「いい?皆行くよ?1,2の…」
キシ君のかけ声と操縦でカミセブン号は慌ただしく出発した。あと数時間遅かったら宙港も手が回って封鎖になるところだったと後にニュースで知った。
「いやー今回はマジやばかったな!まさかお前らがどっかの星の王子だなんてよー」
ジンが祝杯のオレンジジュースを呷りながら酔ったオヤジのようにフウの肩に手を乗せる。
「どこの星かは知らないが大丈夫なのか?こんな2人がいずれ国を治めるんだろう?」
「アム失礼すぎぃ。僕はともかくフウはねぇ賢くて優しい王子だって皆から慕われてたんだからぁ。ねぇフウ?」
「そう?でもスノプリ星は綺麗な星だから戦争が終わったらぜひキシ君たちにも来てほしいな。ね、クリちゃんとタニムラもそう思うでしょ?」
「ギャハハハハハハハハハハ!!!まじで早く戦争終わんねーかなー!!なぁレイア!」
「ほんとだねぇクリちゃん」
まるで夫に寄り添う新妻のようにうっとりとクリタにもたれかかりながらレイアは幸せいっぱいの表情だ。どっちが王子様か分かりゃしない。
「とりあえず逃げ切れたのはいいけど…クリちゃんとタニムラはどうするの?」
オレンジゼリーをちまちま食べながら控えめにゲンキが尋ねる。そういえば勢いで乗せてきてしまったがもうカミセブン号は満杯だ。この操縦室も9人も入るとぎゅうぎゅうになっている。
「おう、それなんだけどよー」
クリタはオホンと一回咳払いをし、こう言い放った。
「俺もここに乗るわ。よろしくな!!」
「え、おい…」
「よろしくねぇみんなぁクリちゃんは面白くてかっこ良くていい子だからぁ」
レイアもすっかりその気になってクリタを紹介し始めた。まるで職場で自分の夫を紹介する新妻だ。
大方予想していたことではあるがクリタはすっかり居座るつもりである。一方タニムラは…
「俺は…えっと…」
落ち着きなく視線を彷徨わせ、タニムラは口ごもっている。何か言ってるようにも見えるがいかんせん聞き取れない。しびれを切らしたレイアがたしなめた。
「タニムラぁちゃんとはっきり言いなよぉ」
「えっとですね…」
「ギャハハハハハハハハハハ!!!おめーが1人で生きていけるわきゃねーだろ!!ここでパイロットの訓練させてもらえギャハハハハハハハハハハ!!!」
クリタが爆笑しながら背中をばしばし叩くと、タニムラは顔をあげてキシ君にすがるような目を向けてくる。
とんでもなく厄介な予感が駆け巡り、どうしたもんかとジンとゲンキに助けを求めるがフウの純真無垢な一言が胸をぐさりと刺した。
「良かったねタニムラ!キシ君はね、そりゃあ優しくて素敵で頼りになるパイロットなんだよ。キシ君の元でなら人見知りなタニムラも大丈夫だから。ね、キシ君!?」
「あ…う、うん…」
頷いてしまった後、キシ君は後々後悔しないだろうか…と不安になりつつも前向きに考えてみた。そうだ、パイロットが増えるんだから業務の負担は軽減されるし交代で操縦すれば早くに目的地に着く。うん、そうだ。そう考えよう。
「ギャハハハハハハハハハハ!!!タニムラの操縦とかすげー不安だからキシおめー常に側で見てろよ!?爆発炎上はゴメンだぜ!」
「いや、あのですね、それじゃ意味が…」
「クリちゃんなんだかんだタニムラに優しいんだからぁ。僕やきもち妬いちゃうよぉ」
「ギャハハハハハハハハハハ!!!何言ってんだレイア、俺はおめーが一番だぜギャハハハハハハハハハハ!!!」
「うん知ってるぅ」
レイアは別人のようにクリタに全身全霊を捧げるが如く幸せモード全開でいちゃいちゃしている。
心配なのは、クリタもなんだか危険な匂いがすることだ。見たところかなり破天荒でおバカさんのように見えるがコイツも警報鳴らしまくりやしないだろうか…
キシ君が依然として不安を抱えているとフウがこう耳打ちする。
「良かったねキシ君。レイアはね、この世で唯一クリちゃんの言うことだけは素直にきくから困った時はクリちゃんに頼むといいよ」
