「おええ…まだ気持ち悪い…カエル食べさせられたなんて…ああもう夢に出て来そう…」
むかつく胸元を押さえながら宙港のショッピング街を足を引き摺るようにしてキシ君は歩く。思い出すとリバースが止まらない。
「恥っずかしいよぉもぉ。しかもまだ食べかけだったのにぃ。なんだよぉカエルくらいであんな取り乱してぇ。美味しいって食べてたじゃんかよぉ」
「だって俺カエルがこの世の中で一番苦手なんだもん!恐怖なんだもん!昔友達と田んぼで遊んでて足滑らしてはまった沼にでっかいカエルがわんさかいてゲコゲコ言いながら襲われたってトラウマがあんだよ!しょーがないでしょが!」
「知るかよぉ。21歳になったくせに情けないぃ。ねぇ颯?」
レイアが呆れながらフウに訊ねたが彼は首を横に振る。
「誰だって苦手なものはあるよ!キシ君は恐怖体験のせいでカエルが苦手になったんだから何も情けなくなんかないよ」
「うう…フウありがとう…お前はいい奴だ…」
涙ぐみながら気を取り直して必要な日用品や食料品の買い出しをするべく大型スーパーに向かう。この星の宙港はなかなかにでかいから迷わないように表示を見ながら進むと誰かにぶつかった。
「いてて…すみません」
キシ君は謝ったが相手は急いでいるらしく何も言わずにそそくさと走り去ろうとする。不思議に思う間もなく颯が気付いた。
「キシ君!スリだよ!今多分サイフ取られた!」
「え?あ…ほんとだ!」
懐をさぐると入れていた財布がなかった。ぶつかった時に取られたのか。慌てて三人で追う。
「くそ!やっぱこういう色んな星の人間が行き交う場所はろくでもない奴もいるんだな」
「こう見えて足には自信あるんだけどぉ…体育会TV楽しみにしててねぇでもやっぱり走るのはフウに任せるよぉ。フウ!」
「あいよ!任しとき!」
韋駄天のようにフウが先頭を切ったがいかんせん人ごみが激しく思うように進めない。そういうところもスリは手慣れていて見抜いているのかどんどん距離が遠ざかり始めた。
「誰か!!あいつ捕まえて!!スリだ!!」
キシ君が力の限り叫ぶ。行き交う人は何事だと視線を向けたがスリは次々にすり抜けていく。もうダメかと思われた時…
「あ!」
スリが派手に転倒した。すぐに起き上がれずもぞもぞとしているその間に追い付き、颯が馬乗りになろうと飛びかかった。
「待て!」
しかしその颯に誰かが待ったをかけ、躍り出る。
「こいつに触ったらお前までトリモチくっついちゃう。心配しなくてもこっから動けないよ」
どっかで見た顔…と思ったら記憶に新しい、それはさっきの「オニク亭」のくりくり目の店員だった。手に卵のようなものを何個か持っている。
「何それぇ?」
レイアが訊ねるとくりくり目の店員は得意げに卵をかざした。
「これ?これは業務用トリモチ。食い逃げとかそういう奴の対策用にうちの店で作られたんだよ。ちょうど仕入れてきたところで役に立ったな」
スリは駆け付けた宙港警察がしょっぴいていった。やれやれである。
「いやー助かった。ありがとねー店員さん。えっと…名前は?」
「俺?俺はカオル・クラモト。ぴっちぴちの16歳だぜ!育ちざかりだな」
カオルと名乗った少年は胸を張りながらリュックから出したチョコバーをむしゃむしゃやりだした。いい食べっぷりで育ちざかりなのも頷ける。まだまだでかくなりそうだ。
「16歳かぁ意外と若いんだねぇ。同い年くらいだと思ってたよぉ。ねぇフウ?」
「そうだね、俺とそんなに体格変わらないし健康そうだもんね」
「それがよー俺にも悩みがあんだよ。最近食っても食っても腹が減るから仕事にも支障が生じてなー居場所ねーんだよ」
溜息をつきながらカオルはバナナの皮を剥く。あっという間に三本たいらげてしまった。
