「どーしよ…」
ひと気のない夕暮の公園のベンチで、ユータ・キシは途方に暮れていた。手にしたホット缶コーヒーは一口も口につけぬまますでに冷めきっていた。
当年とって21歳。半年前に念願の宇宙船パイロットの資格を取り、小さいながらに自分の宇宙船を持った。ここに乗組員と共に力を合わせて遥か20億光年の彼方にある「ゴッドセブン星」へと請け負った荷物を届けるという仕事にもありついたのだが…
なにせ21歳の若い船長の元である。従業員の募集をかけたが2人しか集まらなくて1人は先日交通事故に遭い、そして頼みの綱のもう一人は急に結婚が決まったと言って辞退を申し出てきた。
キシ君の所有する宇宙船「カミセブン号」はごく小さな宇宙船でキッチン、トイレ、バスルーム、トレーニングルームと操縦室そして寝室しか備えていない。だからそう大人数である必要はないのだが一人で20億光年の彼方まで旅するのはかなりきつい。非常時に人手がないと困るし昼夜交代で操縦してもらえば飛躍的に目的地まで早く行ける。そういった意味で頼もしい仲間が必要なのだ。
だが現実は非情。今自分は一人だ。孤独だ。ロンリーだ。こんなことなら彼女の一人でも作っておけばこの絶望感から一時的にでも解放されるのにそんなものいやしない。かくなる上はこの右手が恋人の代わり…
「ってダメダメダメ!!こんなとこでそんなことしたらワイセツ罪でしょっぴかれちゃう!!」
正気に還りキシ君は首を左右にぶんぶん振る。そんなことをしている場合ではない。こうしている間にも何かができるはず。そう、まずは再度従業員の募集だ。諦めたらそこで試合終了。安西先生だって言ってたじゃないか…
「…よし」
冷めたコーヒーをぐびりとやってキシ君はハローワークセンターに赴く。閉まる寸前に窓口に滑り込んだ。
「宇宙船業務の従業員を募集、ですか…」
窓口の職員は眼鏡をずらしながら渋い顔でそう呟く。これだけで挫けそうだがキシ君は己を奮い立たせた。
「ハイ。あの、資格とか持ってなくてもいいんです。年齢性別も不問いですし。なんとか募集かけてもらえませんかね?」
「そうですねえ…」
職員は耳を掻きながらパソコンをカタカタと動かす。そして画面を見つめながら、
「資格や経験の不問いはともかくとして、この待遇ではあまり期待できそうにないですよ。ただでさえ長期間の宇宙船業務は人気がないですし、ましてや船長一人の宇宙船に乗りこんでくる物好き…ゴホンゴホン、いい人材は難しいと思われます。待遇面を少し変えてみては?」
「はあ…ですがその、前金だけもらいましたけど成功報酬なもので俺一人食ってくだけで精いっぱいでして…」
「うーん…それではねえ…」
このやりとりはしかしもう5回ほど各地のハローワークで交わされたものだった。どこへ行っても返事は同じ。それで途方に暮れて公園のベンチの繰り返し。もういい加減心が折れそうになった。
「…」
ハローワークを出て夜空を見上げると無数の星が瞬いている。星と星を自由に行き来する宇宙船に初めて乗った日からキシ君は宇宙船パイロットになろうと志を持った。やっと念願かなってパイロットになったのに現実は厳しい。
「…泣くもんか…泣いたりするもんか…」
鼻をぐしゅぐしゅやりながら涙をこらえて歩いているとなんだか心細い路地に入りこんでいた。いかがわしい類の店の看板がちらほらと目につく。どうやら裏路地っぽかった。
「オニイサンオニイサン、ウチの店寄ってかない?サービススルヨ」
凄いカタコトの言語で妖怪みたいなおっさんが手招きしている。これは入ったら最後、身ぐるみ剥がされてすってんてんにされてしまうパターンだ。キシ君は慌てて走り去ろうと踵を返してダッシュした。
