「根比べだね…」
小窓の外を見やりながらフウが呟いた。レイアはそれには答えずじっとペットボトルの中の液体を見つめる。
二人は宙港のすぐ側の古びたアパートの屋根裏にいた。遠くに逃亡したいのは山々だったがすぐにでも追っ手が来そうでそれができなかった。変装グッズを買ってそれを着込むと持っていたお金のありったけで食料品を買い込んでここに逃げ込んだのだ。
「まさか、カミセブン号でクリちゃんに会うなんて…」
レイアは呟く。そこにこめられた感情はフウには痛いほどに伝わってきた。
「クリちゃん、変わってなかったなぁ…タニムラもぉ…」
「うん…」
チーズをかじりながら二人で暗い部屋に横たわった。まるでネズミにでもなった気分だ。だが、何にかじりついても生き延びてやるという強い決意はあった。
「キシくん達、心配してるかな…」
珍しくトーンダウンした声でフウが言う。
「何も言わず出てきちゃったからねぇ…説明してる暇なんてなかったけどぉ…」
「あんまりにも突然だったもんね。だいたいクリちゃんとタニムラとどこで知り合ったんだろう、キシくん達…」
「分かんないよぉ。それこそ偶然かもねぇ。そっかぁ…クリちゃん達もこの星に来てたんだぁ…」
「偶然って怖いね…」
暗闇の中でレイアとフウの手が重なり合う。それを強く握って誓いをたてた。
「戦争が終わるまでは僕たちは逃げ続けるしかないよぉ。何がなんでも逃げ延びて戦争終わったら…スノプリ星に帰ろうねぇ、フウ」
「うん!そんでキシくん達にも会いに行く!あの時、ちゃんと説明しないでいなくなってゴメンなさいって謝らなきゃね」
「そうだねぇ…その頃までにキシ達僕たちのこと覚えてるかどうか微妙だけどぉ」
「大丈夫だよ!キシ君は覚えててくれるよ。ジンもゲンキもアムもカオルも!」
「そぉ?会いに行ったら『お前誰だ?』って返されないかなぁ…特にジンとアム」
「だったらもう一度友達になればいいんだよ。だから…大丈夫」
健気にそう言ったフウの最後の『大丈夫』が少し震えていたのをレイアは気付かないフリをしてあげた。いつだってポジティブで真っ直ぐなフウだから、今こうして不安に駆られている時くらいは年上らしく振る舞わなきゃとレイアは思う。
あの時だってお互いがいたから乗り切ることができた。
レイアは半年前を思い出していた。突然戦争が始まって、それまで平和に暮らしていたその生活が奪われたこと。友達も、両親も何もかも失いかけたあの日のことを…
『お前はフウと一緒に何がなんでも生き延びるんだ。そうしたらまだ…希望はある』
父のその言葉だけを支えにここまでやって来た。奇跡的に潜り込めた宇宙船が辿り着いた先には追っ手もおらず暫くは平穏に暮らすことはできた。
だが次に経済的な危機が訪れ始める。異星で身分証やパスポートの類いも提示することができないからアルバイトも無理だし、結局は美人局もどきしかできず彷徨っているところへカモのキシ君が現れた…
「おっかしいよねぇ初めは美人局やろうとしてたのに気が付いたら雇われてんのぉ。ほんとキシってさぁ…」
話しながら、なんだかカミセブン号での毎日が酷く懐かしくなる。まだほんの数時間しか経ってないのに…
薄暗い屋根裏部屋で二人寄り添いながらレイアとフウは祖星とキシ君達に思いを馳せた。
「お前らレイアとフウのことなんも知らねえんだな。まあ無理もねえか。どっから情報漏れるか分かんねーから教えない方が賢明だしな」
男達が去った後のカミセブン号でクリタがうなだれながら呟いた。あの陽気さはもう遙か彼方に行ってしまっている。隣のタニムラはずっと指をくるくる回していた。
「何から聞けばいいのか分かんないけど…あの人たちレイア「王子」フウ「王子」って言ってた…レイアとフウはどっかの国の王子なの…?」
ゲンキの問いに、クリタはゆっくりと頷いた。
