「くあ…」

あくびをかみ殺しながらキシ君は自分で淹れたコーヒーをすすりスクリーンをテレビに切り替える。操縦している間はテレビを見る暇もないし宇宙船に乗っているから新聞も取ることができない。世間の情報から切り離されないよう定期的にニュースを聞くようにしている。

「…星間で勃発した侵略戦争は未だ決着することもなく国王一家は亡命中であり、さらに…」

銀河系の中には平和から遠ざかった星も幾つかある。戦争なんてもちろん経験したことのないキシ君にはピンと来ない話題だ。しかし無視できない話題もある。

「その影響でこの辺り一帯では宙賊の被害に遭う宇宙船が後を絶たず、宇宙当局では迂回航路を薦めています」

「え?今日通るとこじゃん。今宙賊なんかに遭ったらうちのカミセブン号おしまいだ。急いで迂回航路を探さないと…」

テレビを切り替えて迂回航路の検索に入ろうとするとボン!!とすさまじい爆発音と続いて異臭が鼻をつんざいた。

まさか宙賊にもう目をつけられて…?と戦慄したがそうではなかった。

「コラあああああああレイアあああああ何度言ったら分かるんだああああああゆで卵はレンジでチンしちゃダメええええ」

キシ君の絶叫と共にみんながぞろぞろと起き出してくる。それは目覚ましが鳴ったからではない。警報で、だ。

「換気!換気いいいいいいいいいいいいいあああああああああダメだあ宇宙空間で窓開けたら空気がごっそり持ってかれるうううううううううううまたメンテナンス費がああああああ」

「キシ君落ち着いて…空気清浄機を作動させよう。それから飛び散った卵も拾い集めて…」

動揺するキシ君をゲンキが冷静に宥めながら解決策を見いだす。すでにフウは掃除を始めていた。

「キシうろたえすぎぃ。ほんとすぐ悪い方向に考えるんだからぁ」

「だまらっしゃい!そもそもレイアがなんも考えずにゆで卵をレンジでチンしようとするからでしょ!」

「だって卵食べたかったんだもん」

「食べたかったんだもんじゃありません!もう二十歳でしょ!二十歳になってもれあたんはふわふわ天使だよぉなんてれあヲタしか許してくれませんよ!」

「いいんだよぉ僕はそれで生きていくんだからぁ」

反省ゼロでレイアはロールパンをかじって部屋を出て行く。やれやれとキシ君はため息を深くついた。

「キシ君毎度ご苦労様…確かにレイアは破天荒すぎるし楽観的すぎるから疲れるね。僕たちが来るまで一人でこれに耐えてたんだね」

同情いっぱいの眼差しでキシ君の肩に手を置き、ゲンキも浅いため息をついた。そう、整備士である彼もまた警報器を作動させられると仕事が増えるのだ。

「ほんとにもう…そろそろなんとか反省してもらわないと…」

「キシ君はナメられすぎだな。もう少し威厳を持った方がいい。まだ俺の言うことの方がきくんじゃないか?」

「アム…それは言わないで」

ぼやきあっているとそれまで黙々とレイアの不始末の後片付けをしてくれていたフウが雑巾を絞りながら呟いた。

「レイアはね、ああ見えて一応反省はしてるんだよ。だからあんまり怒らないで」

「またそうやってすぐフウはレイアを甘やかす…」

「ごめん。でも…」

フウの言わんとする言葉は途中で遮断される。何やら扉の向こうで揉める声が響いたからだ。

なんだなんだと行ってみるとジンとレイアが大喧嘩の真っ最中だ。

「てめーいきなりこんなモン投げつけるとかどーゆー神経してやがんだ!!この俺のビューティフルフェイスにキズなんて付けてみろ、損害賠償モンだぞ!!」

「そっちこそ朝っぱらから共有スペースでオ○ニーとか頭イカれてんじゃないのぉ!?汚らわしいからジンはリビングに入室禁止ぃ!」

「あぁ!?てめーにそんな権限あるかよ!おいキシ君、リビングでのオ○ニーなんて禁止事項にゃ含まれてなかったよな?」

「…」

キシ君は頭を悩ませる。ゲンキが乗ってくれて整備に関しては一安心だがジンとレイアはいかんせん水と油でしょっちゅう揉めるしどっちも折れない。ジンはそうでもないがレイアはとにかく言うことを聞かない。お説教をしても聞く耳を持ってくれないのだ。