「うわっ!!」
しかし曲がり角で誰かにぶつかって吹っ飛ばしてしまった。
「あ、すみませんすみませんお怪我はないですか?」
「いったぁ…」
尻もちをついた相手は恨みっぽくそう呟いたかと思うとキシ君を見上げて睨んだ。薄闇の中、その絶対零度のような眼差しが突き刺さってくる。
「ごめんなさいごめんなさいちょっとポン引きの妖怪から逃げたくて前をあまり見ていなかったもんだから…」
謝り倒すとしかしその相手はキシ君をまじまじと見つめてくる。今しがたの絶対零度とはうってかわってふにゅっと柔らかい笑顔になった。そのギャップにどきりとする。
「ふうん…お兄さんよく見るとイケメンだねぇ」
相手は立ち上がる。キシ君と同じくらいの背丈の金髪の美少年だ。すっと鼻が通って涼しげな目もとはどこか妖艶で蠱惑的だ。そのケがなくてもその気にさせてしまうような…
「暇だったらぁ…僕とイイことしない?」
頬に手を当てて美少年は誘ってくる。キシ君は思わずぐびりと喉が鳴った。
これは…これは俗に言う娼年ってヤツでは…?生きていくために己の美貌とカラダを差し出して生活する哀しくも美しい宇宙の闇…欲望のまま抱かれてわずかなお金を得て食い繋ぐ。俺達に明日はねえよぉその日食べるのも精いっぱいさぁでもそれでいいのさぁなんてね…
「い、イイこと…?」
キシ君は分かっていながらすっとぼけてみた。哀しいかな経験のない自分にはリードするなんてできない。恐らくこの美少年の方が遥かに経験豊富だろう。きっと魅惑のテクであっという間にイかされ…想像するだけでもうたまらなくなってきた。
違う。いかん、いかんぞユータ・キシ。お前には美娼年とあんなことこんなことする前にやるべきことがあるだろう。この広い大宇宙に共に旅立ってくれる仲間を探す。その重大な任務があるんだ。一時の快楽に溺れてはいけない。己を律しろ。理性を保て。
「あ、あの…悪いんだけど俺忙しいから他をあたっ…」
「お兄さぁん…下の口と上の口、どっちでイきたい…?」
この世のものとは思えないぞっとする流し眼で美娼年はキシ君に迫って来た。あ、もう駄目。降参。真性童貞には刺激が強すぎます。まさに蛇に睨まれた蛙。お父さんお母さん道を踏み外してしまう息子をお許しください…
キシ君が欲望の渦に飲み込まれかけた時、それは突如として躍り出た。
「待てぇー!!」
いきなり大声が後ろから轟く。正気を取り戻して振りかえるとそこには仁王立ちの精悍な顔つきの少年がいた。こんないかがわしい裏路地には似つかわしくない健康的で純朴そうな見た目である。
その少年はポケットから小さな紙キレのようなものを出して何かを確認した後、キシ君を指差した。
「えーと、お、俺のツレに手を出すなんていい度胸してんなあちょっとツラ貸せよお」
ひどい棒読みだった。それともこの星特有のイントネーションか何かだろうか。キシ君が呆気に取られている間も少年は続ける。
「ただで帰れると思うなよお。俺のツレをけが…穢した罪は重いぞお身ぐるみ置いてけやあおんどれえ」
「…」
キシ君が唖然としていると少年の表情が不安に染まってゆく。
「…あれ?俺間違ってないよね?ねえレイア、次はなんて言ったらいいの?」
急に言葉に抑揚が出だして少年は美娼年の方に訊ねる。そしてまたポケットの中の紙キレを読みだした。
「もう一回。俺のツレに…」
「あーもう!フウの下手くそぉ!棒読みすぎんだよぉあんだけ練習しただろぉお前2回もドラマ出演経験あんだからもうちっとマシな芝居しなよぉ!」
美娼年が怒り出す。すると少年は頭を掻いて紙キレをブツブツと朗読し始めた。
「えー完璧だったと思うんだけどなあ。何がいけなかったんだろ…」
