お荷物が増えるばかりのカミセブン号。だがなんやかんやで航路はそれなりに順調だ。ワープを繰り返しながら位置情報を更新するとゴッドセブン星までの距離が計算される。
「ようやく半分か…長かったような短かったような…」
しみじみとミルクティーをすすりながらキシ君は呟く。一時は命の危険も感じたがなんだかんだ順調に進んでいる喜びを感じる。苦労も尽きないがやっぱり宇宙船パイロットになって良かった…これは俺の天職なんだ、と感慨に浸った。
「そういやぁキシはなんで宇宙船パイロットになろうって思ったのぉ?」
チョコチップクッキーを齧りながらレイアが問う。彼はさっき警報を鳴らしたばっかりだがもうけろっとしている。
「あ、俺も聞きたい!キシ君パイロット誕生秘話!」
フウが挙手をする。その横でアムは優雅にメロンをスプーンで掬いながらツッコミを入れた。
「そんな大それたもんじゃないだろう。きっと三分で終わる」
「いやいやいや…よくぞ聞いてくれた。俺がパイロットになろうって思ったのはね…」
案外自分語りが好きなキシ君はコホン、と一つ軽い咳払いをしてヒストリーを語り始めた。操縦はオートに切り替える。
「俺さ、生まれた時から両親がいなくて…所謂孤児ってヤツなんだよ。施設で育ってさ。その施設の人たちは皆優しかったし一緒に育った子たちとも兄弟みたいに仲良くて。別に不満なんてなかったし将来の夢もなかったんだけど…。俺の人生を変える出来事があって…」
ふんふんと真剣に聞いているのはもうフウだけになっていた。レイアとアム、そしてカオルはウノに興じている。
「その施設の出身で宇宙船パイロットやってる人が来て俺達に語って聞かせてくれたんだよ。それだけじゃなくて自分の操縦する宇宙船も見学させてくれたんだ。俺すっかり感激しちゃって…」
「キシそういうとこ単純そうだもんねぇ」
「そんで宇宙船パイロットになるにはどうしたらいいかを調べたらべらぼうに学費の高い宇宙船航空学校に入らないといけないことが分かって一度は諦めかけたんだ。けどその人も働いて金貯めて学校に入ったっていうから俺だって…って思ってたら…」
「ふんふん。思ってたら?」
フウは目を輝かせて何度も頷く。
「なんと足長おじさんが現れて俺の学費出してくれるって言うんだよ。そんで俺は猛勉強して見事学校に合格して資格試験も通って晴れて宇宙船パイロットになったってわけ」
「ほう…なんだか出来過ぎた話だな。その足長おじさんはどこの誰か結局分からずじまいか?」
ウノをしながらも一応話はちゃんと聞いているアムが訊ねるとキシ君は照れ臭そうに頭を掻いた。
「いやまあそれには後日談があって…。実はその足長おじさんは俺の友達なんだよ。アムほどじゃないけど大金持ちの子で、一緒に施設で育った親友と三人でいつもつるんでて俺の夢もさんざん話してたからさ」
「いい話だね!本にしようよ!」
フウだけが感激して瞳をキラキラさせている。その後ろでレイアの「ウノぉ」の声が響いた。
「今の俺があるのはあいつらのおかげ…元気かなぁ…あいつら…」
わずか半年ほど前のことだが酷く遠い昔のように感じる。思い出に浸っているとまた警報が鳴った。
「ちょちょちょ、今度は何!?何やらかしたのレイア!?」
「ちょっとぉなんで僕なんだよぉ。知らないよぉ僕ここでウノしてたもん。なんも触ってないよぉ」
確かにレイアはカードを持って座っている。レイアじゃないとすれば一体誰が…
「え…ちょっと待って…これ…航路反れちゃってる。あ、しまった。オートにする時設定解除するの忘れて…」
