「ごめんゲンキ、俺はお前の宇宙船に乗ることはできない」

キシ君は迷わず答えた。

「なんで?…やっぱりあの時のこと…」

「そうじゃないよ。俺はお前にはもちろんのことカミセブン号とこの仕事くれたお前の親にも感謝してる。ほんとだよ」

「だったらなんで…ゴッドセブンなんて辺境に行かなくたってプリンス星にいながらちゃんと仕事もできるし、何より僕が宇宙航空学校に通ったのはキシ君の仕事の手伝いをしたいからだよ。ジンだって俺も来年は受けてみようかなって言ってるし、三人揃ってまた一緒にいられるって希望が見えたから僕は…」

「お前の気持ちは嬉しいよ。ただ、俺はそんな無責任なことはできない」

「無責任…?どういうこと…?」

ゲンキが首を傾げるとキシ君は少し照れくさそうに鼻を掻いた。

「いや…一応俺も人を雇う身になったから…。俺がお前の宇宙船に乗るとあいつらのこと途中でほったらかすことになるから。一度雇ったからには俺もその仕事を全うしないといけないし」

「あいつらって…今日ビーチで出会ったあの人たち…?」

「そう。まあ詳しいいきさつは省くけどフウは今や俺の右腕どころか両手両足ぐらいにいなくちゃならない助手だしこんな俺でもキャプテンって慕ってくれるしカオルは毎日美味い飯食わせてくれるから栄養状態がいつでも良好に保てるしアムは俺の知らない世界や知識をそれとなく教えてくれるしいざとなったら金銭的に頼りに…あ、これは本人にはナイショね。んでレイアは…えっと…うーんと…何一つ役にたたないしいつも俺のことバカにするしむしろ危険因子でしかなくて何度生命の危険にさらされたかわかんないけど…上手く言えないけどまぁKYなとこも可愛げだと思えば腹も立たないしなんだかんだあの宇宙船には必要な存在なのかなって思わなくもないっていうか…あいつらは大切な仲間だから」

「大切な仲間…」

そう復唱した後、ゲンキは眼を伏せた。

「そっか…キシ君にはもう僕たちより大事な仲間ができちゃったんだね…」

「ゲンキ…」

キシ君が意気消沈したゲンキにかける言葉を模索していると、突然後ろから声がした。

「ちげーよゲンキ!!お前はほんっとネガティブ思考だな!!」

そこにはサングラス片手にジンが立っていた。

「あいつらと俺ら、どっちを天秤にかけるとかじゃなくてキシ君はちゃんと仕事を全うしたいだけだろ!人の人生預かってんだからそんな簡単に「ゴメンね俺ゲンキの宇宙船行くわ」ってわけにいかねえだろ。仮にもキャプテンなんだからよ!そうだろ?キシ君?」

「え、あ、うん。それよりジン、お前こんな時間までどこ行って…」

「俺のこたーどーでもいいんだよ。ナイトクラブで声かけまくったはいいけどさんざんかわされて手ぶらで帰ってきたわけじゃねーからな!俺の理想の女がいなかっただけだ。そしたらお前らが神妙な顔で話してるからなんだと思って聞いてみりゃあ…」

「あ、そーなんだ。ご苦労さん。ジン」

「んだよキシ君その憐れみの眼差しは!…まあいいや。けどキシ君、ゲンキの気持ちも察してやってくれよ。コイツはキシ君とまた一緒に過ごしたい一心ですげえ勉強したし半年でもうほとんどの単位取って整備士の資格も取ったんだ。いつかキシ君の操縦する宇宙船のメンテナンスを僕がするって…。だからキシ君、この仕事が終わったら…」

「え!!マジ!!整備士の資格持ってんのゲンキ!!!」

キシ君の目が輝き、ガシっとゲンキの両手を握った。

実は宇宙船において整備士の存在は不可欠である。異常をきたしたり整備不良のないよう定期的にメンテナンスが義務づけられているが宇宙船の点検を外注すると非常にコストと時間がかかる。故にだいたいの宇宙船には整備士が配置されている。

もちろんカミセブン号には整備士はいない。だからレイアが警報器を作動させるとキシ君はその度にエラーの対処法を宇宙ネットのQ&Aコーナーに問い合わせしなくてはならないのだ。

「頼むゲンキ!!かくがくしかじかでうちにはいつ警報を鳴らすか分からないおてんば娘がいて…お前がいてくれればその心配も半減…いや、8割減くらいになる。皆の生命のためにも是非!!!」

