「ギャハハハハハ!!なんかわりーね、メシまで奢ってもらった上に休ませてもらうとか!ギャハハハハハハ!!」

デゼニイランドでしこたま遊び倒した頃にはもうすっかり夕暮れが濃くなっていた。ジン達と意気投合した陽気な男は知り合いと連絡がつかないと言って悪態をついていたが、とりあえずじゃあカミセブン号に来いよとジンが誘った。

「これも何かの縁だから…。とりあえず宙港に行ってカミセブン号の格納庫に戻ろう。キシ君にもダッフェーのお土産渡さなきゃ」

「ゲンキ、キシ君がダッフェーで喜ぶとは思えないが…まあ良かろう」

「さっき連絡したらもう講習終わってカミセブン号に戻ってるらしいぜ。なんか変な客が来てんだと。キシ君厄介ごと抱え込む体質だからなー」

ジンが呟いて、アムの手配したタクシーに皆で乗り込む。車内でも男はそりゃもううるさかった。よくもまあそんだけ喋り続けられるなというくらいに喋り、そしてバカ笑いをする。知性のカケラも感じさせないその底抜けの明るさはジンとアムとは馬が合った。

「おもしれー奴だな。こんなアホみたいに明るい奴初めてだぜ。お前どこの星出身?」

ジンが訪ねると男は考える素振りも見せず即答する。

「ギャハハハハハハ!!俺んとこの星がよー戦争おっぱじめやがったから家も何もかも焼かれてよーギャハハハハハ!!両親もどこでどうしてるか分かんねーしだからこうして放浪してんだよギャハハハハハハ!!まー一人だと色々不都合あるから相方適当に見繕ったんだけどよ」

「なんか破天荒すぎておとぎ話みたいだな…その相方とやらと連絡がつかないみたいだがどうするんだ?」

「分かんね。ギャハハハハハ!!」

「凄い楽天的な思考だね…羨ましい」

「ギャハハハハハ!!ゲンキ、お前のそのネガティブそうなとこあんにゃろうにちょっと似てるわ!!でも蹴ったらマジで泣きそうだからやめとくぜギャハハハハハハ!!」

そんなことを小一時間ほど交わしているとタクシーは宙港に着く。まだ人でごった返していた。

ゲンキはカミセブン号まで案内しながら男に言った。

「うちのキャプテンはね、とっても優しくていい人だから大丈夫だよ…っていらない心配だったかな」

「ギャハハハハハハ!!どんな奴でも関係ねーぜ!!まあちょっくら世話んならあ!!ギャハハハハハハ」

「心配無用だね。あ、あれだよ。カミセブン号」

「おーあれか!!なんかオンボロだなギャハハハハハハハ!!」

「まあ見た目はアレだが中は一応必要なものが揃ってる。リビングはついこないだリフォームしたからな」

アムが扉を開けるとすでにキシ君は帰ってきていた。そして何故かすがるような目を向けて飛びついてきた。

「おかえり!!!待ってたんだよ!!」

「…お、おう。なんだよキシ君気持ちわりーな…ん?誰そいつ?」

リビングにくら~い顔をした美形が体育座りで指をくるくる回していた。そういう人形かと思ったが一応生きている人間っぽい。

「ギャハハハハ!!わりーねお邪魔すんぜ!!…ああーーーーーーーーーーーー!!!」

意気揚々と入った男が何故か体育座りの根暗男を指差す。

「おめーこんなとこで何やってんだタニムラ!!!連絡つかねーからどこほっつき歩いてんだと思ったら…!!」

「え?知り合い?」

キシ君たちがぽかんとしているとタニムラと呼ばれた根暗男もまた驚いた表情で立ち上がる。

「ク、クリタ…なんでここに…」

そういえばジン達はこの底抜けアホ笑い男の名前を聞いていなかった。クリタと呼ばれたその男はいきなりタニムラのお尻を思いっきり蹴った。

「いで!!なんでいきなり蹴られ…」

「てめーが連絡つかねーからこんなことになってんだろーが!!なんで携帯に出ねーんだよ!!」

「携帯が見当たらなくて…」

「アホかてめーは!!ああアホだったな。なんで携帯なくすんだよ!!」

「そんなこと言われても…」

なんだかコントのようだが狭い空間で騒がれてはいささか落ち着かない。まーまーとジンとアムがクリタを宥め、ゲンキがとりあえずお茶でも…とオレンジジュースを注いで渡すとようやくクリタはタニムラを罵るのをやめてソファに座った。