なんのことはない凡ミスだ。だが後ろの視線が怖い。
「自分がやらかしてんのに僕のせいにするとかありえないよぉ」
「だって普段鳴らしまくってるじゃん…」
「なんだよぉその開き直りはぁ!謝れ!謝れぇ!」
「おっといけない。航路直さないと。あ、これもちょっと近くの星に一度停まった方がいいかなー」
すっとぼけるキシ君にレイアが延髄蹴りをかまそうとしてフウが止めに入る。航路修正の際に候補に挙がった星にアムが「おや」と顎に手を当てた。
「ハチジョージマ星じゃないか。訪れるのは久しぶりだな」
「ハチジョージマ星?何それ。美味いもんある?」
どら焼きを頬張りながらカオルが訊く。
「ビーチリゾート星だからな。それなりにある。何せ海が綺麗なんだ。常夏だし。俺はハワイ星の次に好きだな」
「ビーチリゾートぉ?泳げるのぉ?やったぁ!!」
レイアがウノのカードを投げて歓喜の声をあげた。横でフウも「良かったね、レイア」と喜んでいる。
「あのね、遊びに行くんじゃないの。ちょっと給油してついでに買い出しくらいで…そんなのんびりしてる暇なんかないんだよ。宙港の駐船代金だってバカになんないんだし」
「今回はキシのミスだろぉ。ひと泳ぎくらいいいじゃんかよぉ体育会水泳部なくなったんだしこれぐらい許せよぉ」
「いけません。キャプテン命令です。必要なもん買ったらさっさとしゅっぱ…」
キシ君がそう言いかけて後ろでアムがカオルと話している会話がその時耳に飛び込んできた。
「ビーチには水着ギャルがわんさかいるぞ。腹の足しにはならんが眼の保養にはなるかもな」
「へー」
「…」
たまには休暇も必要だろうとキシ君が言い出して、ハチジョージマ星に一日滞在が決まった。
「青い海、輝く太陽、白い砂浜が素敵だよぉ」
レイアは太陽に手をかざす。久しく忘れていた日光の眩しさに目を細めた。
ハチジョージマ星は美しいビーチが広がる常夏の楽園だった。ほぼ観光産業だけで成り立っているのでホテルも各種施設も充実している。ビーチも無数にあるから混み合うこともなく理想的なリゾート地だ。
「おお…楽園…」
キシ君も感激している。内陸で育ったキシ君は数えるほどしか海に行ったことがない。ましてやこんな綺麗な海など初めてだ。しかも水着ギャルもいる。
「ふむ。久しぶりだがまあ悪くないな…おいキシ君、涎垂らすのはやめてくれ。みっともない」
「アイス食いてー。海の家までちょっくら行ってくる」
カオルは食料の調達に忙しく、レイアとフウはもう沖合できゃっきゃと水を飛ばし合っている。
「ねえレイア、海の中でヘッドスピンしたらどうなるかな!?」
「渦潮みたいになるだろうねぇ。でも騒ぎになりそうだからやっちゃダメだよぉフウ」
「分かった!けど暑いね。喉渇いたね」
フウの提案でトロピカルジュースを飲もうと二人は売店エリアまで歩いて行く。途中、面白い光景が目に入って来た。
「ねぇフウ見てぇあれ、おっかしいよぉ」
「なになに?」
そこにはヒョロヒョロ体型のチャラそうな…しかし童貞臭い少年が不似合いなグラサンをかけて水着ギャルの品定めをしていた。しかしいかんせん水着ギャル達はスルーだ。
くすくす笑っているとそれに気付いた少年がこっちへ歩み寄ってくる。彼はグラサンを取ってつっかかってきた。
「さっきから何見てやがんだよ!生憎俺は男にゃ興味ねーからよ!んなジロジロ見られたって困るんだよな!」
「だってぇ面白いんだもん。可哀想なくらい相手されてないしぃ童貞臭凄いしぃ…その体型もギャグだよぉどうしたらそんなに薄っぺらになれるのぉ?」
