クリスマス当日、終業式を終えるとそのまま中村家に集合になる。松倉は予約しておいたケーキを、元太は飾りと大量の駄菓子を、田島は鶏を、カウアンはブラジルの定番クリスマスメニューのお菓子を、そして本高は赤いポインセチアを持ちよった。

「わぁ綺麗…ありがとう本高。飾っとくね」

受け取った時に少し手が触れた。すると本高は顔を赤くして俯く。純情なその仕草に嶺亜が微笑ましく思っていると後ろで松倉と元太が小声ではやしたてているのが見えた。

中村家の広い庭には一本の樅の木がある。そこに元太が妹と作ってくれた飾りと、松倉が走り回って近所のお年寄りからもらった飾りをつける。カウアンはLEDイルミネーションを持ってきてくれたからそれも巻きつけてみた。

「颯、気をつけて。また落ちないでね」

嶺亜が心配しながら脚立の上の颯に声をかけると、その脚立を支えているカウアンがすかさず

「俺が支えてるから大丈夫だよ」

と若干の対抗心を見せながら呟いた。すると嶺亜がじろりと絶対零度を放つ。二人の間に静かに火花のようなものが…いかん、これはいかん、と険悪化を防ごうと元太が本高の背中を押す。

「ほら、本高、嶺亜くん寒そうだよ。風邪なんかひかせたら大変だからあっためてやんなよ」

「あ、あっためろって…?」

みるみるうちに本高の顔が真っ赤になり、元太と松倉は吹きだしそうになる。だが、それを懸命にこらえた。ここで調子に乗ってからかってしまったらまた良くないことが起きる気がしたから努めて自然体を装って松倉が鼻をひくつかせた。

「お、いい匂いしてきた。チキン焼けたかな!?」

中村家の厨房ではコックが田島持参の鶏をさばいて料理してくれていた。その香ばしい匂いが漂ってくる。

「僕見てくる」

嶺亜が踵を返して屋敷の中に向かうと、元太と松倉にけしかけられて本高が「僕も手伝います」とそれを追った。

やれやれ…と胸を撫で下ろしているとようやくこのクリスマス会の意図が見えてきた。

「…もしかしてカウアン、嶺亜と本高を親密にさせて嶺亜を颯から徐々に離していくつもりなのかも…」

「それあり得る。案外計算高いというか…」

元太と松倉は勘付いたがカウアンはすっとぼけている。颯と楽しそうに飾りを取りつけながら鼻歌なんか歌っていた。

その周りをジャスティスを抱きながら田島が「ほらジャスティス、これがクリスマスだよ」と説明している。なんだか異様な光景だった。

だけど悪くないな、と二人は思う。

なんとなくだけど、去年まではなかった変化がそこにあって、それがなんだか面白かった。

「…まさか去年はここで皆でクリスマスパーティーするなんて思ってなかったよね」

元太がしみじみと呟き、松倉が頷く。

「ほんと。俺去年のクリスマス何してたか思い出せないもん。多分、普通に家で過ごしてクリスマスプレゼントにえっと…何もらったんだっけ?それも思い出せないや」

「ラジコンじゃなかった?それともポケモンマスターとか」

「あのさ…さすがにそこまでお子様じゃないってば。そっちこそハーゲンダッツとかで喜んでたんじゃないの?」

やいやい飛ばし合っていると、料理の皿を持った嶺亜と本高が戻ってきた。なんだかいいムードが漂っていて、カウアンが満足げに頷いているのが見えた。

 

 

 

中村家に入るのは初めてだったが予想以上に立派な屋敷で、松倉と元太のナビがなければ迷ってしまうくらいだった。本高は緊張しながら玄関をくぐる。

広い庭に立派な樅の木があって、そこに先に来ていたカウアンと颯が飾り付けをしていた。

持ってきたポインセチアの花を嶺亜に渡す時、少し手が触れ情けないくらいに挙動不審になってしまい本高は背中に汗をかいた。そこに遅れて登場した田島がなんだか重そうな荷物が入った袋を持っていたから取り繕う意味で問いかけてみた。

