「ったくこの星にはロクな女がいねーな。ジン様のこのセクシーダイナマイトボディの魅力が分からんとはな」
次々と玉砕し、不貞腐れながらジンはナマコを踏みつけて悔しさを露にする。アムはヤシの実ジュースを飲みながらまあまあと宥めた。
「今からでも遅くはない。ライ〇ップを始めろ。それとそのサングラスは捨てろ」
「なんでだよ。俺のカラダのどこが貧弱で貧相で洗濯板だっつーんだよ」
「誰もそこまでは言ってない。それよりそろそろ戻らないと連れが寂しがってるんじゃないか?」
「ゲンキのことか?それなら大丈夫だよ。あいつもキシ君との再会懐かしんでるだろうし、半年間の空白を埋めるためにも俺はどっか行ってた方がいいだろうし」
ジンはどっかりと座り込んでアムのヤシの実ジュースを無心してきた。
「半年間の空白?」
ビーチには透明な海水が寄せては返す。いつの間にかひと気があまりなくなっていて静かだった。
「アム、お前キシ君とはどこでどうやって知り合った?」
ジンは質問に質問で返す。まあいい、とアムは答えた。
「カネモ星というリゾート星で二週間ほど前に出会ったんだ。というか元々レイアが俺の誕生パーティーに無断で忍び込んでキシ君たちが見世物として売られそうになって…」
「…?よく分かんねえけど一緒にいたあいつらも似たような経緯かな。キシ君はプリンス星をカミセブン号で発つ時は一人だったからな。ほかの星に知り合いなんているはずもないし」
ジンは砂を掘り始める。そして幼児のように砂山を作り始めた。
「俺は反対したんだけどな…ゴッドセブンなんてベラボーに遠い星に行くなんて…でもキシ君の立場考えるとそういうわけにもいかねーし。ゲンキにゃ可哀想だけどさ」
「あん?よく分らんな。キシ君は念願の宇宙船パイロットになって仕事をもらって自分の宇宙船で旅立ったんだろう?」
アムも一緒に砂山を作り始める。二人の作業でみるみるうちにそれは大きくなっていった。
「…パイロットの資格取ったまでは良かったんだよ。けど、その後…」
「?」
ジンは遠くの水平線を見つめる。そこにはさっきまでのチャラさはもうなかった。瞳に映るのは憂いと水面だけだ。
「キシ君のパイロット養成校の学費をゲンキが立て替えてたことがあいつの家にバレて、キシ君がゲンキを恐喝したとまで言われて…もちろんそんなことねえし、ゲンキは自分がキシ君の夢を叶えてあげたくてしたことだからって説明したんだけど元々俺らみたいな孤児院出身の庶民と星有数の金持ちの家の子のゲンキが仲良くするなんて良く思われてなかったからな」
「ほう…なんだか他人事とは思えんな」
同じセレブ出身としてはよくありそうな話だ。アムも家を飛び出す時、全て正直に話したらきっと大反対されただろうと思い返す。
「結局、キシ君はオンボロ宇宙船と僻地への資材配達の仕事与えられて追い出されたような形になったってわけ。俺とゲンキは最後まで反対したけど、キシ君は多分、そうしないとゲンキが俺とまで離されると思ったんだろうな。いつだってキシ君は自分のことより周りのこと考えちまうから」
「ううむ…キシ君がよもやそこまで漢気のある奴だとはあの汗だく涙目面からは思いもよらなかったな」
「そういう奴なんだよ、キシ君は。普段は優柔不断で情けなくて頭悪くてタイミングも悪くてあたふたしてるけど、いざって時の決断力はすげえ男らしいし頼りになる。俺たちはそんなキシ君が大好きだったから…だからキシ君が俺たちのために決断したのに反対なんかして…」
ジンは鼻をすすった。砂山で顔が隠れて見えない。
「ゲンキの奴も暫くは落ち込んで自分の受験勉強も手につかなかったけど…やっと立ち直って学校入って自立するんだって…俺もそろそろなんか目標見つけねえとな」