ずけずけとものを言うレイアにチャラ少年は顔を引きつらせた。
「てめーこそ男か女か分かんねえじゃねーかよ!本当にチンチン付いてんならこの場で見せてみろ!」
「わぁヤダぁセクハラだよぉ怖いよぉフウ助けてよぉ」
レイアはフウにしがみつくがフウはあっけらかんとした様子で
「でもこの場合レイアが余計なこと言っちゃったからそこは俺が代わりに謝ります。ごめんなさい」
「おーおーそっちの奴は常識あんじゃねえか。んじゃアイス2本で許してやらあ」
「うわぁカツアゲまでしてきたよぉ。人としてどうかと思うよぉポリスカモーンだよぉ。やっぱアソコが小さい男は器も小さいねぇ」
「てめーもう許さねえ!そこへなおれぇ!この俺のビッグマグナムでどつきまわしてヒィヒィ言わせてやるぁ!!」
激昂したチャラ少年がレイアに飛びかかろうとした時、キシ君が現れる。水着ギャルを堪能して喉が渇いたからジュースを飲もうとやってきたのだ。
そのキシ君の目がチャラ少年を見て大きく見開かれた。
「ちょ…もしかして…もしかしてジン!?」
「へ?」
チャラ少年は素っ頓狂な声を出してキシ君の方を見る。すると彼も大きく目を見開いた。
「おいおいマジかよ!キシ君じゃねえか!!こんなとこで何やってんだよ!!」
「お前こそ!!こんなとこで会うなんて…うわーすげー懐かしい!まだ半年しか経ってないのに…!」
キシ君は目を潤ませてチャラ少年と抱き合う。どうやら知り合いのようだ。レイアとフウがぽかんとしているとまた誰かがキシ君の名前を呼んだ。
「キシ君…?」
色の白い、瞳の大きな美しい少年が驚愕の表情でトロピカルジュースを2つ手に立っている。一見して女性と見まがうような雰囲気だ。レイアとは若干毛色が異なる。
「ゲンキ…!!お前も一緒だったのかよ!!」
「嘘…ほんとにキシ君…?ジン、これって…」
「俺にも訳分かんねえけど、空気読めねー失礼極まりない男女とやりあってたらキシ君が現れやがったんだよ!!宇宙には似てる奴が30人はいるっていうけど俺のことも分かってるしコイツは本物だぜ!!」
「ほんとにキシ君なんだ…ほんとに…」
色白美少年はうるうるとその大きな瞳を濡らす。ジュースを持つ手は震えていた。ただならぬ雰囲気である。
「何やってんの?お前ら」
盃みたいなどでかいグラスに注がれた山のようなかき氷を持ったカオルとグァバジュースを手に持ったアムがきょとんとした表情で現れる。
カミセブン号のクルーが皆狐につままれたような顔をしているとキシ君は笑顔で彼らを紹介した。
「俺の幼馴染みのジンと友達のゲンキだよ!!いやーもうこんなとこで会うなんてスゲー偶然!」
「ジンは俺が育った施設で一緒に過ごした親友なんだ。ゲンキも同じ星で知り合って…俺達三人何をするのもどこへ行くのも一緒ってくらい三位一体でさ」
トロピカルジュースをぐびぐびやりながらキシ君はらんらんと語って聞かせる。
「プリンス星が誇る星民の彼氏、ユータ・ジン・グウジとは俺のことだ。お前ら俺の名前覚えておいて損はないぜ」
「ゲンキ・イワハシです。よろしく」
ジンはチャラいが陽気で快活、それとは対照的にゲンキは大人しくおっとりとした印象を受ける。二人ともキシ君に会えて嬉しそうに寄り添っていた。
「施設に入ったのは俺が一年くらい早くて、偶然にも同じ名前だったから俺が話しかけたらコイツ最初は誰とも群れたくない、一匹狼気取っててさ。でもほんとは寂しがり屋だってこと俺はすぐに見抜いたね」
「だってよーキシ君が『へえ、お前もユータっていうんだ』ってどっかの漫画みたいに馴れ馴れしく話かけるから最初は何コイツってすげー警戒したんだよ。俺親亡くしてナーバスになってたしさ」
