「やっぱりお前がいないと寂しくて落ち着かなかったよ、ジャスティス」

熊のぬいぐるみに話しかけながら田島は商店街を歩く。道行く小学生が奇怪なものを見る目で通り過ぎていくのも心地よく感じながら駄菓子屋に寄ろうとした。

「…そっか。もうすぐクリスマスか」

商店街にあるパン屋の店先に「クリスマスケーキの予約、今日まで」の手描きの看板が掲げられていた。田島家ではクリスマスはさほど重んじられていない。その一週間後に迫る正月準備の方が忙しいのだ。

「いつか外国で本場のクリスマスを見てみたいねジャスティス」

そうぬいぐるみに語りかけるとそのパン屋から松倉が出て来た。だがパンを買った風でもない。少し意外に思って田島が話しかけるともっと意外な答えが返ってきた。

「クリスマスパーティーすることになってさ。ケーキの予約しに来たんだよ。あ、そうだ。田島も来いよ。どうせ一緒にすごす彼女もいないでしょ?熊のぬいぐるみと二人きりより楽しいかもよ?」

「はあ…」

クリスマスなんてプレゼントもらう以外に楽しみなんてない、と言っていた松倉がなんでクリスマスパーティーなど計画するのだろう。田島は考えてみた。

「元太が来年違う高校行っちゃうから思い出作りかなんか?」

「何それ気持ち悪い。そういうんじゃないよ、これ提案したのは…」

事情を聞いて、田島は益々首を傾げる。

「なんでカウアンが皆でパーティーしようなんて言いだしたの?どっちかっていうと俺達とあんまり関わりたくなさそうなのに」

「まあそのへんは話すと長くなるから割愛するよ。んじゃな。次は飾りを作ってもらうために走らなきゃ」

忙しく松倉は走り去る。なんのこっちゃ、と頭を掻きつつジャスティスに向き直りながら田島は呟く。

「よく分かんないけどとりあえず誘われたし行ってみようかジャスティス。手ぶらじゃなんだからうちの鶏一羽ぐらい持って行くべきかな。クリスマスといえばチキンだしね」

田島はジャスティスが「プレゼント交換とかするの?」と問いかけている気がして「後でまつくに聞いてみるよ」と答えたところを通りがかった小学生女児に怪訝な目で見られた。

 

 

「本高、まだ掃除してたのか?いい加減暗くなってきたしもう帰りなさい」

教師にそう言われて、本高は箒を持ったまま自分が小一時間ずっと考え事をしていたことにようやく気付いた。窓の外には紺碧の空が広がっている。確か掃除を始めた頃は夕陽が射していた気がするが…

もう何百回、何千回、いや、何万回と壊れたレコードのようにあの映像だけが繰り返し脳裏に描き出されていた。いや、映像だけじゃない。唇に残る感触はまだリアルに残っている。

そんなこんなで昨日から勉強も授業も手につかない。しかしそれ以上に困っているのは…

「…どうしよう…」

嶺亜と目を合わせられない。その姿を見ただけで自動的に図書室での出来事が思い出され、顔も全身も湯だるような熱を持ち、猛烈な羞恥心に襲われる。穴があったら入りたいとはこのことか。それにしても深刻だ。

「はあ…」

深い溜息をつきつつ昇降口で靴を履き替えていると後ろから声をかけられた。意外な人物からだ。

「あの…僕に何か…?」

おずおずと問い返すと、声をかけた主…カウアンは真面目な顔をしてこう言った。

「クリスマスパーティーやるからお前も来いよ」

「は?」

ほとんど会話もしたことのないカウアンが何故いきなりクリスマスパーティーに自分を誘うのか…一瞬、頭が真っ白になって本高は素っ頓狂な声が出てしまう。

そんな本高の疑問をよそにカウアンはぽんぽんと肩を叩いてきた。

「クリスマスと誕生日とバレンタインは付き合うきっかけの3大イベントだからな。上手くやれよ」

「あの…何言って…」

「花でも持ってこいよ。つってもバラの花束とかはいきなりだと引かれるからクリスマスらしい花の方がいいな」

一方的に話を続けられ、本高の混乱は増すばかりである。上手くやるって何を?花を持ってこいって誰に?一体ぜんたいどういう話なのだろう。彼の話には肝心な主語が抜けている…。