「えと…お二人はお知り合いですか…?」

キシ君が尋ねるとタニムラはクリタに視線を向ける。それを受けて彼はぐいっとジュースを煽ると答えた。

「まーな。腐れ縁だ。俺ら二人は今育った星がややこしい戦争中だから帰るに帰れねえ。宇宙放浪しながら機会窺ってんだよ」

「キシ君、こちらのタニ…タニ…なんだっけ。彼はどういう経緯でうちに…?」

ゲンキが問うた。

「あ、うん。パイロットの講習で一緒になったんだけど…かくかくしかじかで成り行き上…」

「え、こいつパイロットなのかよ!?」

ジンが飲んでいたジュースを吹きかけた。

「ギャハハハハハハ!!タニムラはアホなくせにそんな資格取ったはいいけど一度も宇宙船操縦したことねーぜ!!」

クリタは笑い飛ばすが、パイロット試験の難関さを良く知るゲンキは目を丸くする。

「凄いね…ただの暗い子じゃなかったんだ…」

「で、そんな一見なんの共通点もなさそ-なお前らってどういう知り合い?」

ジンの問いにクリタが陽気に答える。

「なんてこたーねー腐れ縁だよギャハハハハハハ!!同じ星出身なんだよギャハハハハハ!!」

「そういやタニムラは今家に帰れないみたいなこと言ってたけど、ややこしい戦争中って?」

キシ君が問うとタニムラはジュースをすすりながらまた暗い顔になる。それをクリタがばしっと頭を叩いて戒めた。

「何くれー顔してんだタニムラ!!おめーのその顔はロクでもねーこと招くからやめろ!!」

「…」

「おーよ見ての通り俺とタニムラの住んでた星は戦争中だ。俺の一番大事な友達は命狙われて目下のところ宇宙を逃亡中だし戦争が終わんねーことには俺もそいつらに会えねーから宇宙放浪してんだよギャハハハハハハハハハハ!!!」

なかなかに悲惨な話をいとも陽気に話すからなんだか感覚が狂う。平和というのはそれだけでありがたいものだ…

「そうなんだ…それは気の毒…あ、でもこういうのどうだろう。タニムラはパイロットの資格持ってるしキシ君が実務経験を兼ねて助手に雇うってのは」

「え!?」

ゲンキの提案にキシ君はびっくらこいてジュースを吹きかける。アムが素早く避けた。

「お、いーんじゃねそれ。キシ君もそしたらちょっとは休めっしクリタも雑用くらいはしろよ」

「ギャハハハハハハハハハハ!!!乗ってやってもいーけど俺はゲームの時間だけは確保させてもらうからな!」

「え、ちょっとクリタ…まだ俺は乗るとは言って…」

「てめー俺らに贅沢言ってる余裕ねーんだよ!星出る時に持ってきた軍資金そろそろ尽きかけてただろーが!」

「それはクリタがゲーセンとか行って無駄遣いするから…デゼニイランドも…いて!蹴らないでくれ!痛い!」

「選択の余地はねえ!!乗るぞ!!」

「あの…俺の意見は…」

キャプテンであるキシ君の意見は誰も聞いてくれなかった。カミセブン号にこれ以上人が乗るスペースはない。パイロットが二人に増えるのは魅力だがもう人を雇う経済力もないに等しい。そう、誰かに降りてもらわない限りは…

「あのね」

キシ君がそれを伝えようとするといきなりリビングのドアが開いて大量の箱がなだれ込んできた。どうやら冷凍ピザのようだが…

「ジャンジャジャーン!!宅配でーす!!カミセブン号に三ヶ月分の冷凍ピザ、お届けに参りましたぁ!!」

威勢の良い声はレイアとフウ、そしてカオルのものだった。彼らは陽気にピザの箱を指差し、

「びっくりした!?カオルがね、大食い大会で優勝してもらった商品なんだよ!」

「カオル様のブラックホールならちょろいもんよ。今夜はピザパだぜお前ら」

「キシぃ、ちょっとは食費助かるでしょぉ?」

とわいわいまくしたてる。なんだかホッとしたがしかし急にレイアとフウの表情が変わった。二人は同時に震える声で呟く。

「嘘だ…」

「なんだお客さん?誰その二人?キシ達の知り合い?」

カオルはきょとんとしている。そして…

「おい…タニムラ…おれの頬つねってみろ。後で蹴ったりなんかしねえ…今だけ許してやる…」

さっきまで底抜けに陽気なアホ笑いを飛ばしていたクリタが、全く異なる声色でそう呟く。だがタニムラも動けない。彼の大きな目はこれ以上ないくらいに開かれている。

クリタはほとんど自動音声のようにその名を呟いた。

「レイア…フウ…」

何故彼がレイアとフウの名前を知っているのか…その疑問に行き着く前にフウがそれまで見せたことのない形相でレイアの腕を掴んだ。

「レイア!!早く!!」

弾かれたように肩を震わせ、次の瞬間レイアはフウと共にそこから姿を消した。キシ君達は急な展開に付いていけず、混乱するばかりだったがその混乱の向こうで背を向けるその瞬間、レイアが目にいっぱい涙を溜めていた…ような気がした。