「アム…頼む…」

アムに振ってはみたが効果は薄い。そのうち今度はアムとレイアまで口論をしだした。

「だから何度言えば分かる!お前のKYな振る舞いで皆迷惑してると言っとろうが!あと俺の武器を安易に使うのはやめろ!宇宙の藻屑になりたくなければな!」

「うっさいなぁそっちこそ僕でフィニッシュするのやめろよぉ」

「フィニッシュっていつの何の話だ!とにかく…あ、こら、どこへ行く!まだ話は済んでない!」

キシ君は深い溜息をついた。アムもだめ、ジンもだめ、もちろんゲンキでもだめ。じゃあ後は…

「俺?年下の俺の言うことなんか聞くわけねーじゃん。それにレイア少食でいつも食べない分もらってるし、怒らせてそれもらえなくなると困るから俺は嫌だね」

カオルもダメだった。そうするとやはりフウに泣きつくしかない。

だがフウは困り顔だ。

「俺の言うことだってそんなに聞かないよ、レイアは。もちろん俺が本気で困ってたら考えてはくれるけど今のところ俺はここにいられるだけで幸せだし…」

「そっか…フウでもダメか…誰の言うことだったら聞くんだろうレイアは…」

「誰の言うことも聞かないよレイアは。昔からそうだもん。やりたいようにやる、他人の意見なんか気にしない。そんな性格だし。…あ、でも一人だけ例外が…」

「へ?」

フウの口から耳寄りな情報が聞けたかと思えば彼ははっとした表情になり口をつぐむ。その反応が気になってキシ君は詰め寄ってみた。

「何、なになに?レイアが言うこと聞く奴いんの?お父さんとか?おじいさんとか?そのへん?」

「ううん…レイアは…ご両親にも甘やかされて育ってるから言うこと聞かないよ。あ、キシ君コールがかかってるよ。宇宙センターからの交信かも」

なんだか取り繕ったように言ってフウはさっさと自分の持ち場に行ってしまった。若干気になりながらもコールに応えて交信しているとちょっと面倒くさいお知らせだった。

「…で、次の星で3日間滞在するからその間あんまり無駄遣いしないようにね」

航路を定めるとキシ君は船員みんなにそう告げる。

宇宙センターからの通達はキシ君のパイロットライセンス更新のお知らせで近日中に最寄りの星の宇宙センターで更新のための講習を受けるようにとのことだった。忙しいパイロットのために更新の期間猶予は設けられているが更新をしないと資格が剥奪されてしまうからできるだけ早目に受けておくのが吉だ。

「へえ、宇宙船パイロットも大変だなー。いちいちそんな面倒な更新があんの」

桜もちをむしゃむしゃ頬張りながらカオルがそう呟くとゲンキが補足する。

「宇宙は常に膨張してるし宇宙船も日々進化してるからね。パイロットはそれに柔軟に対応しなくちゃいけない。資格は取れても一生勉強しなきゃいけない職業なんだよ」

「へーキシ君ってすげえ奴なんだな。今更ながらにちょっと感心するぜ」

「ただの汗だくじゃなかったんだな」

ジンとアムも頷いている。フウはもちろんただひたすらにキシ君を讃えているがレイアは三日間のバカンスをどうやって過ごすか検索していてまるでキシ君に興味を示さなかった。

 

 