「ああ。『スノプリ星』ってんだけどおめーら知ってっか?まあ宇宙は広いから知らなくても不思議じゃねえけどよ。こっからだったら…どれくらいの距離だ?タニムラ?」
「旅客用の宇宙船だったら、最短でも3ヶ月はかかる…色々経由しないといけないし…プライベートシップなら2ヶ月くらい…」
「そんな遠いのかよ。んで、レイアとフウはそこの王子なんか?そんな感じにゃ見えねえけどな」
ジンも真剣な表情だった。さっきから落ち着きなくウロウロしている。
「まあ言われてみれば分かる節もある。俺と初めて会った時はセレブパーティーだったがなんていうか、慣れた感じだったからな。本当に庶民育ちの人間が紛れ込んでいたらそれとなく分かるはずだ」
「レイアとフウは同じ王子でも兄弟じゃなくて遠縁の親戚みてーなもんだ。あいつら二人とも生まれてから一緒に育ったし俺らとは12歳くらいからおんなじ学校で知り合ったんだよ」
「ほう…てことはクリタ、お前もそれなりの家柄の出なのか?それは意外だな」
「うっせーアム。俺は親父やかーちゃんがうるせーから仕方なく貴族学校入ったけどコイツは飛び級でいつの間にかいなくなってて宇宙船パイロットの資格とか取ってやがって何事だよって感じだぜ」
クリタはそう言って軽くタニムラに蹴りを入れようとしたが、気が散っているので彼に避けられていた。
「でもなんで、レイアとフウが追われなくちゃなんねーの?」
カオルが問う。食欲全開の彼でも今はただプリッツをかじる程度に落ち着いていた。それだけ事態が深刻であることを理解しているが故だろう。
「…さっきも言ったけどスノプリ星はいきなり侵略されて、戦争状態なんだよ。つってもうちの星は軍事力なんかねーからな。あっという間に制圧されて、街には軍隊がウロついてっし自由がきかねえ。国王は…レイアの両親は亡命星に一応保護されてるけどそっちの星もとばっちりを恐れて国王と后しか保護してくれねえ。レイアとフウは王子でいずれ国を継ぐ存在だから真っ先に狙われたんだけどよ…国王が最後の力振り絞って密航させたんだ。レイアとフウが捕まったらさすがに国王も出て行かざるを得ないしそうしたら完全にスノプリ星は敗戦する。そしたら皆一緒どころか…」
そこでクリタは口をつぐんだ。歯を食いしばってもどかしさに耐えている。それをタニムラが複雑そうな眼で見つめた。
「そっか…だいたい分かった。でもなんで、レイアとフウは友達のはずのクリタ達を見て逃げたの?んで、あいつらが現れたのは一体…」
キシ君は一番疑問に思っていたことをぶつけた。レイアのあの眼…クリタとの再会を本当は望んでいるのにそれが叶わないことを表していた気がして仕方がない。そしてフウがあんなに必死になってレイアを連れていったのも…
キシ君の問いに、クリタは深い溜息をついた。
「これのせいだよ」
クリタは来ている服の袖をまくって腕についた輪っかを見せた。
「何それ?ブレスレット…にしては変なデザインだね」
「アホか。これはブレスレットじゃねえ、探査機なんだよ。レイアとフウは王族の証として特殊な血を持ってんだけど、それに反応するようになってんだこれは。俺とレイア達が半径3メートル以内にまで近づいたらその瞬間宇宙のどこにいても場所が知れちまう。やっかいなシロモンだよ」
「なんでそんなものがクリタに…」
「クリタはレイア君と一番仲が良かったから…軍隊はクリタを頼ってレイア君たちが接触するかもしれないって可能性を考えてこれを嵌められた。だからスノプリ星を出ることが出来たんだ…でないと今、あそこから勝手に他の星に行くことは許されていないからこうやって宇宙を放浪することも出来ない」
タニムラが答えた。これでようやく合点がいく。レイア達のあの様子も、行動も全て…
「宇宙のどっかにはこれ外せる技術持った星があんじゃねーかと思って飛び出してみたはいいけどどこもかしこもできねえでやんの。いっそ腕切り落としてやろうかとも思ったけどよ…でもレイア達にあんな形で会うんなら…切っときゃ良かったぜ…!」