「支障って?」
「ん、いやーなんてことねーんだけど、まあその出来あがった料理を厨房から客席に運ぶ際にほんのちょっとつまみ食いをな…それがバレて俺こうして使いっぱしりさせられたんだけど」
「それはカオルが悪いよぉ」
レイアのツッコミに、カオルは「そーなんだよなー」とぼやきながらせんべいの袋を開けた。さっきから気になっていたが彼の背負うぱんぱんに詰められたリュックは全て食べ物なのではないかとだんだん思い始めた。
「分かっちゃいるんだけどよー。食欲って抑えらんなくて。今の職場、余った料理つまみ食いできるし廃棄寸前の食べ物とか分けてもらえるし住み込みでまかない出るし俺には天職だと思ってったんだけどなー」
「へーその年で住み込みで働いてんの。学校は?」
キシ君が訊ねるとカオルは遠い目をして三食団子をぱくついた。
「俺みなし子でさ。生まれた時から親いないの。施設で育ったけどその施設も壊されることになってみんな宇宙にちりぢりになっちゃってさ。なんとか生きていくために星から星へと移り住んでここに辿り着いたってわけ」
「へえ~…苦労してるんだね」
颯の同情を含んだ呟きにカオルは「ありがと」と短く返事をしてマドレーヌを口に放り込んだ。
そしてそのくりくり目に少し光が宿る。
「けど俺はここで終わるわけにいかねえんだよ。今も宇宙のどっかで暮らしてる施設時代の親友にまた会うために、金貯めて宇宙船買って探しにいくんだ」
「親友?」
「そう。同い年で俺より大分小柄だけど目が大きくて真面目で可愛くて…ミズキっつうんだけどまた絶対会おうなって約束したんだ。それが俺を支える柱になってんだよ」
希望をその瞳に宿してカオルはりんごを齧る。この食欲があればブラックホールにも対抗できそうだ。
「そっかぁ頑張ってねぇ。僕たちも遥か彼方のゴッドセブン星目指してんだよぉ。すんごい頼りないキャプテンだから不安で不安でぇ」
「ちょ、レイア…頼りないは余計…」
「俺達も路頭に迷ってるところをキシ君に拾ってもらったんだよ!キシ君は本当に優しくて懐の広いキャプテンで…」
「ありがとうフウ…お前だけだ、俺を慕ってくれるのは…」
「ゴッドセブン星…」
あたりめを口に咥えながらカオルは何やら考えこんでいる。その間も口だけは動く。何か食べてないと死ぬんじゃないかってくらいにとりあえず食っている。キシ君たちがそこにうすら寒ささえ感じていると突然カオルはガバっと膝を折って地に手をついた。
「頼む!俺もその宇宙船乗せてくれ!!」
「え?」
「俺…」
カオルはようやく食べるのをやめて真剣な眼差しを三人に向けた。
「施設のみんなが離れ離れになる時、大人の会話の中でミズキがゴッドセブン星の大富豪に飼われるって聞いた気がするんだ。よく聞きとれなかったけど…けど調べたらべらぼうに遠い星みたいだし、俺にはそこまで行く金もない。だからこうして住み込みのバイトで稼ごうと思ったんだけど…」
カオルは切なそうに目を伏せた。
「けど食欲が邪魔して稼いだ金のほとんどが食費に消えていく毎日で…せめて食べながら近づけやしないかと頭悩ませてたんだ。そこへきてのこの話だろ。なんかもう運命なんじゃないかって思えて…だから頼む!!俺を宇宙船に乗せてくれ!!」
「え、そ、そんなこと急に言われても…」
キシ君は戸惑う。確かにまだ人手はいる。しかし雇うだけのお金はない。カオルの気持ちは痛いくらいに分かるが…
「どうしよう、レイア…」
「可哀想だよねぇ。キシなんとかしてあげてぇ」
フウも戸惑いながらレイアと視線を合わす。どこか放っておけないカオルの願いは聞き入れてやってほしい。だがカミセブン号の経済状況を考えると二つ返事もできなさそうではある。キシ君の判断を待ったが…