「田島、それ何?重そうだね」

本高が訊ねると、田島は「ああ、うん」と涼しい顔をして中身を見せてくれたが本高は卒倒しそうになった。

「に…にににににわとり…!?」

そこにはたった今まで生きていた出あろう鶏が静かに収まっていた。

本高は昆虫を始め生き物が得意ではない。鳥肌を立てると、くすくすと上品に笑う声が後ろから耳を撫でた。

「本高、お医者さんになるんだから鶏で驚いてちゃダメだよ」

振り向くと微笑んだ嶺亜がいた。瞬間、また顔が熱くなって挙動不審に陥る。

だけど本高の動揺を松倉も元太も誰もツッコまないでいてくれたのと、嶺亜自身は普通に接してくれたから時間が経つにつれ本高もようやく平常心を取り戻すことができた。

あの日のあれを気にしているのは自分だけで、嶺亜にとっては別に気にするほどのことでもなかったのかも…

そう思いかけた頃にカウアンと嶺亜が颯をめぐって少し緊迫した雰囲気になり、嶺亜は屋敷の厨房に行ってしまった。どうすべきか迷っていると松倉が背中を押してくる。

「ほら本高、手伝って来いよ。重いもの嶺亜に運ばすわけにいかないだろ。嶺亜の握力20そこそこしかないんだから」

「あ…うん」

嶺亜の後を追い、厨房に入るとさっきの鶏が見事に料理されていて、他にも美味しそうなご馳走が並べられていた。

「ワゴンに乗せきれない分運んでくれる?」

「はい」

できあがった料理を、本高は嶺亜と共にワゴンに乗せる。嶺亜は慎重な手つきだったから本高もそれに倣った。

8割がた乗せ終えたところで、嶺亜がふいにこう呟く。

「こないだはごめんね。あんなことして」

「え?」

一瞬、本高はなんのことだろう…と思ったがすぐに思い至って一気に動揺のメーターが振り切る。手に持ったビーフシチューの器を落としてしまうところだった。

「い…いえそんな…あの…僕は別に…」

震えながらなんとかそれだけ答えると、嶺亜の表情が少し寂しそうに変化する。そんな気がしただけなのかもしれないが…

「別に気にしてない?」

問われて、反射的にぶんぶんと首を横に振ってしまった。取り繕う余裕がなくてバカ正直に答えてしまったのだ。

気にしてないどころか、24時間中23時間50分はそのことばかり繰り返し考えてしまっている。起きている時間はもちろんのこと、寝ていても、だ。残り10分は思い出せない。

本高のその反応に、嶺亜はふっと笑った。儚いが、美しい微笑みだ。

「そっか。そんなに気にしてたんだ。ほんとにゴメンね。自分でもなんであんなことしたのか上手く言えないんだけど…謝るきっかけがなくて今更になっちゃった」

「いえ…」

両手を振りながらなんて答えたらいいのかを必死に模索していると、嶺亜はワゴンにサラダの皿を置きながら本高を上目遣いに見てくる。

「…誰にも言ってない…よね?」

本高はまた反射的に頷く。嶺亜はほっとしたような表情を見せた。

「良かった。自分でしておいてなんだけど…誰にも言わないでね?これは二人だけの秘密」

もう一度本高は頷く。気を抜くと倒れてしまいそうなほどにくらくらと目眩に似た症状が訪れていた。

その症状はしかし、その次に嶺亜が呟いた言葉によって一瞬で吹き飛ぶ。

「僕ね、手術することにしたんだ」

「え…」

ワゴンを押しながら、長い廊下を歩く。嶺亜はその理由をこう語った。

「もし失敗しても、何年か後に本高が治してくれるって思ったら、受ける決心がついたんだ。だからできるだけ早くお医者さんになってね。僕、期待してるから」

迷いも不安もない目で嶺亜はそう言った。信じてくれていることがそこから読み取ることができる。

「はい」

本高はまた頷いた。それは反射的ではなく、確かな自分の意志の表れだった。

 

 

 