「うおおおおおおおおマイハマ星ってオシャレだなおい!新たなアバンチュールの予感がするぜええええ」

「ふむ。久しぶりだな。ちょっくら買い物でも楽しんでくるか」

「ねえジン、アム。デゼニイランドに行こうよ。久しぶりに夢の国で無邪気に童心に返りたいよ」

着いた星はマイハマ星というリゾートプラネットだった。宇宙有数のテーマパーク「デゼニイランド」があり全宇宙から観光客が訪れる。宙港もリゾート客で溢れかえっていた。

「いいよなお前らは…じゃ、行ってくる」

「がんばれよキシ君~お土産買っといてやるからな~!!」

「…ありがと」

休暇モードでウキウキのジン達を羨ましそうに見ながらキシ君は宇宙センターの研修ビルへと向かっていった。

「さて、と…」

研修ビルでパイロット更新のための講座の手続きを済ます。90分の講習が3コマと実技関係が2日間。なかなかにハードだ。

「俺もデゼニイランド行きたかったなあ…」

ぼやきながらロビーで缶コーヒーを買おうと自販機を探す。ちょうど一人先客がいたがキシ君はそこへ向かった。

「…?」

前の人がボタンを何回も押している。だが自販機は沈黙している。何回か押した後諦めてもう一度コイン投入口にお金を入れてボタンを推したがやはり何の反応もなかった。

「壊れてるんですかねえ…」

キシ君が囁きかけるとその人はびくっと肩を震わせた。どうやら後ろに人がいることに気が付かなかったらしい。

「…でも俺の前の人は普通に買えてたんですけどね…」

何やらひどく自嘲めいた口調でその人はぼそっと答えた。長身の濃い顔のイケメンで年はキシ君とそう違わなさそうだった。

「それはおかしい…じゃ俺もやってみますから」

キシ君がコインを入れてボタンを押すと普通に缶コーヒーが出てきた。

「…」

イケメンは顔をひきつらせる。キシ君とて摩訶不思議だ。なんだか気の毒だからキシ君は彼に缶コーヒーをあげて自分の分をもう一回買った。

「俺はいつもこうなんです…とにかくついてなくて…」

「大変…ですね…」

イケメンはもうとにかく暗かった。こんなにイケメンに生まれていたらジンみたく自信に満ちあふれてイケイケになっても良さそうなのになんだか自信もないし負のオーラが漂っている。キシ君もロクな目に遭わないことは多々あるがなんだかそれ以上のものを持っていそうだ。

時間が来てキシ君が研修室に入るとなんとそのイケメン少年も入ってきた。彼も宇宙船パイロットだというのか…?

「俺は一応ライセンスを持ってるだけで…せっかく取ったから失効すると勿体ないから更新に…」

聞けば彼はなんとキシ君より3つも年下の18歳だった。ということはハイスクールを卒業する前に資格を取ったことになる。

「俺の住んでる星はテストさえ受ければ一年で数回進級できるから…14歳で一応ハイスクールまでの課程を終えたから後は興味のある分野に進めたのでなんとなく宇宙船パイロットコースに進んで…」

「へえ…頭いいんだねえ」

周りはみんな30代以降のおっさんだらけだし白髪交じりの人もちらほらいる。その中でキシ君とこの少年はある意味目立っていた。情報交換とディスカッションを含めた昼食休憩では質問の嵐だ。

「ほう…その年でもうご自分の宇宙船を…大したもんだ。うちの若いもん達にも見習わせたいな」

「私なんて恥ずかしながら40過ぎてようやく資格取りましたからね…いや凄い」

普段バカにされまくりなのに年上の同業者達が口々に感心して褒めてくれてキシ君は泣きそうになる。やってて良かった…

「それでそちらの君はどこの星の宇宙船に?」

問われて、少年はすすっていたラーメンを詰まらせむせかえった。しばらくゲホゲホ苦しんだ後涙目でこう答える。

「いえ、俺は資格取ってから一度も宇宙船を操縦したことがなくて…」

「え、そうなのか。まあまだまだ若いしな。それでどのあたりの宇宙船パイロットになるつもりだい?」

「いえ…俺は目下のところ帰る星もなく転々としてる生活でして…」

答えながらどんどん暗くなっていく。何やら訳ありっぽいがこれ以上何か訊いたらこの場がとんでもなく暗くなりそうで誰も続けなかった。

 

 

ジンとアムとゲンキの三人が一緒にデゼニイランドに向かう一方でフウとレイアとカオルもまた同じ目的地を目指していた。

「ねぇフウ、どれに乗るぅ?テーマパークとか久しぶりだねぇ」

「そうだね。キシ君も一緒に来られたら良かったのにな…」

フウはちょっぴり残念そうだ。レイアはガイドブックを読みながら

「キシが来られてもジン達と一緒に行くでしょぉ。僕はあの三人とか合わないからぁ特にジン。一緒に回るなんて考えられないよぉ」

「そうかな…みんなで一緒に行けば良くない?なんでジンとレイアは喧嘩ばっかりするの?」

「全てが合わないんだよぉ。下ネタばっか言うとことかぁ。あ、見て見てぇフウ、ミックーがいるよぉいきなり会えるなんてラッキーだよぉ」

レイアとフウはパークのシンボルキャラクターであるミックーマウスにいきなり出会えてきゃいきゃいとはしゃいでいる。しかしカオルはガイドブックの飲食店ページとにらめっこだ。

