こうして検問にもひっかかることなく宙港に無事戻り、エアカーを乗り捨てて格納庫に向かう。安堵したその時…

「ちょ、フウ!何するんだ!?」

キシ君の驚きの声の前にフウの手はレイアの頬に伸びていた。そう、フウがぴしゃりとレイアの頬を叩いたのだ。

「フウ…」

レイアは頬をおさえて鈍い痛みと共にその行為の意味を検索する。フウがレイアに手をあげた理由は一つだった。

「レイアのばか!!心配させて…!!勝手にいなくなっちゃうなんてどんだけ俺とキシ君とカオルが心配したと思ってるんだよ!!もしセレブジジイのペットになっちゃったらもうレイアに会えなくなっちゃうんじゃないかと思って…俺…俺…」

フウの眼から大粒の涙がぽろぽろ落ちる。それ以上は言葉にならず嗚咽だけが漏れていた。フウが泣くとヘッドスピンが暴走するはずだが、どうした訳かこの時ばかりはそれもなかった。

「いや、俺はそんなに心配してないけど」

「カオル、今そういうこと言わないの!フウ泣くなよ。レイアも反省してるって。こうしてみんな無事に戻ってこれたんだし…」

キシ君が慰めてもフウは歯を食いしばって目をきつく閉じ涙を流す。レイアはそれを見て素直に反省した。

「ごめん、フウ…。でも僕自分でやったことの責任取らなきゃって思ったんだよぉ。フウやカオルと違って僕は取りたててなんの役にたつわけじゃないししょっちゅう非常警報ならしてお荷物状態だったしぃ…なんかしなきゃって思ってぇ」

「でも、だからって…俺にまで黙っていなくなるなんて…!」

「ごめん…次からはフウにはちゃんと言うから許してよぉ」

「約束だよ!?絶対だよ!?俺はレイアが四時間約束の時間に遅れてきても二回目でも許せるけど黙ってどっか行くのだけは許さないから…!!」

「うん…」

えぐえぐ泣くフウの背中をキシ君が優しくさすりながら慰める。

「フウ、俺も悪かったよ…俺がレイアにきつく当たったからレイアはあんな行動に出たんだろうし…今度からはちゃんと大人の対応するよう心がけるからもう泣くなよ」

「そうだよフウ泣くなって。フウが泣いたらまたヘッドスピン地獄になんだろ?俺あんなのに巻き込まれるのはゴメンだぞ。それはキシ君の役目だからな」

「ちょ、カオル、だからお前は一言余計…」

「キシぃ」

レイアはキシに向き直る。ちょっと不本意なほっぺプクーを見せたが浅い溜息の後、かぼそい声でこう呟いた。

「…悪かったよぉ。もう非常警報は鳴らさないよう気をつけるよぉ」

「へ?」

レイアがキシに頭を下げて謝るなどカミセブン号に乗ってから初めてのことだった。いつも何かと小バカにして何かやらかしても謝ったりすることなんてなかったのに信じられない。キシ君は現実かどうか確かめるためにほっぺたをつねってみた。痛い。

「なんだよぉそのすっとんきょうなマヌケ面はぁ人がせっかく謝ってんのにぃ」

「あ、うん…ハイ」

「凄いねキシ君、レイアが人に頭を下げるなんて珍しいよ。大抵は小悪魔の微笑みで誤魔化すか絶対頭を下げたりしないのに」

鼻水をすすりながらフウも感心している。なんだか良く分からないがキシ君はほっとする。これで一見落着だ。カミセブン号に戻ってめでたしめでたし…

と思いきやぬっと前に人影が踊り出た。

「…どちら様?」

キシ君とフウ、そしてカオルはきょとんとする。身なりのいい険しい顔をした鼻の高い美少年が腕を組んで仁王立ちをしていた。

 

 

「…こんなとこまで…超しつこいよぉ…」

レイアのうんざりした呟きに鼻高美少年はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「悪いが俺は狙った獲物は逃がしたことがないんでな…ちょっとその服に発信器を付けさせてもらった。エアカーまで盗むとは大したタマだ…尾崎豊にでもなったつもりか」

「尾崎って誰だよぉしかもあれはバイクだろぉ」

レイアのツッコミをよそに、キシ君たちは耳打ちをする。

「そういえばレイアの着てる服ってブランド物じゃないの?そんな服持ってなかったと思うけど…」

「まさかレイア…」

「そのまさかだ。その服は俺のだ。服は盗むわエアタクシーの料金を勝手にツケるわパーティーの客にたかるわおまけに台風巻き散らしてメチャメチャにするわ一体どんな連中だろうと思ってな」