「けど仲良くなったらもう以心伝心だもんな。施設でも『Wユータ』ってひとくくりにされて…よく馬鹿やって職員さんに怒られたっけ」
「そうそう。で、そんなこんなで毎日二人で馬鹿ばっかりやってあの日も迎賓館の庭にこっそり入って遊んでたらゲンキに出会ったんだよな」
「うん。あの時はびっくりした」
「浮かない顔した女の子がいると思ったら男だって言うんでびっくりしたなー。確かに着てる服は男もんだったけどさ」
キシ君はジンとゲンキと昔話に花を咲かす。レイアはとっくに飽きてビーチに泳ぎに行き、フウもそれに付いていった。カオルは話半分に聞きながら巨大かき氷をやっつけていた。
アムはしかしジン達と馬が合うようだった。
「ほう。確かにキシ君とジンは似た匂いがするがそっちのゲンキは若干毛色が異なる感じだな。ゲンキは多分いいとこの出だろう?」
「お、よく分かったな。ゲンキはプリンス星有数のセレブだぜ!つっても本人はそんなこと全然鼻にかけねーけど」
何故かジンが自慢げにそう答える。キシ君がそれに倣った。
「初めて出会ったのが迎賓館ってのはさ、ゲンキはそこで開催されるパーティーの招待客で…人見知りだったから色んな人に挨拶したり愛想笑いしたりに疲れて庭に出てきたら不法侵入してた俺らに出会ったんだよ。
正直、見つかった時は終わったって思ったけどゲンキは俺らのこと通報しなかったからコイツいい奴じゃんってジンが言い出して…」
「ジンもキシ君もそれまで僕の周りにいた人たちとは全然違って、なんていうか…自然と話せる感じが安心できて自分でもびっくりするぐらい人見知りしなかったの覚えてる。その頃僕には友達と呼べる存在はいなかったから」
トロピカルジュースのグラスを両手で握りしめながら嬉しそうにゲンキははにかんだ。その仕草が女性らしくて錯覚をおこさせる。
「けどゲンキはいつも大人に囲まれてて学校も行ってないから会うのに中々苦労したんだよな。でもそれが面白かったわけだけど」
「まあそうだろうな。俺達みたいなのは学校に行くより英才教育を受けるべく家庭教師ってのが主流だからどうしても閉鎖がちになるんだ。俺はそれが嫌で飛びだしたわけだが」
アムはジュースについていたレモンをかじってすっぱさに顔を歪ませながら言った。ジンが首を捻る。
「俺たちみたいな…ってお前もどっかの金持ちなわけ?見えねーなー」
「おいおい失礼な。この溢れ出る高貴さが分からんのか?ん?」
アムが変顔をしてみせると爆笑の渦が起こる。腹を抱えて笑った後ジンはがしっとアムと肩を組んだ。
「お前おもしれーな!気に入ったぜ!この俺に付いてこい、水着ギャルを両手に抱えてアバンチュールさせてやるぜ!」
「まあ付き合ってやろう。あとそのグラサンはサイズが合ってないからやめた方がいいぞ」
ジンとアムは意気投合してビーチに消えてゆく。その後ろ姿をやれやれ、と浅い溜息をつきながらゲンキが見ている。キシ君もなつかしさに笑みがこぼれた。
「変わってないなあジンの奴。きっといつものパターンで誰にも相手されなくて『この俺の童貞捧げるのはそれなりの女でないとダメなんだ。俺の方から断った』なーんて強がって…」
「そ。全く変わってないよ。まだ半年しか経ってないから当たり前といえば当たり前だけど…」
「そっか…まだ半年か…そうだよな」
かき氷を食べ終わったカオルは、さっきまで懐かしさでウキウキだったキシ君が急にしんみりとした表情になったことに気付く。
そしてゲンキの美しい瞳も憂いを帯びていた。