何が起こったのか分からないまま、キシ君たちは立ち尽くす。クリタは肩を上下させている。走ってもいないのに呼吸が荒く、神経の昂ぶりを必死に抑えているかのように見えた。

「ちょ…おい、なんだよ…キシ、誰だよこいつら。レイアとフウはこいつら見て血相変えた気がするけど」

ようやくカオルが沈黙を破ったが、キシ君も混乱を抑えきれないままにとりあえずの説明をする。

「…こっちの…タニ…なんだっけ…は俺がパイロット講習で一緒になってちょっと事情があって連れてきたんだけど…」

今度はジンがクリタを指差す。

「こいつはクリタっていうらしいんだけどデゼニイランドで意気投合して…この二人は知り合いらしい…」

「君たちを見てレイアとフウは逃げていったように見えたけど…君たちは一体…」

ゲンキが狼狽しながら交互に二人を見据える。

タニムラとクリタは目を合わせた。

「おめーら、ちょっとの間だったけど世話んなったな。失礼すんぜ」

クリタはそれだけを言ってタニムラに目配せをする。彼は黙って頷き、二人はドアへと歩む…が

「説明になっていないぞ。俺たちが納得の行く答えを聞かせろ。その上でレイアとフウの行きそうなところへ案内してもらおう」

アムがドアの前に立ちはだかる。しかしクリタはそのまま押し殺した表情で低く呟いた。

「わりーけど俺らにもレイアとフウがどこ行くかなんて分かんねーし分かってても俺らは行けねえよ」

「だからその含みのある言い方はやめろ。さっきまで竹が割れたようにさらけ出していた人間には思えないな。何か理由がありそうだが?」

「うるせー。さっさとそこ通せ。でないとおめーらにも迷惑がかかる」

クリタの顔は真剣そのものだ。だがアムも譲れない。双方の睨み合いが続くかと思われたが…

「アム。そこどいて。クリタ達のことも気になるけど…まずはレイアとフウを探さなきゃ」

キシ君がそう判断を下した。突然の予想だにしない展開に戸惑っていたジンもゲンキもカオルも弾かれたように時間を取り戻す。

「そうだね…なんで出て行ったかは後で聞くとして…とにかく追いかけよう」

ゲンキは立ち上がった。ジンも頷く。

「わけわかんねーけどなんかあいつらの様子もただごとじゃなかったからちょっと気になるな。いつもへらへらしてたレイアのあの顔見たら俺でも分かる」

「さっきまでイタズラしようってふざけてたのに…フウも今までに見せたことのねー顔だったから確かになんかやな予感する」

カオルもそう言って、アムも「そうだな」と納得し皆でカミセブン号を出ようとしたが…

「誰だよあんた達!?」

入り口はすでに制服を着た大人達に塞がれていた。キシ君たちには訳が分からないがクリタとタニムラは苦虫を嚙み潰したような顔になり唇を噛んでいた。

「ご苦労だったな君たち」

サングラスをした一番偉そうな男がクリタとタニムラを見て不適な笑みを浮かべる。周りの大人達は無表情で囲んでいた。まるで軍隊のように隙がない。一体彼らはなんだというのだろう…

「わりーけど、レイアとフウはもうここにゃいねーぜ」

ケイが男達を睨み付けながらそう吐き捨てると眉一つ動かさずその男は言った。

「すでに星の全域に包囲網を張り巡らせている。捕らえるのは時間の問題だろう」

「おい、何がどうなっている。クリタ、こいつらは一体…」

「こいつらはなんも関係ねえ。いくら調べてもなんも出てこねえぜ」

アムの問いには答えずクリタは男達にそう答えた。一瞬の沈黙の後男達は撤収ムードを漂わせ始める。

「まあいい。明日にはもう身柄が確保されているだろうから聞くだけ時間の無駄だな」

「アホ言ってんじゃねえ。だいたいスノプリ星出る時にもてめーら捕まえられなかったじゃねーか。今回だってどーせ逃げられておしまいだぜ。俺とレイア達がばったり会ったのは全くの偶然だからな」

クリタは憎まれ口を吐き捨てる。キシ達にはまるで事態が飲み込めないが嫌な胸騒ぎだけが駆け巡った。

「そうならないよう近隣各星から至急応援を呼んである。今度こそ捕まえてみせるよ」

男はひと呼吸置いてこう言い放った。

「レイア王子とフウ王子さえ捕らえれば、王も降伏せざるを得ないだろうからな」