「え…それホント?」
「ホントだよ。これから困ったらクリちゃんにお願いするといいよ」
これは朗報だ。誰も手をつけられない自由奔放なおてんば姫レイアをようやく操れる人物が現れた。クリタを上手く扱えてこそキャプテン。もしかしたらこれはいい拾い物かもしれない。ものごとをいい方向に考えれば自ずと上手く回る。そう信じてキシ君は新たに2人のクルーを招き入れた。
「…で、これがこう…こういう時はこっちのパネルで…」
キシ君は懇切丁寧にタニムラに実務の指導をしている。その後ろ姿を眩しい目でフウが見ていた。
「おいおいフウ、目がハートになってるぞ。あの光景がそんなにいいものか?」
呆れながらアムはビーフジャーキーをかじっている。その横でジンもうんうんと頷いていた。ゲンキだけはフウに同意している。
「でも、フウの気持ちも分かるよ。ああやってキャプテンとして働いてる姿は普段のちょっと頼りないおバカなところとギャップがあるからね」
「おいおいゲンキまでなんだよ。俺だって働く男の逞しい姿見せてんじゃん」
「拗ねるな拗ねるなジン。お前には逞しい姿なんてあと10年以上は無理だからな」
「んだとアム!ようしどっちが大人の男か勝負だ!オ○ニー24時間耐久レースでな!!」
高らかに宣言するジンをゲンキは心底呆れた目で見た。
「…最低…」
ゲンキがジンに溜息をついている後ろではレイアとクリタが安定のいちゃいちゃを繰り広げていた。もうところ構わず、といった感じだ。
「ねぇねぇクリちゃん、カオルが作ったモンブランだよぉ美味しいよぉ。はい、あーん」
「なーなーレイアー、俺ゲームやりてー。ここゲームねーの?」
「えっとぉ…これだったかなぁ」
レイアが何かのボタンを押すとやっぱりお約束のように警報が鳴った。すぐさま涙目のキシ君が飛んでくる。
「コラアアアアアアアアアアアアレイアああああああああそれはいじっちゃダメだって言ったでしょうがああああああああああ何やってんだよおおおおおおおおお」
「だってぇクリちゃんがゲームしたいって言うからさせてあげたかったんだよぉ」
「ゲームはできませんって何度言えば分かるの!ああああああこうしちゃいられないゲンキ、早くなんとかして。みんな宇宙のチリになってしまう…!!」
「ひっどぉいクリちゃんのためにって思っただけなのにぃ」
レイアは泣き真似をする。そこで心配するようなのは今までカミセブン号の中にはいなかった。嘘泣きだとバレバレだからだ。だがしかし…
「レイア泣かしたのはどこのどいつだ…?」
「へ?」
振り向くと大魔神がそこに立っていた。はて?俺は大魔神なんか乗せた覚えはないんだが…キシ君が混乱していると大魔神から渾身の蹴りが放たれた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ」
「てめーレイア泣かすとかいい度胸してんなあこの汗だく法令線涙目鈴カステラ!!!!地獄に落としてやるぁ!!!!」
「いやああああああああああああああああああやめてえええええええええええ暴力反対いいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
「ちょっと何してんのクリちゃん!!キシ君に暴力とか許さないよ!!くらえヘッドスピン!!!!」
「ちょ…おいフウやめろ!!ここは宇宙船内だぞ!!おいレイア、フウを止めろ、元はと言えばお前が警報を鳴らすから」
呑気に傍観していたアムも船内の異常事態に腰を上げレイアを非難したが、そんなものはへっちゃらなレイアは依然として泣き真似を続けた。
「うえぇええええんクリちゃあああああん」
「…お願いだからメンテナンスに集中させて…お腹痛い…」
カオルの調合した胃に優しいジュース片手にゲンキが必死の復旧作業を行ったおかげでカミセブン号は宇宙の藻屑とならずに済んだ。