「だったらこんなとこでナンパに失敗して砂山を作ってる場合じゃなかろう。だけどジン、お前にはそれがお似合いというか…お前はそういうキャラでいてくれ。セクシージン・グージなんて俺は見たくない」
「んだよそれ!俺だってなぁ…やればできる子なんだ!YDKだ!この俺に不可能なんかねえ!!」
ジンは立ち上がると顔を拭って何故か海に向かって突進して行く。やれやれ…と思いながらアムもそれに従う。二人してしっちゃかめっちゃかに泳いでくたくたになった頃にはもう美しい夕日がビーチを染めていた。
「いやーでもさ、こんなとこで会うなんてすっげー偶然!俺最初目を疑ったもん。いろいろあって疲れててありもしない幻覚を見せられてるんじゃないかってさ!」
ケバブをガツガツ食べながらキシ君は語った。懐かしい友との再会が自分を饒舌にしているようだ。
「僕も…キシ君に会いたいっていう思いが見せた幻覚かと思った。だってもっと遠くに行ってると思ったから」
「え、まあ色々ありまして…」
「さっきの人たちは…?友達…ってわけでもなさそうだけど…」
アムはジンと意気投合してどっかに行ってしまった。カオルは離れた場所で一人ケバブ大食い(特大サイズを15分で3つ食べたらタダ)に挑戦している。フウとレイアはビーチの方へ行ったまま戻らない。
「あ、うん…かくかくしかじかでうちの宇宙船のクルーになってもらったんだけど…」
「クルーか…そっか…キシ君はもう他に仲間を見つけちゃったんだね」
ゲンキの瞳は益々憂いを濃くしていく。何か気になることを言ってしまったのか…キシ君は焦った。
「なんでそんな顔すんの!俺がこの仕事終えて一人前とまではいかなくてもちゃんとパイロットとしてやっていけるとこ見たらお前んとこの両親も認めてくれるかもしんないんだしもうちょっと待てよ。俺は…」
「キシ君…僕ね、宇宙航空学校に入学したんだ」
ゲンキは顔をあげる。
「え?」
「キシ君が旅立った後…何にも手がつかなくて…落ち込んでてジンも色々気を遣って声をかけてくれてたんだけどなかなか立ち直れなくて。でもある日思ったんだ。キシ君と同じ、宇宙船に携わる仕事に就いて一緒に働くことが出来たらって。だから僕、猛勉強して入学したんだ」
「そっか…そうなんだ、ゲンキ」
「親は反対したけど…でも僕はもう言いなりになるのは辞めた。自分の友達くらい自分で守りたい。あの時、親の反対を押し切ってキシ君たちのこと認めてもらおうとしなかった自分が許せなかったから…だから今度こそって…」
目に涙を溜めてゲンキは話す。キシ君は思い出す。それまでただひたすらに無邪気に楽しんでいたのに、その関係に亀裂が入った日のことを。誰も別れを望んでいないのにそうせざるを得なかった自分たちの無力さを知った日のことを。
全ては未熟だから。それを嫌というほど思い知らされたからキシ君はそんな自分を変えるべく一人前の大人として仕事をこなそうと決意したのだ。
あれから半年…自分は変われたのかどうか分からない。だけど…
「そんな深刻な顔しなさんな、ゲンキ!俺とお前はこうしてまた会えたし。全ては俺たちを成長させてくれる課程だったんだって。そう思えば親にも感謝感謝だよ。な?」
今こうして充実した日々を送ってポジティブになれるのは成長した証だ。それをキシ君はゲンキにも伝えたかった。
「キシ君は本当に強いね」
「へ?そう?いやーでも従業員からはバカにされまくりで…特にレイアなんか…」
「そういう意味じゃないよ。あんな酷い仕打ちしたうちの親のこと、そんな風に思ってくれるなんて…。僕ね、正直怖かったんだ。キシ君がもしあの時のこと気にしててもう僕とも口をきいてくれなくなるんじゃないかって…。ジンにそれを言ったら怒られた。キシ君はそんな奴じゃねえって」