「メリークリスマース!!」

松倉の威勢のいい掛け声とともにクラッカーの破裂音が谺する。飛び散る紙テープと紙吹雪、うっすらと暗さを増す寒空の下、クリスマスパーティーが開幕した。

男ばかり7人で…というのを誰も口にしないのは何かのプライドの現れなのか…それはともかくとしてパーティーは賑やかに過ぎてゆく。

カウアンの歌に合わせて颯が回り、田島がジャスティスと踊る。松倉は大笑いで手を叩き、元太はアイスを食べながらリフティングを披露した。

寒さ対策で延長コードを繋いで外に設置された電気ストーブの側では嶺亜と本高がケーキを食べながらいいムードだった。

「あげる」

ケーキの上に乗ったイチゴを、嶺亜は本高の皿に乗せた。

「え、いいですよそんな。嶺亜くん食べて下さい」

遠慮すると、嶺亜は苦笑いで首を横に振る。

「ベリー系苦手なんだ。だから食べて。ケーキもつい最近食べられるようになったんだけど」

「あ、そうなんですか?じゃあ…いただきます」

本高が食べようとすると、横から声が飛んだ。

「嶺亜、食べさせてあげたらいいんじゃない?あ~ん、ってさ」

「いいねいいね、神様からのクリスマスプレゼントだよ本高。ひゅーひゅー」

松倉と元太だった。暫くからかわれていなかったがここへきていつもの調子でからかい始めた。本高は顔を真っ赤にしながら二人に文句を言っている。それを颯はおかしそうに見て笑った。

「本高、いつもの感じに戻って良かったね。なんかここんとこおかしかったから心配だったんだけど」

「あれ…颯、本高がおかしかった理由知らないのか?」

チキンをモグモグやりながらカウアンが意外そうに言った。だが颯には分からない。そう答えるとカウアンはその理由を話してくれた。

「え、そうだったの?本高は嶺亜にキスをされたからおかしかったの!?」

遠慮なく大きな声で問い返すもんだから、近くにいた田島にも聞こえてしまった。彼は微妙な顔をしてジャスティスに問いかける。

「そんなことになってたんだねジャスティス。世の中って何が起こるか分かんないね」

「颯もあの二人を応援してやろうよ。ね?大好きな嶺亜が幸せになるのは嬉しいでしょ?」

カウアンが問いかけると、素直な颯は頷く。カウアンはこのクリスマスパーティーを催した効果が得られたことに喜びを感じた。それを田島が鋭く指摘する。

「あ、なるほど。嶺亜が本高と仲良くなれば自分は颯ともっと仲良くなれるもんね。策略家だねカウアン。ジャスティス、人間の知恵って時として思わぬ効果を発揮するもんだね」

その田島の呟きに呼応したのかどうかは分からないが、重い雲を纏っていた空からふわりと何かが降り注ぐ。

「雪だ…」

皆は空を見上げた。白い粉雪が遠慮がちに降ってくる。ホワイト・クリスマスだ。

「男だらけでホワイトクリスマスとかロマンチックなのかなんなのか…」

元太が苦笑いすると、松倉が「あ!」と手を叩いた。

「俺聞いたことある!!クリスマスの夜に雪が降ると、願いごとしたらかなうって!!」

「何それ。流れ星じゃないんだからさ…」

本高がツッコむが、まず単純で純粋で素直な颯がパン!と手を合わせて祈り始めた。

「嶺亜の手術が成功しますように!!!」

その颯に感化され、続いて嶺亜も手を合わせる。

「成功しますように」

その隣でさっきまでツッコんでた本高も手を合わせた。無言で深い祈りを捧げている。

「ジャスティス、祈っといて損はないよね」

熊のぬいぐるみにそう問いかけた後、田島は祈った。

「家族みんなが健康に過ごせますように。ジャスティスといつまでも一緒にいられますように」

続いてアイスの棒を握りながら元太が祈る。

「高校合格しますように!!」

元太とほぼ声をかぶらせながら、松倉も祈る。

「元太が合格しますように!!」

元太と松倉は顔を見合わせて笑った。そして最後にカウアンが…

「嶺亜の手術が成功しますように」

そう祈った。その願いが意外で、嶺亜自身が目を丸くしてカウアンを見る。その視線を受けたカウアンは少しあまのじゃくな顔をしながらこう返した。

「成功してくれないと颯が悲しむからな」

「…まあ、ありがとうって言っとくよ」

負けじとあまのじゃくな口調で嶺亜は言う。そして一瞬の後、カウアンと嶺亜は吹きだした。お互い素直じゃないのは百も承知だ。

「嶺亜様、雪が降ってまいりましたから御身体に障りますので続きはお部屋で…」

降雪による冷えで嶺亜の身体を心配した使用人がそう声をかけてきた。そうして部屋に入ろうとすると、飾り付けされてライティングもされた樅の木に向かって颯がもう一度手を合わせた。

「来年もみんなでクリスマスパーティーができますように!!」

皆は顔を合わせる。そして手を合わせ、同じ願いを口にした。

 

 

永遠に変わらないものなどない。だけど変化を受け入れながら、変わらぬ僕らがそこにいる

願わくば、来年も、そのまた先も一緒に…

 

 

 

END