「キシ君…僕のこと必要としてくれるの…?」

「あったり前だろ!!お前の親は俺が説得するから。だから…」

「おいおいキシ君よ、ゲンキだけ引き抜くとかそりゃねえだろ。ゲンキ一人じゃ心配だからこの俺も乗ってやんよ。俺もこう見えて役には立つと思うぜ?ジ○ラも真っ青のこのラップ力をもってして落とせない女はいねえ。時代はサクラップよりジグラップだ」

「なんか良くわかんないけど乗りたいなら乗りなよジン。じゃ、とりあえずカミセブン号の格納庫まで行こうそうしよう」

そうしてキシ君が意気揚々とジンとゲンキを連れてカミセブン号に帰宅すると何故か殺し屋の眼をしたレイアが物騒な装置を抱えていたのだった。

 

 

「なるほど!良かった。そういうことだったんだ。レイアはね、心配だったんだよ。ああ見えてね、繊細なところもあって…キシ君が俺たちを置いてあっちに行っちゃうんじゃないかって」

「そっかそれで変な装置を…って物騒すぎです。ほんと俺って信用ないなあ・・・」

キシ君は肩を落としながらパネルを操作する。

「そうじゃないよ。レイアはね、お別れすることに対して異常に神経が細やかっていうか…信用してるけど不安がそれを上回っちゃってああなるの。でもレイアがあれだけ取り乱すってことはキシ君と離れたくないって思ってる証拠だよ」

「フウはいい子だなあ…レイアにも爪の垢を煎じて飲ませたいよ」

「あ、キシ君俺の話聞いてた?そうじゃなくて…」

「うん。ごめん、レイアもちょっと素直じゃないとこあるけど本当はいい子だって分かってる。しかしフウは本当にレイアのこと良く分かってるね。そういやあんまり訊く機会なかったけどフウとレイアはどこの星の出身でどうやって出会ったの?」

パネル操作が一段落して、あとはエネルギーが充填するのを待つ段階に入った。ほっと一息コーヒーを飲みながらキシ君はなんとなく訪ねた。

「俺とレイアは生まれた時から一緒だよ。出身は多分言っても分かんないと思う。キシ君たちと出会った星よりまだずっと遠いから」

「そうなの?そういやあの時も帰る家もないみたいな感じだったけど・・・そのへんあんま訊かない方がいい?」

何故かキシ君はそんな予感がした。それはフウの答えがあまりにもあっさりしていたせいかもしれない。

そしてキシ君の予感通りフウは少し悲しそうな眼を一瞬だけした後またすぐに元も彼に戻る。

「レイアが言ってた!過去を振り返るより今だって。俺は今キシ君と一緒にカミセブン号にいて凄く幸せだよ!ジンやゲンキとも早く仲良くなりたい」

「そっか。そうだよね。俺も前を向いたから今があるんだしこうして懐かしい友達とまた一緒にいられることになったしさ。まずは全員無事にゴッドセブン星までたどり着くことだね。さ、はりきって操縦しないと」

「うん!」

キシ君が袖をまくりあげてさあ頑張ろうと意気込むとお約束のように警報が鳴った。

「コラあああああああああああああレイアあああああああああああ早速かああああああああああああ」

キシ君がレイアを叱りつけに行くと風呂桶が飛んできて顔面強打した。風呂場の前でジンとレイアが物を投げ合って大ゲンカをしている。

「信じらんないよぉこのセクハラ野郎!!会った時からやらしい眼で見てきたと思ったらこれだよぉ!しねぇ変態ぃ!!」

「バカ言ってんじゃねーよ!!誰がお前みたいなKYぶりっこ小悪魔の裸なんか見たがるか!!俺だってゆっくり風呂に浸かりてぇんだよ!男同士なんだから問題ねーだろうがぁ!」

「冗談じゃないよぉ!!なんでお前と一緒に風呂入らなきゃなんないんだよぉ!!草津の湯もみだって死ぬほど嫌だったんだからなぁ!!」

「わっけわかんねー!!おいゲンキ!!ちょっとコイツに見せてやれや!!『女装が似合うJr』ナンバーワンの実力を!!」

「ジン…そんなことより君が投げたアヒルさんの水温計が原子炉の装置を逆転させてしまってるから僕はそれどころじゃないよ…早くしないと全員宇宙の藻屑だから…」

「全く…ゲンキはともかくとんだお荷物がまた一人増えたな…ジンとレイアはいい勝負だ。おちおち食後の紅茶も飲んでられん」

「ちょっとアム、呑気なこと言ってないであの二人のケンカ止めて!!カオルはどこ行った!?あああああああああフウ助けて!!早くレイアを宥めてええええええええええええええ」

またしても悩みの種が増えてキシ君は夜も寝ずに操縦する羽目になった。

ゴッドセブン星までまだ半分の航路しか進めていない。この調子だといつになることか…考えるだけで気が遠くなった。