ゲンキの瞳にはもう憂いはなかった。彼はしっかりと正面を見据えながらこう言う。
「キシ君、今からでも遅くないから言うけど…僕と一緒に宇宙船に乗って」
「へ?」
ゲンキの顔は真剣そのものだ。キシ君はケバブを落としかけた。
「レイア食べないの?チョコアイス美味しいよ」
売店で買ったチョコアイスを持ったままレイアは夕陽を見ている。すでに溶けかけてコーンを伝っていた。
「ねえフウ…あの二人、どう思う?」
いつになく真剣モードになっているレイアをフウは不思議に思う。いつもきゃぴきゃぴしてKY言動ばっかりの暢気で天真爛漫な彼がこんな風になるのはいつだって…
「レイア、なんか予感したの?」
フウはアイスのコーンの最後を口に放りこむ。
「予感っていうかぁ…」
レイアはようやくアイスを一口舐めた。
「キシにとってあの二人はただの友達じゃない気がすんだよねぇ…あのチャラくて下品でアソコも小さそうなアイツは同じ施設で育ったっていうしぃ兄弟みたいなもんでしょ?僕とフウみたいに」
「そっか。それじゃ切り離せない関係だね。あ、でも離れたからキシ君は宇宙船に乗って今ここにいるんだっけ」
「それともう一人の方…なんかぁ…上手く言えないけどちょっとキャラ被ってるしぃなんとなく嫌な予感すんだよねぇ」
「そうだね!たとえば「女装が似合うJr」とか「女子力高そうなJr」とかでことごとくレイアの上位にいそうな感じ…あっちょっとレイアフナムシを投げないで。あくまでそんな気がしただけで…」
「あのうる瞳がなんか気になるよぉ…今頃キシの奴『キシ君、僕と一緒に宇宙船に乗って』とかってたらしこまれてるんじゃないかなぁ…そうなったら僕たちまた路頭に迷うことになるよねぇ」
「え!?それは困る!だって俺はキシ君とは離れたくないしカオルやアムとも別れたくない」
「だよねぇ…もしそうなったら契約違反だからぁタダではすませないよぉ僕たちのこと捨てたら末代まで呪ってやるよぉサマパラもキシのソロだけ飛ばしてやるからぁ…」
「レイア怖いよ。アサシンの目になってる!可愛いおっとりふわふわレイアはどこへ…」
フウは貝殻を叩き割って武器にしようとするレイアを必死に止めた。そのうちに夕陽はすっかりと水平線の彼方に落ち、カミセブン号に戻るとすでにカオルとアムは帰ってきていたがキシ君の姿がなかった。
「キシ君?そういえばこの近くの超高級リゾートホテルに入っていくところを見たような気がするな…ほれ、あのゲンキとかいうのと。ジンはまだまだ俺は諦めねえぞってナイトクラブに勝ち目のないナンパに行くところだったから俺は見捨ててきたんだが」
アムがカオルのこしらえたトルコライスを食べながら呑気に言い放つ。レイアとフウは顔を見合わせた。
「おいアムぅ…いざとなったらこの宇宙船お前が操縦するんだよぉ…」
「は?」
「は?じゃないよぉ…僕たち明日には失業してるかもしれないから退職金がわりにカミセブン号もらってくからぁちゃんと動かすんだよぉ」
「何を言ってるんだレイア。俺は免許も何も持っていないんだから動かしようがないだろう。キシ君がどうかしたのか?」
「キシは…プリンスなんだよぉ。しょせん僕たちとは住む世界が違ったってことだよぉ」
「何の話をしているのか知らんがお前のその眼は殺し屋そのものだぞ。おいフウ、一体ぜんたいなんだっていうんだ。説明してくれ」
「えっと…スノープリンスとプリンスは似て非なるもので、スノプリの末裔もどんどん減ってきてる今新旧プリンス対決が…」
