「じいちゃんが車出してくれるって。早く乗って」

倉本の祖父が車で岸くん達を目的地に運んでくれた。定員オーバーだったが身を寄せ合い岸くん達は車に乗り込む。

「あの…大丈夫ですか?村の人たちに知られたら…」

岩橋は倉本の祖父に問いかける。目下のところ、自分達はこの村の人間たちの目の敵ナンバー1だ。その手助けをしていることが知れたら迷惑がかかるかもしれない。

「かまうこたねえ。あの連中はな、憑りつかれてんだよ。何言ったって聞きゃしねえ」

吐き捨てるように、倉本の祖父は言う。

「俺は仮に自分の孫が…郁が生贄にされたらって考えただけで気ぃ狂いそうだ。こんな慣習、なくしちまった方がいいんだ。もう二度と…」

そこで倉本の祖父は言葉を切る。車は目的地…栗田家の裏側の山の手前に停まった。

来る途中に山の入り口の鳥居が見えた。その近辺には見張りの村人が何人か立っている。だからこっちを選んだと倉本と井上は言った。

「神社への道はあの鳥居からと嶺亜くん達の家の庭、恵くん達の家の庭からの道の3つって思われてるけどもう一つあるんだ。ちょっと天気わりーから大変だけど…」

雨風は相変わらずひどかったが嘆いてはいられない。岸くん達は車から降り、倉本と井上の案内でそこに入った。

草木に隠れるようにしてそれはあった。

「俺とくらもっちゃんが昔作ったんだよ。半年がかりで」

もう一つの神社への道…それはおよそそう呼べるものではなかったが確かにそこへ続いている。

「小3の時だったかな…ここから入れそうだなって発見して。ここに入るのはタブーだってちっちゃい頃からいい聞かされてたけどそれ聞いたら余計に入ってみたくなって。で、入ったはいいけど…」

井上の言わんとすることを、岸くんが先取りした。

「恵に見つかって怒鳴られた、ってとこ?」

「当たり。もうさーすんごいおっかなかったんだよその時。ヤクザみたいな剣幕でさー『おめえらこんなとこ来てタダで済むと思ってんのか!?あぁ!?』ってまくしたてられて俺とくらもっちゃん涙目になって…」

「そうそ。でもさ、その直前に見つけたでっかいクワガタあげたらさ、すぐに仲良くなって…そんで嶺亜くんと挙武くんとも仲良くなった。しばらく内緒で通ったっけ」

荷物を抱え、雨風にさらされながらで多少きつかったが倉本たちの懐かしい昔話がそれを緩和してくれた。

そして唐突に視界が開ける。岸くん達は到達した。

池がある。ここには多少見覚えはあった。ここから神社へはもうすぐの距離にある。そこで二手に分かれた。

「健闘を祈る!」

まるで戦地に出兵するかのように敬礼しながら岸くんは颯と岩橋と井上を見送る。

「岸くん達も気をつけて」

颯がそう声をかけ、岩橋達と共に池の脇の山道を下り始める。そこは栗田家の裏庭に通じる道である。

栗田家の裏庭に到達すると、屋敷の中は騒然としていた。

 

 

暗く澱んだ水の底に沈んでいるかのような錯覚…自分が生きているのか、もう死んでしまったのかすら曖昧になった時その声は微かに嶺亜の耳に響いた。

「嶺亜…嶺亜…」

囁くような掠れた声…それでもそれが挙武のものだと認識する。だがそんなはずはない。地下牢の戸は固く閉ざされていてそこへ続く廊下の先には見張りの使用人がいる。挙武が入ってこれるはずがない。

幻聴が聞こえ始めたら、いよいよ精神状態が深刻なものになっているのかもしれない。そう懸念すると今度は幻覚が見えた。

「挙武…?」

牢の中の床にぽっかり穴が開いたかと思えばそこから挙武が顔を出した。

一体自分の五感はどうなってしまったのか…幻だとすればあまりにも生々しい。挙武のまぼろしは確かに嶺亜の前に姿を現した。

「挙武…どうして…なんで…?」

「嶺亜、説明したいけどその余裕がない。とにかくここを出よう」

小声でそう囁くと、挙武の幻は嶺亜をその穴へといざなった。そこで嶺亜はまた信じられないものを見る。

「…お父さん…?」

嶺亜は混乱した。信じられないことの連続で、思考は一時停止する。その前にさんざん泣き叫んだからもう驚く体力も残されていない。

だがそれは確かに父親だった。幼いころに見たその記憶。初めて会った時はその背中だけだった。その後、数えるほどしか顔を合わせていないがそれは確かに父だ。挙武に少し似た鋭い眼差しは真っ直ぐに自分をとらえている。

「嶺亜、挙武、こんなことになるまで何もできなくてすまない。だけどもう時間がない。村の奴らは天気が回復次第儀式を始めると言っていた。そうなる前になんとかしてこの村から脱出しなさい。父さんにできることはこれぐらいしかないが…」

嶺亜と挙武の顔を交互に見据えながら、父は牢に上がって行く。

「お父さん…?」

「見周りに来た使用人が、牢の中がからっぽになっていたら騒ぐだろう。できるだけ気付かれぬようにしておくから。早く行きなさい」

「けど、父さんは…?」

「父さんはここで母さんに報告をする。お前達が無事逃げることができたら…その時は母さんにやっと許してもらえる」

父は微笑む。そして扉を閉めた。

挙武と嶺亜はもう一度父の声を聞こうとしたが、その開け方が分からず、それは叶わなかった。

「嶺亜…行こう」

懐中電灯を手に取り、挙武は嶺亜の手を取る。嶺亜は頷いた。

石段を登りながら、嶺亜は挙武に言った。

「挙武…生きてまたここに戻ってきて、今度はお父さんと三人で一緒に…楽しく暮らそうねぇ」

「…ああ」

手を繋いだまま、嶺亜と挙武は神社の本殿へと続く道を歩いた。そして視界が開ける…