「何がも何も全部だよぉ!全部ぅ。もうちょっと凄味出せよぉそれじゃ美人局の意味ないんだよぉまったくぅ…せっかく上手いことひっかかってくれそうなマヌケ面がやってきたのにぃ」
「そんなに言うならレイアがこっちの役やれば良かったじゃん」
「だってフウじゃ色気なさすぎて誰もひっかかってこないだろぉ。特殊フウオタみたく『フウ君ならマッチ100本買っちゃう…いや、マッチ工場ごと買っちゃうよおおおお』ってそんな特殊部隊がそこかしこにいるわきゃないだろぉ」
「何を言ってるのか訳が分からない。やっぱりレイアの話はよく分からないよ」
「もぉいいよぉ仕切り直しぃ。あ、ちょっと何見てんだよぉアンタもういいよぉしっし」
レイアと呼ばれた美娼年はキシ君を追っ払おうとしたが、フウと呼ばれた健康少年がそれを止める。
「ねえレイア、この人いい人そうだし純粋に頼んでみたら?俺達明日食べるものもないんですって」
「えぇ?こんな涙目汗だくが僕たちに恵んでくれんのぉ?てかこんないかがわしい路地にいたんだからいかがわしい店で一発ヤってきた素人童貞じゃないのぉ?」
なんかひどい言われようだ。キシ君は今更ながらに彼らが美人局もどきをやろうとしていたことに気がついた。
「ちょっとちょっと、さっきから黙って聞いてればマヌケ面だの素人童貞だの…俺は正真正銘真性童…じゃなくて裏路地に迷い込んだだけの善良な宇宙船パイロットです!金で娼年を買うような穢れた人間でもないからね!」
「宇宙船パイロットぉ?」
レイアは片眉を吊り上げた。怪訝な顔でキシ君をジロジロと見る。
「とてもそんな風に見えないけどぉ」
「凄い!パイロットだって!レイア、パイロットってことは宇宙船持ってるってことじゃないの!?」
フウがレイアの肩を掴んで歓喜の声をあげる。こっちは手放しでキシ君がパイロットだということを信じた様子である。
「宇宙船…?持ってんのぉ?だったら信じてやってもいいけどぉ」
「持ってるよ!今から見せてやんよ!」
勢いでキシ君は少年二人に宙港に停めてあるカミセブン号へと案内することになった。
「凄い!コンパクトで小奇麗な宇宙船だね!こっちが操縦室でこっちが格納庫?初めて見るタイプの宇宙船だね!」
フウは感激しながらあちこちを指差す。自分の宇宙船を褒められて悪い気はしないキシ君はオホンと咳ばらいをして説明を始めた。
「J07型だよ。まあ旧式モデルでちっちゃいけど性能は悪くないしちゃんとワープ航法にも対応してるし案外頑丈だし…なんと言っても燃費がいいのが特徴で…」
「部屋はこれだけぇ?これじゃ雑魚寝じゃん。プライベートないじゃん。隣でオ○ニーされながら寝るの嫌だよぉ」
ぶつくさ文句を呟いているレイアを無視しながらキシ君はフウを案内して回る。彼は目をキラキラさせてキシ君の説明を聞いてくれた。なんだか悪い気はしないのと何かの縁かもしれないからキシ君は駄目でもともと、藁をもすがる思いでもちかけてみた。
「ってまあ宇宙船も仕事もあるんだけどぶっちゃけ従業員不足でして…もしフウ達が仕事探してるんならうちでどうかな?あんまりお給料は出せないけど…」
「やりたい!!俺達明日食べるものもなくて困ってたんです!願ってもない!ねえレイア?あれ?レイア?」
説明してまわっているうちにレイアの姿が忽然と消えていた。どこに行ったのかと船内を探して回るとなんだか焦げ臭い臭いが漂ってきた。
「なんだこれ…?キッチンの方から…げえーーーーーーーーー!!!」
なんとキッチンの電子レンジが火を吹いている。慌てて消火装置を作動させ、鎮火したがキッチンは水びたしになった。
そこへひょっこりレイアが現れる。
「あれぇ?何やってんのぉ?なんでびちゃびちゃなんだよぉせっかくパン焼いてたのにぃ」
