「ああああああああああ誰だあああああ逆噴射ボタン押したのはああああああああこらああああああレイアああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

絶叫と共にキシ君は目覚めた。汗が滝のように流れているが見渡すと寝室ののどかな風景だ。夢だったのだ。

「…」

はあはあと息を整える。レイアとフウを雇って2週間、毎日のようにレイアが「絶対やってはいけないこと」をやらかすもんだから疲労がハンパない。おかげで操縦にあたる時間が削られて予定の半分も進んでいなかった。

「…これじゃいつになったらゴッドセブン星に着けるやら…」

溜息をつくとすぐ側に誰かの体があった。見るとそこにはすやすやと寝息をたてて眠っているレイアがいた。

「あれ?確かレイアはあっちのベッドで寝ていたはず…」

どういう寝相だろうか。それとも寝ぼけたのか、レイアはキシ君のベッドに潜りこんでいた。人の苦労も知らないで呑気なものだ。

「ちょっとレイア、起きなよ。お前のベッドはあっち…」

「んん…」

まだ覚醒しきらないレイアは寝ぼけた様子でむくっと身を起こしたがぼうっとしている。

「レイア、あっちのベッド…うわ」

レイアは寝ぼけて抱きついてきた。それどころか頬をスリスリしてくる。夢の中で子犬かなにかとじゃれ合っているのだろうか…それにしても気持ちがいい。ほっぺがふにふにだ。

「ちょ、レイア、起きなさい。…起きなくてもまあいいけど起きなさい…おお…」

キシ君を抱き枕のようにしてレイアは全身をからませてくる。この年頃の男なのに全然ごつごつしていない。むしろあちこち柔らかくていい匂いだ。とろけそうになってしまう。

「こらこらレイア…いけない子だなあ…困るよこんな…俺にそのケはないんだよ」

なんつってちょっといい気持ちになった時、ぱっちりとレイアの目が開いた。

「…なんでキシが僕に抱きついてんだよぉ?」

「へ?」

キシ君ははたと気付く。いつの間にか自分もレイアに抱きついてしまっていた。あまりにもあちこち柔らかくて気持ちがいいもんだからつい…

「いや、違う。違うぞレイア。お前はなんか誤解をしている。これはだな…」

言い訳を始めると勢い良く寝室のドアが開く。エプロンをしてフライ返しを持ったフウが満面の笑みを湛えていた。

「キシ君!レイア!朝ご飯ができたよ!張り切って作ったから早く食べようよ!」

「お、おう。フウありがと。じゃあご馳走になりませう」

キシ君がそそくさとベッドを降りようとするとしかし、むんずと襟首を掴まれる。

「ちょっと待ちなぁ!話は終わってないよぉ!フウ聞いてぇこのエロオヤジ、あろうことか僕の寝込み襲ってきたんだよぉセクハラだよぉワイセツ罪だよぉ!!」

「ちが…元はと言えばレイアお前が寝ぼけて俺のベッドに…」

「知るかよぉ!抱きついてたのは事実じゃんかよぉ」

「だから違うって!その汚物を見るような絶対零度はやめなさい!そんな眼差し向けられて喜ぶのはれあヲタだけです!俺はけっしてやましいことはしていない!」

「ほんとにぃ…?僕の目を見て言いなぁ?」

「…」

数秒の後、キシ君は目を反らしてしまった。

そこからはもう半ば犯罪者扱いだ。やれ「半径1メートル位内に寄るな」だの「操縦室で寝ろ」だの…一応先輩で上司でキャプテンなのに酷い仕打ちだ。

「キシ君元気出して!レイアはさっき怒ってたと思ったらもう次の瞬間には笑ってるから気にしないで。さ、ご飯食べて力をつけてよ!」

「ありがとうフウ…お前だけだ…お前はいい奴だ…ごふっ」

フウの優しさに感極まりつつ朝食を口にした瞬間キシ君は吹いた。

なんだこれは…この凄まじい味付けは一体どうやって…ただのスクランブルエッグなのにまるで宇宙の汚泥のような味がする。スクランブルエッグをここまで不味く作れるなんてある意味才能…

「どうしたのキシ君?具合悪いの?」

「いや…」

だけどフウは平気で食べている。もしやこれとそれとで味が違うのかと思い、フウのを一口もらったがやはり同じ味だった。フウの味覚は一体どうなってるんだ…キシ君は戦慄した。