「わけがわからん!おいカオル!食ってないでこの殺し屋を止めろ!ちょっと待てそれは俺が密かに実家から持ってきたコア破壊装置だろう!なんでレイアお前がそれを持っている!いいからやめろって!」
破壊装置を設置しようとするレイアをフウとアムが必死に止めていると、がちゃりとドアが開く。そこにぽかんとしたキシ君が立っていた。
「何やってんの?」
「あ、キシ君」
「どこ行ってたんだよ。遅いからもうキシの分のトルコライスは俺が食ったぞ。それともどっかで一人だけ美味いもん食ってきたの?」
すっかり空になった皿を片付けながらカオルが言うとキシ君は「え、俺の分の夕飯ないの!?」と悲壮な顔になる。そこであわやコア破壊装置を作動させるところだったレイアがスナイパーの絶対零度をキシ君に飛ばす。
「こんな時間までどこほっつき歩いてたんだよぉキシぃ…お別れの挨拶ならいらねえよぉ」
「ちょっと…なんなのその怖い眼…お別れの挨拶…?」
事態が飲み込めないキシ君は滝のような汗を流し始める。ほんのちょっと帰りが遅くなっただけでこの殺気は一体…まるで新婚の夫婦が夫の帰りが遅いと浮気を疑って修羅場になるような…
生命の危険を感じたキシ君はとにかく明るく振る舞うことにした。
「そ…そだ!みんなに紹介したい人たちがいるんだ!おい入れよ、ジン、ゲンキ!」
「…?」
キシ君の手招きで入ってきたのはジンとゲンキだった。少し戸惑いを含んだ表情を浮かべている。
「そいつらなら昼間に会ったじゃん。キシの幼馴染みだろ?」
カオルが指摘すると、キシ君は「そうなんだけど」と続ける。しかしコア破壊装置に手をかけたレイアの眼が妖しく光った。
「そっかぁ…最後の別れをそいつらと共にってことかぁ…だったらカミセブン号ごとこの星を宇宙の塵にしてやるよぉ」
「ちょっとだからなんでそんな怖い眼するの!それとその物騒なのしまいなさい!えー…コホン、このたびカミセブン号に新たなクルーを迎えることになりました。ジンとゲンキです。みんな仲良くしてやってくれ」
「えええええええ!?」
驚いたフウがコア破壊装置に手をかけたレイアの手を押してしまい、装置が作動してしまう。大騒ぎになったカミセブン号は星の爆弾処理班を呼ぶやらなんやらでてんやわんやのまま一夜が明けた。そして次の朝…
「えー…かくがくしかじかでジンとゲンキは俺の宇宙船に乗りたいってことで…ギリギリ収容できるし…乗ってもらうことにしたんだけど…」
徹夜作業でくたくたのキシ君はそれだけ説明するのがやっとだった。爆弾処理の費用はゲンキがたてかえてくれたが破壊装置をおじゃんにされたアムはレイアと一晩中口ゲンカをしてフウはレイアの擁護に回り、カオルは成り行き上アム側に付いたがついに決着は付かなかった。
「おいキシ君宇宙船業務ってハンパねえな。俺ナメてたわ。キシ君にもできるんなら俺にもできるなんつってゴメンな。やっぱキシ君はすげーわ…」
ジンは疲労困憊のキシ君の肩に手を置く。
「こんな大変なところでキシ君は半年もやってたんだね…ゴメン、そうとも知らずに軽々しくうちの宇宙船に乗ってくれだなんて言って…僕も甘く見てた」
ゲンキもまた反省の表情でキシ君の肩に手を置いた。
「ちょっとぉそこの新人二人ぃ、休んでる暇ないよぉ。レイア先輩が宇宙船業務について一から教えてやるからお前ら今日から寝る暇ないよぉ。まずは寝室の掃除からぁ」
すっかりシフトチェンジしたレイアは先輩よろしくジンとゲンキにテキパキと指示を始めた。キシ君は出発の手続きと操縦で補佐であるフウとパネル操作に忙しい。
「ねえキシ君、なんであの人たち急にカミセブン号に乗ることになったの?」
フウがなんとなく訪ねてみるとキシ君は慣れた手つきで操作をしながら答えてくれた。
「うん、それなんだけど…」