「ヤバいんじゃね?これ」

ちゃっかりパーティー会場でくすねてきた料理をタッパの中から取り出してむしゃむしゃやりながらカオルが言うと、キシ君もようやく事態を理解し始めた。

「ちょっと待って…これってもしかして宇宙警察に突き出されるってこと…?そうなったらゴッドセブン星どころじゃない、前科者になってしまう…」

「ちょっと待てよぉ。こいつらは関係ないよぉ。服くすねたのは僕だからぁ」

レイアはキシ君たちの擁護に回がカオルがぼそっと呟く。

「…俺たちもどこぞの誰かのエアカー勝手に乗りまわしてここに戻ってきたから無理じゃね?」

「かくなる上は俺のヘッドスピンで…」

フウがニット帽を被って身構えた時…

「一つだけ条件がある。それを呑んだら全て目を瞑ってやってもいい」

アムは相変わらず笑みを湛えたままでこう言った。

「条件?」

キシ君たちは目をぱちくりとさせる。そして4人で耳打ちを始めた。

「なんだろう条件って…やっぱり金持ちのペットになって大道芸回りかな…」

「それともやっぱり人造人間に改造…」

「臓器売られるのかも…」

「セレブジジイに売って若くて可愛い僕の美貌が毎晩慰みものにされるのかもぉ…」

恐ろしい想像をめぐらせていると、コホンとアムは軽い咳払いをした後、こう言い放った。

「俺もそのカミセブン号とやらに乗せろ。それで勘弁してやる」

 

 

「えーっと…それは一体…どういう…」

キシ君は頭がこんがらがってもう付いていけない。それでなくともあわや売り飛ばされるところだったしもう神経は疲弊しきっている。

「この人をカミセブン号に乗せたら全部許してくれるってこと?どっかに行きたいの?困ってるの?送ってあげればいいってこと?」

特殊な思考回路のフウはそう認識したようだがやっぱりカオルがツッこむ。

「良く考えろよ。金持ちなら自分とこの自家用宇宙船でどこへでも行けるだろ?」

「お前何考えてんだよぉそんな得体の知れない奴乗せらんないよぉ何されるか分かんないしぃ」

レイアが突っぱねるとアムは鼻を鳴らしスマホをスーツのポケットから取りだす。

「なら仕方がないな。警察に引き渡…」

「ちょっと待てよぉ!警察とか物騒なのやめろよぉ。皆で考えるからちょっと待てよぉ」

やや離れた場所でカミセブン号クルー達は相談を始めた。

「とりあえず逃げるよぉ。足には自信あるよぉ」

「待てよレイア。逃がしてくれると思うか?多分もう包囲されてると思うぞ。なんか気配感じるし」

「カオルの嗅覚は馬鹿にできないからな…断ったら俺達ブタ箱行きか…それにしてもなんであいつうちみたいなオンボロ宇宙船に乗りたがってるんだろ…」

「やっぱキシ君のカミセブン号がかっこいいからじゃない?乗せてあげようよ。それで満足するならさ」

「フウは黙ってぇ。何考えてるか分かんないよぉあいつの眼見たぁ?ヘッドライトみたいじゃん。きっとラップが得意だよぉ間違いないよぉ」

意見はまとまらない。そのうちにしびれを切らしたのかアムは咳払いをした。

「いつまで時間稼ぎをしてるんだ。あと5分待つ。それまでに結論が出なかったらポリスカモーンだな」

「だいたいさぁなんでお前みたいな苦労知らずの金持ちのボンボンがこんなちっぽけで狭くて汚いオンボロ宇宙船になんか乗りたがるのぉ?そこが一番怪しいんだよぉ」

「ちょ、レイア…それは言い過ぎだろ…カミセブン号は小さいけど性能はそれなりに…」

「キシは黙ってろぉ。さあ言えよぉ。何が目的だよぉ」

レイアが指を突きつけるとアムは斜め上に視線を向けて数秒沈黙した。その後、浅い溜息をつく。

「まあ平たく言えば今の生活に嫌気がさしたからってとこだな」

今さっきまでとはうってかわって少し真剣味のある表情になりながらアムは語り始める。

「俺の今の生活は全く面白味もなんにもない単調で単純なルーチンだ。ふと虚しくなる時があるんだな。このまま絵に描いたセレブ生活以外の何も知らずに生きていくというのが酷くつまらない気がしてな。どうせなら得体の知れない連中の得体の知れない旅に飛び込んでみた方がエキサイティングなんじゃないかと」