「フウに作らせちゃダメだよぉ。殺人的な味付けするからぁ。なんでか分かんないけどフウ本人は平気なんだよねぇ。フグが自分の毒で死なないのと同じ原理かなぁ」

レイアが「僕はパンと紅茶でいい」と言ったのはこれを知っていたからか…だったら食べる前に教えてくれればいいのにコイツは…

「じゃあレイアが明日から作ってよ。それぐらいはしてくれてもいいでしょ。船内の掃除も俺の操縦補助もフウしかやってないんだし…お前は髪の毛いじったりトレーニングルームで遊んだりしてるだけじゃん。仕事してくれないと。働かざる者食うべからず」

「いいけどぉ…僕もフウと大差ないよぉ。僕の作った料理だーれも食べてくれないもん」

「…やっぱいいです…」

諦めてキシ君はパンをかじりながら操縦席に就く。少しでも後れを取り戻さないといけないから必死に操縦桿とパネルとにらめっこだ。その間、レイアが粗相をしないよう彼は操縦室内に待機するよう命じてある。

「ねぇ暇だよぉ。次の星に着いたら暇潰し用のポータブルDVDとDVDソフト買ってよぉ」

「そんなお金ありません。ただでさえうちは火の車なのに…次の星では食料と燃料の補給以外はしません」

「ケチぃ」

そうこうしている間にカミセブン号は次の星の大気圏内に突入した。宙港の管制塔と連絡を取って着陸準備に入る。

「わぁ10日ぶりの外の空気だよぉもう宇宙船内飽きちゃったから楽しみだよぉ。ねえフウ?」

「思いっきり走り回りたいね、レイア。トレーニングルームの中じゃやっぱり物足りないもんね!」

レイアとフウはきゃっきゃしている。全く呑気な連中だ。キシ君はやれやれと肩をすくめながらカミセブン号を着陸させた。

宙港で手続きを済ませてさあ必要なものの買い出しだ、とキシ君が張り切ってリストを手に取るとレイアとフウの姿がない。ちゃんとロビーで待っておくよう言ったのに…

ウロウロと探し回ること30分、二人はしれっとキシ君の前に現れた。

「ちょっとちょっと何やってんの二人とも。ちゃんとロビーで待っとけって言ったじゃん。フウまで…」

「ごめんなさいキシ君。レイアが宙港の免税店見たいって言うから…」

「ウインドウショッピングくらい許せよぉ。それよりお腹すいたぁ」

「フウはレイアを甘やかしすぎです!レイア、朝ごはんちゃんと食べないからお腹がすくんです!パンと紅茶だけじゃお腹すいて当然。もっとしっかり食べなさい」

お説教をするとレイアはぷうっと頬を膨らませた。

「キシ教育ママみたいだよぉ。僕だって朝ごはんちゃんと食べたいけどカミセブン号の中ろくなもの残ってなくてパンくらいしかなかったんだもん。卵はフウが全部殺人スクランブルエッグにしちゃったしさあ」

「しょーがないでしょ。ワープ航路に入ったら何日も宇宙空間の中なんだし生鮮食品をあんまり買いだめしとくと腐っちゃって勿体ないし…保存食やもちのいい食べ物くらいしか置いとけないの」

