!」

ジンも爆笑し始める。ゲンキはうつむいて肩を震わせてまだこらえている。アムはとっくに諦めて一緒に笑い出した。

それもそのはず、ハイハイジェットと呼ばれたその二人の少年は今時誰がこんなデザインをしたんだ…と言いたくなるようなそれはもうなかなかに悪趣味なピッチピチの全身タイツのような衣装に身を包んでいた。

カッコいいがカッコ悪い…その絶妙さにもう笑いが抑えられない。キシ君たちは涙が出るまで爆笑してしまう。

「…笑うな…」

あまりにも大声で笑い続けたもんだから、さすがに聞こえてしまったのかハイハイジェット少年のうちの一人がゆっくりとなめらかな動きで滑りこんできた。

「笑うんじゃない…この衣装は俺たちハイハイジェットにはなくてはならないもの…これなくしてこの躍動感もしくは疾走感…走り出したら止まらない盗んだバイクで走り出すみなぎるパワーが出せないんだ。だから笑うな。笑うんじゃないいいいい!!!!」

よく分からない理屈をならべてその少年はキシ君たちを非難した。それはともかくしてキシ君たちはその少年にそれぞれ『将棋が強そう』だとか『キモノが似合いそう』だとか『若いけどじじくさい』などなど勝手な印象を抱いていた。

「まあまあイガリ、確かにこのコスチュームは自分で着といて俺もどうかと思うよ。確かに走りやすいけどデザインがね…」

遅れて到着したもう一人のハイハイ少年がたしなめる。色白の爽やかなイケメンだ。

「しかしユウト、これは我々のアイデンティティだ。そこを否定するなどもっての他。ハイハイ星の秩序は我々の疾走によって保たれてるのであって…」

「ああもう訳わかんない理屈はいいよ。それより早くしょっぴいた奴を本部に届けないと」

ユウトがイガリを面倒くさそうに説得して変な少年2人はひったくり犯を連れて去って行った。

「なんだったんだあれ…しかし宇宙は広いなあ」

ひとしきり笑った後、キシ君たちは二手に分かれて食料燃料その他必要物品の調達に向かった。

 

 

 

レイアとクリタ、そして何故かタニムラもカオルの食材調達に付いて大型スーパーにやってきた。珍しい果物や野菜、肉、魚などが並べられていてカオルの目が輝く。一流コックの血が騒ぐぜ、と息巻いていた。

「うん、これも美味そうだ…シチューに入れてみよう。これはすり下ろしてドレッシング作れるな。新しいソース開発もしてえしこれは食ったことねえ種類の肉だな…ワニっていうのか。どんな味なんだろうな楽しみだぜ」