「パンって…」
「そこの電子レンジ使わせてもらったよぉ。でもなんで水びたしなのさぁ」
「ちょっと待て!これはレイアの仕業か?電子レンジから火ぃ吹きだしてたぞ!危うく火事になるとこだったじゃん!」
「えぇ?そんなはずないよぉ僕はちゃんと5分設定に…あれぇ?これ目盛りおっかしいよぉこれじゃ50分になるよぉ」
「ご…ごごごごじゅっぷん!?」
50分も電子レンジでパンを焼き続ければ火を吹いて当然だ。とんでもないことしやがる。キシ君は背中が寒くなった。
しかし当のレイアはへっちゃらでてへぺろしている。
「やだぁもぉ慣れない星の慣れない電化製品はこれだからぁ。次からフウがやってねぇ」
「その方が良さそうだね。レイアはうっかり屋さんだから」
「うっかり屋じゃないよぉ覚えればちゃんとできるからぁ」
「そんなこと言って前も宙港のダストシュート誤作動させてあわや客ごと宇宙の塵にしかけたじゃん。レイアってほんととんでもないことやらかすから」
「なんだよぉそう言うフウだってぇ」
キシ君は目眩がした。これはちょっと慎重に物事を運ぶ必要がありそうだ。まずどう言って彼らを宇宙船から降ろすか…その作戦を練り始めたその時…
「!?」
けたたましい警報が宇宙船内に鳴り響く。慌ててコントロールパネルに飛んで行くと原子炉の異常事態を示していた。
「なんでええええええええええなんで原子炉があああああああああ!?」
パニックになって原子炉を見に行くとしゅうしゅうと白い煙が漏れ出している。これはヤバい。可及的速やかに処置しなくては船内が放射能まみれになってしまう。キシ君は今まで出したことのない力を振り絞って原子炉の復旧に努めた。その甲斐あってどうにか事なきを得たが…
「あれぇ?それいじっちゃいけなかったのぉ?これが宇宙船動かすハンドルだと思ってさっき下げちゃったんだけどなんにも起こんないからほったらかしちゃったぁ」
レイアが下げたのは原子炉の調子弁だ。これを下げるのは宇宙に出て無重力状態になってからだ。そうでないと重力がある状態ではエネルギーの行き場がなくなってその結果原子エネルギーがパンク状態に…ひらたく言えば原子爆発を起こしてしまうのだ。チョルノブイリも真っ青の事態が訪れてしまう。
「…あの、申し訳ないんですけどもう降りてもらえますか…命がいくつあっても足りないので…」
キシ君は手をついて懇願した。とてもじゃないけどこんな無茶苦茶やる奴は乗せておけない。フウだけなら考えなくもないが…
丁重にお願いしたつもりだがレイアは頬を膨らませた。
「なんだよぉ従業員足りないって言うから手伝ってやろうと思ったのにぃ」
「けっこうです…これなら一人で乗った方がまし…」
「失礼しちゃうよぉ。フウ行くよぉ。とんだ時間の無駄だよぉ」
良かった…これでひと安心…やっぱり手短かに済ませちゃいけないんだ。従業員選びと消費者金融のご利用は計画的に…
「待ってよレイア!行くってどこに?俺達今夜泊まる宿もないしお金もないしパスポートもないからまともな職に就けないって言ってたのはレイアじゃん。キシ君に雇ってもらおうよ。こんないい人の下で働けるんなら俺、なんだってするよ!」
「う…」
キシ君に葛藤が訪れる。無茶苦茶やるレイアは今すぐにでも宇宙船を降りてもらいたい。だけど素直でやる気があっていい子のフウは雇いたい。天秤が揺れに揺れる。
「いい人ぉ?フウの見る目のなさには呆れるよぉ。こいつ美人局じゃなかったら僕をヤる気だったんだよぉあのギラついた性欲丸出しの涙目思い出しただけでも寒気するぅ。こういう奴に限って底なしの性欲だからもう無理って言ってんのにもう一回だけ、もう一回だけって一晩中獣のようにサカりまくるんだよぉおおこわぁ」