自らの腕に爪をたてて、クリタは声を振り絞る。大切な親友との再会は彼らの生命の危険と国家の滅亡に繋がる…抱き合って喜ぶことも、懐かしむことも許されず…
「そんな悲しい話って…」
ゲンキが大きな瞳に涙を溜めて同情する。仲良しの親友と再会できたのに、逃げなくてはならない悲劇。身を切られるような思いだ。
「レイアとフウ、どうしてんだろ…もうこの星出ちゃったのかな」
カオルが呟いた。
「いや…それは難しいだろう。今の話から考えると宙港の全ての便に捜査網が敷かれていそうだし、町中にもそのうち応援にやってきた奴らが探し始めるだろうからな」
「だろうな。けどよ、アム、俺らがレイアと知り合いだってことバレちまったし最悪なのは俺たちにもクリタと同じ輪っか嵌められたらそれこそもうレイアとフウには会えねえんじゃね?」
ジンの言う通りだった。レイアとフウが見つからなかったら今度はここに接触してくることを見越してそのリングが嵌められるかもしれない。そうしたら再会は絶望的だ。
「その可能性はあると思う…。けど、このリングはそれこそ特殊な仕様だからそう何個も量産できない。全宇宙を網羅するから莫大なお金がかかってるスーパーシステムなんだ。だから俺には付けられていない」
タニムラが言う。
「タニムラには付けられてねーから…もしレイアとフウとどっかで会えたらコイツに頼むつもりで俺は同行させたんだ。こんなアホでも一応パイロットの資格持ってっかんな。どっかで宇宙船拾えばレイアとフウをスノプリ星につれて帰ってやることもできるからな」
「なるほど…アホにしては良く考えてる…だがタニムラは何故その星を出ることができた?」
「コイツの絶望的なまでにツイてねー影の薄さがそん時だけは役に立ったからな。俺が軍隊の服盗んでコイツに着せたら見事に宙港突破できたんだよ。誰も気にしねーでやんの」
「なるほど…」
「でもここに留まるのはちと危ねー。俺もおめーらに迷惑かけたくねーから今度こそ行くわ。どっかでレイアに会えたら…戦争終わったら絶対スノプリ星に戻るからそん時また…会おうぜっつっといてくれ」
クリタが立ち上がると、タニムラも同じように立った。そして二人、寂しい背中でカミセブン号を出て行こうとしたが…
「待てよ」
今度は皆で同時にクリタとタニムラを呼び止めた。
「そんなこと聞いたら、尚更行かせるわけにはいかない。皆で協力してレイアとフウを探して…カミセブン号でこの星脱出しよう」
「おい…キシっつったっけ?簡単に言うな。俺だってそうしてーのは山々だけどな。俺のこれがある限り…」
「仕方がない。事態が事態だ。俺とゲンキの両セレブの力を結集させてそのリングのことはなんとかしよう。それさえ壊せばお前はレイアの側にいても大丈夫なんだな?」
アムの提案に、クリタだけでなくタニムラも眼を見開いた。
「家に頼るのは嫌だけど、なりふり構ってられないからね。早くしないと本当にレイアとフウが捕まっちゃうかもしれないから」
「まあリングのことはアムとゲンキのセレブパワーに任せて俺らはとにかくあいつらより先にレイアとフウを見つけ出せばいいんだろ。おいカオル、2人の行きそうなところ手当たり次第に探すぞ」
「おおよジン!俺、嗅覚には自信あるぜ!」
どんと旨を叩いてカオルはプリッツを一気に口に放り込んだ。
キシ君はクリタの眼を見て頷く。すでに、自分たちの意志は固まっている。
「おめーら…」
「…」
クリタとタニムラは足を止めた。そして、浅い溜息を一つついた。
「頼りにしても、いいのかよ?」
「もち…」
「勿論だ。このアム・ハニウダに不可能はない。軍隊だろうが国家権力だろうがハニウダ財閥の前には赤子も同然」
キシ君が仕切ろうとするとアムに奪われてしまった。若干きまりは悪かったがクリタとタニムラの2人と協力して、レイアとフウ奪還計画を練り始めたのだった。