「エキサイティングぅ?」

「まあ退屈だけはしないかな。けど生命の危険に晒されるなんてしょっちゅうだぞ。レイアが非常警報鳴らすから。そうなっても俺らは責任取れねーよ」

タッパからパンケーキを取り出しながらカオルが言うとレイアが彼の頭を小突く。その横でキシ君はあんぐりと口を開けていた。

「お金持ちなのにそれを捨てて俺の宇宙船乗るってこと?相当イカれた神経だね…」

「いいじゃん!面白そうな奴じゃん!俺はフウ。よろしく!」

フウはもう勝手にアムを受け入れ始めている。それを満足そうに見て頷きながらアムは顎に手を当てた。

「フム。生命の危険か。それも面白かろう」

「けどさー金持ちのぼっちゃんなんだろ?こんなオンボロ船に乗るなんて親が許すか?」

カオルの言うことはもっともだ。しかしアムは「問題ない」と手をひらひらさせた。

「うちの親には暫く社会勉強をすると言ってある。その辺の理解はある。オンボロ船は隠しているが」

「さっきからオンボロオンボロって…一応俺がキャプテンだからね。全ての権限は俺にあるわけで…」

「じゃキシが決めろよぉ」

「え…えっと…どうしよう…もううちにはこれ以上人を雇う余裕はないし…」

またも優柔不断全開でキシ君がきめあぐねているとアムは呆れた顔をする。

「なんだ、物事一つ決めるのにえらく時間がかかるんだな。迷う余地はないと思うが」

アムの持つ携帯電話を見てキシ君は青ざめた。そうだった。断ればブタ箱行き。前科者として真っ暗の未来しかないのだ。

ならば答えは一つだった。

「…分かりました…乗ってください」

 

 

 

「フム。これがカミセブン号…なるほどな。で、コックピットはどこだ?寝室は?ダイニングは?」

興味深げに船内を見て回ったアムの問いに、レイアは前髪をセットしながら答える。

「何言ってんだよぉ一通り見て回っただろぉこれで全部だよぉ」

「…言っている意味が良く分からないんだが。これは倉庫じゃないのか?えらく狭いが」

「倉庫なんてないよ!あ、寝室のベッドは上が空いてるからアムはそこね。キッチンしかないから料理はどっか空いてる場所で食べること。あと…」

フウは懇切丁寧に説明を始めるがだんだんとアムの顔が曇ってきた。こうなることはレイアにもキシ君にも予想済みだ。

「…俺はとんでもない泥船に乗ってしまったかもしれん…」

「自分で選んだ道だろぉ。後悔しても遅いよぉ。もう離陸準備に入ったからぁ」

紅茶を飲みながらアムの後ろでレイアが言う。その横ではフウが麦茶を一気飲みしていた。

「レイアがセレブおっさんに頼んでくれたおかげで燃料満タンになってようやく飛び立てるね!ほんとレイアっておねだりに関しては右に出る者いないね」

「あったり前だろぉ。僕は自分の始末はちゃんと自分でするからぁ」

得意げなレイアはフウときゃっきゃと踊り出す。それを呆れ顔で見ていたアムもようやく観念して腹をくくりカオルの作ったドーナツをむしゃむしゃやり始めた。

「見て見てフウ、レアバウアーだよぉ」

「凄いねレイア!体が柔らかいからこそだね」

「そぉだろぉ…うわっ」

レアバウアーをしようとしてバランスを崩したレイアはひっくり返ってそこにあるレバーを倒してしまった。

途端、けたたましい警報が鳴る。

「な…なんだ?何が起こった?」

アムは驚きながら辺りを見渡す。と、そこに血相変えたキシ君が飛び込んできた。

「誰だあああああああああああああエネルギーの制御弁いじったのはあああああああああ機体がけし飛ぶ!!!ああああああああああああああああああああああ」

「落ち着いてキシ君!!制御弁倒したのはレイアだけど不可抗力だから怒らないであげて!とりあえず緊急安全装置を作動させて…」

そこからはキシ君が死に物狂いで操縦、フウが補佐、カオルがその補佐、そしてレイアは優雅に紅茶をすすりながら

「頑張ってぇフウ。終わったらオセロしようねぇ。カオルぅ、今日の夕飯はひじき入りオムライスにしてねぇ」

と呑気に見守っている。キシ君は今日という今日こそは大説教をしてやろうかと思ったがいかんせんそれどころではなく、半徹で操縦桿とパネルと睨めっこすることになった。

「想像以上に大変なものだな、宇宙船業務というものは。興味深いな」

レイアの横でダージリンティーをすすりながらアムは他人事のように見ている。どうやら彼は宇宙船についての知識はないらしい。それもそのはず、セレブなのだから自分で運転する必要もないのだ。

「…お荷物が増えるばかり…こんなんで本当にゴッドセブン星に辿り着くのかな…」

半眼になりながらキシ君は不眠不休で復旧にあたる。やっと終えた頃にはもう皆すやすやと就寝に入っており孤独との戦いが加わったのであった。