「だったらフリーザーくらい買えよぉ」

「でもさレイア、食べ物があったとして俺達料理できないじゃん。キシ君に作ってもらうしかないよ」

「なんで俺が従業員のまかないまで…俺は操縦で忙しいんです。そうでなくてもレイアが禁止事項ばっか犯すのに…」

「いちいち小さい男だよぉ。あーヤダヤダぁ」

そんな議論を交わしているとキシ君もお腹がすいてきた。ぐうっと腹の虫が鳴る。時計を見るともう昼過ぎだ。

何はなくともまずは腹ごしらえ。キシ君たちはレストラン街へ向かった。

「なんにしよっかなぁ…」

なかなか大きな宙港で飲食店街もだだっ広い。キシ君たちはおのぼりさん気分で歩き回った。

「僕オムライスが食べたいよぉ」

「俺はメロンパン!あと麦茶があれば最高!」

「待ちなさい待ちなさい。ここは一つキャプテンに任せて…うーん…こっちもいいけどあっちも美味しそう…あ、これもいいなぁ…」

久しぶりに地上に降りたし外食なんてもっと久しぶりなキシ君はあちこち目移りしてしまう。各星料理があちこちで手招きしているように見えて一つに決められない。

「さっさと決めろよぉ。これだから優柔不断男はぁ。だから前話から二カ月近くも空くんだよぉ作者サボってんじゃねぇよぉ」

「俺はキシ君に任せるよ!…あれ、何あの行列?」

フウが指した方向には物凄い長蛇の列があった。先頭が見えないくらいで最後尾らしき場所に看板を持った人が立っている。

「なんだろぉ見に行ってみようよぉ」

好奇心旺盛なレイアがぴょんぴょんと向かって行く。キシ君とフウも後について行くと看板には「オニク亭 最後尾」とあった。

「オニク亭?」

なんだかフザけた名前だが妙に気になる…三人は顔を見合わせた後列の最後尾に並んだ。

 

 

オニク亭はその名のとおり肉料理専門店だった。ありとあらゆる家畜の肉が並ぶ…まさに肉の博覧会…店内も捌いた肉が飾られていたり実演などもあってとなかなかワイルドだ。

「1時間半も待たされるなんて思ってなかったよぉ。もうお腹すきすぎて感覚なくなっちゃったよぉ」

レイアがぼやきながら通された席に座る。キシ君はとりあえずメニューに目を通してみた。だがやはり迷ってしまって決められない。

「ご注文はお決まりですかー」

呑気な声に振り向くと蝶ネクタイで可愛らしい顔の若い少年従業員が立っていた。瞳は丸くキラキラしていて体格もいい。実に健康そうだ。

「僕達は決まったんだけどぉこの優柔不断男がまだでぇ。オススメとかあるぅ?」

「オススメねー。全部がオススメだけど、やっぱ定番はステーキかな。お肉最高。あ、腹減ってきた…」

お腹を押さえて従業員は目を閉じる。相当に食いしん坊なのかメニューの写真を見ながらうっとりし始めた。

「でもトンカツも捨てがたいんだよなあ…ローストチキンも最高だしワニ肉の燻製なんかも癖になるんだよな…ぼたん鍋もこっからの季節いいし迷うなー」

「んなこと言われると余計迷うじゃん!ああもう決めらんない…」

キシ君と従業員は一緒に悩み始めた。何故従業員が悩む必要があるのか…レイアとフウが呆れていると隣のテーブルからの声が聞こえた。どうやら皿に盛られた肉が少ないらしい。

「なんか写真と量違くね?こんな少ないっけ」

「明らかにひと切れ少ないんだけど…」

そのぼやきを聞くと何故かくりくり目の従業員は我に返る。よくよく見ると口元の端にソースがついていたがそれを指で拭うとメニュー表を適当に指差した。

「俺のオススメはこれ!これにしな!んじゃ注文通してくる」

そうしてわりと俊敏な動きで従業員は厨房へと姿を消した。そして待つこと10数分、レイアの頼んだチキンオムライスとフウのポークピカタが運ばれてくる。ややあってキシ君の料理もさっきのくりくり目の従業員が運んできた。

「おお!唐揚げ?美味しそう!」

空腹も限界のキシ君が目を輝かせてかぶりつくとなんともジューシーで肉厚な旨味が広がる。なんだこれは…こんな味初めてだ。この世にこんな美味しいものがあったとは宇宙はまだまだ広い。感激しながらその味を噛みしめた。

「キシ君美味しそうだね!良かったね!」

「もうちょっと上品に食べなよぉ恥ずかしいじゃん」

「めっちゃ美味しい!これなんの肉?従業員さん!」

最高のテンションで訊ねるとその店員はメニューの写真を見せて答えた。

「これこれ。ヒキガエルの唐揚げ。珍味だろ?俺も嫌いじゃないよ」

そこには捌かれる前のヒキガエルがドアップで映っていた。マニア好みの一品として紹介されておりなんともグロテスクな画像だ。

そしてキシ君はこの世の何よりもカエルが苦手だった。

絶叫の後全てリバースし白目を剥くキシ君を抱えてレイアとフウは逃げるように店を去った。