まるで女子大生のショッピングのようにああでもこうでもと食材を見て回るカオルにレイア達は少し退屈してきた。食に興味のない面々が揃っているのもある。

「ねぇカオルぅ、予算もあるしあんまり買い込まない方がいいんじゃない?またキシが『予算オーバーじゃん!うちの経済状況は深刻でうんぬんかんぬん』ってうるさいよぉ?」

「ちょい待てちょい待て。そこは俺は妥協しないぜ。ああこれも美味そうだ…」

そんなこんなで結局カゴ3つにいっぱい買い込んでレジに向かう。総額いくらになるんだろう…とタニムラが心配しているとキャッシャーは有人でなく無人であることに気付く。

「へぇ~ここにカゴ通してセンサーで値段出してくれんのか。便利だなーハイテクだなー」

感心しつつ3つのカゴを全て通し合計金額が記される。分かっていたがかなりの予算オーバーだ。

「ま、しゃーねーよな。えっとサイフサイフっと…」

カオルは鞄の中を探るがしかし財布が見当たらない。

「おっかしーなー確かここに…」

「えぇ~大丈夫ぅ?スられたとかじゃなぁい?」

探すうちなんだかキャッシャーの自動音声が騒がしくなってきた。ピコーンピコーンと鳴り始める。

「ギャハハハハハハハハハハ!!!なんだこれうっせーな!ちょっと待てよ今払うからよ!!」

クリタが笑いながらキャッシャーに蹴りを入れると今度は警報音が鳴り始める。周囲がざわつき始めた。

「カオル…まだ見つからないのか…?周りの目が…」

おろおろとタニムラが心配を始めると、警報音はしかしやんだ。

「あ、やんだよぉ静かになったぁ」

レイアがぱちぱちと手を叩くと、カオルは何かに思い至ったらしく「ああー!」と額をぺしっとやった。

「そういやさっき宙港で皆でメシ食った時財布キシに渡してそのままだった!」

「なぁんだぁそっかぁカオルのうっかり屋さぁんキシ呼ばなきゃぁ」

「ギャハハハハハハハハハハ!!!何やってんだおめーマジうける!ギャハハハハハハハハハハ!!!」

「あー良かった…スられたんじゃなくて…」

皆で安堵の空気を流していると周囲から人が引いていた。気付いた時にはもうそれが現れていた。

「?」

「万引きおよび機器破壊の凶悪犯を包囲しました!!速やかに本部に連行します!!」

なんとそこにはさっきも見たピッチピチのコスチュームに身を包んでローラーを履いた少年警察…ハイハイジェットが二人現れていた。さっきの蘊蓄少年と色白少年とはまた違う。大きなゴーグルをつけていたがそこからも端正な顔立ちが窺い知れるイケメン少年だ。

「ちょ、待てよ俺らは別に万引きなんてするつもり…だいたいキャッシャーに通さないだろ万引きするつもりだったら…」

「問答無用!!覚悟しろ!!」

ハイハイジェットはレイア達に手錠を突きつけた。

それと同時に彼ら二人はサングラスも取る。その瞬間カオル、レイア、クリタ、タニムラの4人はそれぞれ絶叫した。

「ああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

「ああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

しかしハイハイ少年の方も絶叫する。そうして合計6人の絶叫が店内に轟いた。

「ミ…ミズキ…ミズキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」

まずカオルがその名を呼ぶ。ミズキと呼ばれた片方のハイハイ少年は大きな瞳をさらに大きく見開いて驚愕の表情を露わにする。

「ク…クラモっちゃん…どうして…」

次にレイアがこう叫んだ。

「ハシモっちゃん!?ハシモっちゃんじゃない!?ねぇクリちゃんあれハシモっちゃんだよねぇ!?うっそぉ信じられないよぉ!!」

「ギャハハハハハハハハハハ!!!マジかよ!!マジでハシモっちゃんかよ!!何やってんだこんなとこでギャハハハハハハハハハハ!!!」

「ほんとだ…ハシモっちゃん…」

ハシモっちゃんと呼ばれた少年もそのくりくりお目目をぱちくりさせている。

「どっかで見た気がしたと思ってたら…レイア王子とクリちゃんとタニムラ…?嘘だ…まさかそんな…」

なんとそれぞれが知り合いのようで、とりわけカオルはそのどんぐりまなこをうるうると潤ませた。

「ミズキ…これ…夢じゃねえんだな…本当にミズキなんだな…?ゴッドセブン星の金持ちに飼われるって聞いたけど…無事だったんだな。そうなんだな」

そうしてぐしぐしと鼻水を拭きながらカオルはそのミズキ少年に飛びかかった。

「会いたかったぞおおおおおおおおおおおミズキいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」

「クラモっちゃん…」

ミズキもその目を潤ませた。そうして飛びかかってきたカオルと熱い再会の抱擁を…

と思ったが…

「え!?」

ガシャン、とカオルの両腕にはミズキの持った手錠が嵌った。

「クラモっちゃん…俺…信じらんないよ。クラモっちゃんが万引き機器破壊なんてそんな凶悪犯になっただなんて…俺たちは貧しいながらも真面目に生きようって誓い合ったじゃないか…」

「へ?おいミズキ…これなんの冗談…」

「いくらクラモっちゃんでもこれは見過ごしてあげられない。俺は今ハイハイ星の正義を守る少年警察官ハイハイジェット。こんな恥ずかしいコスチューム着せられても我慢できるのは星の平和を守るためだから。だから犯罪は見過ごすことができない…!!厳罰に処して拷問にかけなければ…!!」

唇を噛みながら苦悶の表情でミズキはそう言い放つ。だがこれは誤解だ。ただサザエさんのように財布を忘れてちょっと警報音がうるさいキャッシャーをクリタが毎日タニムラを蹴り上げて鍛えてる脚力で蹴っただけ…そう、話せば分かる。分かるのに…

「ちょっと待てよ。ミズキ、お前の悪い癖だぞ。その冗談が通じない生真面目すぎる中にドSテイスト…昔とちっとも変わってねえ…あ、でも懐かしさに浸ってる場合じゃねえ!誤解だって!ごか…」