やっぱり無理だ。こんな馬鹿にされてまでなんで雇わなきゃいけないのか…ヤらしてくれるならともかく…いやいやそういう問題ではない。これを乗せたら明日にはカミセブン号は宇宙の塵と化す。それだけはなんとしても避けたい。命と天秤にかけることはできない。
「レイアこそ見る目がないよ!俺達が騙して金まきあげようとしたのにもかかわらずこうして宇宙船にまで乗せて案内してくれてレイアがやったイタズラの始末もしてくれて…こんないい人いないよ!俺には分かる!キシ君は尊敬できるキャプテンだよ!」
やっぱりフウだけでも雇いたい。こんな俺をキャプテンと慕ってくれるなんてきっといい子に違いない。宇宙船業務のノウハウもちゃんと覚えてくれそうだし心強い仲間は何ものにも代えがたい。贅沢言ってる場合じゃないんだ。
またしても天秤がカタカタと揺れ出した。これも天秤座の性か…物事を決めるのにキシ君はいつだって時間がかかる。優太の優は優柔不断の優とはよく言ったものだ。今回はカタカナ表記だが…
「あの…一時間時間をもらえますか…その後結果をお伝えしますので…」
彼らにそう言ってキシ君は操縦室にこもった。もちろんレイアには船内のいかなる機器にも触れてはならないという命令と共に。
キシ君は悩んだ。そりゃもう悩みに悩み倒した。こんなに悩んだのは宇宙船パイロットの資格を取って広い宇宙に飛び出そうとした時以来だ。もう頭がショートしてしまいそうだった。
そして悩みに悩んだ結果、一つの名案が訪れる。
レイアには降りてもらって、フウには乗ってもらう。そうすれば何も問題はない。レイアは乗り気ではないし、彼の美貌と男を誑かすテクがあれば一人でも生きていけそうだ。一方、フウは純朴だからそんな妖しい商売はできないだろう。彼は健全な方向に救ってあげなくては
そう決意が固まりかけた時、操縦室のドアがノックされた。
「あの…キシ君」
入ってきたのはフウだ。申し訳なさそうに控えめにドアを開け閉めして歩み寄ってくる。
「あ、フウ。ちょうど良かった。結論が出…」
「ごめんなさい」
フウは頭を下げた。しかしながら、その謝罪の意味がキシ君には分からない。フウには謝られるようなことは何もされてない。レイアなら幾つも思い当たるが…
しかしフウは言った。
「ごめんなさいキシ君。さっきはあんなこと言ったけど…俺達この宇宙船降ります。色々とすみませんでした」
「え…?なんで…?」
さっきあんなにも熱く懇願していたのに何故?キシ君には訳がわからなかった。
フウの表情は冴えない。そこには葛藤の色が濃く現れていた。
「俺、宇宙船のことは良く分からないけど…レイアがやっちゃいけないことやったんでしょ?それに宇宙船業務って一歩間違えば大事故に繋がるって言うし…もしそんなことになったらキシ君に申し訳ないから」
「いや、何言ってんの?フウは大丈夫でしょ。そういうことも含めてよく分かってるし、知らないことは一から俺が教えてあげるから、だからフウだけでも…」
「駄目なんです。俺はレイアと離れることはできない」
「え?」
「レイアと俺は…二人一緒に絶対故郷の星に帰ろうって約束したから…だから、その約束を破るわけにいかないし、それに…」
フウは操縦室内に飾っている全宇宙地図を切なげな目で見た。
「レイアは世間知らずで無茶苦茶で空気読めなくて四時間人を待たせても平気だし嘘つくしズルするしついでにとんでもないおバカさんだから一人で生きていくなんて絶対無理です。だけど、たまに優しいしたまに姉御肌だしたまにお菓子くれたりもするし…何より一緒にいて楽しいから、だから俺はレイアと一緒にいたいんです」
「…」