「…話が違う…レイアはクリちゃんの言うことならちゃんと聞くんじゃなかったの…?」
「ごめんねキシ君、言うことは聞くけどクリちゃんはアホだからレイアが悪いってことが理解できなくて…その点がクリアできればいいんだけど」
「あの様子じゃムリじゃね?レイアに都合の悪いことは全てキシのせいになりそうだし」
カオルの言う通りではあった。これでは益々レイアの傍若無人に磨きがかかるだけだ。
期待した俺が馬鹿だった…そう反省したキシ君はせめてタニムラくらいは使い物になってもらわないと…と指導に精を出そうとしたが…
「…おいキシ君、タニムラにばっかかまけてないでフウのことも少しは気にかけてやれ。病みっぷりが酷い」
「へ?」
アムに言われてトレーニングルームに行くとフウが念仏のようなものを唱えながらえんえんヘッドスピンをしていた。確かになんだか人相が違う…
「キシ君はタニムラにばっかりべったりでもう俺のことは見てもくれないのかな、なーんて呟いてたぞ」
「キシ君…フウにもちゃんとかまってあげて。僕からも頼むよ」
ジンとゲンキまでそんなことを言い出した。キシ君はそんなに放置してたっけ…と重いながらも言われた通りフウに声をかけてみる。
「キ、キシ君…俺なんかのために時間を割いてくれるなんて…」
ほんのちょっと「フウ、疲れてない?休憩しようか」と言っただけなのにまるでフウはキリストの説法を聞いた後の信者みたいな顔で目を潤ませ始めた。
「いや…その…ヘッドスピンもやりすぎると頭皮にダメージがいくしね…カオルがスコーン作ったからそれでも食べながら…」
「うん…!!」
これで良し…と思ったのも束の間、タニムラが青い顔をして駆けてきた。
「あの…小惑星帯に突入しそうなんですけどこういう時はどうしたら…レーダーにも映ってなかったもので気が付かなくて…」
「うっそおおおおおおおおおおおああああああああワープ!!こういう時はワープして回避!!でもワープはやりすぎると燃料食うから最低限の距離で!!今行くから!!」
「キシ君…やっぱりタニムラの方が…」
「そうじゃない!!命の安全が最優先なの!!終わったらすぐ一緒にスコーン食べるから!!病まないで!」
「ギャハハハハハハハハハハ!!!おいキシ、レイアがまた変なパネルいじっちゃって警報鳴ってんだけど大丈夫かよギャハハハハハハハハハハ!!!全くレイアはイタズラ子猫ちゃんだからなー」
「ぎゃああああああああっちもこっちもチェックされちゃうEveryDay(エッビデ~)うっかりちゃっかりみんながラ~イバ~ル…じゃなかった!!ああああゲンキ頼む!!」
なんだか忙しさ倍増でキシ君は前より心底ぐったりとした。これじゃあ過労死してしまう…
「おい元気出せよ。キャプテンがそんなんじゃこの宇宙船終わるぞ。ほれ、精のつくもん作ってやったから有難く食えよ」
操縦室でグロッキーになってるとカオルがキシ君の大好きなチーズインハンバーグと桃をトレイに入れて持ってきてくれた。ジューシーな肉汁と濃厚なチーズのコラボは天の恵み…あまりの美味さに泣きそうになる。
「ううう…ありがとうカオル…俺はいい従業員を持った…」
「いいってことよ。まぁほんのちょこっと予算オーバーでマツサカ牛100%の挽肉買っちゃったけど大目に見ろよ。次はどこの星?」
「え…どんくらいオーバー…ってまあいいか美味いし。えっと次の中継は…ハイハイ星?なんかファニーな名前だけど最近拓けた小さな星で燃料と必要なものの補給だけしたらすぐに発つ予定。宙港にカミセブン号停める駐車代もバカにならないしね」
「ふうん。ま、美味そうなもんもないしいっか。食器はちゃんと洗浄機にかけろよ。お前らの手洗いは雑だからちゃんと汚れ取れねえし」
「分かった。ありがと。あ、おかわりある?」
かくしてカミセブン号はハイハイ星に翌日降り立つこととなった。