「本部に引き渡します。応援どうぞ」

トランシーバーみたいなものでミズキは応援を呼んでしまった。

呆気にとられるレイア達はハシモっちゃんと目が合う。

「え…えっとぉ…ハシモっちゃんはなんでこんなとこでハイハイジェットやってんのぉ?スノプリ星は無事脱出できたんだぁ」

「あ…そう、そうなんだよ。たまたま密航宇宙船にもぐりこめて…そんで色々あってここで拾ってもらって…」

「ギャハハハハハハハハハハ!!!おめーでかくなったな!!スノプリ星の頃はこーんなちっちゃかったのによギャハハハハハハハハハハ!!!」

「そっか無事で良かった。ところでこれは誤解…」

タニムラが説明しようとするもハシモっちゃんは困り顔だ。

「どうしよ…レイア達が万引き機器破損…でも本部に引き渡したらそこから素性がバレて捕まりかねないし…そしたら祖国なくなっちゃうし…」

「ハシモっちゃんさぁ…僕が…僕たちが万引きするとでも思ってんのぉ?」

レイアがお得意の絶対零度を放つとハシモっちゃんは溜息をついた。

「レイアには敵わないよ。まあ今回は俺のミスで捕り逃がしたってことにするから早く行って」

「だよねぇ。あ、でもカオルが捕まってるぅ」

「え?あ、あーあもうミズキはクソ真面目だから…融通きかないからやりにくいんだよなーでもイガリは色々面倒くさいしユウトは頼りないし…ぶつぶつ…」

ハシモっちゃんが愚痴っている間にミズキの呼んだ警察の応援が来てしまった。手錠を嵌められたカオルが連行されてしまう。

「ちょっと待てよ!!誤解だ誤解!!ミズキ!!せっかく再会したのにそりゃねえだろおおおおおおお!!」

「クラモっちゃん…俺だってこんな形で再会したくなかったよ…」

「だから!!だーかーら!!違うんだってばおいこらどこ連れてくんだよ!!」

あれよあれよという間にカオルが連れて行かれてしまった。唖然としていたレイア達ははっと我に還る。

「ハッ!いっけなぁいカオルがいなくなったらうちの厨房誰が守んのぉ誰が料理すんのぉ栄養管理どうすんのぉ死活問題だよぉなんとかしなくちゃぁクリちゃぁん」

「ギャハハハハハハハハハハ!!!ミズキってヤロー早とちりだな!とりあえずキシに連絡だ連絡!!金払わねえと俺たちまでしょっぴかれちまう!!」

「その方が良さそうだね…あ、ハシモっちゃん」

ハシモっちゃんだけがその場に残っていた。難しい顔をして腕を組んでいる。

「ねぇハシモっちゃん、これ誤解だってちゃんと報告してきてよぉ。でないとうちの厨房がえらいことになるんだよぉ」

「俺もそうしてあげたいけど…本部まで行っちゃったら誤解を解くのが大変なんだ。何せこの星はほんの少しの犯罪も見逃さない正義の星を謳ってるから…誤解だって認めてしまうとそこに亀裂が生じてしまうし上層部はなかなか認めないよ」

「だからって冤罪で一人の少年の未来を奪っていいのぉ?それこそ正義に反するんじゃないのぉ?何より僕のオムライスこれから誰が作るのぉ?フウの殺人レシピだけはごめんだよぉ」

「あ、フウ王子も一緒なんだ。そりゃそうだよね二人はフウレアだったもんね。怪しいサークルに入ったとしてもそこには変わりはないもんね…って俺なに言ってんだろ。とりあえず…お金払ってもらってその後で本部に行こう。案内するよ」

「ギャハハハハハハハハハハ!!!頼んだぞハシモっちゃん!!あーもしもしキシ?てめー財布早く持ってこい支払いできねーだろ!!あ!?ジンが水着ギャルナンパしようって誘ってくる?アホかてめーレイアのオムライスの危機がかかってんだよあと10分位内に来なかったら俺のスーパーポッキー足キック1000発の刑だ!ジンにも言っとけ。おめーのビニ本全部炭火焼きの材料にするってな!」

かくして10分後不満顔のジンの首ねっこをゲンキが引っ張りながら汗だくのキシ君たちが現れ、会計を済ませて一行はハイハイ警察本部に向かうこととなった。