キシ君は思う。レイアとフウはいいコンビなんだな、と。兄弟でも友達でもなく、もっと強い絆で結ばれている…そんな気がした。ふたりはフウレア。ふたりで一つなんだ。
キシ君にもそんな存在はいた。今は離れ離れになっているけど確かにこの宇宙にいる。フウの気持ちは痛いほどに伝わって来た。
だから言った。
「…だったら二人一緒に俺の宇宙船に乗ってよ。分からないことはちゃんと教えてあげるし、レイアがとんでもないことしないかフウがちゃんと見ていてくれたらそれでいいから。俺のこと、助けてよ」
「キシ君…!」
フウは顔をあげる。そして見る間に目を潤ませた。
「やっぱり…やっぱりキシ君は俺が思ったとおり宇宙一素敵でかっこ良くて優しくて最高のキャプテンだ!よろしくお願いします!俺…俺なんでもするから…」
その綺麗な瞳から大粒の涙を流してフウはおんおん泣いた。
なんて純粋でいい奴なんだろう…キシくんは心が洗われるようだった。
心強い仲間ができた。もし星占いがあれば今日は素敵な出会いがあると出ていたに違いない。天秤座の運勢は一位だ。そうに違いない。
「よろしくな」
キシ君がフウの頭に手をやるとまたフウは号泣する。その声は全宇宙に響くんじゃないかってくらいにでかかった。そして…
勢い良く操縦室のドアが開く。そこには血相を変えたレイアがいた。
「ちょっとぉなんでフウ泣かせてんだよぉ!キシぃ、お前フウに何言ったんだよぉ!!」
何やらかしてんだ、と言わんばかりのレイアを見てキシ君はまたも胸が暖かくなる。こいつもこう見えてフウのことを大切に思ってるんだ。フウが泣かされたんじゃないかと誤解してこんなに必死になるなんて…生意気な小悪魔だと思ったら案外いいところもあるじゃないか…
「いやいやいや、これはだねレイア、嬉し泣きというかなんというか…お前フウに感謝するんだぞ。フウの南アルプスの天然水のような穢れなきピュアな心がお前をも救っ…」
「そういうことじゃないよぉ!!フウが号泣するととんでもないことに…僕知らないからぁ!!」
レイアはヘルメットを被って操縦室から出て行った。
「…?」
「ううううううううううあああああああああああキシ君んんんんんんんんんん!!!!!!!」
号泣するフウは何故か逆さまになった。そして頭を軸にして回転を始める。凄い特技持ってんだな…とキシ君が呑気に眺めているとその回転は次第に驚異的なスピードになり、そして…
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
カミセブン号の中はフウが回転して生じた風で台風みたいな状態になった。キシ君はその暴風に飲み込まれあちこちを強打し、あわや宇宙のお星様になりかけ三途の川に片足を突っ込んでいた。
「ぎえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
気がつくとキシ君は寝室のベッドの上にいた。全身が鞭打ちのように痛い。
「ごめんなさいキシ君…俺、気持ちが昂ぶるとヘッドスピンしてしまう癖があって…これで一度旅客用の宇宙船おじゃんにしかけたこともあって…気をつけます」
「まったく世話のかかるキャプテンだよぉ。いいことぉ?フウを泣かせたらヘッドスピンしてあたり一面草も生えない状態になるから気をつけなよぉ。あと、ヘッドスピン止められるの僕だけだからねぇ大事にしろよぉ」
キシ君は「やっぱり二人とも降りて…」と言いたかったが喉がやられて声が出なかった。そうして完治するまでに一週間以上かかり、その間にすっかりレイアとフウに居座られてしまった。
かくしてキシ君はとんでもないお荷物二人を抱えてゴッドセブン星を目指すこととなったのだった。