「こっちのチャイニーズレストランもいいな…いややっぱりこっち…チュロスとポップコーンは道中で手に入るとして…土産物コーナーも一応はチェックしとかないとな」

2,3アトラクションを回った後カオルたっての要望で早めの昼食休憩に入った。

「あ、やだトマト入ってるぅカオルあげるぅ」

レイアはサラダのトマトを綺麗によけてカオルに与えた。カオルは大喜びで一口で食べる。

「トマトうめー!なんでこんな美味いもん嫌いなんだよ人生損してるぜ」

「だってぇ…ジューシーな果肉がダメなんだよぉトマトだけは絶対無理ぃ催眠術でも食べられないよぉ」

「そうでなくてもレイアは好き嫌い多いもんなー。まあそのおかげで俺は助かってるけど」

レイアの苦手なものは全てカオルの胃袋に行く。食べ盛りのカオルにとってレイアは貴重な栄養提供者だ。だから今一つのところで頭が上がらない。

「でも昔に比べてレイアは色々食べられるようになったよね。カオルのおかげかな?」

「おいおいフウ照れるじゃんよ。お前ってほんといい奴だな」

料理の腕前を褒められてカオルはまんざらでもない。すでに3つ目のハンバーガーを頬張りながら掌をひらひらとやる。

「そういやあんま訊く機会もなかったけどレイアとフウって同じ星の出身だっけ?いつからの知り合い?」

「フウが生まれた時からだよぉ。僕が1歳過ぎた頃かなぁ」

「気付いたらもう一緒にいた感じ。おし…周りには同年代の子がいなかったから兄弟みたいに育ったんだ」

「でもフウの方が体も大きいし何やってもフウの方が上だから僕はあんまり年上って気がしなかったけどぉ」

「そうかな?でもレイアはいつも俺のこと『もぉ、フウはしょうがないなぁ』って年下扱いしてなかったっけ?」

「してないよぉ。フウの気のせいぃ」

「ふうん。そんな頃から二人はフウレアなのか。俺も早くミズキに会いてえなあ」

ちょっぴりフウとレイアを羨ましそうに見て、カオルはポテトを箱ごと口の中に放り込む。

「ゴッドセブン星まであとどれくらいだっけ?お前らはそこ行ってどうするつもり?」

「僕たちは…着いてから考えるよぉ」

レイアはポテトを一本もぐもぐと口に入れた。

「親とか心配してない訳?俺と違ってレイアもフウも両親いんだろ?」

「いるよ。でも今は帰れないから…帰れるようになったらそりゃあ…ね?」

フウは意味ありげにレイアを見る。

「僕たちは事情があって家に帰られないからできるだけ遠くに行く必要があるのぉ。まあこのままずっとキシに寄生…手伝ってやってもいいけどぉ」

「賛成!俺もキシ君と一緒にいたい!」

「でもキシにはキシの事情もあるだろうからねぇ。まあ期待しないでおくよぉ」

「またすぐそうやってレイアは諦める…」

「僕はちゃんと現実見据えてるだけぇ。フウもそうした方がいいよぉでないと裏切られるからぁ」

「キシ君はそんなことしないよ!レイアももうちょっと人を信用したら?」

いつも穏やかなフウが若干声を荒げた。だがレイアはやれやれという目で見るだけだ。

「おいおい落ち着けよフウ。二人はフウレアなんだろ?ほんとフウはキシのこととなると人が変わるよな。何がそんなにいいのか俺にはさっぱりだけどさ」

「ホントぉ。なんであんな頼りない汗だく涙目法令線にそんなにムキになるのか分かんないよぉマツマツ星で出会ったホクト君の方が同い年なのによっぽど頼りがいあったよぉ」

「二人はもっとキシ君のことを理解すべきだよ。キシ君は俺たちのために遊びたいのも我慢して免許更新のために勉強して…」

「あーハイハイ。これ食べたらビッグサンドマウンテンに乗りたいよぉ。あ、でもお土産も見たいなぁ」

「それよりこっちのレストラン行かね?まだ腹八分目だし」

フウの力説も二人は全く耳を貸さずガイドブックを見ながらああだこうだと相談し合っていた。