「じゃ、レイアに降りてもらってカオルを…ぐはぁ!!レイア何するんだ!延髄蹴りとかやめなさい!シャレにならないだろ!!」
「人でなしぃ!僕を降ろしたら末代まで呪うからねぇ何食べてもグリンピースの味になる呪いかけるからねぇ!」
「それはキツイ…けどフウはちゃんと働いてくれるから降ろせない…でもグリンピースは嫌だ…」
キシ君は悩む。悩みに悩む。頭がショートするくらいに悩んだ結果…
「おーこれがカミセブン号の中か!案外こざっぱりとしてるな!よろしくなー!」
大きな風呂敷を抱えてやってきたカオルを招き入れてカミセブン号は次の星へ出発した。クルーが増えて明るさも増したが…
「腹減った。とりあえず飯にしようぜ」
「何言ってんのカオルぅ。さっきお昼ご飯食べたとこじゃん」
「てかそのアイスどっから出してきたの?もう出発して一時間経ってるしとっくに溶けててもおかしくないのに…」
チョコレートアイスをペロペロやるカオルにフウがつっこむと彼は胸を張ってキッチンへ案内する。そこにはどでかいフリーザーがあった。
「オニク亭辞める時に退職金代わりにもらってきたんだ。業務用の超高級品だからアイスも冷凍食品も一か月以上もつし鮮度を保つ冷蔵機能もついてて…これで買い置きもできるしいつでも新鮮な野菜や果物や魚や肉や卵が食べられるってわけだ」
「おお…」
一同の感心はこれだけでは留まらない。カオルはレストランのウェイター兼見習いコックとして働いていただけあって料理の腕はなかなかのものだった。
「うわぁ美味しいオムライスぅ。卵ふっくらだよぉケチャップライスも美味しいよぉ幸せぇ」
「オムライスは俺の得意料理だからな。他にオムレツと卵焼きも得意だぜ。卵料理は料理人の基礎だって叩きこまれたからな」
「このメロンパンどこの!?フワフワサクサクでめっちゃ美味しい!」
「フウはメロンパン大好きだもんねぇ。良かったねぇ」
「それも退職金代わりにくすねて…もらってきたオーブンで焼いたものだ。天然酵母だぞ」
「新鮮な桃が宇宙船の中で食べられるなんて…生きてて良かった…」
「その桃はオカヤマ星ってとこで採れた最高級もんだぞ。ありがたく食えよ」
ただ大食いなだけじゃなかった…カオルはカミセブン号のコックと栄養士を一手に担うことになり頼もしい存在となる。
「衣食足りて礼節を知るって言うからな。食うことは何より大事だ。さ、もうすぐ俺の焼いたピザが焼ける。今夜はピザパだぜ!!」
「おおー!!」
腕利きの料理人をこさえて満ち足りた食生活を宇宙船の中で送ることとなりめでたしめでたし…のはずだったが…
「エンゲル係数が倍増…」
家計簿をチェックしてみてキシ君は頭を抱える。毎日三食おやつに美味しいご飯が食べられるのは嬉しいが食費が爆発的に増えてしまった。加えてカオルは四六時中何か食べながら作業をするから三食どころか彼の場合は一日10食くらいになっている。
「俺成長期だからなー。いやホント、食べても食べても腹が減って困るよ。次の星に着いたら焼き肉食べ放題連れてってくれよな。あと鉄板焼きがいつでも楽しめるようにグリル買おうぜ。無煙ロースター付いてるやつな。アイスの他にシャーベットも楽しみたいからシャーベット製造機ともちつき機とこれからの季節土鍋もいるな。いやーまだまだ設備不足だよなカミセブン号。でも俺が来たからにはみんなに貧しい食生活はさせないからな。任せとけ!」
ドンと胸を叩くカオルに「お願いだから次の星で降りてもらえませんか」と言えるはずもない。また殺人スクランブルエッグに戻るのはごめんだ。
とりあえず、どこから切り詰めていったらいいか…キシ君は操縦をしている間も頭を悩ませ続けることになった。