だが次にカウアンに囁かれた内容で頭が再び湯だった。

「嶺亜の方からキスしてきたんだろ?だったら脈アリだ。このまま突っ走れよ」

「な…何故それを…!!!!」

頭頂部から水蒸気を飛ばしていると、カウアンは機嫌の良さそうな表情になってこう言った。

「会場は嶺亜ん家の庭だ。今頃颯が説得してるから楽しみにしとけよ。おめかしして来るのもいいかもな」

カウアンは満足げに去って行ったが本高は頭が沸騰してしまってそれからどうやって自宅まで戻ったのか覚えていなかった。

 

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「クリスマスパーティー?」

夕飯が済んで、颯が部屋に訪れてクリスマスパーティーをしないか、と相談しに来た。嶺亜がそう訊き返すと彼は目を輝かせて頷く。

「ほら、庭に樅の木があるからそれに飾り付けしてお菓子やケーキを持ちよってさ。楽しそうだと思わない!?メンバーは俺と嶺亜と…」

「別にいいけど…でも一体なんで?クリスマスとかあんまり興味もないでしょ?あ、カウアンがしたいって言ったの?あっちの国ではそういうの盛大にやりそうだもんね」

少し皮肉を含ませて問うと、あっさりと颯は認めた。

「うん。カウアンもこないだ嶺亜につっかかっちゃったの気にしてるみたいだし、皆と仲良くなるきっかけが欲しいって言ってたから。終業式の日だしちょうどいいかもと思って。それに、カウアンは本高も多分嶺亜と仲良くなりたいだろうから誘うって言ってたよ」

あっけらかんと言い放つ颯に、嶺亜は若干動揺した。まさかとは思うが図書室でのことは知られてはいないだろうな…と冷や汗が滲む。

嶺亜は今更だがあの時の自分の行動を反省していた。あれから本高は目を合わせようとしないし、少し気まずい。だからクリスマスパーティーでもぎくしゃくしてしまわないかと思った。

そんな嶺亜の心配をよそに、颯は懐かしい思い出話を語る。

「昔さ、二人でクリスマス祝おうとして怒られちゃったことあったよね。俺が内緒で脚立持ってきて樅の木に飾りを取りつけようとしたら落ちちゃって怪我して嶺亜が泣いて大騒ぎになって…」

嶺亜はよく覚えている。その時のことを。あれはたしか小学四年生のクリスマス…

「そうだったね。二人で怒られたっけ。しょんぼりしてたらクリスマスプレゼントがその夜こっそり置いてあって、メッセージカードに『もう危険なことはしないように サンタより』って書かれてて」

「うん。俺、『ごめんなさい。もうしません』って返事を窓際に置いたんだよ。それが次の日なくなってて本気で届いてると思った」

その後日談も覚えている。嶺亜は薄々サンタの存在の有無について気付いていたが颯は結局中学にあがるまで信じ切っていた。夢を壊すのも可哀想だから黙っていたら松倉があっさり「サンタって外国人だから日本にはいないよ」と言ってしまったのだ。

「今度は怒られないようにしなきゃね」

「うん。気をつけよう。カウアン達も手伝ってくれるし、まつくがケーキの予約もしてくれて、元太が妹と飾り作ってくれてるし、さっき田島から『うちの鶏持って行く』って連絡あったよ。俺達がさばかないといけないのかな?」

「え?ちょっと待ってよそれはさすがにやってもらおうよ。やだよ、血濡れのクリスマスとか」

そうして二人で笑い合った後に、嶺亜は手術を受けることを颯に伝えた。

「おじさんとおばさんは?なんて?」

「うん、ちょっと戸惑ってたけど…でも先生に連絡してくれるって。だから颯にも伝えなきゃと思って」

「そう…」

複雑な表情を颯は見せる。その胸の内はちゃんと分かっていたから嶺亜は安心させようと思ってこう言った。

「大丈夫、もし失敗しても、死にさえしなければ何年か後に治してくれる人がいるから」

「え!?そうなの!?本当に!?」

前のめりになって颯は叫ぶ。嶺亜は少し複雑な気持ちを隠しながら、

「本高が心臓外科医になって治してくれるって言ってくれたの。何年後になるかは分からないけどね」

「あ、なあんだそっか…。でも頼もしいね、本高は頭がいいから」

話題が本高になると、颯は至って無邪気な目でこう問いかけてきた。

「そういえば今日、本高の様子が凄くおかしかったけどなんかあったのかな?」

嶺亜はぎくりとしたが、努めてポーカーフェイスを装ってこう答えた。

「さあ…勉強が忙しくて疲れてるとかかなあ…心配だねえ…」